第19話 ディアン山

「あーいい気分転換だな。よし! 本題のゴーレムはどうやって倒す? 今の俺たちでは力業は厳しいぞ」

「簡単です。ゴーレムは動きが遅く、後頭部が弱点です。打撃武器で数回殴ると簡単に倒せます」


 畑の独特な匂いや果物のような甘くていい匂いがボイルの鼻腔をくすぐる。先ほどまでは見えなかった果樹園も視界に入る。採取ポイントも散見するが、ここも私有地と同じように管理されている農場だ。採取には許可がいる。トリスの口調が少し変化しているのは、ボイルに慣れたからだろうか。


「なるほど。アークとディノスで注意を引き、俺は攻撃に専念ということか」

「通常はそうですね。ですがボイルさんの攻撃力では、殴る回数が多くなります。そこで、とっておきの出番です」


 トリスは満面の笑みで、ベルトに付いている小さなポーチから、大きな鉄のハンマーを取り出す。


「このハンマーは――」

「いや、その前にそのポーチはなんだ?」

「これには空間魔法が付与されていまして、見た目とは裏腹に容量は結構あります。何気に高価な物なので、防犯対策の魔法もちゃんと施されています」

「インベントリーみたいなものか」

「何ですかそれは?」


 ボイルは一から説明し、それを踏まえてトリスはポーチの説明を再びした。簡単に言えば、ファンタジーによくある魔法の鞄だ。プレイヤーにはインベントリー。住人には高価だが魔法のポーチ。ただし時間停止は魔法の鞄にはついていない。それはプレイヤーだけの特権だ。


「話を戻しますが、このハンマーは私が作製したゴーレム専用の武器です。具体的には、相手に叩きつけると中から杭が出ます。これで魔石のみを破壊し、素材を丸ごといただきます」


 パイルバンカーが仕込まれたハンマーということだ。


「俺が槌を使えるからいいものの、使えなかった場合はどうした?」

「そのなりで武器が振れないということもないでしょ。魔石を壊すだけなら同じ機構の剣や槍などどの武器でも可能ですよ。」

「そういうものか」


 ディノスとの戦闘時、ボイルが槌を取り出すとトリスのテンションが上がったのは、こういう理由だった。一つの疑問が解決したが、同時に新たな疑問がボイルに浮かぶ。


「それでどうやって魔石の位置を特定するんだ?」

「魔石探知の技巧で可能です。魔法適性があれば誰でも習得できます。探検者はどんなスキルでも覚えられるようですし、技巧くらいなら簡単でしょう」


 スキルならSPを消費すれば問題ないが、技巧となれば本人の努力次第となる。技巧よりスキルのほうが、プレイヤーにとっては簡単で楽だ。


「具体的にはどうやれば?」

「相手を包み込むように魔力を放出します。次は自分の目にも魔力を宿してください。そうして敵を見ると、自分の魔力に反発している箇所が分かります。そこが魔石のある場所です」


 景色は穏やかな農場から山花や石ころが目立つようになった。


「的確に魔石を攻撃できるなら、どんな敵でも倒しやすいな」

「残念ながらこの技巧は鉱物系モンスターにしか効果がありません。生物系も同系技巧で判別できますが、それはまた次回の機会にでも」

「それに距離や範囲に比例して消費量は増加しますので、あくまでも近距離戦で一対一の場合のみです。そこまで都合がいいモノでもありません」


 理論は理解できてもMPを放出する感覚というのをボイルは知らない。


「ほら着いたよ!」

「ありがとうございます」

「世話になったな」

「またのご利用を!」


 四人は山道の入り口手前まで送ってもらった。急こう配で凸凹な坂道が垣間見える。おばさんはそう声をかけ、西門に帰っていった。


「……仕方ないか。覚えるか」

「どうされましたか?」

「魔法を覚えようと思ってな。使う感覚を味わいたい」


 ボイルは槌に似合うという理由で、雷を取得するつもりだ。


「流石探検者です。それなら簡単に生息モンスターをお教えしましょう」

「頼む」


 ディアン山に生息するのは六種類。

 ベチュライーグル、ベアー、ストーンゴーレム、ジャジ。水辺に生息しているバラヌス。そして夜のみ出現するウィルオウィスプ。すべてEランクだ。魔法の弱点を有しているのは、ベチュライーグルとバラヌスで雷。ストーンゴーレムで水。


「水属性ですと、いきなりストーンゴーレムとの戦闘です。雷で練習しましょう」

「それは良案だが、水辺はここからどれくらいかかる?」

「まっすぐ向かえば一日と少しですね」

「それは無理だ。金欠でテント類を用意していない」


 ボイルは否定しつつ、改めてマップの広大さを実感した。


「ではいきなり本番になりますが、水魔法を取得していただいてゴーレム戦に備えることになりますね。試し打ちはしますか?」

「どうにかなるだろ。ぶっつけ本番で大丈夫だ」


 水は水で海の漢らしいと思うボイルであった。それから少し歩くとミニマップの表記がディアン山に変わった。


「ついにディアン山か」

「ここからは、いつモンスターが襲ってきても可笑しくありません」


 アークとディノスは剣と槍を手に持ち、周囲に気を配る。トリスはボイルに武器を貸し渡す。初心者っぽい金属防具に少しだけ洗礼された武器は、どこかアンバランスだ。


 山の雰囲気は広葉樹林が多く群生し、大きな岩やシラカバらしき木が散見して目立つ。土の状態もよく、思ったよりも湿度が高い。


「これはあなたの武器よりダメージは出せますが、生物系にはそこまで有効ではありません。気を付けてください」


 あくまでも鉱物系特攻武器であって、イーグルやベアーにはダメージ量が少ない。それでも初心者武器よりかは高性能だ。


「馬鹿とはさみは使いようってな。せっかくの武器だ。使いこなして見せるさ」

「まったく頼もしいです」


 ボイルは自信に満ちた笑みを浮かべる。


「これは!! もしや今魔法を使いましたか?」

「使ってはいないが、水魔法を覚えた」

「魔力があるのは感じていましたが、魔法を覚えるとその質が少し変わるのが体験できました」


 突如としてトリスは高揚し語りだす。


「今までは属性によって魔力の質が変質するか、魔力が変質した結果属性魔法が使えるか学者の中で議論されていましたが、少なくとも探検者では前者のようです! これは野に出ないとわからないことです! はやり学者は机に向かっているのではなく、フィールドワークに出るべきです!」


 引き気味のボイルは大きなため息をつき愚痴る。


「この武器に知識量に探求心。どれも見事なものなのに……この容姿がな。それにエットタウンにいたってことは、そこまで重要なキャラじゃないだろうしな……」


 創作物の常識では、始まりの町のキャラはチュートリアル的な存在だ。それはVRゲームが普及したこの時代でも同じ。これは一種の様式美だ。


「ああ!! 最高です!! これこそ神秘の一端!!」

「ピュェー!! ピィー!!」


 空から聞こえてきた音に目を向けると、大きな鳥がこちらに向けて滑空してきていた。体毛は全体的に茶色だが、風切羽や尾羽など所々が綺麗で濃い黄緑色だ。


「トリスの大声で敵がやってきたぞ! アークとディノスは無理がない程度に魔法を打て! 近づいてきたら武器を使え!」


 ボイルの今のスキル構成は【槌技】【中級金属防具】【中級槌の心得】【中級槌の攻撃強化】【打撃強化技】【発見業】【下級採取】【下級採掘】【下級漁獲】【下級水魔法】【夜目技】【育成技】だ。


「バブルスフィア!!」


 ボイルは水魔法の初期アーツ名を叫ぶ。すると目の前に球体状の水の塊が現れた。効果やリキャストは同じ。


「おお、これが魔法でこれが魔力か。敵に狙いをつけて……いけッ!」


 バブルスフィア、アイスバレット、ダークボールの三つがモンスターに向かって飛ぶ。だ、鳥は軽やかな飛行でそれらを交わし、ボイルたちに突っ込む。


「ベチュライーグルか!」


 ある程度距離が近づいたおかげでマーカーが出現した。


「ピェー!」

「突っ込んでくるとは好都合だ」


 ボイルはバットを構えるように半身になり、振り溜めを作る。


「フルスイング」

「ビャェ!」


 突っ込んできたイーグルは、ボールのように打ち返される。その威力で数度地面にぶつかりながら後方へ吹き飛ぶ。


「二人ともいまだ! 突っ込め」


 スピードが速いディノスが一番に辿り着き、槍ではなく斧を振り下ろす。そのあとに少し遅れてアークがスラッシュで攻撃を仕掛ける。


「ゴブ!」

「カタカタ!」


 もろにダメージを与えたのに関わらず、イーグルはまだ倒せていない。あと僅かだ。


「これで終わりだろッ!!」


 ボイルは走りながらパイルバンカーのハンマーを叩きつける。


「おらっ!!」


 杭が飛び出てイーグルの頭部を貫通する。


「ピュ……」


 それがとどめとなり敵はポリゴン化する。


「格上でも攻撃は通じるな。逆に攻撃を受けるのは少し怖いな」


 どれだけのダメージ量かは受けないと分からない。だからといって格上相手に試そうとは思わない。

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