第18話 住人
ボイルたちはディノスを引き連れ、ネスに報告する。
「ネスさん。作業中すみません。進展がありました」
「流石トリスさんだ。こんなに早く終わるとは、報酬は弾ませてもらいますよ」
「いえいえ、解決したのはボイルさんのおかげです」
「助っ人のおっさんか! やるじゃないか」
握手を求められたボイルはそれに応える。
「もしや、連れているのが?」
「俺がテイムした。名前はディノスだ」
「まあー、収穫物に悪さはしてないからな。もししていたら契約主に請求しないとな」
「ゴブゴブ!!」
鋭い視線にディノスは勢いよく首を振って否定する。
「安心してください。森には魚の骨だけで、果実の食べあとや畜産動物の死骸などはありませんでした」
「トリスさんがそう言うなら安心ですな」
ボイルは何も気にせず森を歩いていた。そんな自分と比べると、トリスの観察眼には脱帽だった。
「それで報酬ですが金銭ではなく、彼の話を聞いてください」
「わかりました。報酬をどうしてほしいんだ?」
「実は畜産物を売ってほしい」
「それなら町にある店舗で買えばいいだろ。ちなみにうちの商品はバブの肉と乳、そして革。ジャダは肉に
ジャダの乳は臭くて値が付かない。そう最後に愚痴をこぼす。
「骨もあるか?」
「解体もうちでやっているからな。手間賃程度で売ってやる。骨は引き取り手が少なくてな」
ボイルにとっては朗報だ。
「そうだな。トリスさんの紹介ということで、少しなら安くしてやる。どれくらい買いたい?」
バブの肉は部位ごとによって値段が異なる。乳は一リットル三〇〇S。革は一頭分を一枚として一〇〇〇S。
ポッロは一頭分の肉が一〇〇〇S。毛は一キロ一〇〇〇S。この羽毛は布団やクッションなどに使われている。卵は一パック一二個入りで一〇〇S。
ジャダはどの部位でも一ブロック一〇〇〇S。ウールは一頭分から販売で五〇〇〇S。
「なるほど。金が入ったら是非買わせてもらう」
「今はないのか」
「これから鉱石で儲けるつもりだ」
「ということなので、私たちはゴーレム狩りに行きます」
ネスは二人に待ってほしいと言い、綺麗な建物に向かって走る。少しして出てきたが、背中にはリュックを背負い、両手には数個の革袋をもって二人に駆け寄ってくる。
「待たせて悪いな。購入権とは別に、これは解決してもらった報酬だ。遠慮なく受け取ってくれ」
「ありがたく受け取らせてもらう」
「中身は気にしていた骨と三種類の肉だ。ウールや革は是非買ってくれ」
「もちろんだ」
「早めの購入をお待ちしています」
報酬をインベントリーに入れるとネスは驚いていたが、トリスを見て納得したようだった。二人と二体はネスと別れ、駆け足で西門に向かった。
「すみません。この馬車はディアン山の山道入り口まで行きますか?」
「朝の時間帯の馬車はこれが最後だよ」
トリスが声をかけたのは、人当たりが良さそうなおばさんの御者だ。
「テイムモンスター二体と私たち二人の計四人ですが、お願いできますか?」
「一人頭一〇〇〇Sだよ」
「ではお願いします」
トリスは全員の運賃を支払った。
「蚊帳の外の俺はよくわからないのだが?」
「説明は移動中に。ほら早く乗ってください。出ますよ」
ボイルは釈然としないまま荷車のような馬車に乗り込んだ。四人が間隔を開けて座れるくらいの広さだ。詰めれば六人は乗れる。馬は四頭引きだ。
「それじゃ、出発するよ! ハイッ!!」
ゆっくりと動き出した馬車は舗道されていない道を進む。その振動は減退しないでボイルたちを揺らす。
周りは西門から続く広大な畑だ。大半がまだ緑色の小麦に似た植物だが、中にはホウレンソウやレタス、玉ねぎのような物も伺える。さらにはイチゴや枝豆のようなものも見える。
「それで?」
「この馬車はディアン山まで乗せてくれます。他の門からも、朝から稼働していますよ」
「南門のときは見なかったぞ」
「あの時間はまだ早すぎます。農場に着いたくらいの時間から馬車の営業時間です」
墓地に行くときは、逆に遅すぎるため馬車は見当たらなかった。時間とセンリさえあれば、馬をレンタルするより早く移動できる。ただ、行き先が決まっている故に自由度はない。
「衛兵も教えてくれなかったな」
「騎士団と冒険者は商売敵ですからね。といっても馬のレンタルなど極僅かの限られたところだけです。不仲ではありません。安心してください」
話に入れないアークはもらっていた牙を食べ、それを見たディノスは物欲しそうしている。それに気づいたボイルは報酬でももらった肉と骨を二人に分け与えた。
「カタカタッ」
「ゴブゴブ!!」
「ディノスも好きな時に食べていいからな!」
「ゴブ!!」
モンスターたちは嬉しそうに声を上げ、笑顔で食す。
「やっぱり笑顔はいいですね。こっちまで嬉しくなります」
「その通りだ」
二人はそのまま二体を眺めていたかったが、この後のことを考えトリスは話し出す。ボイルは仲がいい二体をスクショに収めた。
「馬車は冒険者たちも活用しています。夕方にはデイアン山からエットタウンに向けて運行していますね」
「定期便があるのはありがたいな」
「そんな大層なものじゃないですよ。狩りに行く冒険者たちが楽に移動できて、さらに儲けるために。それが成り立ちの理由です」
トリスの説明をおばさんが引き継ぐ。
「私の息子が冒険者でね。ゴーレム狩りで生活費を稼いでいるのさ。私はそのお手伝いださ。これでも今日は二回目の運行だよ」
「では夕方は別の人か徒歩になりそうですね」
「良くも悪くも空いている馬車はあると思うさ。それに泊りで狩りする冒険者パーティーもチラホラいるしね」
「悪くもか……」
悪いことで人数が減ることなど一つだけだ。
「そんな身なりで辛気臭い顔しているんじゃないよ。悪いことなんて週に一回あるかないかくらいだよ!」
「……週一」
「あらま、これは逆効果だったね」
おばさんは何とも言えない表情のまま馬に気を向ける。
「探検者のボイルさんにとっては遠い話でしょうが、私たち住人からすると遅かれ早かれ死は来ます。一番いいのは老衰ですが、そんなのは王都の貴族や王様くらいです。大半の人は、病気だったり怪我だったりします。この辺りのモンスターは温厚ですが、他所では近寄っただけで襲ってきます。気軽に街から街への移動できません。だからこそ護衛も務められる冒険者は、あこがれの職業の一つですよ」
「わざわざ危ない橋を渡らなくてもいいだろう」
トリスは優しい声色で諭す。
「敵や争いは、殻に籠っていても向こうからやってきます。その時に自衛できなければ蹂躙されるだけです。武器や防具、魔法や魔道具はそうならないための手段です。ゴーレムはなぜ倒すのですか?」
「金儲けもあるが、自分たちの装備を充実させたい思いもある」
「私たちは生活のためでもあります。結局はそれと同じです。それは人が人という生き物の証です。嫌悪することではありません。それは誇ることです。嫌悪する事柄は向上心を失うこと、相手を欺くこと、正解は一つだけと妄信する小さな器のことなどです」
ボイルの目に映るトリスは、先ほどまでと違いどこか大きく見えた。
「はっきりしてるな」
「こう見えても私はいい年ですからね。それにいろんな意味で、生きるのが下手な人ほど暴力を選びたがるものです」
最後には微笑み冗談っぽく言う。
「なら俺は下手だな」
ボイルも笑いながら答える。きっちり納得したわけではないが、この世界のありさまをなんとなく理解できてきた。
「さあここは一気に話題を変えてゴーレムについてです」
「流れ変えるの、下手すぎだろ」
「こう見えても私は研究一筋でしたので」
「こう見なくても、誰でもわかるぞ。それにそう見えなくても下手は下手だろ」
一瞬間を置き、二人は同時に笑い出す。
「やっぱり人間も笑顔が一番ださ!」
「あははは。そらそうだ。おばさんもありがとうな」
「客商売だしね。いいってことよ!」
「強かですね」
「じゃないと女で商売なんて、できやしなさ! あっははは」
荷車は三人の笑いに包まれた。
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