第24話 エリナと密談
「この辺りは相変わらず賑やかだな。それにしても見てない間に布と革防具が変わったな」
初心者防具のデザインから変わっているプレイヤーが多数見受けられる。
「ボイルさん、こっちです」
手を上げながら声をかけたのは約束をしていたエリナだ。露店の品揃えはかなり様変わりしていた。
「繁盛しているようだな」
「そうですね。ボイルさんからの素材もいい値で売れましたし、今では防具も販売しています。ボイルさんの防具も新しくしますか?」
エリナは繁盛具合に浮かれている。笑顔が昨日よりも輝いている。
「俺は金属防具だ」
「すみません。材料がないです。ではテイムモンスターに防具はどうですか?」
「その話もあるが、まずは通話を頼む」
「ごめんなさい。ちょっと浮かれていました……。他のお客さんにもそういう人はいますので、大丈夫ですよ」
至近距離に人がいても通話なら内容は漏れない。内緒話をするには最適だ。トレード画面などもプライベートが優先される。
『わざわざ、すまないな』
『私も浮かれていましたので……』
『今回はどっちもどっちってことで一つ手を打とうか』
『ありがとうございます!』
ボイルはテイムモンスターの紹介も含め、ディアン山に行ったことも話した。そしてエリナにトレード申請し本題を出す。トレード画面にはボイルが持っている全ての鉄鉱石が提示されている。
『実はこれで、武器を作ってほしくてな』
『こ、これは!?』
『いくらになる?』
『わかりません! いくらで売れるか見当もつきません! 武器が何個作れるかもわかりません!』
『それなら売れてから値段を決めてくれ』
『いいんですか!?』
『贔屓にさせてもらうからな』
『ボイルさん……ありがとうございます!』
鉄鉱石五個でインゴット一個。それで武器が制作できる。ボイルはトリスから聞いたことを追加で伝えた。画面越しのゲームならいざ知らず、現実と同じようなフルダイブでは容易にアカウント変更はできない。逃げることも詐欺紛いなこともできない。
『それで作ってもらう武器だが、盾はすぐにでも欲しい。製作に慣れたら、一本の剣と鎚、斧に槍、そして俺の金属防具とディノスの革防具を頼む』
『そうですね。スキルもアトリエも性能が上がれば、制作物もよくなります。制作費は売り上げから天引きしますね。革防具は材料費もありますので少し高くなります』
『それで頼む』
『盾は小盾ですか? それとも大盾ですか?』
通話から通常の発声に切り替え、ボイルはアークに声をかける。
「アーク、盾をエリナに見てもらえ」
「カタカタ」
「難しいかもしれないが、デザインや機能も同じようにしてほしい」
エリナは小盾を受け取り、じっくりと観察する。アークは話を真剣に聞き、ディノスは他の店先をキョロキョロと眺めている。
『アーツで、外見をコピーできるようです』
『よし! よろしく頼む』
『はい! トレード完了です!』
プレイヤーオリジナルデザインは設定でコピー不可にできる。素材の売却も制作依頼も終了だ。
『実はまだトレードしたい物がある』
『もうなんでも来いです!』
石材、薬草、ベチュライーグルの風切羽をトレードに追加する。
『風切羽は矢に使えると思うのですが、数が少なくて……試作だけでなくなりそうです』
『なら次の機会だ』
実も羽根も沢山用意するかと、ボイルは内心思った。
『ホワイトリリーは聞いたこともないので……』
『それもそうだな。効果は状態異常の回復だ』
『……現状、状態異常をしてくる敵はいません。珍しいアイテムでも需要がないので……』
値段は需要と供給で決まる。
『了解。石材はいくらだ?』
『石材七個で大きな石材一個に加工できます。使い道はギルドで売却です。買い取り額は、なんと三万Sです! 採取スキルなしでも取れるらしいので、初期救済の一つですね』
最初から躓くとゲームをやめてしまう人もいる。戦闘職は戦えばある程度楽しめるが、生産職は製造してこそ楽しめる
『一個四〇〇〇Sでいかがですか?』
技術料や制作時間、アトリエの借り賃などのコストを差し引くと、エリナの利益は少ない。
『随分高いな』
『御贔屓してほしいですから!』
『ならなおさら長く繁盛してもらわないとな。相場は?』
『一個二五〇〇Sです』
『長く繁盛してほしいからな。二〇〇〇で頼む』
『……いいのですか?』
ボイルにとってこの石材は予期せぬ物だ。友達のためなら少しの損くらい、ボイルにとっては痛くもかゆくもない。
『もちろんだ!』
『……ありがとうございます!』
エリナのその言葉には、いろいろな想いが籠っていた。だが次にはいつもの雰囲気に戻る。
『といってもこれだけの個数ですから、一括で払えないです』
石材は一六八個。大方三三万S。一括で払えるプレイヤーは少ない。
『なら端数の三六〇〇〇Sだけ今払ってくれ。俺も買いたいものがあるしな。残りの三〇万Sは鉄鉱石の利益と一緒でいい』
『ありがとうございます! すぐに制作に取り掛かりますね! 完成したらチャット送りますね!』
『いや、チャットしなくていいぞ。この後はログアウトして寝るつもりだからな』
『それなら、すれ違いが起こるかもですね。わかりました! 都合がいいときに連絡ください!』
「それじゃまたな」
「はい!」
ボイルたちは軽く手を上げる。エリナは満面の笑みで手を振るう。そして三人はオベールに帰宅した。辺りはもうすっかり夜だ。ボイルはロビーにいる店員に声をかける。
「二人部屋を借りているボイルだが、見ての通り三人になった。部屋の変更はできそうか?」
「おかえりなさいませ。現状ですと……スタンダードな内装のお部屋でしたら、ご案内可能です」
「それで頼む。あと三日ほど追加してほしい」
「承りました。チェックアウトの予定を延長ですね。三人部屋は一泊七五〇〇Sです。合計二二五〇〇Sです。鍵はこちらです」
ボイルは言われた通り支払い鍵を受け取る。三人部屋は二階にあるようだ。三人は案内板で確認してから部屋に向かう。
「勝手に部屋を決めて悪かったな」
「カタカタ」
「ゴブゴブ」
二体とも手や首を振り、気にしていないことを伝える。
「ここだな。内装はどうだろうか」
鍵を穴に入れ捻る。鍵が開いた音と木製扉独特の音が三人を向かい入れる。
「流石はスタンダードな部屋だな」
内装は壁も床も家具も全てが木製。防火対策に表面には透明な何かが塗られている。ベッドは人数分、机は一台だけだが椅子は四脚ある。
「うーん! 磯の匂いに波の音は癒されるなー」
窓を開けると夜の海が近くに見える。
「この部屋は最高だな!」
ボイルは振り向いてアークたちに同意を求めた。
「カタカタ」
「ゴブゴブ」
だがモンスターたちは、食事と談笑を楽しんでいた。
「まあ、そうだよな。俺は寝る。明日の昼前後には起きると思う。訓練もそうだが、各自好きに過ごしてくれ」
「ゴブゴブ!」
「カタカタ」
真っ先に反応したのは珍しいことにディノスだった。それほどまでに楽しみにしているのだろう。
「それじゃ、おやすみ」
「カタカタ」
「ゴブ」
ボイルはベッドで横になり、メニューリストからログアウトを選択する。
《ログアウトを開始します》
前と同じようにカウントダウンが始まり、周囲から徐々に暗くなっていく。
《お疲れ様でした。またの探検をお待ちしております》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます