第4幕第6話 太陽の騎士と人食いの雷帝

 《龍皇女》である仮称ナウシカこと《金色の乙女》がいよいよ絶対防衛戦線と戦う。

 タタールとフィンツの推察していた通り、「虫愛むしめでる姫君」は密約で龍虫たちを預けていたルーマー騎士団の不甲斐ふがいなさと乱暴さに激怒していた。

 ディーンとアリアスの戦いはナウシカとの戦いにおいて、犠牲を抑えつつ早めに停戦交渉に持ち込むという膠着戦こうちゃくせんとなることが予想されていた。

 お互いに小出しに手の内を見せ合い、分が悪いとみればサッと退く。

 それゆえに絶技で龍虫たちを殲滅せんめつしてしまうルイスやフリオ、ミィの投入を理由をこじつけては積極的にしなかった。

 絶技使いたちにあまり自由にやらせてしまうとラムダス樹海から龍虫たちを一掃してしまうが、その結果としてナウシカの操るヒュージノーズの大群がファルガー山脈を超えてくる。

 まだ防空戦力が整っていないというのにそんな戦況になってしまうと空港設備のあるアルマスで戦う羽目になり、黄金の三角の中央を戦場にすることになり、ライザーの開墾かいこんするトレド近郊の芋畑やアルマスの西に広がる穀倉こくそう地帯を飛行型龍虫に蹂躙じゅうりんされる危険があるので農民たちも退避させねばならず、ただでさえ心許ない兵站へいたん生産問題がいよいよ苦しくなる。

 あと二月耐えれば農作物の収穫も無事に終わり冬期に入る。

 ナノ粒子の汚染さえまぬがれれば農地は農地として来年も使える。

 だからこそ敢えて制圧中のフォートセバーンからトンネル伝いに地上部隊を送り込める橋頭堡きょうとうほであるラムダス樹海をのだ。

 ナウシカとしてもネームレスコマンダーを大量投入し、落ちたら間違いなく死ぬ航空戦力での戦いより、地上戦力中心の戦いで未熟なネームレスコマンダーたちを育てながら戦いたいというのが本音だと見抜いていた。

 見抜いたというより、そうした考え方をナウシカに教えたのは彼女の兄貴で作戦担当の龍皇子アリアスだった。

 早い話、どっちもどっちでなにしろ400年ぶりの本格的な龍虫戦争だったから実戦経験が豊富な戦士は魂の経験値を重ねている連中だけで、他は未熟者ばかりだというのはナカリア銅騎士団も暗黒大陸ネームレスも大差なかった。

 だからこそトレドでの緒戦ちょせんを知っているディーンがになったし、バスランでは練度の高いゼダ国家騎士団西部方面軍とメルヒン西風騎士団主体で戦いつつナカリア銅騎士団に経験を積ませ、剣皇騎士団にトレドを抜かれぬよう厳重に守らせていた。

 しかし、ルーマー騎士団の戦力として投入された龍虫たちは殲滅せんめつしても、ナウシカの怒りの矛先は指揮したチィトゥイリたちエルミタージュハイブリッドたちに向けられる。

 そうした事情でルイス、ミィ、フリオ、ディーンという絶技使いたちが中心となって潰走かいそうした龍虫たちを血祭りにしたのだ。

 また確保した死骸しがいをバスランで加工し、量産型エリシオン各機やレジスタリアンを製作するのと同時に、一次加工した材料をフェリオハノーバーのリンツ工房やゼダ旧都ハルファに回してタイアロット・アルビオレやアパラシア・ダーイン製作を行う。

 ディーンの別働隊に惨敗ざんぱいしても、誕生したばかりの幼体を守るため樹海奥では経験豊富な龍虫たちは隠れてやり過ごしたし、虫愛むしめでるナウシカがこの夏に誕生したばかりの龍虫の幼体を見限ったりはしない。

 幼体を早めに回収してベリアに進駐しんちゅうするネームレスブリーダーたちに預けて調を開始し、ナウシカはネームレスコマンダーを指揮してラムダス樹海にベリアからの増援戦力を連れて籠もり、樹海に近づけさせない為にトレド、バスランの要塞攻撃隊との地上機動戦を展開する。

 つまりはラムダス樹海とトレド、バスランの両拠点から戦力を小出しにしつつ、ネームド側は農作物の確保、ネームレス側は龍虫幼体の確保をするというのが1188年の10月から本格的に始まる膠着戦こうちゃくせんの正体となる。

 エルミタージュハイブリッドたちはネームドとネームレスの戦いの真実に詳しくないのにさかしぶっていた。

 過去の戦いの記録としてナコト写本があり、ファーバ教団はネームドのカレンダーとネームレスのカレンダーとを整合させた戦いをしてきたと承知している。

 バスラン防衛戦でトリエルの言っていた虫使いが会戦を仕掛ける時間も季節ごとに変わる。

 そして虫たちの活動が鈍る冬期はネームドに有利になるというライザーとナファドの指摘も的を射ていた。

 その意味で夏の急場をしのぐための気象兵器使用もやむなしと見做みなした。

 東のルーシア出身たるエルミタージュハイブリッドたちには経験も叡智も足りないから、ネームドとネームレスが互いに龍虫戦争を遂行継続するためのスケジュール調整などを踏まえていない。

 つまりアリアスが相変わらず龍皇子ならなぎの季節に龍虫たちが産卵を終え、幼体を守るためにナーバスかつ獰猛どうもうになるにバスラン攻略作戦を仕掛けているし、ディーンやナファド、鉄舟たちはそれを恐れていた。

 しかし、そんな当たり前の事も知らないフィンツとエルミタージュハイブリッドにはその発想がなかった。

 フィンツは真史は知っていてもナコト写本や真の書の内容は知らない。

 そして真夏に着任したライザーがパトリシアの挑発作戦で彼等を動かした。

 それは中秋の収穫期に農作業を妨害されないためには、悪さが出来ないよう痛打を与える必要があったからだ。 

 第一次バスラン防衛作戦とはそうした深い意味を持っていた。

 だからこそ、アリアスとディーン、ジェラールはナウシカとの交渉窓口としてのネームレスコマンダーを早く見つけておこうとしていたのだ。

 そして、傭兵騎士団エルミタージュがやらなかったを黒きメリエルは正にやろうとしていたのだ。


女皇歴1188年9月16日14時

フェリオ連邦リヒト上空


「あっちの女皇陛下性格悪いな」

 メリエルの密勅みっちょくでアストリア南部の虫使い生息域におもむこうとしているサンドラ・スターム真女皇騎士団司令は、ヴェローム公都ベルヌとパルムの行き来に利用している小型飛空艇ラセーヌを操縦する実弟のハニバル・トラベイヨ真女皇騎士団副司令にらす。

 操縦といってもほぼラセーヌに任せているだけだ。

 ブラムド・リンクを強奪したことで光学迷彩稼働艦の特徴をラセーヌにも実験的に試していた。

 もともとラセーヌは使徒素体とヒュージノーズの幼体から作られていて、ハニバルの思念信号波で指定された航路と進路、目的地に向けて自律的に航行する。

「しかし、兄さん。難航なんこうすると思われていた交渉も意外と楽に進められるかも知れません。“中秋と春先だけアストリアの穀倉地帯を龍虫でかすめるように犯せ”。この内容なら彼等ネームレスたちは間違いなく“面白い。乗った”となりますね」

 実弟ハニバルの指摘にサンドラ・スタームはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。

「女房(アリョーネ)を通じてエウロペア聖騎士になったっていうヴァスイム・セベップから、タタール・リッテがあちらの総参謀だという話を引き出して、即座に思いつくあたりが本当に人が悪い。ナカリアの遊牧民出身じゃ基本的に農耕民族のフェリオ人やゼダ人とは発想が根本的に違う。要するに“農繁期のうはんきを邪魔してやれ”って話だものな。ライザーの頭でっかちがそういう意味で手の込んだ挑発したのも、こちらの農繁期のうはんきを龍虫に邪魔されたくなかったからだし、銀行屋パトリックの娘というのがどういうものだかヤツらには分かっちゃいねぇ。戦争は政治経済込みだ」

 ハニバルもサンドラの的確な指摘に思わず苦笑した。

 相変わらず頭が良いのだか悪いのだか分からない。

「意外と頼もしいですよ。それにあの容姿ですからね。メリエル陛下を小娘だと勝手にあなどってくれる。伊達にエルシニエで大学生やってたわけじゃないです」

 サンドラはクククと笑った。

「ディーンはディーンで性格悪い。バスラン迎撃作戦における龍虫の損害がそっくりこっちの戦略物資と食糧化する。それを悟らせないための西風隊の処刑だろ。そっちで慌てさせておいて、アストリアの農繁期のうはんきを邪魔するというメリエル陛下の奇策きさく目眩めくらましをかけた。龍虫の侵入で穀倉こくそう地帯に被害が出て領内の農民たちに陳情されたら、アストリア大公は大慌てしてタタールに泣きつく。しかし、タタールはそれがどうしたと首をかしげる。それで自分の株がだだ下がりしたとは気づかねぇ。総参謀だとかいったところで、所詮しょせんは“戦争屋”だと大公も呆れるだろうさ。ルーマーを切り崩す策としては二重三重の計画だし、おそらくはゼダ人の《軍神》の方が先に気づく」

 ロムドス・エリオネアの名前が出たことでハニバルは表情をこわばらせた。

 “裏切り者”だと決めつけるにはロムドスは慎重で自制的だ。

 《軍神》と呼ばれているからこそ、ファルマス要塞を軟包囲するに留め、迂闊うかつに手出しはしていない。

 剣皇カールにも使があると判断しているようにも見える。

「どうもロムドス中将の背後にカイル兄さんの影がチラついているように思います。あの方は敬虔けいけんなファーバ教徒で、亡き奥方のご命日には花束を抱えて大聖堂に出向いておられた。そう簡単にルーマー教団に鞍替くらがえするとは思えない。かなり前から弱味を握られていて《アイラスの悲劇》に協力したのではないかと。それにミラーから聞いたコナン少佐の話。義母トワがルカをおとしいれたと言っていたことも、ラシーヌ中佐を討つと言っていたことも引っかかりました。トワ・ランセル元少佐は兄さんの部下でも人格的にとても優れていた。それに彼女を中将の後添のちぞえにすすめたのはロモンド元副司令ですよ。トワさんは兄さんが司令を更迭こうてつされた後にメロウィン先皇陛下に殉死的じゅんしてき退任している。そしてラシーヌ中佐を産んですぐに父さんのところでシルバニア教導団の教官になっている」

 ハニバルが父さんと呼んだのはカイル、サンドラ、ハニバルというスターム三兄弟の父であり、現在のアエリア教育施設群の主であるアルベオ・スターム学院長のことだ。

 サンドラも笑みを消してしばらく黙り込み、元女皇正騎士トワ・ランセルの不可解さを検証し始めた。

 トワの退任時期とロムドスの再婚相手となった時期、ラシーヌを出産した時期、そしてシルバニア教導団に入った時期が妙に近すぎた。

「確かにおかしい。アラウネ義姉ねえさんの場合はディーンを産んでから丸一年以上はセスタに引きもっていたし、その時期にライザーは夏期休暇でディーンの顔を見に訪れたセスタでセリーナをはらませた。その時期、お前はまだセスタに残って義姉ねえさんのエンプレスガードをやってた。セリーナが生まれたとき、トリエルの阿呆がジョセフィンをはらませて、怒った義姉ねえさんは産後間もないのにパルムに乗り込んでこっぴどく叱責しっせきした。確かそのとき義姉ねえさんと交替でセスタに来たエリーヌとお前が関係してイセリアをはらませたんだよな?そのとき義姉ねえさんがひらめいたのが、セリーナとジョセフィンが懐妊中かいにんちゅうのトゥドゥールを入れ替えるという策だった。なんのことはない。とっくに生まれていたセリーナをトリエルたちに自分たちの娘と信じ込ませた。それだって産婆さんばに頼んでジョセフィンがトゥドゥールを産んだときに“元気な女の子ですよ”とやらせた。そしてロクに顔も見せてやらずに里子に出したと言ってその実、自分がおっぱいやってセリーナとトゥドゥールをセスタで育てた。そのあとはイセリアを産みにセスタに来たエリーヌが義姉ねえさんと乳母を交替して、イセリアが産まれたらすぐにお前がシャナムをはらませたんだよな?」 

 ハニバルは極めつけに渋い顔をした。

「ほんとにサンドラ兄さんはデリカシーがないっ。はらませたとか人聞きが悪いにも程があります。でもそうでしたね。アリョーネ陛下が兄さんと事実婚してフィンツを産んだとき、セスタでシャナムと二人仲良く並べていましたし、アラウネ義姉ねえさんとウチのやつと、アリョーネ陛下は入れ替わり立ち替わりしていた。カイル兄さんが兄さんと交替で来てはうらやましそうにしてましたよ。“俺だけ仲間はずれかよ”ってボヤいてて可哀想でした」

 サンドラは今頃間違いに気づいた。

「あっ、間違えた。アラウネ義姉ねえさんがおっぱいやって育てたのはシャナムじゃなくてトゥールだった。そもそもあの頃のセスタはガキばっかでやかましいったらありゃしなかったわ。マヘリア母さんは言葉もわかんないのに子守ばっかして寿命縮めちゃったし、なんかディーンだけ妙に落ち着き払ってて可愛くないなぁと」

 サンドラが母親の寿命が縮んだとか、ディーンは可愛くないというのにハニバルはついにキレた。

「だから兄さんはディーンに嫌われてるんじゃないですかっ!ディーンは子供ながらに妹や他の子たちの面倒をよくみていましたよ。あの子の長男気質はその頃につちかわれたのだし、別に兄妹じゃなくても従兄弟たちだろうが弟妹みたいなもんだとちゃんと面倒をみてました。カイル兄さんは自分も長男だからディーンをえらえらいとよくめてましたからっ」

 サンドラは話の途中で真相に気づいた。

「そうかっ、トワの子であるラシーヌの父親はカイル兄さんなんだ。しかし、身持ちの堅いトワがカイル兄さんと関係してた?ありえないな。同じ顔した俺は一度フラれてるし」

 突飛なことを言い出すサンドラの天然ぶりと節操せっそうの無さにハニバルは呆れかえった。

 まさかとは思うが仮にも兄妹となってからまで、内縁の妻アリョーネのかわりにその姉アラウネまで口説くどこうとしていたんじゃないかと思う。

「ちょっ、それいつの話ですか?なんにせよアリョーネ陛下の前では絶対に言わないでくださいよ。いや考えるのもダメ。だから兄さんはグエンやリチャード(バベル)のこととやかく言えないってのに。部下の女性騎士を口説くどこうとかってオーギュスト・スターム司令として考えられない。カイル兄さんは中将司令として生真面目で厳格だったから・・・」

 職務に対するカイルの姿勢を褒めるハニバルの言葉を遮るようにサンドラはハニバルを鋭くにらんだ。

「だから、ルーマーにそそのかされたんだろっ。俺たちが義姉ねえさんたちと13人委員会やってたってのに、カイル兄さんは女皇騎士団そのものを女皇陛下たちを閉じ込めるおりに変えようとした。騎士団内に自分の派閥作って親父たちに対抗しようとしてグエンを引き入れた。ウチのやつとトリエルが義姉ねえさんの計画の継承者となろうって決めたときだってカイル兄さんは・・・」

 その続きを言おうとしてサンドラは硬直していた。

 アラウネの身代わりとなったエリーヌの悲劇に涙ぐむアリョーネとトリエルをカイルは冷笑し、「無駄なことをしようとするもんだ。こうなったからには失脚する俺の後任はグエンにするぞ。親父もベックスもアランハスも、俺の失脚の道連れでまとめて田舎にトバしてやる。なにが女皇家だ。そろいもそろって阿婆擦あばずれの好き者ばっかだ。無理もない。簒奪者さんだつしゃエセルの代からお前らは男だ女だにゃ弱いときている。表と裏を入れ替えてなかったら、グエンはレオハート公だった。大体、ガキの癖にガキをはらませたトリエルが一番の好き者さ」と嘲笑あざわらった。

 そして、その夜カイルはアリョーネに決闘を挑まれた。

 既に父親となってはいたものの、まだあどけなさが残るトリエル少年が「愛を知らないからお前だけ仲間はずれにされたんだろ?そんな出来損ないが母さんと父さんを侮辱ぶじょくするなっ!」とカイルに食ってかかるとカイルは怒りにまかせてトリエルを殴打し、首根っこをつかまえてののしった。「ジョセフィンにベットでたぶらかされた分際で何が愛だっ!大人しくリンゲルの後釜あとがまとして近衛騎士隊長になってりゃ、お前も少しは出世したのに棒に振った。リンゲルが気の毒に思うから不始末に自決しようとしたのを止めたんだっ!大体、父さんってお前は自分が本当は誰の子だか知っているのか?メロウィンの阿婆擦あばずれは次々と男をとっかえひっかえしていた。だから、お前はロレインの子じゃなくてロレインを殺したヤツの子なのさ。ってのも笑える話だよ。頭でっかちのマグワイアや指南役のトワにも勝てないガキがいっちょまえのクチ叩くんじゃねぇ!」とカイルはほおらして呆然となっていたトリエルを冷笑しつつ吐き捨てた。

 その現場をセスタから駆けつけたサンドラは見ていた。

 たった今二人の乗る小型飛空艇ラセーヌはもともとパルムとセスタの往来に使われており、サンドラは「アラウネ事件」発生の第一報を知って最大船足で駆けつけたのだ。

 しかし、長兄カイルにはサンドラもハニバルもかなわないと承知して不敬極まりないカイルの狼藉ろうぜきと暴言とを、じっと唇を噛みながら見ていることしか出来なかった。

 双子の兄弟だというのにサンドラは《剣鬼》の正体を知っていて、メロウィンが甲斐甲斐しく介護する様子を見ていたが、カイルは知らなかった。

 「タッスル事件」の発生により、いずれは引責引退するアルベオの後任である「オーギュスト・スターム新司令」をカイルとサンドラの双子がになうというのも、密かに忍び寄る闇に気づいていたメロウィンとベックスが決め、トワント・エクセイル皇室吟味こうしつぎんみ役筆頭公爵に裁可さいかさせた。

 もともとカイルを干そうという意味ではなく、忍び寄る闇との暗闘が激化すればバートラム・デュランのような犠牲者が増えていくという《百識》ベックスの推察で、要職の空白を生まないためなのだと説き、渋るアルベオを説き伏せていた。

 だが、ベックス・ロモンドはアルベオの参謀役からオーギュストの参謀役になるという親子二代を支える副司令としてカイルの行動を厳重に監視した。

 アルベオは長男カイルに配慮して女皇正騎士の「オーギュスト」と名乗らせていたが、当初はサンドラやハニバルまで女皇正騎士にしようとは思っていなかった。

 そのときすでに二人のうちいずれかをヴェローム公家の養子にしたいと申し入れられていた。

 レイスの血脈が途絶えてしまうことを先代ヴェローム公王は恐れていた。

 少し遠縁になるがセスタのスターム家にはレイスの血筋も入っている。

 そして、前皇室吟味役の頭越しに行われた「オーギュスト・スタームを双子が担う」や「ヴェローム公家にスタームの男子が入る」といった重要案件の決定にギルバート・エクセイル先代公爵が激怒した。

 既に家督はトワント公爵に代替わりしていたが“そんなのは知ったことか”と怒ったのだ。

 「タッスル事件」の発生後、カイルにだけは《剣鬼》の正体を悟られてはならないと、サンドラはメロウィンから厳命されていた。

 そして、同い年のオードリーと共に《対の怪物》扱いされて傷ついていたアリョーネはそのとき既に覚醒騎士になっていた。

 実弟トリエルへの暴行と侮辱ぶじょくに対し、アリョーネは本気で怒った。

 怪物と呼ばれながら姉である摂政皇女のアラウネとは違い、滅多に怒りをあらわにしないと皇女アリョーネは思われていた。

 だが、カイルを許さなかったアリョーネは決闘の場でカイルを討ち果たした。

 女皇宮殿に隣接する練兵場で行われたアリョーネとカイルの余人の立ち入れない激闘は3時間以上続き、サンドラに続いて、愛弟子マグワイアがエリーヌを治療する様を寄り添って見ていたハニバルも急報を聞きつけ大慌てで駆けつけた。

 アルベオもアランハスもベックスもグエンも、二人の息をむような死闘を見守ることしか出来なかった。

「ウチのやつと決闘に及んだとき、カイル兄さんは覚醒騎士だった。しかし、いつ覚醒騎士になったんだ?自分の子じゃないのに、建前では自分の子供だというディーンを可愛がってたって言うならその頃じゃないよな?」

 その指摘にハニバルも顔を引きつらせていた。

「そうでした。私と兄さんはアラウネ事件のときに・・・。兄さんはアリョーネ陛下が皇太子皇女に擁立されると決まり、トリエルを侮辱したカイル兄さんが陛下に殺されたときに、私はエリーヌがあんなことになったショックとカイル兄さんのむごたらしい死で・・・。そしてサンドラ兄さんと私は生まれて初めて中途覚醒した騎士として戦った」

 カイルが討ち果たされた翌日の晩、表沙汰おもてざたには出来ない兄カイルの死と父アルベオの失脚とに泥酔でいすいしたサンドラとハニバルは、長兄カイルをうしなったやり場のない怒りと暗澹あんたんたる将来への絶望のあまり兄弟で戦うことになり、事態を聞いて駆けつけたアリョーネとオードリーに止められた。

 それぞれにフィンツとシャナムが居るであるのにあまりに軽率過ぎるし、一番辛いのは実弟への侮辱ぶじょくでカイルを討たねばならなかったアリョーネなのだと言い、オードリーは兄弟を泣きながら平手打ちにした。

 それで完全な覚醒騎士となった二人はオードリーこそがエセルで、全ては自分の罪なのだと自責して泣くエセルのまごころを知った。

 泣き崩れたアリョーネは「どうか姉さんみたいに賢くはない私にめんじて生きて」と懇願こんがんした。

 女神オリンピアの化身であるアリョーネがかなり以前から読心の巫女として、スターム三兄弟のこころの動きを正確に知っていたのだとも知った。

 陽気なお調子者のサンドラは妻の勘働きに薄々気づいていたし、ハニバルにやましいことは一切なかった。

 問題なのはカイルだ。

 アリョーネがカイルの裏切りをずっと知っていて、それでもアルベオやサンドラ、ハニバルには知られまいとし、メロウィンやベックスには伝えていた。

 女皇正騎士同士の私闘が禁じられ、手合いも日中と決められたのはそのときがきっかけだった。

 その後、アリョーネは夫サンドラに「公的立場をなくした姉さんのために終生エンプレスガードになって」と言い、義弟ハニバルには「ヴェローム公王として、グエンの副司令として私を支えて」と言った。

 それから二人は20年近くアリョーネの騎士として仕えてきた。

 アリョーネは自ら討ったカイルの遺命いめいは実行し、グエンを新司令にし、ハニバルを副司令にえ、セスタスターム家の新当主となって失意のうちに西に去る夫サンドラの背を見送った。

 それぞれの息子たちの成長を見守り、サンドラはセスタから剣術指南役として各地に出向くかたわらで義姉“アローラ”をきたえ、ハニバルは忙しい合間をっては兄の子フィンツや義理の甥っ子であるディーン、イセリアとシャナムという実の子たちをきたえた。

 しかし、皇女タリアが殺され、フィンツが出奔しゅっぽんし、ディーンがフィンツの代役に決まり、相次いだ悲劇の連続にアリョーネとトリエル、更にはトワントまでおかしくなってしまったと危惧きぐしたハニバルは、大切だと思うがゆえにアリョーネとトリエルも表舞台から退場させようとグエン、アルゴ、ベックスらと「暗殺作戦」を決行した。

 そして1183年のエドナ杯決勝でハニバルはアリョーネとトリエルに完敗し、アラウネの息子ディーンとオードリーの娘ルイスの異常とさえいえる強さを認めた。

 自分たちに出来るのは子や弟子たちを見守り、アリョーネとメリエルを支える事しか出来ないのだと悟った。

 それが《太陽の騎士》と《人食いの雷帝》の真実だ。

 しかし、アラウネ事件よりもはるかに前からカイルは覚醒騎士だった。

 過去を思い返したハニバルは蒼白そうはくとなっていた。

「カイル兄さんの覚醒騎士化もそうですが、アリョーネ陛下もいつから覚醒騎士だったのでしょう?そしてなにを何処どこまでご存じなのでしょう?それに思い返すとカイル兄さんとの決闘の中身だっておかしい」

 読心の巫女として少女だったアリョーネがなにを何処どこまで知っていたのか?

 そして不可解な事実はもう一つあった。

 アリョーネとカイルの激闘が“3時間以上も続いた”ということ。

 それは真戦兵でなく生身での戦いだった。

 アリョーネの夫だったサンドラも青くなった。

「あのディーンでさえ女房には軽く一蹴いっしゅうされていた。それもつい最近までの話だ。読心の巫女ゆえに女房には対峙たいじしたディーンのこころの動きが読める。確かに覚醒騎士同士は精神感応し、ある程度までなら次の手の予測や動きの方向や戦術を確認出来る。だが、トレドで見たディーンは正にバケモノだった。考えている内容と実際の動きを別にするという精神感応の逆手もとれる。それは女房やエセル様、剣鬼様との戦いでディーンが会得えとくしたものだろう。そしてルイスには相手に読ませる前に動ける“神速”があり、覚醒したルイスにディーンもアリオンも完敗していて機動防御戦術も絶技も通用しなかった。確かにおかしい。なぜ女房はカイル兄さんに対しては3時間超もようしたのだ?」

 ハニバルはじっと押し黙って類推した。

 考え抜いた内容をサンドラにも示す。

「あのときは陛下本人でなく影武者のエセル様だった?いや、ついの怪物の実力は伯仲はくちゅうしていたからついの怪物だった。エセル様は考える前に本能で動けるルイスの“プロトタイプ”ですよ。なおのことカイル兄さんはエセル様の先手など奪えない。しかし、私が目にした戦いは先手をとるカイル兄さんの攻撃を陛下が受けていた。エセル様と私たち三兄弟はスタームの同系統にあるし、エセル様は私たちと同様にハイブリッドでしたから、戦いの最中に相手が無意識に放つ思念信号波を読み取れる。つまり、アリョーネ陛下とエセル様は戦いに際してはほぼ同じ能力を持っている。アリョーネ陛下は常時開放型の読心で、エセル様は任意開放型の読心術。それに実弟であるトリエルが姉と影武者を見間違う筈がない。現に見間違えたことなど知る限り一度もないです。まさかとは思いますが誅殺ちゅうさつするという決闘の中でカイル兄さんと陛下は対話していた?それにカイル兄さんのトリエルへの侮辱。私はその場にはいませんでしたが、兄さんは内容をかなり正確に覚えていますよね?」

 サンドラは内容を思い返していた。

「メロウィン陛下が男をとっかえひっかえしていた阿婆擦あばずれで、トリエルの父親もロレイン様を殺した男・・・。いや、そうじゃない。トリエルはロレイン様の子で間違いない。トリエルはわずかに、その息子トゥドゥールはロレイン様にうり二つだ。トリエルは“陽炎”の使い手だし、アランハス様からうかがったが“陽炎”はもともと旧女皇家の要人たちに備わる緊急回避という天技だ。誰もが使えるわけではなく、旧女皇家直系筋にだけ使える。アルフレッドやファーン、メイヨール公家を詳しく検証出来ないが、血が薄まるにつれて使えない者も出るという。グエンはアランハス様の子だというのに使えない。しかし、グエンの妻デュイエの実家ノヴァ家は皇分家の中に隠された旧女皇家の生き残りだ。ノヴァ家は《アリアドネの狂気》があった頃に隠密機動としてフェリオへの潜入監視役となっていて、ロレイン様のサイフィール家は代々メルヒンに皇族外交官として家族で赴任ふにんしていた。ラシール家はヴェローム公家の分家筋であり、カイル兄さんが“グエンがレオハート公”だと言ったのも満更間違いじゃない。トリエルの素性以外はカイル兄さんの話した通りなのだとしたら・・・それを知るのは皇室吟味役のエクセイル公家だけだ。それに女房は“陽炎”が使えて当たり前のはずだ。だのに何度も暗殺の危機におちいったにもかかわらず一度も使ったという話は聞いていない」

 サンドラとハニバル兄弟の血の気が引いた。

 ゼダを二つに割った事態の真相が飲み込めてきたのだ。

 皇室吟味役ギルバート・エクセイル3世公爵の筆頭公爵からの解任と隠居措置いんきょそち

 そのギルバートの長子がライザーで、二子がトワント。

 そして「タッスル事件」。

 もし仮にタッスル事件が夫ロレイン侯を排斥はいせきする意図でナカリア王国と結託した女皇メロウィンの勅命ちょくめいによりり行われ、陰謀の事実に気づいた皇室吟味役のギルバート公爵が「ロレイン侯を保護せよ」という意味で兄弟の父アルベオ、その参謀役ベックス、ロレイン候の剣術指南役アランハス、女皇座乗艦ロードのバベル艦長を動かしたのだとしたら・・・。

 犠牲者となった正騎士バートラム・デュラン。

 馬車の横転時に気を失っていて難を逃れた正騎士オーギュスト・スタームことカイル。

 事件ですり替わった外交官ヴェルナール・シェリフィス。

 女皇メロウィンが秘密の深淵に関わる自身に不都合な存在をまとめて消そうとしていたなら?

 そしてフィンツがなにを知ってしまったか?

 アリョーネが何処どこまで知っていたか?

 道化役となった挙げ句に失脚したカイルの怒りは誰に向けられていたか?

 末弟トリエルの父親ロレイン侯爵だったとしたなら?

「妻エリーヌはいまや《沈黙のアリア》と称されています。ライザーが選ばなかったからエリーヌは女皇正騎士として殉職じゅんしょくしたという形に。エリーヌの死を疑わなかったアラウネ義姉ねえさんはマルガで眠るアリアドネ様を後妻にせよと。しかし、ローレンツ公の案内でマルガ離宮の地下施設におもむいたときにはアリアドネ様のひつぎだった。なぜそうなのかは考えてみたことがなかったし、一命を拾ったエリーヌを“後妻アリア”としてそのままベルヌでかくまったとて誰も不審には思わない。あのときローレンツ公は『そうだったのか』と何故なぜだか悔しそうにしていた・・・」

 サンドラは表情を一変させていた。

「ローレンツがそう言ったのか?だとすると不可解な事実は全てつながる。ロレイン様は死ななかった。《剣鬼》と称するように言い始めたのはライザーだ。トリエルの父親はロレイン様で、アラウネ義姉ねえさんがセリーナとトゥドゥールを入れ替えるよう指示したのも、誰かにトゥドゥールの血統と素性を知られたくなかったからだ。ギルバート先公にディーンの父親がカイル兄さんだと話していたのも、ライザーが父親だと知られたくなかった。義姉さんこそがアリアドネ様で、エリーヌが本来の第一皇女。皮肉にもライザーは《砦の男》という始祖シンクレアの子という魂を持つ。真史に精通するギルバート先公はその意味に戦慄せんりつする。そして『なんとしても消せ』という。ディーンの強さの根源は“黒髪の冥王”だからじゃない。アリアドネ様と始祖シンクレアの魂の情報を受け継ぐ者だ。その妻ルイスだって“嘆きの聖女”でありエセル様とエイブラハムの子。そして、トゥドゥールはフェリオン侯爵家とゼダ旧女皇家、エセル様の新女皇家という三色の血を色濃く持つ剣皇アルフレッドの再来だ。そして、ライザーの罪の形・・・。トゥドゥールは覚醒騎士になれば史上二人目の“黒髪の冥王”となる。つまり、ディーンのコピー。かつてのディーンを“黒髪の冥王”という過酷な宿命から解放した結果、トゥドゥールはそれに替わる存在となってしまった。だからこそトゥドゥールはディーンを恨んだ。そして前の周期でディーンの手を振り払って刺した。そうかそういうことだったか・・・」

 サンドラの目が泳いでいた。

 ハニバルは兄がなにに気づいたか察しがつきかけた。

「兄さんどうしたのです?」

 サンドラはうめくようにつぶやいた。

「ミトラの予言はトゥドゥール同様に“嘆きの聖女”のコピーも生まれたことを意味していたんだ。“憤怒ふんぬのクシャナ”。ハルファと新大陸、暗黒大陸を行き来する合間にファルケンはセスタに来ていた。“憤怒ふんぬのクシャナ”はゼダに生まれるとだけ言っていた。それしか分からないと。その正体がカイル兄さんの子だというならトワを借り腹して生まれたラシールのことだ・・・。カイル兄さんは自身を翻弄ほんろうしたゼダを許さない。その魂を受け継ぐラシーヌがゼダへの復讐者となる。ゼダとエウロペアを守る本来の存在たる“嘆きの聖女”ルイスに対し、憤怒ふんぬをもってゼダとエウロペアを破壊しようという“嘆きの聖女”ラシーヌが“憤怒ふんぬのクシャナ”だ。ゼダへの愛国心があり、ファーバの教義に忠実な《軍神》がルーマー騎士団に手を貸したかの理由。トワやラシーヌを危険視してエウロペア聖騎士になったというコナン。だが、まだ分からないことはある。トワがカイル兄さんに籠絡ろうらくされたことだ」

 アリョーネとカイルの決闘のもっていた意味がハニバルにつかめた。

「ひょっとしてカイル兄さんはカイル兄さんじゃなくなっていたのでは?つまり、我々ハイブリッドだから出来る方法。つまり、魂の情報をトワさんにコピーして乗っ取った。カイル兄さんは“憤怒ふんぬのクシャナ”の父親で母親になった。カイル兄さんを誅殺ちゅうさつしようとしたアリョーネ陛下は本当は戸惑っていた。兄さんが兄さんじゃなくなっているのに覚醒騎士としての力は兄さんのもの。慎重に確かめようと色々試しているうちに3時間経っていた・・・」

 あり得るとサンドラはうつむいた。

 そしてサンドラはハニバルにだから話した。

「女房とトワントのヤツが女房とサイエス公との間に生まれたシーナとアンナを差し置いてメリエルを後継者に指名した意味だ。メル・リーナはせがれの婚約者だった。せがれもまたエセル様と同血統の俺たちや、子孫である新女皇家のご多分にれない。つまり、だということさ。目の前に伴侶はんりょが居たら飛びついて後先考えずにヤッちまう。トリエルのことは言えん。エイブラハムやライザーのことだってな。俺だってお前だってそうだった。ついの存在という若い女の色香と誘惑とに負けちまう。おそらくメリエルはメル・リーナじゃない。その腹の中に居た子だよ。そしてメルは殺されている。そうでないとせがれの行動の説明がつかない。復讐鬼になったのは察しがつく。俺だってディーンだってアリョーネやルイスが殺されたなら復讐鬼にだってなるさ」

 ハニバルはだとしたなら、尚更おかしいと考えた。

「メルのお腹の中の子なら現在20歳という訳が・・・」

 サンドラはフッと小さく笑った。

「新旧女皇家の男性皇族は少ない。そして、歴史的にみても五公爵家とは男性皇族は少ないが生まれていたということだ。そして、騎士としては正に非凡な力を持つ。ヴェロームのボストークやレイス、アランハス様、グエン、ナダル。メイヨールのラムザールやエスタークにエセル様。サイフィールのロレイン様だって凄腕だった。では、それだけの力がありながら騎士にならなかったら?その答えがギルバート様であり、トワントでありラクロアであり、レオポルトであり、そしてローレンツだった。ライザーだけは“盤外ばんがいのヤツ”だから除外される。ギルバート様とローレンツは《アークスの司祭》だった。アークスの司祭としてエクセイル家は“読解”という力を中心に持ってきた。ギルバート様はを読み解いた結果として聖典を復刻させた。トワントは事象を読み解くという力を持っている。真史を正確に読み解いたし、今現在起きていることもそれと符号させて読み解く。ラクロアもそうだろう。鉄道公社総裁としてふるった辣腕らつわんの中にはダイヤグラム(鉄道の言うダイヤの正式呼称)を読み解き正確な運行管理を作り、事故も最小限度に止めている。サイエスは“目利き”として選び取る力だ。人の持つ様々な可能性の中からその人間にふさわしいと思うものを選び取る。教育者としての資質だと言いえていい。レオポルトはその集大成だ。先代がレオポルトの目利きぶりを恐れて生涯書生の学者肌にしようとしていた。そして一番恐ろしいのがカロリファルに伝わる“分解再構築”。そんな力があるせいで、カロリファルの男性皇族たちは恐れられてきたんだ。ローレンツに向けられた敵意の正体とはその分解再構築にある。もしゼダという国家を分解再構築して再編したならば自分たちはどうなってしまうのかとね。13人委員会に居た俺はローレンツとトワントからその事実を聞いた。実際にローレンツには在り方を変える力があり発揮はっきされていたし、ローレンツは失意の失脚という形でのストレスにさらされた。その結果として超常の力が目覚めた。つまり、運び入れられたメル・リーナの遺体、観測者メロウのボディ、メルの中にあった新たな命。それらを分解再構築してメリエルを作った。初めてメリエルと会ったとき、俺がたわむれに放った思念信号波に反応したので驚いた。皇分家であるリーナの力だけでない。女房や俺からせがれに受け継がれた力だ。メルがメリエルなら発揮はっきできない。だが、メルとせがれの子ならば?フィンツ皇子の長女メリエルならば、まだ若い女房が一代飛ばして皇太子皇女に擁立ようりつしても、ミロアの法皇がそうと認める。そして間違っていなかった。俺たち13人委員会の計画失敗の集大成であり、エウロペア女皇メリエルじゃなく、剣皇メリエルでも良かったくらいさ。あの威厳と高潔さ、底知れぬ腹黒さと聡明さ。女皇の中の女皇。だから、戴冠たいかん式で俺たちはメリエルに仕えると決めたんじゃないか?」

 ハニバルは確かにそうだったと思い返した。

 トリエルが謀略をもってパルムから派遣した4人は揃いも揃って怪物だった。

 始祖たちの力を持ち、黒髪の冥王という苦すぎる過去周回の記憶をその身に刻みつけたディーン。

 嘆きの聖女であり、ネームドとネームレスの相克融和の象徴であるルイス。

 エウロペアネームドを苦しめ続けた最大の天敵で、サンドラの同志ダリオの息子たる龍皇子あらため天才指揮官アリアス。

 そして、女皇の中の女皇として、歴代女皇たちの庇護ひごを受けるメリエル。

 しかし、彼等のとはフィンツとかも知れない。

「しかしメロウィン陛下が分断されたゼダの片割れに君臨しているというなら・・・」

 サンドラはハニバルの醜悪しゅうあくな想像を打ち消した。

「過去はともかくとして、今は思っているのと逆なのかも知れない。《剣鬼》ロレイン様が今のメロウィン先皇を操縦している。介護する側とされる側とが逆。記憶喪失となったフリをして、ロレイン様は女房やトリエル、ファルケン、ディーン、ルイスを大成させたんだ。その根拠というのが“傀儡くぐつ回し”。ナノ・マシンで作られた全てを思い通りに操る能力。すでにメロウィン陛下はしていて、こころは半ば死んでいる。だからこそ、メロウィン陛下の中にまだ残るこころの健全な部分をし、操り人形とした。つまり今のメロウィン陛下はロレイン様の代弁者なのかも知れぬよ」

 サンドラとハニバルは一連の話の内容は他へは一切漏いっさいもらすまいと誓いあった。

 ただし、トワとカイルの話はトリエルに一報しておく。

 既にトリエルは「アイラスの悲劇」の直前にトワがルカと接触していた事実をつかんでいた。

 なぜ、ディーンは龍皇子だったと名乗るファルケン子爵、と名乗るベルベット・ラルシュ、龍皇家末弟であるアリアス・レンセンと通じ合っているのか?

 エイブラハムにせよ他人ではなく義父ちちだ。

 古代の女皇アリアドネの秘密はスターム三兄弟も知らない。

 メリエルの秘密も誰かに感づかれるのはマズい。

 それ以上に13人委員会としていまなお健在である男性皇族たちのについても隠しておかなければならない。


 9月17日にネームレス支配域に入った二人はメリエルの密勅内容を開示し、彼等東エウロペアネームレスとの秘密同盟を締結ていけつしたいと申し入れた。

 9月20日にはフェリオ、ルーシアとの共闘について秘密同盟が成立した。

 こうして龍虫戦争自体が東西に割れることになったのだ。

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