第4幕第8話 暗黒大陸の深き闇

 物語は少しさかのぼる。


女皇歴1188年3月10日

暗黒大陸北部


「ここか・・・」

 クシャナド・ファルケン子爵は使徒真戦兵サーガーンを降りてその廃墟を見つめていた。

 過酷そのものである暗黒大陸の環境は僅か数ヶ月人が住まなくなっただけであっという間に様相を変えてしまう。

 かつてはネームレス氏族と共生していたネームドのキャンプ地。

 放浪の旅の途中で立ち寄り、サーガーンの修理を任せ、龍虫強力個体の討伐に手を貸したその場所には人の気配が全くなかった。

 すっかり荒れ果て見る影もない無残な姿をさらしている。

(サーガーン、周辺に思念信号波は感知出来るか?)

(まったく。いえ、長距離ですが思念信号波をとらえました)

 クシャナドの双眸そうぼうが光る。

(よしっ、中継してくれ。おそらくはアイツだ)

(了解しました、様)

 サーガーンに乗り込み、クシャナド・ファルケンは心を研ぎ澄ませた。

 やがて長距離の思念信号波をとらえる。

(・・・--、皆を連れて北に逃れるのです。--は私が抑えます。--は--を率いて北西に陽動を)

 --には固有名詞に相当する内容が入る。

 やはり龍皇女ナウシカだったかとクシャナドは思念信号波に割り込んだ。

(--、位置を知らせろっ!北の--に居る俺がどうにかしてみせる)

(--?、兄さんどうしてこちらに?)

(そんな事よりも、今は急場なのだろうっ!--なら一人でも多く逃がす事を考えろっ!相手は--なのか?)

(いいえ、--です。しかし、--に恐怖して理性をうしない暴れ回っています)

 《白痴の悪魔》ではなく龍虫キングワームの強力個体がナウシカたちネームレスの氏族を襲撃していた。

 思念信号波の方角からしておそらくは大陸中部だ。

(サーガーン、光の翼展開っ!)

(了解です。ミトラ様、龍皇女様の発信座標特定。これより飛行モードに入ります)

 エウロペアネームドには隠していたがサーガーンは単体で飛行能力を持つ。

 すべての使徒たちに備わる光の翼。

 しかし、飛びながら戦うゼピュロスのような器用な真似は出来ない。

 亜音速で暗黒大陸の熱気を振り払った紅蓮獅子は南を目指して飛んだ。

 半時後、クシャナドはキングワームの巨体をサーガーンの目で捉えた。

 灌木かんぼくをなぎ倒して驀進ばくしんするキングワームに慌てふためいたネームレスたちの姿が眼下に見える。

(--!?、--ですか?)

(いいからお前たちは--に指示された通りにしろっ!命を拾えっ!命を繋げっ!)

 サーガーンはキングワームの進路上に降り立つと《浜千鳥》で牽制けんせいする。

 弟子のディーンは天技の本質を完全に理解している。

 そうでなければいなして注意を引きつけつつ、進路と退路を確保するための歩方を天技と認めさせることなど出来はしない。

「サーガーンっ!《獅子舞》でキングワームの注意を引きつけろっ!」

(了解っ)

 天技である《獅子舞》は高速接敵と高速離脱に虚実を織り交ぜる。

 周囲の大気を組成するナノ・マシンでを作り出し、攻撃を誤認させつつ、本体で攻撃を加える。

 が嫌いなミトラでも巨大なキングワーム相手に手段を選べない。

 《獅子舞》を食らってもキングワームはダメージをすぐに回復してしまう。

 自己再生能力の賜。

 クシャナドはこころを揺らさぬよう動揺を隠しつつ、思念信号波を放つ。

(--、お前も逃げろっ!もう俺たち兄妹で--に残っているのはお前だけだ。--にとっての唯一の希望。手持ちの武器が心許ないっ、--が持ち込んだ鋼の武器はないのか?)

(兄様、ここにはありませんっ。一番近いところでも--のキャンプです)

 ここは暗黒大陸奥地だ。

 暗黒大陸ネームレスたちだけが暮らす純血種たちの楽園。

 いや、だなとクシャナドは思い直した。

「仕方ない。アイツの言うとおりまだ残っているなら補充は出来る」

(ミトラ様、マサカっ)

「狩るだけならあのを使えばにも出来る。あの娘に教え諭した“命を頂く”という趣旨やら、俺の信念に反するがやむを得まい。龍皇女ナウシカがこんなところで命を落としてもなにも報われることはない」

 クシャナドは精神を集中した。

 やってやれないことはなく、今はまさにやるべきときだ。

「絶技っ、《紅蓮剣》発動っ!」

 サーガーンの手にしていた長剣が超速加速開始したナノ・マシンの放つ燐光により青白く光輝く。

(未熟な俺では加速操作は出来ても減速操作が出来ない。使いこなせるとしたらルイスだけだろうな)

 あらゆるものを切り裂く非実体剣という《紅蓮剣》にクシャナドは賭けた。

 黒髪の冥王がかつて封印した禁断の絶技だ。

「三閃っ!」

 掛け声と共に《紅蓮剣》を最上段と横一線に繰り出して十字を作り出し、中央部に露呈した心臓を一衝ひとつきにする。

(すまんっ、お前の命に報いてやることは出来なかった。その巨体を作り出した歳月にも、お前のこころにも・・・)

 サーガーンの手にしていた長剣が加速暴走によりナノ粒子化して崩れ去る。

 同様にキングワームの巨軀きょくがナノ粒子化して崩れ去っていく。

 暴走していたキングワームは消滅した。

 しかし、崩れ去る剣とからだから発生したナノ粒子が周囲を瞬く間に汚染していく。

 ナノ粒子が正常なナノ・マシンたちをプラズマ化して連鎖崩壊れんさほうかいさせていく。

「また準荒廃地じゅんこうはいちを作ってしまったか・・・」

(ミトラ様、おいたわしい・・・)

 禁忌の絶技を使えばこうなることは分かっていた。

 だが、妹のナウシカを今喪うしなうことも、見て見ぬフリをすることも出来なかった。

 ネームレスの有力な指導者をここで喪えばネームレス氏族たちはまとまりを欠いてしまう。

 敵陣営であるネームド側のディーンたちにとってもナウシカはに必要な指導者だった。

 惰眠だみんむさぼっていた《白痴の悪魔》が目覚めたせいで、おびえた強力個体の龍虫たちが我を失った。

 なまじこころがあるばかりにおびえて暴走してしまう。

 強力個体化した龍虫は孤独と猜疑さいぎに取りかれていく。

 ヒトとしての彼等が他のヒトやセカイとのつながりを喪失そうしつする。

 残るのは生命種としての生き残りたいという本能だけになり、食欲と暴力の権化となっていく。  

 そして、使徒や龍皇家の眷属けんぞくたちの思念信号波でさえ、そのこころに届くことはなくなり、誰にも制御不能となる。

 だからこそクシャナドことミトラは剣聖たちにこだわった。

 ヒトとしての矜持きょうじを持ったまま「人型龍虫」と呼ばれる覚醒騎士化した彼等は破壊と暴力の権化となればなるほどに、名に固執こしつする。

 そして他の者たちとの共存と共闘や、限りある命と次世代への継承けいしょうにこだわる。

 あるいは騎士の本懐ほんかいに、一個人のしての人生に。

 無限の寿命を持つ龍虫強力個体と、人としての寿命しか持たない覚醒騎士たちの違いとはまさにその点だった。

 荒廃地を生んでしまうのも彼等「人型龍虫」ならば、心掛け次第で荒廃地を生まないのも彼等「人型龍虫」になるのだ。

 そして、絶技のぶつかり合う先にはしかない。

 それは絶技の本質というのが真理を絶つ御技みわざだということであり、ぶつかり合った先でいのちはただ奪われ、うしなわれるだけなのだ。

 ミトラが誇り高きネームドの騎士たちに分かってもらいいたいこととは、ナノ・マシンたちに無茶をさせるはこうした悲劇を生むし、ナノ・マシンが死んだ地はなにも生み出さなくなる。

 ナノ・マシンたちがプラズマ連鎖崩壊れんさほうかいして、荒廃地こうはいち準荒廃地じゅんこうはいちがいのちをまったくはぐくめなくなる。

 ネームレスの裏切り者であり、かつての龍皇子ミトラはネームドにそれを説くためにつかわわされた使であり、ネームレスたちのいとなみを守るため、えて「裏切り者」と呼ばれる屈辱くつじょくに甘んじた。

 しかし、本質的には二種族の両者に真理の持つ残酷さを説くためだった。

 荒廃地こうはいち準荒廃地じゅんこうはいちを生む相克そうこくと闘争に、ミトラは敢然かんぜんと異をとなえ、天性のハンターとして龍虫強力個体の討伐をしてきた。

 

(--兄様、お怪我は?)

(ないっ。--も無事だ。しかしまた俺は・・・)

 《白痴の悪魔》が押し込められて以来、暗黒大陸には巨大な闇が生じていた。

 気まぐれに惰眠だみんと覚醒を繰り返すあの魔獣が誕生して以来、其処に暮らすネームレスたちはその脅威きょういおびえながら生きてきた。

(メロウが望もうと望むまいと暗黒大陸は正に暗黒と共にあった。まるで「共食い」の舞台は形を変えても「共食い」の舞台なのだと言わんばかりだ。が弟とアルフレッドをみ込んだアレを此処ここに放って以来、白痴はくちの龍皇は気まぐれにネームレスたちと有志のネームドたちをみ込む暴食の悪魔として君臨してきた。黒髪の冥王にもどうにも出来なかった。嘆きの聖女が倒したところで一時的に脅威を払いのけただけに過ぎなかった。再生特化使徒真戦兵である以上、は使徒再生核を完全消滅させられない限り不死の悪魔として我々に何度でも立ちふさがる・・・)

 思索しさくを振り払ってクシャナドはサーガーンを降りた。

 負傷者の手当をする龍皇女ナウシカの姿を認め、クシャナドは他の負傷者たちを手当てする。

 見ていると黒い甲虫を傷口に押し当てている。

 ネームドの言う龍虫種ボウリングビートル。

(黒衣の天使か・・・。彼等のお陰でネームレスたちは生きられる)

 クシャナドは覚醒騎士特有の思念信号波でボウリングビートルを呼び寄せて拾い上げ、負傷者たちに押し当てる。

 負傷者の傷口にあたる損傷したナノ・マシンをボウリングビートルたちが再生させていく。

 青白い燐光りんこうと共にたちまちに傷口が塞がり負傷者は安堵あんどと共に深い眠りにつく。

 負傷者たちへの治療作業が落ち着いた頃合いを見計らい、クシャナドは身振りと手振りで龍皇女ナウシカをサーガーンに呼び寄せた。

 接触すれば思念信号波で龍皇女ナウシカの意志はクシャナドに伝わるが、その逆は難しい。

 性交や舌をからみ合わせて接吻せっぷんすれば想いは通じ合うが、魂の兄妹として適切ではないにも程がある。

 二人で連れ立ってサーガーンの操縦席に入り、戦闘中と同様にサーガーンに思念信号波を中継させる。

 複座を展開して龍皇女ナウシカを座らせ、クシャナドは操縦席にもたれた。

(それで、状況を詳しく説明してもらいたい。--のキャンプや大陸北岸周辺のキャンプは廃墟はいきょとなっていた。先に--に逃がしたのだな?)

 龍皇女ナウシカは答えなかった。 

(--に味方する--兄様には教えられません)

 クシャナドは険しい表情で妹を見た。

(俺はどちらの味方でもない。お前たちと積極的に戦うつもりもない。俺は--から“くれないの剣聖”として知られている。なにもしてくれないから“くれないの剣聖”だとさ)

 大真面目に韜晦とうかいする兄のミトラに龍皇女ナウシカはクスリと笑った。

 長身に長く伸びた耳と平坦な顔立ちをした異人種の妹だ。

 長く伸び放題の赤毛とひげたくわえたクシャナドにしたところで龍皇女ナウシカからすれば異人種ネームドの騎士に見える。

(各地で強力個体討伐を積極的にされて来られたから--兄さんと違い、--兄さんを裏切り者とそしる者は少ない。それでも私は--兄様に甘えられません)

 確かにエドナは帰化後はネームレスとも龍虫とも関わりたがらなかった。

 それが同胞に無意味な犠牲ぎせいを強いた事への贖罪しょくざいの意味なのだとクシャナドは知っている。

 うらむならうらんで欲しいと自分をさげすんできた。

 対して放浪子爵クシャナド・ファルケンの放浪の意味はネームドとなっても、暗黒大陸や新大陸といったネームレス生息域で共生社会の障害となる龍虫強力個体を討伐してきたからだった。

(俺はお前たち--には《個体融合》という、彼等--には絶技の使用という馬鹿な真似をやめさせるために人知れず戦ってきたんだ。--だった頃とはなにも変わっちゃいない。調として、双方にとっての剣聖としてわきまえてきたつもりだ)

 人相の分からないクシャナド・ファルケンの顔を龍皇女ナウシカは哀しげに見つめた。

(それでも先ほどのように追い込まれれば--の呪われた技を使う。--兄様も名に呪われていると皆が申すのも一理あります。だからこそ、私は兄様たちとは一線をかくすべきなのだと)

 そもそも龍皇家の眷属けんぞくはネームレスたちにとって有り難い存在であると同時に有り難くない。

 思念信号波の強度という意味で龍皇家の眷属けんぞくたちはネームレスの支配階級となってきた。

 群体性ぐんたいせいの中に埋没まいぼつし、誰にもこころをしばられたくないネームレスの人々にしてみれば頼もしいが、同時にうとましい存在だった。 

(--の試みが失敗に終わったとき、ホッとした連中も居ただろうさ。--の眷属けんぞくが増えるなんて冗談じゃない、支配階級なんていっそなくなってくれればいいと。だが、お前が楽になれないこの状況はなんだ?確かに俺たち兄妹はそれぞれこころに欠けた部分がある事が絶大な力につながってきた。お前の苦労性は安楽を求めない、そもそも欠けている事の証明だった。それに俺たちを欠いた--たちは好き勝手放題をしている。--侵攻はこのから逃げ出す意味だとはすぐに分かった。だが、--の人々は概算で800万人もの犠牲者を出している。この後に及んでそれだというのに驚き呆れた。あまつさえ--なんて連中と手を結んでいるだなんて・・・)

 傭兵ようへい騎士団エルミタージュと暗黒大陸ネームレス氏族が手を結んでいるのではないかとクシャナドは確認するために、危険を冒して暗黒大陸に乗り込んでいた。

(--と同盟したのは私です。--たち戦士の数が足りない。そして、折角育てた--だって使い道がないままときてば我々に逆らうようになる。--が私たちの自由に扱える間になるべく数を減らしたい)

 クシャナド・ファルケンの顔が分からないままに怒りに打ちふるえ、紅潮こうちょうしていた。

(なんて馬鹿なことを。--の本国がお前たち--と戦ってきたのは分かっているのだろう?)

 ルーシアが東のネームレス氏族たちと交戦し続けてきたことを龍皇女ナウシカは知らなかった。

(えっ?--は--の暴力装置なのではないのですか?)

 クシャナドはなんてこったと顔をゆがめた。

 傭兵騎士団エルミタージュがエウロペアネームドの暴力装置なのは見せかけだけだ。

 第3勢力として龍虫戦争を乱す考えでいる。

 最後の男兄妹だったが居たら傭兵ようへい騎士団の背後関係や意図を正確に読み解いた上で、手を組むにせよ利用するつもりで手を結び、利害関係が衝突しょうとつしたならさっさと手を切る。

 利用する者として利用し、利用価値がないと見做みなせば、手を切る。

 深入りはしないし、手の内も見せない。

 やはり龍皇女ナウシカだけでは高度な政治的判断が出来ないのだ。

 エドナなら間違いなく背後関係を調べ上げた上で、種の利益のために手を組むこともあるだろうし、老獪ろうかいならもっとしたたかに振る舞う。

 元長兄としてクシャナドはナウシカに冷たい視線を浴びせた。

(お前、利用されて殺されるぞ。それこそ奴等に預けた--なんて使い捨ての駒にされる。なにが“金色の乙女で”“虫愛でる姫君”だ。確かに同時に操れる数は多いし戦士としては強い。だが、考えが足りないにも程がある。いさぎよく--に負けて来い。--や--ならお前を丁重ていちょうに扱い、お前たち--の未来も考えてくれる。俺はその戦いにはどちら側にも参戦しない。調として行く末は見守るし、--にいる強力個体は狩り尽くし、お前たち--の後背は守ると約束する。だが、今のお前が本当に心配だ。--や--が居た頃なら確かにお前の力は種の存亡に必要だった。しかし、生き残るためのしたたかな知恵が足りない。おそらく--は自分の考えが他の--たちに行き渡らない事に苛立いらだったんだ。だからえてあちらで戦うのだと決めた)

 ナウシカは呆然となった。

(--や--が生まれ出ない事はそうした意味でしたの?)

 本来なら生まれ出る筈のアリアスやジェラールが生まれ出ない事にもナウシカは鈍感だった。

 ミトラの考えではネームレス種を守れないなら守れないなりに兄や父と同じ道をくべきだった。

 帰化した龍皇家の眷属けんぞくたちは誰一人としてネームレス種を裏切ってなどいない。

 龍皇エイブラハムは共生社会実現のためにエウロペアネームドの中に雌伏しふくした。

 ネームレス種のために「帰化」と純血種としての共生の場を用意し、同胞たちを受け入れるためにエクセイルと協力して歴史の闇で動き続けてきた。

 ミトラは使徒龍虫と個体融合しか切り札のないネームレスのために、使徒真戦兵サーガーンと共に命をしてネームレスの脅威である龍虫強力個体を狩ってきた。

 ファルツの黒太子レイゴールを殺して入れ替わってから、ミトラは殺したレイゴールの名と想いを受け継ぐことで、使徒真戦兵である紅蓮獅子ぐれんじしサーガーンの協力を得られるようになった。

 が孤独あるいは孤高の騎士の代名詞となったのは黒太子レイゴールことミトラがそうした認識に変えてみせたのだ。

 エドナは龍皇家再興を掲げて戦い、敗れてネームレスたちに申し訳が立たないと静かに戦いをおり、ネームドとネームレスの生息域住み分けの為に十字軍戦争を指揮した。

 荒廃地こうはいちを正常化させる使はエドナの指示で改修して作られた。

 生贄いけにえの龍虫が産まれた背景はエドナがネームレスの為に必要なものを示すために指示したのだ。

 そのエドナは贖罪しょくざいというが、エドナが一番ネームレスの未来を考えてその身を犠牲ぎせいにし、《銀髪の悪鬼》というナイトイーターとしてネームド騎士に恐怖を与える存在として、同時にネームド騎士たちを覚醒騎士に変え、両種族の未来を考えて欲しいと「天技指南書」により同胞を作るべく変革の聖戦士として戦い続けてきた。

 ミトラはエドナの想いを受け止め、敢えて異なる道をくことでネームレス種に安寧あんねいと平穏をもたらしていた。

 そして、その魂が二つに引き裂かれてしまった《白痴の悪魔》を作り出したアリアスとティベルはその落とし前をつける意味でネームドにさんじようと考えている。

 龍虫にかわり、覚醒騎士と真戦兵の力で強大なを滅ぼそうと策を講じている。

 種の記憶を受け継ぐ、根がまっすぐなアリアスは真正面から。

 強制融合きょうせいゆうごう能力を受け継ぐ、ひねたティベルはからめ手を使ってでもと。

 元々二人は二人で一人の兄妹の中で一番に聡明そうめいであり指導者としての才覚にけた誇り高き龍皇子だった。

 エドナ同様にかつて龍皇だったこともあり、エウロペアネームドを苦しめてきた最大最強の難敵で、龍皇アリアスに指導者の座をゆずったエイブラハムと龍皇位を辞退したミトラはアリアスを危険視した。

 龍皇アリアスと黒髪の冥王、嘆きの聖女の熾烈しれつな戦いは過酷を極めた。

 彼等の戦いはエウロペアを煉獄れんごくに変えた。

 龍皇アリアスとの戦いで劣勢となったネームドの騎士たちは真史や写本に名を記されることなく、アイギスの聖なる盾で魂もろとも砕け散った。

 龍虫強力個体と強制融合させられたネームレスコマンダーたちは猛威をふるった挙げ句に黒髪の冥王の呪われた奥義である《紅蓮剣三閃》に屈した。

 嘆きの聖女も呪われた奥義である《阿修羅演舞》を駆使して龍虫強力個体を容易たやすく打ち破った。

 三人の悪魔たちの戦いはエウロペアと周辺域に荒廃地こうはいちを次々と作り出した。

 使徒龍虫でありヴァルキュリアン(ワルキューレ)級ヒュージノーズとエウロペアネームドが呼称した眷属けんぞくたちは長姉ブリュンヒルデを除いて歴史の闇に消えた。

 同じく銀翼ぎんよくのロードスと呼称された雄型ヒュージノーズも、兄弟たちを死闘の中で喪失そうしつした。

 冥王機パーシバル、聖女機モルドレッドは真の世界における円卓騎士の名を冠する他の兄弟機が消滅するのを見てきた。

 Masterシンクレアの円卓騎士団は一度は結成を断念した。

 そんな劣悪な状況の中で、ミトラはの北の要衝ようしょうであるファルツ征服のため黒太子レイゴールを殺害し成り変われという龍皇アリアスの勅命ちょくめいに従い、従った上で離反りはんした。

 エイブラハムは先代で父親として龍皇アリアスの暴虐ぼうぎゃくを抑えようとして誅殺ちゅうさつされかけ、ネームドに帰化した。

 結局、龍皇アリアスは人の哀しみを理解出来ないとしてネームドだけでなく、ネームレスをも蹂躙じゅうりんして暴君となり、ネームドにとって正邪のカリスマである黒髪の冥王と嘆きの聖女は暴君アリアスを倒すためにと、セカイを破壊し続けた。

 だが、トップに君臨することがかえって結束を乱すと自主的に判断してアリアスは兄のエドナに龍皇位をゆずった。

 裏方うらかたひかえている方が自身の能力を完全に発揮はっき出来ると思い知ったのだ。

 ネームドとネームレス。

 人と人との相克の生み出した地獄絵図は過去周期にあった。

 だが、龍皇アリアスの消失が黒髪の冥王と嘆きの聖女をも変えた。

 そして自分たちのしてきたことはなんだったのだと思い知った。

 そうして《紅蓮剣三閃》や《阿修羅演舞》を封印した冥王と聖女はオーダーを果たした後は、び出したネームドたちに裁かれることを受け入れてきたのだ。

 彼等は変わった。

 黒太子レイゴールとして龍虫大戦に参加したことでミトラは確認した。

 特に冥王は黒太子レイゴールを龍皇直轄りゅうおうちょっかつ部隊から逃がすために、「聖ニコラウス」と呼ばれる老練ろうれんにして、老獪ろうかいな騎士として戦って散った。

 黒髪の冥王ニコラウス・ペールギュントこそ黒太子レイゴールの師に他ならない。

 今回は逆の立場になり、ディーンの師がファルケン子爵になったのは歴史の皮肉だ。

 黒髪の冥王ヴォイド・ハイランダーとしてアストリアのホーフェン騎士団を率いたのだって、エドナたちが名を変えた十字軍に呼応して龍虫を南や東に追い払うためだった。

(確かに--は--にとって敵だ。しかし、いつまでってもそれではなにも変わらないと彼等だって気づいている。--は彼等の変化にけた)

 父エイブラハムはネームレス受け入れの為に《砦の男》の旧友として何度となく両者に和解の道を作り、ミトラは剣聖として宿命と対峙たいじしてきた。

 そして、エドナは支えていた弟の龍皇を喪失そうしつし、後悔と無念やアリアスへの猜疑さいぎを隠してネームドの光の剣聖となってきた。

 だが、それらすべてが名の呪いじゃないかっ。

 龍王女ナウシカうつむき肩をわななかせた。

(父さんも兄さんたちも勝手よっ。勝手に彼等と上手くやっている。私たちだって別に--を拒絶きょぜつしてなんていない。私たちにないものを--たちはたくさん持っている。だから取引するなだとか、キャンプを焼き討ちしろだとは言ってこなかったし、彼等と直接関わらないだけで間接的には彼等としてきた。だけど、私たちは時代の変化に取り残されている。私たち--はこのままでいちゃいけないの?)

 ナウシカの激情にクシャナドはそこまで追い詰められているように感じていたのかと哀しげに背を向けた。

(--とも同盟し、その実情を見てこい。共生社会というのはどちらかがみ込まれるなんてことじゃない。お互いの良さを生かして弱くても強くあるということなのだ。--とはさっさと手を切れっ!)

 ラームラント。

 ネームドとネームレスの純粋種と混じり合ったハイブリッドたちの自由な国。

 ナミブ砂漠のほとりの自由だが豊かではない国が龍皇女ナウシカにとって希望の国だとクシャナドは言い切った。

 ラームラントに思うところは大きいナウシカは黙り込んでいた。

(本当はお前にもわかっているんだろう?だから、--には手を出さないつもりでいる。お前は自分は--に残ったが--は帰化させた。--の娘、--はお前とは似ても似つかないが、そのこころの在りようがとても似ていたよ。自然に笑みがこぼれてしまった。そして、--には双子の兄--がいる。あの二人こそがお前の魂から生まれた兄妹たちなのだろうさ)

 ミューとアポロこそがナウシカの魂を受け継ぐ子供たちだった。

(・・・・・・、やれるだけはやってみる。その上で--に負けることがあるなら--兄さんの言葉に従うわ)

 黒髪の冥王と嘆きの聖女に挑んでみせる。

 その上で、負けたと痛感したなら彼等と交渉してネームレスの未来を作る。

 

 それから半年が経過していた。

 ミトラの言葉がすべて本当の事となっていた。

 剣皇ディーンとアリアス・レンセンは傭兵ようへい騎士団エルミタージュを撃破し、ナウシカの預けた龍虫部隊はほぼ壊滅かいめつしていた。

(--は厄介なよ。おそらくは--も側にいる)

 ナウシカはネームレスコマンダーたちに訓示くんじしつつ、もはやアリアスを兄とは呼ぶまいと決意していた。

 氏族から集まった勇者たちはアリアスが敵なのだと聞いてもさして動揺はしていない。

(まぁ、かつての--のように乱暴で無茶な真似はしてこないでしょうな。よくよく考え抜かれた上で、ご自身のケジメをつけようとされる方でした。まぁ、姫様もそうですが--の方たちは皆、性根が真面目でいらっしゃるが、それぞれに信念が強く、誇り高い。つまりはのっとっての「旗争い」をしようというのだと理解します) 

 老練なネームレスコマンダーの参謀はそう断言した。

 旗争い。

 つまり自分たちに必要なものを先に確保した方が主導権を握る。

 ネームドはこの秋の収穫物であり、ネームレスはこの夏に生まれた龍虫の幼体。

 先遣隊せんけんたいとして送り込んだ龍虫たちは「調教」が行き届き、命令などされずとも、幼体を保護することを最優先させた。

(なるほど、はそう思われるか。となると我らの戦い方は樹海にある幼体の保護と搬出はんしゅつになる。賢いのが保護してくれていた)

 若く精悍せいかんなコマンダーの指摘に、他のコマンダーが応じる。

(それこそ--様の仕掛けたですな。--の樹海をえて我々に残したのは「地上戦」にするためでしょう。いっそ、初手から--を送るという手も)

 ヒュージノーズを投入して空から戦場を荒らす。

(いや、数がそろわなければそれも打ち破れるのだと示した。--が12隻やられたというのは、--がいるというアピールなのかと)

 若い女性のコマンダーに指摘され、ヒュージノーズ投入を提案した中堅のコマンダーが(むぅ)と考え込む。

 後詰ごづめとしてフリオニールやミィを投入したアリアスの真意とはヒュージノーズへの牽制けんせいでもあった。

 と呼ばれた老練なコマンダーはアリアスのしたたかさと、相も変わらず一手で二手、三手先まで行動を封じる盤面ばんめん把握力はあくりょくに思わずニヤリとする。

 いちどはとして戦ってみたかった相手だ。

(「地上機動戦」が妥当だとうでしょう。--様と--なら必ずそうと読むし、こちら側としても戦闘経験の少ないコマンダーを戦いながら育てるには、戦死の危険の多いなど最初からやるべきじゃない。それこそ、「旗争い」を制して主導権が我々に移行してから随時ずいじ組み込む)

 ナウシカは彼等に頼もしさを感じていた。

 自分一人ではこうも具体的に作戦計画を練ることなど出来ない。

 なにしろ相手はナウシカに龍虫戦闘の基本を叩き込んだアリアスなのだ。

(それで行きましょう。コマンダーの乗った--を--と共に送り込み、樹海からの退避路を確保して幼体をブリーダーたちに引き渡す。それから先はあの厄介な--と--とを分断して--を随時ずいじ投入する)

 大型龍虫センチピードと機動戦力で空も飛べるローカスト。

 それらをあのトンネルからラムダス樹海に接近させて叩きつつ樹海方面に退く。

 残存のキルアントたちに幼体の搬出はんしゅつをさせてから、ヒュージノーズとローカストでトレド、バスランの両要塞を空から牽制けんせいする。

(あとは読み合いとでしょうな。希少きしょうな--は困ったことにあのトンネルを抜けられない。しかし、そうだと判断しているのなら脱皮の近い中型個体にトンネルを抜けさせてから来年の脱皮を待つ。--の近郊では--を倒すのに“呪われた技”は使えません)

 トレド、バスランでの要塞戦を本格的に行うのに必要な超大型種キングワームをしておく。

 半年前にミトラが強力個体化したキングワームを倒した際はを使わざるを得なかった。

 トレド近郊に準荒廃地じゅんこうはいちが生じればナノ粒子によりネームドの人的被害が大きくなる。

 さらにローカストは要塞後方にある穀倉こくそう地帯を犯すのにもってこいだ。

 ネームレスコマンダーたちにとっても命令に従順でないローカストは数は多くとも難物であり、勝手気ままに戦われる。

 しかし、一度戦場に連れてきたのなら勝手気ままでも良いのだ。

 日本式に考えるとローカストは「足軽」に相当し、先行機動部隊として敵地を勝手気ままに蹂躙じゅうりんする。

(さて、--様はどう対処されるでしょうかな)

 は冷ややかにわらっていた。


女皇歴1188年

トレド要塞


「はー、盤面を逆にしてみたらやっぱりローカストが難題になるのか」

 軍師アリアス・レンセン“大尉”はめまぐるしく頭脳を回転させつつ、あの対策に頭をひねっていた。

「フリオの流星剣ならなんとか。それとカオティックブレイドかな。アレはローカスト相手なら使えるんで、紫苑の作った改良型をエリシオンにも装備させたよ」

 剣皇ディーンはこうした事に関してはアリアスの手札を供給する役だった。

「自分で使ってみて早速かい。“ペガサス”と“アルテミス”にも装備させるのか?」

 迎撃戦での戦功著せんこういちじるしいポルトムンザハイの雄雌おすめす両機にはフリオニール“中尉”の「ペガサス」とミィ・リッテ“中尉”の「アルテミス」の愛称がつけられていた。

 ちなみにアリアス、ジェラール、フリオ、ミィはそれぞれ一つずつ昇進していた。

 なにしろ龍虫の先遣隊せんけんたいと西風ルーマーセルをものの見事にぶっつぶしてくれたのだ。

「フリオはアンカーの扱いには完全に慣れたようだし、ウィップとブレイドについても随時使い方を学習するでしょ。ミィもねぇ・・・アノ女狐に危険な武器をあまり持たせたくないのだけど仕方ない。どっちみち月光菩薩を使ってるときに味方をあまり近づけられないのでねぇ」

 前にも指摘した通り、剣皇は軍属として元帥に相当し、女皇正騎士は中将司令と副司令大佐以外は少佐どまりだと決まっていたし、大佐で参加している連中は龍虫戦争時点ではそれ以上の昇進はない。

鹵獲ろかく出来たのも大きい。ルーシア製の狙撃銃。構造と材質が完全に分かったのでバスランで一般兵向けに量産している。フライアイ、ストライブス、ローカスト対策にもなるな」

 エリシオンに引きり回された際にトゥリーは狙撃銃を落とした。

 トゥリーの「落とし物」は列車砲部隊を指揮していたトリエル大佐が拾って確保していた。

 どうも加速したエリシオンが列車砲を飛び越える際に落としてしまったらしい。

 ディーンはたちにも狙撃銃を与えてみようと考えていた。

「ライザー様が言うとおりで彼等は意外とたくましい。ことに女性ね。ルイスの話だとあの狙撃兵も女性だったとか」

 実はディーンもアリアスもバスラン駅で勤務している新人職員の「ビオレッタ」と会っていたのに、二人ともその正体がトゥリーだとは気づかなかった。

 ディーンは挨拶もされていたというのに、ネームプレートの「ビオレッタ・モスカ」の名前を見ても、「古めかしい名前だけど、良い名前だね」とニッコリ微笑んでめた。

 ビオレッタは苦笑しつつ、「ありがとうございます」と頭を下げていた。

 嘆きの聖女がかつて名乗っていた事実を知っている黒髪の冥王ディーンですらそんな調子だったので、知らないメリエルとアリアスはまったく気づかなかった。

 ルイスはしてやったりだ。

「弾薬制限すれば狙撃銃を出回らせても。弾がないんじゃ悪用出来ないでしょ」

 ディーンは法皇ナファドの真相をメリエルから聞き、必要以上に味方を疑うのをやめていた。

 それよりはるかに大事なのはを信じることだった。

 密偵としてルーマーの手の者たちはまだ戦線内にいる。

 しかし、彼等に情報を送らせていよいよ本格的に始まる《金色の乙女》率いる《虫使い》たちと戦わなければならなかった。   

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ゼダの紋章 第4幕 知略縦横 永井 文治朗 @dy0524

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