第16話 野生

「それで武器屋ですが、特に贔屓の店がなければあちらでも?」


 指をさし許可を求める。


「ちゃんと買えるなら、どの店でも大丈夫だ」

「それではチャチャっと済ませましょう」


 トリスの行動は早かった。武器屋に入り、店員に探索者が使うための剣と斧と槍を一個ずつ下さいと言い放つ。店員も手早く用意し会計を済ませる。どれも木製の初期装備用だ。


「ボイルさん武器をどうぞ」

「ありがたく。アーク、これを使ってくれ」

「カタカタカタ!!」

「喜んでいただけたようで何よりです。では、可及的速やかに牧場に向けて走りましょう。時間がギリギリです」


 トリスは言い切るとボイルの返事も聞かず走り出す。詳しい目的地を聞いていないボイルは、見失わないようにトリスの少し後ろを走り続ける。アークも剣を腰に掛け、二人の後ろを走る。南門をくぐる際もスピードを緩めず、大声を出しながら走り去る。


「すみません! トリスです。牧場に行くために通ります!!」

「同じくだ!! 後ろのスケルトンは俺のテイムモンスターだ!!」

「了解した!! 通ってよし!!」

「ありがとうございます!!」

「感謝する!」


 門を通った三人は、それでも走ることをやめず目的地に向かう。

 ボイルは初めて見る景色に心が奪われた。足が止まりそうになるが、活を入れ必死に脚を動かす。


 門から南へ続く街道を境に右手には畑が、左手には放牧地。そこには三種類の動物が長閑に過ごしていた。畑は作物や小丘しょうきゅうなどで、終わりまで見えない。それでも、山麓まで続いているように思える。


 放牧地も小丘で全体を見渡すことはできない。かなり遠くに海面らしき輝きが伺える。三人は牧草地の間を駆け抜ける。牧場独特の匂いがボイルたちを歓迎する。


「あの牧場が目的地です。おーい、ネスさん! お待たせしました!」


 ピッチフォークで作業中のふくよかな男に、トリスは走りながら声をかける。ネスと呼ばれた男は、大きく手を振って応えた。


「ネスさんお待たせしました。特別な個体について詳細な情報を得る機会に恵まれまして、時間がギリギリになりました」

「トリスさんは相変わらずですな!」


 二人は握手を交わし挨拶をし合う。


「それより、後ろの彼らを紹介してくれませんか?」

「彼らのおかげで特別な個体の情報が手に入りました」

「あのゴブリンの!?」

「いえ。特定の個体ではなく、特別な個体たちについてです」


 トリスの言い回しは、何も知らない人からすると要領を得にくい。


「よくわからないが、助っ人ってことでいいですか?」

「はい。問題ありません。それで件のゴブリンはどこにいますか?」

「敷地内の森に潜んでいますわー。成功報酬ということでお願いします」

「はい。それで承りました。では早速向かいましょう」


 三人は教えてもらった森に駆け足で行く。この牧場は広大だ。小さな森や海岸の一部を所有している。


「ボイルさん楽しみですね。是非テイムしてくださいね。私の知識欲が疼いてたまりません」

「言われなくてもするさ。それより、この動物を教えてくれ」

「これはバブですね。あちらはポロで、あれはジャダです」


 バブの見た目は茶色の牛だ。長閑に寝ていたり牧草を反芻していたりと、北海道でよく見かける放牧牛まんまだ。


 ジャダは胴体が羊なのに、首から上がリャマの特徴だ。ただ、頭の左右には、羊のようなねじれ角が生えている。


 ポロは頭と尻尾の毛が多い鶏。数羽で固まり地面をつついている。生態まで一緒なのかは分からないが、見た目だけは牛に鶏に羊。プレイヤーには馴染みがある姿だ。


家禽かきんまでいるとはな。畜産物が買えれば、いい摘みができそうだ」

「直接生産者から購入することをオススメします。この調査が終われば仲介しましょう。そのかわり……テイムはしっかりとお願いします」

「何回も言うな。耳にタコができる」

「それは失礼しました。さあ、あれが件の森です」


 駆け足は森の堺で止まり、三人は奥をのぞき込む。


「潮の匂いがするな」

「この奥はネスさんが所有する小さな海岸です。たまにバブが海水浴していますね」

「それはまた優雅なバブだな」

「そんなことよりゴブリンです。準備はいいですか?」

「言われるまでもない」


 ボイルは即座に槌や鎧を装備し終える。アークはもらってばかりの真新しい剣を鞘から抜き、錆が目立つ小盾を装備する。左右のアンバランス感にボイルは少し吹きそうになる。


「さすがは探検者ですね。それに槌ですか。これは期待せずにはいられません」

「おう」

「カタカタ」


 ここの森は防風林で深くはない。土の栄養が良いのか、沢山の果物や山菜が目に付く。


「これが【発見】の効果か」


 地面や果実に淡い光が微かに出ている。採取ポイントのエフェクトだ。だが、採取不可なアイコンが小さく点滅している。なぜならここは私有地だからだ。許可なく採るのは窃盗だ。


「何か匂いませんか?」

「磯以外に……いや、焚き火の匂いがするな」


 匂いがしても、特有の音までは聞こえない。


「いえ、これは……焼き魚の匂いです」

「ハハッ、食事でもしているのか」


 ボイルは茶化すがトリスは真面目に返す。


「その線は高いですね」

「……は? モンスターが食事だと」

「私たちだって食事は必要です。それは生きとし生けるものとして当たり前ですよ」

「いやいや、まさか!! ……もしかして排泄もあるか?」


 ボイルにとってそれは今までのゲーム常識を覆しかねない概念だ。テイムデメリットというシステム上の設定なら理解できる。生きるための食事という考え方は、創作には余計なものとされる。それの弊害がボイルのようなゲーム的な考え方だ。


「なに当たり前なことを。モンスターとなれば縄張りの維持のためにも排泄は大切な行動の一つです。他にも体臭は大切な要素の一つです」


 野生の熊は体臭を木に擦り付けマーキングをする。犬にとっての排泄は縄張りの主張だったり、愛情表現だったり、コミュニケーションだったりする。


 ゲームの謳い文句で現実に近いと言われても、これまでは実感できなかった。ボアに匂いがあったのはそういう設定で生きているからとは思わなかった。だがそれはここで終わり。


「釈然としないが理解はできる」

「探検者は食事も排泄も必要ないのですか?」

「食事は必要でも、排泄は不必要だ」

「はやり変わっていますね」


 操作キャラには、お通じによって体調パラメーターが下がるような設定はない。


「ここからは姿勢を下げてゆっくり進みますよ」


 三人は体を屈め、できるだけ音を立てずに進む。少し進むと魚の匂いが強くなり、波の音も聞こえてくる。森の堺にたどり着くと、波際で焼魚を頬張るゴブリンが見えた。そばには槍のような棒切れもある。ゴブリンが扱うには少し長い。腰巻はボロボロで、ほとんど裸だ。


「彼が件のモンスターですね」

「自ら魚を捕まえて、火魔法で火をおこし、魚を焼くか。漁獲と料理のスキル持ちか」

「確定しているのは槍系と火魔法ですね。この二つは戦闘で使用していましたので」

「何を言っている。目の前で魚を料理しているぞ。あれはスキルだろ」


 トリスは少し考えボイルに問う。


「もしかしてスキルがないとその行動ができないと勘違いしていませんか?」

「違うのか?」

「スキルはあくまでも効果の上昇です。行動が規制されるわけではありません。例えば漁獲があれば、あの魚の品質や味は一段階上のものになっているでしょう。料理スキルを覚えていれば、増幅効果がついた焼魚になっているかもしれませんね。ですが空腹を満たすだけであれば、スキルは不要です。戦闘につかるほどの熟練度なら、逆にスキルの可能性がかなり高いです」

「俺たち探検者とは少し違うな」


 プレイヤーはスキルがないと効果が得られない。


 例えば【発見】や【採取】がなくてもアイテムは得られる。その方法はそれらのスキルを覚えている人に、ポイントと採取方法を教えてもらう。ただ、それで得たアイテムをポーションや武器に加工しても、回復も攻撃力もない物にしかならない。【料理】も同様で、味は感じても満腹度は満たされない。


 住人やモンスターはトリスが言った通りである。プレイヤーはあくまでもシステム上。住人はリアル基準だ。テイムモンスターはプレイヤーと同じシステム上になる。


「探検者という存在も興味深いです」

「モンスターよりもか?」

「それはありません」


 トリスは珍しく一言で否定する。ゴブリンは胡坐をかきながら膨らんだ腹をさすっていた。


「彼も食べ終えたようですし、準備はいいですか?」

「待つとは律儀だな」

「誰でも食事を邪魔されると機嫌が悪くなります」

「確かに。アーク行くぞ」

「カタ!!」


 ボイルは林をかぎ分け堂々と歩む。それに付き添うのはスケルトンのアークのみ。


「ゴブ!?」


 驚きつつも、咄嗟に武器を持ち、立ち上がる。


「ゴブゴブ」


 武器を構え威嚇する様はゴブリンらしかぬ知性が伺える。


「お前をテイムしにきた。こっちはテイムモンスターのアークだ。受けてくれるか?」

「ゴブ? ゴブゴブ」


 先端をアークに向け煽るように上下させる。


「どうやら、お前と戦いたいみたいだ。いいか?」

「カタカタ!」


 気合十分なアークはゴブリンに近づく。お互いの距離は三メートルほど。


「双方いいな?」


 二体のモンスターは無言の頷きで答える。

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