牛は牛連れ、馬は馬連れ

第25話 相場

 ボイルは寝起きでコーヒーを嗜む。他人のプレイ動画や掲示板を見ていると、それなりに時間が過ぎていた。というもののエリナが話題に上がっていたからだ。


「ゆっくりしすぎたな」


 ログインして最初にしたことは、テイムモンスターたちの確認だ。二人は騎士団の訓練所にいると表示された。次はフレンドリストを開く。


「……エリナはログイン中か。そしてハヤトも」


 ボイルはフレンドリストから状態を確認し、エリナにチャットを送る。ちゃんと交流したプレイヤーはリストの二人のみ。登録できないが交流した人数ならNPCのほうが多い。


『もしもし、繁盛しているようでなによりだ』


 チャットの返信は着信だった。


『おかげさまでスキルも沢山上がりました! というのは後でいいので、今からアトリエに来ていただけませんか!?』

『少し落ち着け。どうした?』

『実は――』


 エリナの話を纏めると、武器を売り出して掲示板に載ると、他のプレイヤーのパーティーが鉄鉱石を持参して装備制作依頼に来た。そして過剰分は売却すると。ただ鉄鉱石の値段はまだ決まっていない。待ってもらっている状態とのこと。


『装備をお渡しするときまでには、決めていないと……』

『もう一つの取引先の俺も含めて値段を決めたいと』

『はい。もう装備は完成していまして、お渡しするだけなんです……』


 大抵は相場から決まるが、それがない場合は売値から当事者たちが暫定的に定める。それが普及すれば正しい価格が付き相場ができあがる。


『わかった。今からすぐ向かう』

『ありがとうございます! 相手方にもお伝えしときます! あ、今アトリエにいます! 許可していますので、すぐに入ってきてください!』

『了解した』


 通話を切ったボイルは、早々にフロントに鍵を預け宿を出た。ゲーム内時刻は昼を過ぎたあたりだ。


「満腹度も減っているな。ささっと食べるか」


 食べ歩きは行儀が悪いが、数口で保存食を食べきる。ボイルは通行人の邪魔にならないように端により、駆け足で第一産業ギルドを目指す。


 真新しい革鎧や布防具を着こんだプレイヤーや鉄製武器を仲間に見せているプレイヤーなど、ログアウト前には見られなかった光景が広がっていた。ボイルはそれらの営みを見ながら目的地に向かう。体感的にはあっというまだった。


「確か……訪問を選択すればいいのだったか」


 ボイルは扉の前に立ち訪問を選ぶ。するとフレンドリストが現れ、現在アトリエを借りている人が選べる。ハヤトの名前は灰色で選択不可だ。エリナを選ぶと、よく聞く呼び鈴の音が鳴る。


「はーい! 今向かいます!」


 扉の向こうから借主の声が響き渡る。


「ボイルさん、お待ちしていました! どうぞどうぞ」

「開ける前から俺だとわかっていたのか」

「はい。呼び出した人の名前と一緒に、顔写真も通知されますので」


 まさに着信画面のようだ。


「なるほどなー」

「さあ、速く中にどうぞ。相手もお待ちです」


 ボイルは中を覗くが誰もいない。


「入室しないと中の様子はわかりませんよ。これも生産者を守るためみたいです」


 技術流失を防ぐ処置だ。こういうのは、やりすぎなくらいが丁度良い。


「そうか。ではお邪魔します」

「ふふっ。はいどうぞ」


 つい癖で敬語になるボイル。習慣というものは意識しないと中々抜け出ないものだ。エリナは初対面のときを思い出し微笑んだ。中に入ると、一人椅子に座っていた。二人はお互いの姿を確認すると同時に声を発した。


「やっぱりボイルか!」

「やはりハヤトか」

「えっ! お二人とも面識があるんですか?」

「ハヤトとは飲み仲間だな」

「墓場で飲んだ仲だぜ」

「え? えッ!?」


 この状況についていけないのはエリナだけ。全員が椅子に座り関係性を話し合う。鉄鉱石を知った始まりから、テイムモンスターの紹介などいろいろだ。


 エリナとハヤトはこの商談が初めましてだ。きっかけはハヤトのパーティーメンバーが掲示板でエリナを知ったからだ。


「やっぱり、ボイルが提供していたのかー」

「そっちもだろ。で他のパーティーメンバーはいないのか?」

「二人とも学校のレポートを仕上げているらしいぞ」

「……犯罪はやめろよ」

「しないわ! 相手は酒も飲める成人だわ!」


 そして二人は笑い合う。


「あのー、それで売値なんですが……」

「つい話し込んでごめんね」

「すまない。売値だが、武器はいくらで売れた?」


 エリナは言いにくそうに話だす。


「強気の値段設定で一個八万Sでした……それがありがたいことに評判を呼んで繁盛しまして……」

「掲示板で話題になったくらいだしなー」

「それは後から知りました。……少し恥ずかしいですね」

「繁盛はいいことだろ。それからどうなった?」


 ボイルは本筋に話を戻す。


「仲がいい生産者の方がいらっしゃいまして、インゴットを一個五万で売ってくれと……」

「売ってしまったと」

「知り合いでしたし、勢いに負けて鉄鉱石を一〇個売りました。金属防具がつくりたかったみたいで……。勝手にすみません」


 金属胴防具はインゴットを二個使う。装備できる部位は六ヶ所。頭は一個。片腕で一個、片足で一個だ。全身作るならインゴットが七個いる。


「俺たちが売る前のことかー。俺たちは関係ないなー。その利益を売値に加算するかしないかってことね」

「……はい」


 ボイルは即座に答える。


「加算しなくていいぞ。計算が面倒だしな」

「本当にいいんですか?」

「漢に二言はない」

「ありがとうございます!!」


 エリナは少し涙目だ。


「いい雰囲気になったところでどうするよ?」

「エリナはどれくらいだと思っている?」


 ある程度の材料費を考えていないと売値は決まらない。エリナの中ではそれなりに決まっている。この席は価格のすり合わせである。


「一個七〇〇〇から九〇〇〇です」

「じゃー真ん中を取って鉄鉱石一個八〇〇〇ってことで」

「それで決まりだな」


 武器一個あたりの、エリナとボイルの取り分は二万S。そこからアトリエの借り賃やポーション類などの経費を引く。高いか安いかは市場の相場が判明したらわかる。すり合わせは簡単に終わった。


「ありがとうございます! 装備の制作依頼は一個一万で大丈夫ですか?」

「初期ならそれくらいかなー」

「そうだな」


 エリナはトレード画面でお金の受け渡しを完了させた。

 ボイルの儲けは石材を合わせて大体四六四万である。革防具の材料費で三万S引かれていた。初期ではかなりの儲けだ。これで家も買える。


「装備もお渡しします」


 ボイルは鎚、全身一式の金属防具、剣、小盾、斧、槍、全身一式の革防具の装備をもらった。

 小盾はアークのと瓜二つだ。装備を充実させるのもテイマーのデメリットの一つである。


「ありがとう。これで家が買える」

「ボイルは一人でそんなに儲けたのか?」

「住人の錬金術師と一緒に狩りしてな」

「俺たちも冒険者とやったぜ。だけど、そこまでの利益はないぞ!」


 ハヤトの話では狩りは人海戦術で力業に近い。数人が大盾で抑え込み、弱点である後頭部を攻撃するといったものだ。抑え込む前に体を攻撃して、体力や意識力を低下させる必要がある。故にドロップアイテムの数が少ない。

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