第2話 NPC

「ここがギルド館か。それにしてもデカい」


 一階は戦闘系の冒険者ギルド。討伐や護衛、納品やテイム関連のクエストはここだ。

 商人ギルドは二階だ。露天や店舗申請はここで行う。またオークションの開催者でもある。

 三階は誰でも利用できるオークション会場だ。ゲーム内攻略度に比例して、レア度が高いアイテムや装備が出品される。もちろん売りに出すこともできる。外観はハーフティンバー様式だが、所々に金属や木製、謎の素材が使われている。


「インベントリーがあるからこその配置だな」


 プレイヤーはNPCから探検者と言われる。同じようなことをするNPCは冒険者という括りだ。

 初期アイテムは、大工用具かと思えるほどの柄の長い木槌と、所々錆びているプレートアーマー。かなり薄く、ペコペコしている。全武器、配布されるのは木製だ。


 残りはFランクの魔石一個とお金五〇〇〇S。通貨単位はセンリ。魔石のランクは最低だ。御後おあとに定番のHPとMPの回復ポーションをそれぞれ五個と、満腹度を回復させる保存食一〇個。


「ここが大変お世話になる予定の第一次産業ギルド。別名、職人ギルド!」


 職人ギルドはギルド館から見える距離にある。というよりかは、ギルド館から職人ギルドまでは広場兼通りで繋がっている。駅前広場のような場所だ。農業、林業、漁業、鉱業があてはまり、加工業も含まれる。作業場の貸し出しや土地購入はここになる。外観はギルド館に似ているが、どことなく工場の雰囲気がある。とても大きな建物だ。

 ボイルは生産欲が沸々と湧き出てくるのを感じた。


「まあ、先立つものが無いしな。次はアレだな」


 今までもそうだったが、道行く人はファンタジーらしい服装だ。中には鎧や剣を装備している者や、魔術士らしいローブに杖といって姿も見える。エルフやドワーフ、耳や尻尾がピコピコ動いている獣人も伺える。ボイルが見たのは犬系と体格が大きい熊系の二種類だ。

 ボイルは何を思ったのか、その辺りにいた小母おばちゃんNPCにいきなり声を掛けた。


「すいません。墓地の場所を探しているのですが、どこかお教え願えませんか?」

「丁寧な話し方ね。共同墓地は、北門を出て海側に向かえばあるよ」


 画面越しのゲームと違い、これはフルダイブだ。設定されている知識量と人格では受け答えも可能だ。故に、社会構造や暮らし方、モンスターの行動原理も現実に近い。NPCに話しかけるのも、一興ということだ。


「ありがとうございます。よろしければ、街についてお聞きしたいのですが――」


 人の良さそうなおばちゃんは買い物鞄を地面に置き、愚痴を交えながらマシンガントークで話し出す。

 南は屋台とNPCの住居が建ち並び、東は漁港で漁師の家や漁具を扱う店が多い。海鮮市場もある。西は探検者や冒険者向けの宿がメインだ。北はギルドが中心機能として、戦闘や生産向けの店や施設が数多く商売している。ボイルが現在いる所は北側になる。


「そうなのよ。あそこの奥さんったら――」


 街の周辺は北から東にかけては共同墓地と海岸。夜になると低レベルのアンデット系モンスターが夜な夜な騒いでいる。住人は昼に墓参りするが夜は近寄らない。冒険者も同様。また、住人だった善良なアンデットもいるため墓守が管理しているとのこと。


 北から西は農業が盛んに行われ、警護やお手伝い系クエストもある。


 西門からは山に行く道があり、登山道へと繋がっている。鍛冶師や冒険者がよく鉱物を取りに登る。その山の名前はディアン山。更に奥の山には大きな湖と鍛冶が特産の街があるとのこと。南から西側も農場だ。山麓は農地ということだ。南の東側は畜産系だ。


「それでね――」 


 東西南北のフィールドエリアについても話し出した。

 東は海で浜辺付近なら子供でも楽しめるが、深い場所――海底二メートル――からは低レベルのモンスターが出現する。漁師の漁場はもう少し沖まで行くが、それ以降は高レベル冒険者でないと危ない。漁船の貸し出しもあるが、その船では漁場までしか許可されていない。


 北は広大な森が広がり、薬草や果物が豊富。敵は最大三体同時で襲ってくるが、大抵は一体だけ。ゲーム内時間で二日半ほど歩いた場所にポリン河があり、その河口にはシャールという漁村がある。エットタウンからポリン河までが始まりの森。川向うがマルーン森林に変わる。


「いい筋肉しているけど、今の貴方に対岸は危なそうね」


 南はムカーン草原といい、低レベルモンスターが最大六体同時に連携して襲ってくる。パーティーを組まないと大変なエリアだ。こちらにも二日ほどの場所に養殖が盛んなハーフェンという村がある。さらにここから四日ほどの距離にイスナーニタウンがある。畜産と裁縫が盛んな街だ。ハーフェンからは二日かかる。


 ディアン山には、大きく固いモンスターが多いとのこと。登山はやめときなさいとボイルは忠告された。


「そうよねー。最初に行くならシャールかハーフェンね。おばちゃん的には始まりの森がオススメよ」


 第一エリアは始まりの森とムカーン草原。さらに海岸沿いや漁場となる。判明している第二エリアは、マルーン森林と沖合。それとディアン山。強さは未定だ。


「ありがとうございます。準備ができ次第、向かいたいと存じます」


 フルダイブ系のゲームでは、プライバシー保護の観点から容姿の変更が求められている。ただ、身長などの骨格変更は、現実との乖離が大きくなるため認められていない。本名も不可だ。ただ、筋肉質にしたり、化粧のように肌の色を変えたりはできる。腹を引っ込めることや太らすことは、着ぐるみのように可能だ。


 ボイルの中の人は、平均より少し高い身長に平均体重。容姿は両親の遺伝で九州顔。骨格も太い。キャラクターメイキング時にその濃さを薄くしてみたものの、不気味の谷となった。逆転の発想で、ただでさえ濃い醤油顔が、濃口ソースくらいまでなった。


 ボイルの目標は海の漢だ。故に筋肉質なキャラデ。海なのに金属鎧なのがゲームらしい。テイムモンスターに対しても理想像を持っている。


 そんな男が目指す場所プレイは、家に仲間たちを誘い宴会をし、庭園の滝や桜を肴に日本酒を飲みながら温泉に浸かることだ。さらに海が見えると尚可である。


「本当丁寧な言葉使いよね。外見は漁師の旦那に似ているのに、中身は月とスッポンだわ!」


 まさに見た目は海の漢だが、残念ながら実が伴っていない。


「あらいやだわ。もうこんな時間! 長いこと話し込んでごめんなさいね」

「いえ、お気になさらず。沢山教えていただき、誠にありがとうございます」

「そう言ってもらえて、おばちゃん助かったわ。それじゃーね」


 ボイルは手を振りながら改める。


「海の漢だもんな。ビジネス敬語はちょっと違うよな……よしっ! やめるぞ!!」


 ゲームの中だと、敬語が息苦しいと感じる人も少なからずいる。もちろん親しき中にも礼儀ありだ。相手によってその度合いを測ればいい。


「よし。夜に向けて墓地の下見と、始まりの森で素材集めだ」


 ログアウトの仕様は、街などのセーフティーエリア内でしかできない。簡易なセーフティーエリアは、広大なフィールドにも点在し、ゲーム進行上問題はない。携帯生産道具とそれに準ずるスキルがあれば、質や成功率が下がるものの、エリア内でアイテム加工や武具の手入れもできる。


 ボイルの目標を纏めると、ファンタジー食材で飯と酒を造り楽しむこと、飲み仲間を作ること、家に仲間を招き宴会を時々開くこと、そしてゲームを楽しむことになる。

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