第27話 正規テイム
「初心者向けの部屋を一時間借りたい」
「五〇〇Sです」
ボイルは言われた通り支払い、アトリエに入室する。
「早くしないとアークたちが帰ってきそうだな。簡単に焼肉でいいだろ」
スキルを付け替え、今買ってきたばかりの肉をフライパンで焼く。塩胡椒して焼くだけだ。
「よし。これで全部焼けたな」
所要時間はたったの一五分である。あの量をこの時間で焼き終えられるのは、ゲームならでは。スキルは上がり【下級料理業】になる。覚えたアーツは、一度作った料理を材料さえあれば自動で制作してくれるという大量生産向けの効果だった。
まだレンタル時間は余っているがボイルの用事はもう済んだ。手速く片づけをして、第一ギルドを後にする。オベール向かう足歩取りはもう駆け足だ。その足取りにはボイルの気持ちがよく現れていた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。鍵をもらえるか?」
「かしこまりました」
フロントの店員に預けていた鍵をもらい部屋に向かう。
「よし。誰も帰っていないな」
鍵をもらえた時点で推測できていたが、結果は目で見るまでは確定はしない。みんな大好きシュレーディンガーの猫だ。
「ふっ。朝は魚市場に行って魚を買いたいな」
ボイルの頭の中には、魚で作る料理が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返していた。
「こういうときは酒が飲みたくなる」
その料理は酒の肴でもある。飲みたくなるのも無理はない。酒飲みにとっては条件反射の一つだ。悶々とした思いを紛らわすためにボイルは掲示板を眺めていた。だがそれもノックの音で吹き飛ぶ。
ボイルの視界には、ノックの主の顔写真と名前が一緒に通知される。アトリエと同じ機能だ。そして扉を開け、その人物たちを迎え入れる。
「おかえり」
「カタ!」
「……ゴブゴブ」
二体の体は埃や土で汚れている。それでもアークはどこか誇らしげだ。ディノスは深夜残業をした社畜のようだ。部屋に入ったアークは椅子に、ディノスはそのままベッドで寛ぐ。
「訓練は楽しかったのか。二人を見ているとそう思う」
「カタカタ!」
「……ゴブ……ゴブ」
ディノスはもう寝ぼけまなこだ。
「とりあえずシャワーで汚れを落としてこい! 話はそれからだ」
話と聞いて疑問を浮かべたアークだが、ディノスを引き連れて備え付けのシャワールームに入った。
「充実していたようで何よりだ。ディノスは……いい経験になったなー」
ボイルはキリが悪い所で読み止まっていた掲示板の続きを読み始めた。ものの数分で二人は綺麗なってきた。装備は外しインナー姿だ。アークは何もつけず、ディノスはボロボロの腰巻だけだ。
「ゲームらしいといえばそれまでだが、どこか味気ないな」
「カタカタ?」
「ゴブゴブ?」
「いや、なんでもない。それで話だが……その前に飯にしよう」
飯と聞きディノスは目が覚めた。二体は各自骨と肉を取り出す。
「ちょっとまて! ディノスはこっちのほうがいいだろ?」
ボイルはインベントリーから調理した焼肉を取り出す。これもゲームらしく、時間停止機能付きのインベントリー。でなければネスへの注文が無駄になる。テイムモンスターがプレイヤーからもらった物も、そういう機能になる。
「ゴブゴブ!! ゴブ! ゴブゴブ!?」
なにこれ! うまそう! もしかして食べていいの? 訳すとこんな感じだろうか。顔が物語っている。
「これはディノスのために作ってきた。数はある。食べたいときに食べてくれ」
ボイルは焼肉をすべてディノスに渡す。といっても一ヶ月分あるかないかだ。肉の種類は三種類。バブに至っては、部位で味の変化も楽しめる。肉好きなディノスなら飽きはこないだろう。
「ゴブ!! ゴブゴブ!」
熱々の肉にむしゃぶりつくさまは、まさにゴブリン。そこには知性の欠片もない。
「……カタ」
「悪い。今は材料がなくてな。明日、朝一に魚市場に向かう。それで骨の料理を作ってやる」
「カタカタ!? カタカタ」
最初は料理の存在を疑い、次は味を心配する。
「そういう料理がある。それに味も美味いぞ」
「カタ」
ボイルは保存食を取り出し手早く済ます。ボイルにとっての食事は、まだシステム的にとっているだけのようだ。
「次に、これは水筒だ。これも好きなときに飲んでくれ」
「カタ」
「ゴブゴブ!」
スケルトンのアークは不必要で、ゴブリンのディノスは必要だ。この水筒、水が自動的に満タンになるわけではない。自ら補給しないといけない。それでもインベントリーのおかげで重量は気にしなくていい。ディノスは膨れた腹を擦りながら、余韻を楽しんでいた。ボイルは少し待ってから、次の話題を言う。
「そろそろ本題に入っていいか?」
「ゴブ!」
「カタ」
ボイルはインベントリーから装備を順次に出す。
「まずは剣と小盾だ。これはアークに。これで約束は果たせたな」
「カタ!!」
まるで騎士が君主から恩賜の品を受け取るかのように片膝をつく。
「そこまでしなくていいが……。これからも頼む」
「カタカタ!!」
アークは鉄製の剣を腰に、そして自らを象徴する小盾を装備し、感動で震える。改めて小盾を見ると、ソードブレイカーの役割をする淵の突起といい、螺旋に施されている線状の凹凸も防御主体というよりかは攻撃的だ。といっても盾だ。他の武器よりかは高い防御を誇る。
「次はディノスだ。槍と斧、革防具だ。しっかりしてくれよ」
「ゴブ! ゴブゴブ!!」
しっかりしているよ! と否定してから嬉しそうに、お菓子をもらうような気軽さで装備を受け取る。斧は腰に、槍は背中に。
「これで剣と小盾のデメリットは……よしっ! なくなったな!」
テイムを維持するうえで必要なデメリットは毎日の食事だけとなった。
「二人ともこの後どうする? 好きにしていいぞ」
「……ゴブ」
ディノスはベッドにダイブし、そのまま寝転がる。
「このまま寝たいと」
「ゴブ!」
「これは寝間着とか普段着がいるな……。それでアークはどうする?」
「カタ!」
両腕を振り上げ振り下ろす動作でしたいことを伝える。
「素振りがしたいのか……。場所はどこでもいいか?」
「カタ」
「なら外にいくぞ」
「……ゴブー」
ディノスは布団の中から手だけを出し振る。そのさまは、まさに子供がよくするあれだ。二人はディノスを置いて外に出る。
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