第20話 生態系
「……ゴブ」
「カタカタ」
ディノスは少し落ち込みながら、ボイルに近寄る。アークは少し後ろで慰めている。
「なぜ落ち込む?」
「ゴブゴブ」
「カタ……カタカタ」
二人の身振り手振りでボイルは何となく理解した。
「攻撃がうまくいかなかったか?」
「ゴブゴブ」
「うーん、力がなかった?」
「ゴブ!」
ディノスは喜び、アークは大きく頷く。そのやり取りを見ていたトリスが口をはさむ
「これはアークさんよりダメージを与えられなかったということでは?」
「ゴブゴブ!!」
今度は体全身で肯定を示す。
「どこか悔しいが、そういうことか。スキルの熟練度もあるしな。これからだ!」
「ゴブ!」
ドロップアイテムはベチュライーグルの風切羽と肉の二つ。肉の品質は中だった。
「戦闘に関したスキルが軒並み一つ上がっているな」
【槌術】【上級金属防具】【上級槌の心得】【上級槌の攻撃強化】【打撃強化術】が上がり、新アーツも覚えた。
名前はストロングプレス。衝撃を内部に与えるアーツだ。これは硬質な敵ほどダメージ増す。最大上昇率は通常攻撃の二倍まで。ただし、逆に軟質な敵には通常攻撃よりも弱い。リキャストタイムは二〇秒。使用MPはそれなり。これは下級魔法一発分に近い消費だ。
「やっぱり次のエリアにもなれば経験値もうまいな! これならアイテムも期待できる」
「水を差すようですが、死と隣り合わせです。ボイルさんたちには、まだ早い場所ですからね」
「そうだな。改めて攻撃を受けないように気を引き締めるさ」
テイムモンスターたちも頷く。
「にしてもパイルバンカーの扱いが上手ですね」
「他で少し間だけメインで扱ったことがある」
「脳天を突き割れば鉱物系特化のこれも、十分に役に立ちますね」
「馬鹿とはさみ使いようだ」
ボイルは不敵に笑った。トリスも同じように微笑み返す。メイン武器だったのは他のゲームでだ。
「それでは、ゴーレム目指して移動開始です」
「目的地はどこだ?」
「ストーンゴーレムは岩石や鉄鉱石が好物です。大きな岩や洞窟、坑道に集まります」
「ってことは群れを作るのか」
「いいえ。ただ、餌場が被るだけです。縄張り意識も同族意識も薄いです。隣で同族が襲われていても我関せずです」
ゲーム的に言えばリンクしないモンスターでノンアクティブ。生息地は洞窟や坑道ということだ。
「それなりの生態があるんだな」
「鉱物系でも生き物ですからね」
「ならさっきのベチュライーグルの生態もあるか?」
どこか試すようにボイルは問いかける。それにトリスは目力を強め言い放つ。
「もちろんです。ベチュライーグルのベチュラとは、ベチュラパインという木から由来しています」
「その木が好きなのか?」
ボイルたちプレイヤーの意識では、モンスターは経験値またはテイムできるだけの認識だ。仲間意識的な情が湧いて可愛がりや愛着ができても、現実のような生態が設定されているとは思わない。あくまでもゲームシステム上で楽しんでいるだけだ。
それはVRゲームが一般化した時代でも同じ。牧場体験系ゲームでも、ある程度ゲームらしく簡易に改変されている。
「多種多様な木からわざわざベチュラを選ぶのは、好きなのかもしれません。全容が判明しているわけではありませんので。ただ、子育てのための巣は絶対ベチュラパインに作ります。生息域もこの木が自生している地域だけです。実から発せられる匂いは生物系のモンスターは大抵嫌います。現在の通説では、それを活用しているということになっています」
「子育て……片利共生か。RPGっぽくない設定だなー」
最後は自分に言い聞かせるように、小さく静かに呟いてしまった。周りの風景が自然豊かな森の中から、ごつごつとした岩が目立つようになる。
「ベチュラパインの樹皮は薄く、茶色がかかった白です。とても固く凸凹していますが、その裏面は特徴的な美しい見た目です。幹は防虫性が強く加工しやすいため、インテリア家具や内装に向いています。ですが強度は並程度なので、建築材料には不向きです。伐採の際は適切な処理をしているので大丈夫ですが、爪とぎなどで樹皮を傷つけると実の匂いが体に付着します。生物系のモンスターにとっては、かなりやっかいです」
「ちゃんとしているんだな」
樹皮の表面は松のようになっているが、中は綺麗な模様。プレイヤーにとってはこれだけで十分だが、トリスはまだ説明したりない。
「先ほど片利と言いましたが、イーグルが木にいることで得することもあります。それはフンです。この木にとってはいい肥料になります。あとはイーグルが送粉者です。巻き起こす風や体毛に付着した花粉で受精しやすくなります。さらには襲撃者に実を投げたりします。私たち人間にはしないですがね」
相利共生だ。投げるといっても趾で掴み取り投げつけるように落とすが正確だ。そのおかげで生息域を広げることができる。
「俺らも臭い匂いは嫌だろ」
「大昔は投げられたようですが、実の活用法ができてからは投げられる目的で巣に近づく冒険者が増えました。学習したのか、それからはなくなりました」
「実用性があるのか……」
「醸造させるといいアクセントのお酒になります」
ボイルにとっては朗報だ。実は黄色で魔石程の大きさ。
「それは是非ともたくさんほしいな!」
「それは次回にでもお願いします。今回の目的はゴーレムです」
「もちろんだ。何にしても金は欲しい」
「変な稼ぎかたは、おすすめしませんよ」
「それくらい分かっているさ」
ボイルとトリスは目を合わせ笑い合う。お金自体の価値は不変で名目貨幣の一面しかない。だがしかし、金の稼ぎ方にはその人の品格が、使い方にはその人の価値観が垣間見える。茂みをかき分け見えてきたのは、開けた場所にある大きくな洞窟の入り口だ。
「見えてきました。あそこがストーンゴーレムの餌場の一つです」
「案外近いな」
「近場故に山奥の餌場ほど数はいません。といっても一〇〇体くらいはいるかもしれません。それにここの洞窟はそれほど長くはありません。距離だけなら、三〇分程で奥までたどり着きます」
出入り口には数体のストーンゴーレムが岩石を拾い食いしていた。中には壁にかぶりついている者もいる。
モンスターの外見は、まさに典型的な暗い黄色をしたゴーレムだ。大きな手足から繰り出されるパンチや蹴りは高威力だろう。背丈は二メートルほど。身体に比べると頭部は小さい。それでもボイルの武器と比べると頭部が勝る。それだけ身体の大きさが際立っている。
「安全を考慮して一体ずつ誘き出しましょう」
「二体同時はきついからな」
「ではボイルさんたち、お願いします」
ゲーム用語で言うと釣りだ。
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