第28話 お魚とデザイン
「ここでいいか? 俺は夜釣りするから、気が済むまでやってくれ」
「カタ」
アークは頷いて、すぐに鉄剣を振り出した。こんな時間だ。通行人もいなければ、ボイルのような人もいない。今夜の釣りポイントはボイルの部屋から見える桟橋だ。もしディノスが起きても外を見ればすぐにボイルたちを見つけられる。
「この時間ならイカやチヌ、メバルもいいな。カレイやアナゴ、カサゴも釣れるかもな」
チヌは別名クロダイだ。産卵後でよく釣れるが、味は少し落ちる。目的が骨なら特に問題ない。漁獲スキルはセット済み。
仕掛けは簡易な錘と針だけ。餌はイソメ。ぶっこみ釣りと言われるやつだ。投げ釣りのようなジェット天秤はいらない。サビキのような仕掛けもいらない。イカは生き餌より、疑似餌がいい。
こう言われると難しく敷居が高そうに聞こえるが、釣りというのは元来、竿と糸付きリール、針と餌だけだ。案外これだけでも十分釣れる。河口付近にいるハゼなどがこれだ。もっともハゼならリールも錘もいらない。浮があれば釣りやすくなる程度だ。
ハゼに合わせた装備でもウナギやメバルも釣れる。釣りに大切なのは釣りたいという気持ちと潮の満ち引き時間、この二つだけだ。装備や餌にこだわるのはアマプロやセミプロからで十分。初めてなら気を負う必要はない。
ごみは持ち帰る。ライフジャケットを着る。大きな音を出さない。この三つのマナーさえ守れば、釣り人同士のコミュニケーションは問題ない。今日の釣果を聞きあったり、世間話したりするのも楽しみかたの一つだ。
磯の香りや潮風、海水の音に景色、これらはかなりの癒し効果だ。だが今はアークの素振りの音と環境音だけ。人の温かさはない。ボイルは少し寂しく感じていた。
「まあ、魚が掛かればこの気持ちも晴れるだろうな」
魚が掛かり、何が釣れるかドキドキするのはかなり楽しい。ある意味ガチャだ。竿を握りながら、じっと当たりの瞬間を待つ。
「きたッ!」
竿がブルブル震え、魚が食いついたことをプレイヤーに知らせる。竿先には的のように色分けされた円形が浮かび上がる。所々青く光る場所に竿先をタイミングよく移動させると、魚の体力が減る。減り加減は魚の大きさやスキルレベルによる。リールは基本、常に巻く。ただ、赤く光るときは巻かない。ボイルは竿を上下左右に何度か移動させる。
「よし! 初めての獲物は……メバルか。これは煮つけに最適だな」
サイズは二五センチほど。いいサイズだ。煮汁を白米にかけて食べるのも乙なものだ。アークの素振りにも熱が入り、ただの振り下ろしだけではなくなってきた。釣りも数回ヒットがあり、カレイやアナゴも釣れた。
「くっ。まだなのか。ッチ」
今までの魚なら、もう釣り上げている。舌打ちや愚痴を言いたくなるほど、魚との攻防は続いている。そして一〇回目にして、的上部の一部が大きく光った。
「おうりゃ! おお!! これは大物だ!」
魚影が大きな水音と共に陸に上がる。サイズは五〇センチを少し超えたくらいだ。サイズによって呼び名が変わる出世魚だが、地域によってその呼び名は違う。関西ではどのサイズでもチヌ呼びが基本だ。ボイルは釣り上げた余韻に浸ることなく、すぐにインベントリーに仕舞いこむ。
「劣化しないっていいな。これならいつでも刺身が食べられる。臭みがあれば洗いでもいいし、塩焼でもいい」
カルパッチョもある。
「これなら骨料理にも使えるな。アークのためにもできるだけ釣りたいな」
もしこれ以降坊主でも朝一で魚市場に向かう。そこで買えば魚は得られる。それからもボイルは夜釣りを、アークは実践を想定した素振りを小一時間ほど続けた。
「流石はゲーム。いいサイズがよく釣れる」
今日の釣果はメバルが三匹。カレイが二匹でカサゴも二匹。そしてチヌがこの後さらに一匹釣れて計二匹。この短時間で食べられるサイズの魚と量は流石ゲーム。
「カタカタ」
「満足したか?」
「カタ」
「ならそろそろ帰るか?」
ボイルは竿を収め、充実感に満たされているアークに尋ねる。
「カタ」
アークは大きく頷き、足を部屋に向ける。どうやらディノスことが気になるようだ。
「わかった。先に帰っていてくれ。俺は魚を調理してくる。朝食は骨料理だぞ」
「カタカタ!!」
「先に寝ていていいからな」
「カタ」
ボイルはアークを見送り、再びアトリエに向かう。この夜の時間帯でも、プレイヤーにはあまり関係ない。装備に身を包んでいる者や露店でポーション類を購入している者もいる。住人の店は殆どが店仕舞いだ。開いているのはプレイヤーショップだけのようだ。第一ギルド内も混雑していた。アトリエを借りるのにも順番待ちができていた。
「こんばんは」
「こんばんは。昼ぶりだな」
声をかけてきたのはエリナだった。
「お酒造りですかー?」
「いや今回は料理だな」
「現実でも自炊するんですか?」
「一人暮らしが長いからな」
アルバイト時代の経験もあるが、わざわざ吹聴することでもない。
「私も食べてみたいです」
「……ゲーム内のことだよな」
「えっ? そ、そうですよ! 言葉足らずですみません」
エリナは言葉足らずな意味に気づき、少し恥ずかしそうだ。ボイルは空気を変えるためにも違う話題を出す。
「エリナは服の制作依頼も受け付けているか?」
「服ですか? 防具じゃなくて」
「街中や宿の部屋で着たりとかだな。テイムモンスターに着てほしくてな」
「オシャレってことですね。材料はありますか?」
「朝になるがウールに羽毛、それに革はある」
「なるほどー。少し待ってください」
エリナは断りを入れ、どこかに連絡を取る。一言二言のやり取りなのか、ボイルはほとんど待たなかった。
「お待たせしてすみません」
「いや構わない。それでどうした?」
「ボイルさんが求めているのは部屋着ですよね? 戦闘に使うやつじゃなくて」
「そうだ」
改めて確認を取る。
「なら私より適任者がいますよ。ご夫婦で家具や服を作っている人たちです」
「そんな人もいるんだな」
「βのときから、変り者で有名でした。あ、腕もいいですよ!」
「それなら、布防具スキルを持っているプレイヤーは頼みそうだな。忙しくないのか?」
エリナは苦笑いを浮かべ、その理由を話す。
「性能は二の次なんです。それに布防具だけじゃなくて、革も金属も作れます。普通に制作するといい防具ができるのに、見た目に拘りがあるようで……」
「それは……大丈夫なのか?」
顧客、営業、利益的な意味でボイルは尋ねる。
「あまり大丈夫じゃないです。今は作りたくもない性能を考えた防具を作っているみたいです。鉄鉱石を売ってほしいって頼んできた人もその人です……」
「それで利益を得て、好きなものが作れるようになってほしかったのか」
「はい」
照れ笑いながら肯定する。
「なら明日の夜に予定を組んでもらえるか? そのときはエリナも一緒に頼む」
「私の紹介ですから、もちろん私もご一緒しますよ。場所はどうしますか?」
「住人の店でもいいが……今日と同じでアトリエの中でいいか?」
「わかりました。私が借りますね」
「頼む。それで、俺のテイムモンスターはスケルトンとゴブリンだが、その人たちは大丈夫か?」
ハヤトやエリナは特に気にしていないが、プレイヤーの中にはアンデットや亜人系モンスターに情を向けるのが苦手な人もいる。無論、敵としては対処できるが。
「その人は、いろんな種族の人に服を着てほしいみたいです」
「獣人やエルフ、ドワーフか」
「それもそうですが、オークなどの人型のモンスターにもです」
「それはなんというか……すごい拘りだな。いや俺にとってはありがたいが」
ボイルの酒や肴に対する拘りも、他人からすると凄いと感じられるものだ。
「
「城のような家か……それは面白そうだな!」
「そうですね。私も女子ですからお城には憧れます。あ、夫妻で参加されますがいいですか?」
「無論問題ない」
二人は笑い合い談笑に花を咲かした。そしてついにボイルの番がくる。
「それじゃ、明日の夜頼むな」
「わかりました!」
エリナは笑顔でビシッと可愛く敬礼した。
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