第3話 衛兵と墓地
「あれが北門か」
門の周りにはプレイヤーメイドの御座露店が敷き並び、それを買うプレイヤーたちで賑わっていた。ソロやパーティーなど色々だ。エリアに向かうプレイヤーたちも見受けられる。なかには馬に乗って行く人たちもいた。ボイルは露店を横目で見ながら門に向かう。
「売り物は初期ポーションが多いな」
生産職なら回復アイテムより、素材をNPCから購入するためのお
「そこの兄ちゃん!」
実用性に富んだ金属と革の鎧、攻撃力が高そうな槍を片手にボイルに向かってくる。
「この広い森を徒歩で動くのか? 野宿の準備は大丈夫か?」
「いや、何も準備してないが」
ボイルの感覚では、ちょっとそこまでくらいの認識だ。
「それはダメだな。そんなときは馬を借りるといいぞ。一日四〇〇〇Sだ」
「あの馬は貸出か。詳しく教えてくれ」
テイムしたいモンスターの一つである。馬の移送速度は徒歩の二倍速い。単純に移動時間は半分になる計算だ。
PKやMPKなどがあれば楽しい旅も半減だが、このゲームにはない。ヘイト管理システムの一環で、戦闘中のプレイヤーが他のプレイヤーにモンスター擦り付けることさえできない。トレインプレイヤーが死に戻りすると、モンスターはダメージ無効状態で定位置や生息地域に自動で戻って行く。戦闘に介入すればヘイトが向くが、近くにいるだけではヘイトは向かわない。
「こいつは移動だけだ。戦闘に参加させたいなら、フィールドにいるホースっていうモンスターをテイムすることだ」
「ってことは、ホースはこの馬と同じ姿か」
「そうってことよ! この馬は騎士団で捕まえて、貸出できるように調教した馬だ」
一度訪れた街はポータブルで行き来できる。各エリアに点在しているセーフティーも、一度訪れれば行き来できる。
「軍馬ってやつか!」
「それは違うぞ。この馬の進化した奴が軍馬に利用させるやつだ」
「なるほど。それはいいこと聞いた」
プレイヤーが死に戻りしたときの馬は、プレイヤーの復活位置に自動的に戻る。転移で移動した場合も、自動的に同じ場所に移動する。レンタル期限が過ぎると、自動的に消える。レンタル中は馬にも満腹度が設定される。餌と水はレンタル時にもらえる。
「とういうわけで、借りるか?」
「また今度頼む」
「おう。夜のモンスターは昼より強いぞ。夜までには帰ってこいよ!」
「やりたいこともあるからな。そこは安心してくれ!」
「了解した。いい冒険を!」
衛兵は表情を正し、敬礼でボイルを送り出す。受け取り手も身が引き締まる思いだろう。
ボイルが門の外へ出ると、ミニマップ表記が始まりの森・エットタウン周辺エリアに切り替わる。ロードが無いのもVR特有だ。森といっても城壁周辺は木が伐採され、草原のようだ小高い丘が散見し森の境は見られない。モンスターも見当たらない。
ボイルは装備欄を開き、武具を装備する。
《メインクエストを受注しました》
ボイルの視界端には、軽やかなポップ音と一緒にシステムメッセージが浮かび上がった。
「ハーフェンとシャールに行けか」
次の街に赴くのが、メインクエストのようだ。街ごとによってクエストは別々扱いだ。
「ここから東に進めば墓地か」
ボイルは城壁周辺の自然を楽しみながら東に進む。次第に磯の香りが漂い、歩くにつれ徐々に濃くなっていく。
「なんというか、厚手のコートを着ているみたいだな。まあ、重量が無いのは有難い」
プレートアーマーなため、腕も脚も感覚が少し鈍い。木製槌は肩から腰にセット。頭防具はコミュニケーションの観点から、装備しても表示されない。
「これなら夜空の輝きも楽しみだ!」
ボイルの勤め先は、星や宇宙と関りがある会社だ。そこの技術営業兼設計者だ。この会社は、星の動きや星座などをこのゲームに提供している。それらのデーターをどういう風に使っているかは、プランナーやプログラマーのみぞ知る。ボイル自身は直に関わってはいない。だが、自社が少しでも関与すれば、心躍るのがおっさんだ。心細さで独り言が多くなるのも、おっさん特有だ。
「あれが墓地か」
丘を越え見えてきたのは、海岸線に沿って植えられた防風林と区画整理された広大な墓地。清掃も行き届き陰々らしさがない。
昼ということもあり、住人の姿もチラホラと見受けられる。祈っている人もいれば、御供え物を並べている者、掃除している者とバラバラだ。皆、沈痛な表情ではない。どこか楽しそうに、誇らしそうに、颯爽としている。
ボイルは墓門を潜る。ミニマップ表記はエットタウンの共同墓地だ。
「探検者の客人は初めてだァ。ヒャッヒャッヒャ」
「ど、どちら様で!?」
ボロボロの黒ローブを纏い、破れた箇所から見える肌は皺くちゃで黒ずみ、そして猫背で大きなシャベルを担いでいる人が、急に声をかける。ボイルが驚くのも仕方がない。
「おいらは筆頭墓守ィ。夜な夜な騒ぐ死者を纏め選別する者だァ。ヒャッヒャッヒャ」
「選別?」
「自我を持たないアンデットは生者の芳香に寄せられるゥ。それを防ぐのが、おいらの使命ィ」
「モンスターってことか?」
「それはのォ――」
この墓地には大きく分けて、二種のアンデットがいる。一つはモンスターとして。もう一つは元エットタウンの住人たち。後者は
「探検者なら、祈る相手もいないだろうにィ。夜に来ればモンスターと戦えるぞォ。ヒャッヒャッヒャ」
「最初からそのつもりだ。今は夜のための下見だ」
「なら夜は供物を持ってこいィ。いいことがあるかもォ」
「いいことってなんだ?」
「それは夜のお楽しみィ。ヒャッヒャッヒャ」
筆頭墓守はそれだけを言い、墓地の奥へと足を進める。
「断然夜が楽しみになってきたな! よしっ。食材集めだ!」
意気込んだボイルは墓地を突き進み、海岸に向かう。墓地は階段や坂が多い。樹林も多く、全体を把握するには隅々まで歩くしかない。
防風林にさしかかると、地面が徐々に砂浜に変わっていく。土を踏みしめる感触もそれに伴って移ろう。磯の匂いと波音が、ボイルから余計な力を奪い去っていく。
「海っていいな」
目の前には南国ビーチを彷彿とさせる白い浜辺に青い海と空。島や船は見当たらない。ただ浜辺には蟹や貝のモンスターが散見していた。ミニマップ表記が始まりの森の海岸・南部に切り替わった。
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