第4幕第6話 太陽の騎士と人食いの雷帝
《龍皇女》である仮称ナウシカこと《金色の乙女》がいよいよ絶対防衛戦線と戦う。
タタールとフィンツの推察していた通り、「
ディーンとアリアスの戦いはナウシカとの戦いにおいて、犠牲を抑えつつ早めに停戦交渉に持ち込むという
お互いに小出しに手の内を見せ合い、分が悪いとみればサッと退く。
それ
絶技使いたちにあまり自由にやらせてしまうとラムダス樹海から龍虫たちを一掃してしまうが、その結果としてナウシカの操るヒュージノーズの大群がファルガー山脈を超えてくる。
まだ防空戦力が整っていないというのにそんな戦況になってしまうと空港設備のあるアルマスで戦う羽目になり、黄金の三角の中央を戦場にすることになり、ライザーの
あと二月耐えれば農作物の収穫も無事に終わり冬期に入る。
ナノ粒子の汚染さえ
だからこそ敢えて制圧中のフォートセバーンからトンネル伝いに地上部隊を送り込める
ナウシカとしてもネームレスコマンダーを大量投入し、落ちたら間違いなく死ぬ航空戦力での戦いより、地上戦力中心の戦いで未熟なネームレスコマンダーたちを育てながら戦いたいというのが本音だと見抜いていた。
見抜いたというより、そうした考え方をナウシカに教えたのは彼女の兄貴で作戦担当の龍皇子アリアスだった。
早い話、どっちもどっちでなにしろ400年ぶりの本格的な龍虫戦争だったから実戦経験が豊富な戦士は魂の経験値を重ねている連中だけで、他は未熟者ばかりだというのはナカリア銅騎士団も暗黒大陸ネームレスも大差なかった。
だからこそトレドでの
しかし、ルーマー騎士団の戦力として投入された龍虫たちは
そうした事情でルイス、ミィ、フリオ、ディーンという絶技使いたちが中心となって
また確保した
ディーンの別働隊に
幼体を早めに回収してベリアに
つまりはラムダス樹海とトレド、バスランの両拠点から戦力を小出しにしつつ、ネームド側は農作物の確保、ネームレス側は龍虫幼体の確保をするというのが1188年の10月から本格的に始まる
エルミタージュハイブリッドたちはネームドとネームレスの戦いの真実に詳しくないのに
過去の戦いの記録としてナコト写本があり、ファーバ教団はネームドのカレンダーとネームレスのカレンダーとを整合させた戦いをしてきたと承知している。
バスラン防衛戦でトリエルの言っていた虫使いが会戦を仕掛ける時間も季節ごとに変わる。
そして虫たちの活動が鈍る冬期はネームドに有利になるというライザーとナファドの指摘も的を射ていた。
その意味で夏の急場を
東のルーシア出身たるエルミタージュハイブリッドたちには経験も叡智も足りないから、ネームドとネームレスが互いに龍虫戦争を遂行継続するためのスケジュール調整などを踏まえていない。
つまりアリアスが相変わらず龍皇子なら
しかし、そんな当たり前の事も知らないフィンツとエルミタージュハイブリッドにはその発想がなかった。
フィンツは真史は知っていてもナコト写本や真の書の内容は知らない。
そして真夏に着任したライザーがパトリシアの挑発作戦で彼等を動かした。
それは中秋の収穫期に農作業を妨害されないためには、悪さが出来ないよう痛打を与える必要があったからだ。
第一次バスラン防衛作戦とはそうした深い意味を持っていた。
だからこそ、アリアスとディーン、ジェラールはナウシカとの交渉窓口としてのネームレスコマンダーを早く見つけておこうとしていたのだ。
そして、傭兵騎士団エルミタージュがやらなかった悪さを黒きメリエルは正にやろうとしていたのだ。
女皇歴1188年9月16日14時
フェリオ連邦リヒト上空
「あっちの女皇陛下も性格悪いな」
メリエルの
操縦といってもほぼラセーヌに任せているだけだ。
ブラムド・リンクを強奪したことで光学迷彩稼働艦の特徴をラセーヌにも実験的に試していた。
もともとラセーヌは使徒素体とヒュージノーズの幼体から作られていて、ハニバルの思念信号波で指定された航路と進路、目的地に向けて自律的に航行する。
「しかし、兄さん。
実弟ハニバルの指摘にサンドラ・スタームはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。
「女房(アリョーネ)を通じてエウロペア聖騎士になったっていうヴァスイム・セベップから、タタール・リッテがあちらの総参謀だという話を引き出して、即座に思いつくあたりが本当に人が悪い。ナカリアの遊牧民出身じゃ基本的に農耕民族のフェリオ人やゼダ人とは発想が根本的に違う。要するに“
ハニバルもサンドラの的確な指摘に思わず苦笑した。
相変わらず頭が良いのだか悪いのだか分からない。
「意外と頼もしいですよ。それにあの容姿ですからね。メリエル陛下を小娘だと勝手に
サンドラはクククと笑った。
「ディーンはディーンで性格悪い。バスラン迎撃作戦における龍虫の損害がそっくりこっちの戦略物資と食糧化する。それを悟らせないための西風隊の処刑だろ。そっちで慌てさせておいて、アストリアの
ロムドス・エリオネアの名前が出たことでハニバルは表情を
“裏切り者”だと決めつけるにはロムドスは慎重で自制的だ。
《軍神》と呼ばれているからこそ、ファルマス要塞を軟包囲するに留め、
剣皇カールにも使い道があると判断しているようにも見える。
「どうもロムドス中将の背後にカイル兄さんの影がチラついているように思います。あの方は
ハニバルが父さんと呼んだのはカイル、サンドラ、ハニバルというスターム三兄弟の父であり、現在のアエリア教育施設群の主であるアルベオ・スターム学院長のことだ。
サンドラも笑みを消してしばらく黙り込み、元女皇正騎士トワ・ランセルの不可解さを検証し始めた。
トワの退任時期とロムドスの再婚相手となった時期、ラシーヌを出産した時期、そしてシルバニア教導団に入った時期が妙に近すぎた。
「確かにおかしい。アラウネ
ハニバルは極めつけに渋い顔をした。
「ほんとにサンドラ兄さんはデリカシーがないっ。
サンドラは今頃間違いに気づいた。
「あっ、間違えた。アラウネ
サンドラが母親の寿命が縮んだとか、ディーンは可愛くないというのにハニバルは
「だから兄さんはディーンに嫌われてるんじゃないですかっ!ディーンは子供ながらに妹や他の子たちの面倒をよくみていましたよ。あの子の長男気質はその頃に
サンドラは話の途中で真相に気づいた。
「そうかっ、トワの子であるラシーヌの父親はカイル兄さんなんだ。しかし、身持ちの堅いトワがカイル兄さんと関係してた?ありえないな。同じ顔した俺は一度フラれてるし」
突飛なことを言い出すサンドラの天然ぶりと
まさかとは思うが仮にも兄妹となってからまで、内縁の妻アリョーネのかわりにその姉アラウネまで
「ちょっ、それいつの話ですか?なんにせよアリョーネ陛下の前では絶対に言わないでくださいよ。いや考えるのもダメ。だから兄さんはグエンやリチャード(バベル)のこととやかく言えないってのに。部下の女性騎士を
職務に対するカイルの姿勢を褒めるハニバルの言葉を遮るようにサンドラはハニバルを鋭く
「だから、ルーマーに
その続きを言おうとしてサンドラは硬直していた。
アラウネの身代わりとなったエリーヌの悲劇に涙ぐむアリョーネとトリエルをカイルは冷笑し、「無駄なことをしようとするもんだ。こうなったからには失脚する俺の後任はグエンにするぞ。親父もベックスもアランハスも、俺の失脚の道連れで
そして、その夜カイルはアリョーネに決闘を挑まれた。
既に父親となってはいたものの、まだあどけなさが残るトリエル少年が「愛を知らないからお前だけ仲間はずれにされたんだろ?そんな出来損ないが母さんと父さんを
その現場をセスタから駆けつけたサンドラは見ていた。
たった今二人の乗る小型飛空艇ラセーヌはもともとパルムとセスタの往来に使われており、サンドラは「アラウネ事件」発生の第一報を知って最大船足で駆けつけたのだ。
しかし、長兄カイルにはサンドラもハニバルも
双子の兄弟だというのにサンドラは《剣鬼》の正体を知っていて、メロウィンが甲斐甲斐しく介護する様子を見ていたが、カイルは知らなかった。
「タッスル事件」の発生により、いずれは引責引退するアルベオの後任である「オーギュスト・スターム新司令」をカイルとサンドラの双子が
もともとカイルを干そうという意味ではなく、忍び寄る闇との暗闘が激化すればバートラム・デュランのような犠牲者が増えていくという《百識》ベックスの推察で、要職の空白を生まないためなのだと説き、渋るアルベオを説き伏せていた。
だが、ベックス・ロモンドはアルベオの参謀役からオーギュストの参謀役になるという親子二代を支える副司令としてカイルの行動を厳重に監視した。
アルベオは長男カイルに配慮して女皇正騎士の「オーギュスト」と名乗らせていたが、当初はサンドラやハニバルまで女皇正騎士にしようとは思っていなかった。
そのとき
レイスの血脈が途絶えてしまうことを先代ヴェローム公王は恐れていた。
少し遠縁になるがセスタのスターム家にはレイスの血筋も入っている。
そして、前皇室吟味役の頭越しに行われた「オーギュスト・スタームを双子が担う」や「ヴェローム公家にスタームの男子が入る」といった重要案件の決定にギルバート・エクセイル先代公爵が激怒した。
既に家督はトワント公爵に代替わりしていたが“そんなのは知ったことか”と怒ったのだ。
「タッスル事件」の発生後、カイルにだけは《剣鬼》の正体を悟られてはならないと、サンドラはメロウィンから厳命されていた。
そして、同い年のオードリーと共に《対の怪物》扱いされて傷ついていたアリョーネはそのとき既に覚醒騎士になっていた。
実弟トリエルへの暴行と
怪物と呼ばれながら姉である摂政皇女のアラウネとは違い、滅多に怒りを
だが、カイルを許さなかったアリョーネは決闘の場でカイルを討ち果たした。
女皇宮殿に隣接する練兵場で行われたアリョーネとカイルの余人の立ち入れない激闘は3時間以上続き、サンドラに続いて、愛弟子マグワイアがエリーヌを治療する様を寄り添って見ていたハニバルも急報を聞きつけ大慌てで駆けつけた。
アルベオもアランハスもベックスもグエンも、二人の息を
「ウチのやつと決闘に及んだとき、カイル兄さんは覚醒騎士だった。しかし、いつ覚醒騎士になったんだ?自分の子じゃないのに、建前では自分の子供だというディーンを可愛がってたって言うならその頃じゃないよな?」
その指摘にハニバルも顔を引きつらせていた。
「そうでした。私と兄さんはアラウネ事件のときに・・・。兄さんはアリョーネ陛下が皇太子皇女に擁立されると決まり、トリエルを侮辱したカイル兄さんが陛下に殺されたときに、私はエリーヌがあんなことになったショックとカイル兄さんの
カイルが討ち果たされた翌日の晩、
それぞれにフィンツとシャナムが居る父親であるのにあまりに軽率過ぎるし、一番辛いのは実弟への
それで完全な覚醒騎士となった二人はオードリーこそがエセルで、全ては自分の罪なのだと自責して泣くエセルのまごころを知った。
泣き崩れたアリョーネは「どうか姉さんみたいに賢くはない私に
女神オリンピアの化身であるアリョーネがかなり以前から読心の巫女として、スターム三兄弟のこころの動きを正確に知っていたのだとも知った。
陽気なお調子者のサンドラは妻の勘働きに薄々気づいていたし、ハニバルにやましいことは一切なかった。
問題なのはカイルだ。
アリョーネがカイルの裏切りをずっと知っていて、それでもアルベオやサンドラ、ハニバルには知られまいとし、メロウィンやベックスには伝えていた。
女皇正騎士同士の私闘が禁じられ、手合いも日中と決められたのはそのときがきっかけだった。
その後、アリョーネは夫サンドラに「公的立場をなくした姉さんのために終生エンプレスガードになって」と言い、義弟ハニバルには「ヴェローム公王として、グエンの副司令として私を支えて」と言った。
それから二人は20年近くアリョーネの騎士として仕えてきた。
アリョーネは自ら討ったカイルの
それぞれの息子たちの成長を見守り、サンドラはセスタから剣術指南役として各地に出向く
しかし、皇女タリアが殺され、フィンツが
そして1183年のエドナ杯決勝でハニバルはアリョーネとトリエルに完敗し、アラウネの息子ディーンとオードリーの娘ルイスの異常とさえいえる強さを認めた。
自分たちに出来るのは子や弟子たちを見守り、アリョーネとメリエルを支える事しか出来ないのだと悟った。
それが《太陽の騎士》と《人食いの雷帝》の真実だ。
しかし、アラウネ事件よりも
過去を思い返したハニバルは
「カイル兄さんの覚醒騎士化もそうですが、アリョーネ陛下もいつから覚醒騎士だったのでしょう?そしてなにを
読心の巫女として少女だったアリョーネがなにを
そして不可解な事実はもう一つあった。
アリョーネとカイルの激闘が“3時間以上も続いた”ということ。
それは真戦兵でなく生身での戦いだった。
アリョーネの夫だったサンドラも青くなった。
「あのディーンでさえ女房には軽く
ハニバルはじっと押し黙って類推した。
考え抜いた内容をサンドラにも示す。
「あのときは陛下本人でなく影武者のエセル様だった?いや、
サンドラは内容を思い返していた。
「メロウィン陛下が男をとっかえひっかえしていた
サンドラとハニバル兄弟の血の気が引いた。
ゼダを二つに割った事態の真相が飲み込めてきたのだ。
皇室吟味役ギルバート・エクセイル3世公爵の筆頭公爵からの解任と
そのギルバートの長子がライザーで、二子がトワント。
そして「タッスル事件」。
もし仮にタッスル事件が夫ロレイン侯を
犠牲者となった正騎士バートラム・デュラン。
馬車の横転時に気を失っていて難を逃れた正騎士オーギュスト・スタームことカイル。
事件ですり替わった外交官ヴェルナール・シェリフィス。
女皇メロウィンが秘密の深淵に関わる自身に不都合な存在をまとめて消そうとしていたなら?
そしてフィンツがなにを知ってしまったか?
アリョーネが
道化役となった挙げ句に失脚したカイルの怒りは誰に向けられていたか?
末弟トリエルの父親だけロレイン侯爵だったとしたなら?
「妻エリーヌはいまや《沈黙のアリア》と称されています。ライザーが選ばなかったからエリーヌは女皇正騎士として
サンドラは表情を一変させていた。
「ローレンツがそう言ったのか?だとすると不可解な事実は全て
サンドラの目が泳いでいた。
ハニバルは兄がなにに気づいたか察しがつきかけた。
「兄さんどうしたのです?」
サンドラは
「ミトラの予言はトゥドゥール同様に“嘆きの聖女”のコピーも生まれたことを意味していたんだ。“
アリョーネとカイルの決闘のもっていた意味がハニバルに
「ひょっとしてカイル兄さんはカイル兄さんじゃなくなっていたのでは?つまり、我々ハイブリッドだから出来る方法。つまり、魂の情報をトワさんにコピーして乗っ取った。カイル兄さんは“
あり得るとサンドラは
そしてサンドラはハニバルにだから話した。
「女房とトワントのヤツが女房とサイエス公との間に生まれたシーナとアンナを差し置いてメリエルを後継者に指名した意味だ。メル・リーナは
ハニバルはだとしたなら、尚更おかしいと考えた。
「メルのお腹の中の子なら現在20歳という訳が・・・」
サンドラはフッと小さく笑った。
「新旧女皇家の男性皇族は少ない。そして、歴史的にみても五公爵家とは男性皇族は少ないが生まれていたということだ。そして、騎士としては正に非凡な力を持つ。ヴェロームのボストークやレイス、アランハス様、グエン、ナダル。メイヨールのラムザールやエスタークにエセル様。サイフィールのロレイン様だって凄腕だった。では、それだけの力がありながら騎士にならなかったら?その答えがギルバート様であり、トワントでありラクロアであり、レオポルトであり、そしてローレンツだった。ライザーだけは“
ハニバルは確かにそうだったと思い返した。
トリエルが謀略をもってパルムから派遣した4人は揃いも揃って怪物だった。
始祖たちの力を持ち、黒髪の冥王という苦すぎる過去周回の記憶をその身に刻みつけたディーン。
嘆きの聖女であり、ネームドとネームレスの相克融和の象徴であるルイス。
エウロペアネームドを苦しめ続けた最大の天敵で、サンドラの同志ダリオの息子たる龍皇子あらため天才指揮官アリアス。
そして、女皇の中の女皇として、歴代女皇たちの
しかし、彼等の敵とはフィンツとメロウィンかも知れない。
「しかしメロウィン陛下が分断されたゼダの片割れに君臨しているというなら・・・」
サンドラはハニバルの
「過去はともかくとして、今は思っているのと逆なのかも知れない。《剣鬼》ロレイン様が今のメロウィン先皇を操縦している。介護する側とされる側とが逆。記憶喪失となったフリをして、ロレイン様は女房やトリエル、ファルケン、ディーン、ルイスを大成させたんだ。その根拠というのが“
サンドラとハニバルは一連の話の内容は他へは
ただし、トワとカイルの話はトリエルに一報しておく。
既にトリエルは「アイラスの悲劇」の直前にトワがルカと接触していた事実を
なぜ、ディーンは龍皇子だったミトラと名乗るファルケン子爵、エドナと名乗るベルベット・ラルシュ、龍皇家末弟であるアリアス・レンセンと通じ合っているのか?
エイブラハムにせよ他人ではなく
古代の女皇アリアドネの秘密はスターム三兄弟も知らない。
メリエルの秘密も誰かに感づかれるのはマズい。
それ以上に13人委員会としていまなお健在である男性皇族たちの秘密についても隠しておかなければならない。
9月17日にネームレス支配域に入った二人はメリエルの密勅内容を開示し、彼等東エウロペアネームレスとの秘密同盟を
9月20日にはフェリオ、ルーシアとの共闘について秘密同盟が成立した。
こうして龍虫戦争自体が東西に割れることになったのだ。
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