第4幕第5話 恥知らずへの絶望と弱者たちの希望

 第一次バスラン攻略作戦は布陣ふじん展開していた龍虫たちに広がった恐慌によるスタンピードによる離脱退却と後背展開していたルーマー騎士団西風隊の壊滅的損害。

 そして剣皇ディーンの虹と純白のフレアールの二機の率いるトレド別働隊による龍虫と西風隊への殲滅掃討せんめつそうとうにより幕を閉じた。

 龍虫の損害数は推定で大小取り混ぜて約4000匹。

 バスラン防衛隊の戦死者は騎士25名でトレド隊の戦死者なし。

 ルーマー騎士団西風隊の戦死者は展開していたシュナイゼル隊に加え、後方要員と飛空戦艦のクルーを全て足して600名ほど。

 そして、トゥリー少佐、チィトゥイリ大佐、ヴォースイミ大佐という3名のブレインズ高官が行方不明となった。

 元西風騎士団ルーマー派の残存部隊約40機は指揮官ザオル・ヒュンメル少将と共に剣皇騎士団に降伏を申し入れた。

 ディーンはザオルのシュナイゼル隊と支援員に武装解除を呼びかけたが降伏は受け付けなかった。

 難民キャンプ改め新国家建設予定員詰め所に隣接した仮設の捕虜収容所ほりょしゅうようじょに入れられたヒュンメル少将らは自分たちの判断に青くなっていた。

 既にヒュンメル少将らのシュナイゼルはその大半がマッキャオの率いる輸送艦隊に移送されてバスラン要塞に接収せっしゅうされており、丸腰となった彼等はゼダ国軍の憲兵けんぺい隊に厳重に監視された上で手錠をかけられていた。


 女皇歴1188年9月15日15時26分

 トレド要塞城外 仮設捕虜収容所


 日暮れが迫る中、総司令官剣皇ディーンはトリエル・メイヨール大佐とトゥドゥール・カロリファル国家騎士団副総帥を伴ってヒュンメル少将らと接見せっけんした。

 トリエルとトゥドゥールは乗艦したマッキャオで戦場偵察しつつトレド要塞に来ていた。

「話が違うっ!我々は武装解除に応じた。戦時捕虜せんじほりょとしての扱いを求める」

 ザオル・ヒュンメルの言葉にディーンはいつになくするどとがった視線を向けた。

戦時捕虜せんじほりょ?それを主張出来るのは傭兵ようへい騎士団エルミタージュ他、《虫使い》とネームレスコマンダーたちだけに許された行為であり、特記6号における背信罪により貴方がたには処刑が待つのみだ」

 ディーンの口から処刑と宣告されたことで総勢60名ほどの捕虜ほりょたちから怒号にも似た抗議の声が広がった。

「我々はルーマーの教えに従い貴官らと敵対する道を選んだだけで・・・」

 ディーンはザオルらに皆まで言わせなかった。

「それがエウロペアの民に対する背信行為でなくなんだというのです?特権階級であるエウロペア全土の騎士たちは特記6号によりファーバの法皇猊下ほうおうげいかあるいは私の指揮下でエウロペアネームドの為に戦うことを命じられていたのにそれをせず、己の思想にじゅんじた。そして圧倒的敗戦で降伏して戦時捕虜としての扱いを求める?筋違いにも程があるっ!貴方方よりも年端のいかぬ少年少女騎士たちでさえ、特記6号に従い徴用ちょうようされ、命を賭して龍虫戦争を戦っている。そして今度の防衛戦において戦死した者もいる。彼等には降伏の機会さえ与えられない。命がけで戦い敗れれば殺されるし、そもそも陣営を違えることもしない。無論、《虫使い》たちとて鬼ではない。原理原則に従い勇敢に戦った上で捕らえられれば戦時捕虜せんじほりょともなります。しかし、貴方方は本来許されない陣営を選ぶということをし、自国民を筆頭とするエウロペアの民に対して背信した。もともと私たちのであるネームレスコマンダーやルーシアのエルミタージュ傭兵騎士に対しては貴方の言われる戦時捕虜せんじほりょを適用し、全戦闘の終結後は国許くにもとなり氏族の許に返す。それが異種族間の闘争と敵性勢力国家との交戦における原理原則です。だから、捕らえた彼等にはそれなりの処遇をしています。貴方方はメルヒンの無辜むこの民を見捨て、あまつさえ彼等国民を殺害することに荷担した。西風騎士の称号など武装解除と共にとうに剥奪はくだつされている。騎士の本懐を無視した貴方方にはもはやなにも言う権利などないっ!」

 剣皇ディーンの一喝に捕虜たちは震え上がった。

 慈悲を求めることしか許されておらず、その慈悲もベリアで国をうしなった人々から向けられる刺すような視線が全てを物語っていた。

 言い逃れも慈悲的扱いも求められない。

 だからわざと難民キャンプから見える位置に捕虜ほりょ収容所が置かれたのだ。

 そのという呼称さえある男が彼等から取り払っていた。

「処刑と言われるがどのように私たちを殺すというのです?」

 ディーンにかわりトリエルが進み出た。

「斬首に決まってんだろ。お前たちのシュナイゼルも心ならずもMasterの意志に従った。お前たちは自分の愛機さえ裏切ったんだ。だとしたなら裁くのもアイツらになる。生憎とお前たちの命を奪うのにメルヒン国民たちの血税の結晶でもある銃弾を割くなんて出来ない。出来なくしたのはお前らだろ?あまつさえお前らの同胞とやらはメルヒン国民たちの意思統合の象徴たるメルヒン国王家ロックフォート家一族までむごたらしく殺したんだ。因果応報いんがおうほう。それがお前たちを裁く原理原則に他ならねぇ!」

 続いて進み出たトゥドゥール・カロリファルも剣皇ディーンやトリエル大佐とさしたる違いはなかった。

「私はゼダ国家騎士団の副総帥としてオラトリエスとフェリオへの侵略行為や、そこで生じた犠牲者たちと戦没者たちに対してせめて誠実であろうとしています。我が国の反政府勢力が私の首をねることを求めたならば、せめて彼等の愛国心に対して誠実であろうと考えますし、弁明は一切致しません。必要だと思うから踏み切ったという私の意思にじゅんじます。今回の事についても参加する全将兵たちに対して一切恥じることのない命預かる将としての態度が必要不可欠だと断じ、失敗したなら失敗したなりの責任の取り方は心得ています。それは貴方がたにも適用される。我が国に不満や不信、断罪の態度で事にのぞんだのであれば生き恥をさらしてまで生きるをよしとはせず、何故なにゆえに私のように国民にことわりを説き、その代表者たる国王陛下の裁可をあおがなかったのだと問います。それが私のように軍事階級を持たずに軍要職者たちを従える責任ある立場の者としての矜恃きょうじと覚悟であろうかと考えます。そして其処そこに居るのはあるいは私だったかも知れないのだと他人事ひとごとだとも考えません。そもそも戦争行為とは国家そのものをけとする危険行為です。そうした危険行為をするからには、それなりに熟慮した上で、戦犯となるもいとわない節度ある態度が必要なのではないでしょうか?」

 つとめて静かにことわりを説くトゥドゥールの言葉が彼等の身に染みた。

「せめて斬首刑となるにおよび、私たちに身を清める機会を与えてくださいませんか?」

 おそらくは彼等の境遇に一番同情的なトゥドゥールに申し入れたつもりだったが、トゥドゥールは首を横に振った。

「余分な水などありません。ナノ粒子の汚染を免れた飲料水を分け合う我らにとり、水もまた貴重な資源なのです。よごれた者たちがよごれたままに断罪されるをやり場のない怒りに満ちた彼等自身が望んでいます。違いますか、皆さん?」

 捕虜たちに接見するディーンたちを見守っていた難民たちがトゥドゥールのベリア語に反応して「そうだとも」「何を今更」「俺たちも何日風呂にも入れていないと思っているんだ」「子供たちに安全な水さえ満足に与えられないみじめなあたしたちを少しも見ていないの」と呼応こおうした。

 ベリア語で浴びせかけられる痛烈な言葉の数々にザオル・ヒュンメルたちは顔色を失った。

「こういうことです。彼等は自分たちの為に命をした戦士たちと、その代表者として在る私たちをちゃんと見ています。そして自分たちに与えられないものを貴方がたのような卑劣ひれつな裏切り者たちに与えようなどとは考えません。私たちも可能な限り、彼等のいのちの灯火ともしびが消えぬようにと必死に戦っていますし、食事や飲料水は出来る限り確保して分け与えています。それでも足りない。けれども彼等が足りないとうったえかけたりもしない。ないなら作るという人物の提案に応じている。私たちは運命共同体という大エウロペア連邦女皇国の民としておのおのに出来ることをし、それでも満たされることはありません。こんな不条理にいきどおっている。だからこそ目に見える裏切り者の貴方がたを許さない」

 そこでゼダ公爵として静かな語り口を続けていたトゥドゥールは声のトーンを変えた。

「甘えるなっ!せめて彼等の為に戦っていたならこうはなっていない。汚辱おじょくにまみれた唾棄だきすべき自称騎士どもっ!選ばれた戦士としての誇りなく、敗残して命乞いのちごいしたこと、我らの慈悲を求めたこと、その身死そうとも我等は決して忘れぬっ!お前たちのような不心得者がいるから我々はみじめに戦うしかないのだっ!彼等がいつお前たちを裏切ったという。薄汚れた裏切り者としてせいぜいみじめに死ねっ!それが彼等の家族たち友人たち知人たち命奪われた全ての者たちに対するせめてものなぐさめになるっ!」

 話の途中から声のトーンと態度を変えたトゥドゥールのベリア語に難民たちから「トゥールさまぁ、よくぞ言いのけてくれました」「私たちの怒りと絶望を代弁してくださいましたことに感謝致します」「死ね死ね、死ーね、死ね死ね、死ーねっ!」「フォートセバーンで偉ぶっていてのこのザマは冥府で陛下たちにびるがいいっ!」「転げ落ちたその首に俺たちから黒い大小便をかけられないだけマシだと思えっ!」といった怒りに満ちた数々の声が寄せられた。

 ザオル・ヒュンメルたちにはもはや反論する気力も、なにかを求めようという意思すらも失われていた。

 武人としての誇りも、家族あるがゆえの保身もすっかり意味を喪失そうしつしていた。

 あるいは生き残った家族たちもが罵声ばせいの中にあると考え、意気消沈していた。

 そしてルーマー教団の者たちからの耳障みみざわりの良い甘言かんげんに耳を貸したことへの後悔と屈辱的くつじょくてきな立場とに、あのとき拒絶して命断たれていても騎士の本懐ほんかいと共に在ったことでなんら恥じ入ることがなかったのだと、トゥドゥールからの内臓をえぐる優しげな言葉を思い起こしてくやし涙を浮かべていた。

「随時、死刑を執行する。お前たちを断罪のために生かすための余分な食糧も此処ここにはない。すみやかに消え失せろ。それがせめてお前たちに出来るつぐないだ」 

 剣皇ディーンはベリア語でそう断じ、用意したシュナイゼルで裏切りの騎士たちの首を自らが率先そっせんしてねた。

 総司令官自らが率先そっせんして処刑に関与したのは“手を汚すのは自分たちでいい”というそれだけの理由だった。


 16時を合図に始まった処刑作業はつつがなく進行していった。

 ザオルも含めた60数個の首はそうしてレジスタリアンが掘った穴に落ち、首なし遺体は難民有志の手で次々と穴に放り込まれた。

 それ以上なにかのわざわいとならぬ為にゼダ国軍兵士たちが油をいた上で火を放ち、不快な悪臭を放ったのを最後に、西風騎士団だった騎士たちの遺体は宵闇よいやみとトレドの土中に消えた。 


 生き残った者がほとんど居なかったにもかかわらず、トレド要塞における剣皇ディーンらの苛烈かれつなる措置そちはたちまちにしてフェリオに展開するルーマー騎士団に広まった。

 意図的に広めた連中がいて、やはり“黒髪の冥王”とは血も涙もない邪悪の化身なのだと恐れおののいた。

 しかし、裏切りのエウロペア騎士たちへの断罪に対し、傭兵騎士団エルミタージュやネームレスコマンダーに対する処遇は違うという事は「不公平だ」という不満を露呈ろていさせた。

 ファーバ教団と法皇が認めた剣皇は陣営を同じくして戦うルーマー騎士団を差別し、区別するのだという事実。

 もともとエルミタージュブレインズの立案した作戦計画で戦いながら、負けた場合の扱いが違いすぎるという点で、それがエルミタージュへの不信感となった。

 アストリアのヴェインに司令部を置いている傭兵騎士団エルミタージュのフェリオ支部ではアジン少将がタタール・リッテ少将を前に沈痛な面持ちを浮かべていた。

「フェリオの騎士たちに動揺が広がっていますな」

 総参謀タタールの言葉にアジンはため息をついた。

「それが狙いのうちであり、既成きせい事実が成される前であれば剣皇カールに呼応せよという黒髪の冥王たる剣皇ディーンからのメッセージでしょう。あれほどの大敗になるとは私たちとて想定外です。要衝ようしょうバスランに痛打を与えるどころか、仕掛けた事を幸いとしてこちらに大打撃と動揺を与えてみせた。なにより絶対防衛戦線と称する彼等は一枚岩なのだと示した。大エウロペア連邦女皇国が戦士たちと民衆が一体化した厄介な敵なのだと我々も認識を改めるべきかと」

 タタール・リッテはなにを今更とアジンをはげました。

「非情で残虐だとののしられることさえ覚悟して剣皇ディーンは敢えてこのような措置そちに出た。もともとエウロペアネームドの騎士だった私たちを再び味方として迎え入れるつもりは一切ない。“旗を見せろ”と迫り、“裏切りの覚悟を示せ”と言い切った。ルーマー騎士団として彼等と戦う我らの覚悟は戦場で示すしかない。むしろ、優秀な狙撃隊指揮官のトゥリー、女だてらに指揮官として有能だったヴォースイミとチィトゥイリを欠いてしまったことこそ、我らの痛手でしょうな。人員の補充の方は?」

 アジンはけわしい表情を浮かべた。

「指揮官クラスの補充となるとそう簡単には。ツァーリに願い出て本国からそれなりの人材を回してもらわねばなりますまい。パルムの総司令官ノーリも激怒していたとドゥヴァから聞いています。だから、慎重にせよと重ね重ね言っていたのに要塞攻略戦を不用意に行いすぎたのだと。オラトリエス国王でもあった剣皇カールはもっと苛烈だろうし、軟包囲するロムドス隊の喪失そうしつは西風隊一個師団の比ではありません。ロムドス・エリオネアはまだ裏切ったという程の具体的行動には出ていません。彼等こそまだ取り返しがつくと判断し、現状で我らを裏切ることもあろうかと」

 剣皇ディーン、女皇メリエルの絶対防衛戦線を難民という無駄飯ぐらいの“お荷物”を抱えた“寄せ集め”とあなどるのは危険で、劣勢を装いつつ戦力温存している大帝カールの要塞ファルマスをあなどるのはもっと危険だった。

 そして、その実ノーリ総司令と認知されるフィンツとティベルは正に冷笑していた。

 フェルレインとブリュンヒルデの戦力的価値。

 そして筆頭参謀として機を見るローデリアや、精強な北海艦隊をようしながら決戦をなかなか仕掛けて来ない団長アウザールのルートブリッツを見誤れば、傭兵ようへい騎士団エルミタージュをようするルーマー騎士団とてバスラン攻略戦の二の舞となる。

 事態を完全に理解していたタタール・リッテはうめくように告げた。

「ノーリ総司令は今こそ《金色の乙女》をこちら側として動かす好機と考えるでしょうな。というより、より慎重に戦う暗黒大陸のネームレスコマンダーたちと剣皇ディーンとを食い合わせる。我々に預けてくれた龍虫の損耗そんもうが非常に大きく、開戦以来既に1万匹を超えている。調教済みの龍虫を提供している氏族たちの手前、《龍皇女》としても我々に任せてばかりはいられないとなる。観測情報では新型真戦兵に加え、高射角列車榴弾砲こうしゃかくれっしゃりゅうだんほうや機動退避列車といった新兵器も投入しているようです。彼等に時間を与えすぎてしまったのかも知れません。それにこちらもどうやら安穏あんのんとはしていられないようですな」

 アジンはタタールをまじまじと見据みすええた。

「やはりこのアストリアにも虫使いたちが来る?」

 タタールは黙ってうなずいた。

「ノーリ総司令が彼等に釘を刺していた。しかし、どうやら釘抜きを手に乗り込んだ者たちがいるようです。アストリア領内での龍虫たちの強行偵察の頻度ひんどが目立って増えた」

 タタールはアストリア南部にある警戒監視ライン内でのキルアントやフライアイの偵察行動が増えているとの報告を受けていた。

 しかし、西ゼダのバスラン要塞が打撃を受ければ少しは手控えるだろうという目算で大部隊での要塞攻略戦を承諾しょうだくし、ベリアのセビリアを拠点とするルーマー騎士団西風隊の投入許可をも出した。

 それが正に裏目に出て、西の戦場における大敗が東にも盤面変化をもたらしていた。

 旗色を隠しているのはフェリオのオランド公国でも同様だった。

 精強なオランドの騎士たちポルスカ騎士団はアストリアのように完全にルーマー騎士団への参加を確約していたわけでなく、本当に対龍虫戦となる国土防衛戦のために待機していた。

 彼等が動けばフェリオをも二分する事態におちいる。

 それにロムドスの計画では黒騎士隊と遊撃騎士団も今回の迎撃戦に参戦している筈だったが、ゼダのハルファに駐留ちゅうりゅうしている様子だという。

 絶対防衛戦線では追撃戦に繰り出したブラムド・リンクを含めて僅か4隻しか防衛戦に参加しなかった。

 機動艦隊としてハルファに派遣し、黒騎士隊や遊撃騎士団の運用に展開させるつもりで温存したのか?

 それとも単に要塞迎撃戦では飛空戦艦自体がそれほど重要だと言えなかったからなのか? 

 タタールも新進気鋭しんしんきえいとはいえアリアス・レンセン中尉が一手で二手、三手先を考える程の厄介な指揮官とは考えておらず、トゥドゥールにせよ聡明そうめいなリチャード・アイゼンあってのものだと考えていた。

(若造どもとあなどりすぎていたのは私も同罪か。“ミュー”が生きていたことを確認したときにも、リッテ氏族襲撃作戦でマルコたち我が家族を一掃いっそうしたと思い込んでいた甘さを痛感したが・・・。やはりあの作戦の指揮は私が自らるべきだった。情に判断がにぶるとアジンに任せてしまったことが悔やまれる。ミィとミュー。我が孫娘と粗忽そこつなダランの子では雲泥うんでいの差だ。年頃も容姿も名前も似てはいるが中身は別物。その意味でもセリアンにはかられたというわけか)

 「ミィ・リッテ」というのも偽名だ。

 本物のミィ・リッテであるダラン・リッテの娘はリッテ氏族襲撃事件で殺されていた。

 逃がす際に仲良しだったミィが殺される様をミューは目の当たりにしていた。

 タタールの孫娘で長子マルコの子ミューは父祖と同じかそれ以上に高い資質を持っていた。

 ナカリア国王セリアンの反撃の一手とは生き残ったミューにそれと名乗らせなかったことだ。

 首都タッスル防衛隊の金騎士長マルコ・リッテから娘の非凡ひぼんさは聞いていたのだろう。

 生きているのが知られればタタールは目に入れても痛くない可愛い孫娘であろうとも、先々の障害と考えて排除するとセリアンは読んだのだ。

 その上でミィと名乗らせたミューをナカリア最大勢力のオランド氏族に預けた。

 権力や戦力を握る実の祖父に存在が知られれば殺されるという点で、師弟にあたるディーンとミューは似ていた。

 ミィが自身の真名を明かし再びミューと名乗るのは将来の伴侶はんりょを得てからになる。

 はこに隠された真の世界における狩りと月、貞淑ていしゅくと純潔、そして獣たちの女神を意味するアルテミス。

 その化身とも言える《月光の剣聖》ミュー・リッテ。

 究極の復讐者リベンジャーに鍛えられた“復讐の乙女”は自身が乙女でなくなったときに完全に目覚めるのだ。

 “砂漠の女狐”がひた隠す秘密とはネームドの矜持きょうじであるその名前にあった。

 ミィが祖父にひた隠すもう一つの秘密とは?


女皇歴1188年9月20日

ラームラント自治領 交易都市シャルデファー

猟兵団本部


「やはり剣皇ディーンと剣聖ルイスはあなどれなかった。嘆きの聖女というルイスの怒りが龍虫を恐慌状態に陥らせ、本来とは逆方向にスタンピードで潰走かいそうさせた。その結果がセビリアの西風隊を戦わずして壊滅かいめつさせた。剣皇ディーンはトレドの別働隊で潰走かいそうした龍虫たちをたちと狩った。そのように理解しますよ」

 ラームラント猟兵団りょうへいだんのアポロ・リッテ中佐は第一次バスラン攻略作戦をそう総括そうかつした。

 アポロはミューの双子の兄であり、二人の父親であるマルコ・リッテは長子アポロは狩りに出向いていた折に仲間たちとはぐれ、ナミブの砂漠で散ったと家族たちにも伝えていた。

 しかし、はそうでないと承知していた。

 リッテ氏族の大がかりな狩りがあったのも事実だし、そのときアポロも消え失せた。

 マルコがミューに告げた「じいちゃんのことは忘れろ」には続きがあり、「アポロのことも忘れろ。もしも、思い出すときが来たなら、それはお前たちが再会する幸運があったということであり、そのときが来たなら二人とも俺の子だと思い出せ」だった。

 “俺の子だと思い出せ”というのは二人にとっての愛する祖父タタールを忘れ、誇り高き父で金騎士長マルコ・リッテを父親とする兄妹のきずなを思い出せということだった。

 そんな話はアポロもミューも忘れたことはない。

 マルコがアポロを突き放したのは父祖の築きあげたナカリアのリッテ氏族族長候補の長子ということを忘れろという意味であり、危機が迫っているという告知だった。

 ナカリアから消えたアポロは父マルコに指示された通りにラームラントにおもむき、タタールの目を逃れ、猟兵りょうへいとして成長した。

 真戦騎士と猟兵りょうへいの違いは真戦兵に搭乗して共に戦う騎士に対し、龍虫を指揮し龍虫に乗って戦うというのが猟兵りょうへいだ。

 自治領ラームラントは特記6号の存在を無視したのでなく、非戦闘員である氏族の高齢者と女子供はメルヒンや西ゼダに逃がした上で、ネームドとネームレスのどちらの側で戦うべきかを自身たちの存亡を賭けて選択していた。

 将来の真の指導者でハイブリッド種であるキース・フォレストをメルヒンに留学させて政治を学ばせ、その弟であるハサンはゼダに潜入せんにゅうさせた。

 どちらでもあり、どちらでもない自分たちが生き残るためには両サイドに要人を送り込み、龍虫戦争においてネームドとネームレスのどちらが勝とうとも生き残る道を作るという弱者ならではの生存戦略だった。

 ラームラント自治領にとって事実上の宗主国そうしゅこくであるメルヒンも、ずるいと言われかねないラームラントの戦略意図を理解した上で、遊撃展開可能なシャルデファーに西風騎士団の駐留軍を配して事態を静観していた。

 その鍵を握るのがラームラント出身でありながらメルヒン西風騎士団に所属するアルバート・ベルレーヌ大佐であり、自身は育てた部下たちと龍虫たちとの戦いに加わりつつ、ラームラントの未来を見据みすえて慎重に事を運んでいた。

 エリンの剣聖機サウダージを改修し、純白のフレアールとして剣皇ディーンに提供したのもその一端に過ぎない。

 そうした事実を知らない剣皇ディーンやアリアス・レンセン中尉ではなく、ネームドとネームレスの相克と闘争の意味においてラームラントは正しい選択をしていると考えていたし、ナカリアのリッテ氏族も国王セリアンも“ラームラントのことはラームラントが決める”と突き放したメルヒンのロックフォート王家と同様に考えていた。

 それゆえに第三勢力として台頭たいとうしたルーマー騎士団への参加は完全にこばんだ。

 キース・フォレストがライザーに語った言葉にも嘘はない。

 世話役として帯同していたキースの家臣であるたちはフォートセバーン陥落かんらく時にキースを逃がすために犠牲になっていた。

 また、実弟ハサンもルーマー騎士団に殺された。

 キースが男泣きする根拠はあり、今はライザーに師事してラームラントの未来を背に黙々と戦っていた。

 ディーンは思想で陣営を選んだルーマー騎士団西風隊に容赦ようしゃなかったが、ラームラントこそが暗黒大陸ネームレスとの融和ゆうわと共闘の鍵になると考えていた。

 メルヒン西風騎士団ラームラント駐留軍のドノヴァン・ブレイズ大佐はアポロの見解を支持した上で静かに語った。

 ドノヴァンは同じ軍階級でもアルバート・ベルレーヌよりも年齢が高く、従って経験豊富で思慮深く、フォートセバーンの西風騎士団首脳部とは距離を置き、自身がメルヒンからラームラント防衛に派遣はけんされた高度な政治判断も出来る武官であると自負していた。

 騎士や指揮官としてはアルバートの方が上だと見做みなし、ディーンや鉄舟に必要な人材だから絶対防衛戦線に加えたとも理解している。

「西の剣皇たる黒髪の冥王はかつてラームラントに招かれ、サライ・フォレストとして戦ったこともある。冥王の血縁としてフォレスト氏族はラームラント各氏族の中心となってきた。そもそもエウロペアの未来として共生社会の構築という課題を念頭に戦って来られた方だ。だからこそ我々が正式参戦しない意味を裏切りとは考えていない。実際に暗黒大陸のネームレス侵攻に対しての抑止戦力として鉄舟殿の深慮しんりょで我々は此処ここに残り、結果として《金色の乙女》は我々をとしてラームラントを意図的に無視した。だがそれだけだ。《金色の乙女》の率いる暗黒大陸のネームレス氏族はベリアに生存圏を構築するには現地の事情に明るい我々の協力が必要だと考えた。そして我々は黒髪の冥王サライや鉄舟殿の深謀遠慮しんぼうえんりょにどう応えるべきか真剣に考える段階に入った。冥王と鉄舟殿は裏切り者の西風セビリア駐屯軍に深刻な痛手を与え、盤面は変化した」 

 アポロは妹のミューと同じ年でありながら、猟兵団りょうへいだんのサブリーダーとなるまでに成長していた。

 真戦騎士としてはミュー、ネームレスコマンダーにも相当する氏族の勇者としてのアポロと二人の父であるナカリア金騎士マルコ・リッテは考え、自身の父タタールの目からアポロを隠し、手元で育てるつもりのミューをその身に替えても守った。

 リッテ氏族襲撃事件時にミューが自分たちの寝ていたテントの先に擱座かくざした父マルコの愛機ファルベーラの姿を見た意味とは正にそれだった。

 猟兵団りょうへいだんたばねるヤコブ・マハール大佐はキース・フォレストからの目標指定型思念信号波について語るべきは今だと考えた。

 褐色かっしょくの肌と屈強な体つきをしており、我々の世界のアラブ人を思わせる風貌ふうぼうの武人で、猟兵をまとめるには好都合なハイブリッド第一世代でもあった。

 リッテ氏族はハイブリッドとネームド、ネームレスの交配を重ねているせいで、何世代目かは分からないせいか、騎士能力者とネームレスコマンダー能力者が自然に生まれる。

 それ故、アポロとミューは両親が同じ双子ながら能力が違っていた。

 似ているのはそれぞれ「狐」と形容される油断ならない野性味であり、鋭い目つきと褐色かっしょくの肌に比較的小柄な体型に宿った残忍な狩猟者という気質。

 大怪我をしにくい体質と感覚の鋭さ、俊敏しゅんびんさといったところだ。

「キース様からの思念信号波により、ライザー殿が公明に我々の為の新型機を建造させたといいます。真戦獣レジスタリアン。あれは直立歩行型の真戦兵たちと違い多足歩行型でありキルアントに似て比なる機体で、猟兵団りょうへいだんにも配備予定なのだとキース様は教えてくださった。《砦の男》ライザー殿もまた我々の未来に向けた戦いを理解されている。龍虫と個体融合せずともネームレスコマンダーたちが扱い指揮機として運用可能な生体機動兵器。その性能確認は率先そっせんしてやったといいます。ネームレスから帰化したネームド騎士たちやハイブリッドはごく少数の例外を除いて真戦兵の扱いは今ひとつ。しかし踏破とうは能力と離脱性能、隠密性に優れているというレジスタリアンなら私やアポロにも簡単に扱える。こたびの戦いで鹵獲ろかくしたキルアントなどから剣皇やトリエルきょうの指示で公明が我々の為のレジスタリアンをバスランで量産するでしょうな」

 ドノヴァンはうなり、アポロは微笑した。

 ラームラント猟兵団りょうへいだんからも飛空戦艦とシュナイゼル隊はアルバートの指揮下で絶対防衛戦線のトレドやバスランで戦っている。

 すなわちごく少数の例外で真戦兵の扱いに長けたラームラント騎士たちは、首長しゅちょうたちの護衛役に帯同たいどうしてそのまま西風騎士団に組み込まれ、戦線に加わっていた。

 メルヒン耀家ようけ世襲せしゅうマイスターとされる公明もラームラント出身であり、家族たちはシャルデファーに暮らしている。

 世襲的せしゅうてきにシャルデファーの耀家工房から優秀な人形技師がフォートセバーンに派遣されてきたという意味で、公明は図抜ずぬけていたのだ。

「大分ですが目処めどはたちましたね。じっちゃんから隠れていた俺の戦いもそれで意義を持ちます。正直なところ内心は忸怩じくじたる想いでした。ミューに戦わせておいて兄貴の俺はコソコソ隠れている。そんなのはやりきれない。しかし、もう少しだけ辛抱しますよ。名無しの《金色の乙女》が黄金の三角に戦いを挑む。その趨勢すうせいを見守り、いずれはベリアでの戦いの主導権を俺たちが握る。それでこそ、セリアン陛下や親父たち、そして戦に散ったベリア人たちの無念を晴らせる。それでキース様は今後どうするべきだと?」

 ヤコブは苦笑した。

 言おうと思っていたことを全部アポロに言われてしまったからだ。

「まさにアポロ。お前が語った通りだ。《レコンギスタ作戦》の成否を俺たちベリア人が握る。天才アリアス・レンセンならエウロペア全土の全ての駒を掌握しょうあくし、天才司令官であるゼダ公爵トゥドゥール卿が差配さはいする。エウロペア女皇メリエル様は俺たちにとっても希望だ。まずは《逆サンドイッチ作戦》でフェリオのルーマー騎士団を封じるというし、敢えて息をひそめていたオランドのポルスカ騎士団も剣皇カールに呼応する。アポロ。お前の師である太陽の騎士サンドラ卿は戦死を装い秘密同盟締結のためにアストリア南部に向かった。太陽の騎士の愛弟子であるアポロニウス。お前の真価はラームラントの龍虫を率いて《レコンギスタ作戦》の先陣を切ることだ。暗黒大陸のネームレス氏族との融和は戦って勝ったその先にある。今は日和見ひよりみそしられても構わぬとキース様は告げていた。キース様とアポロニウス、ミュー、公明。お前たちこそがベリアの未来だ。俺たちの世代がお前たちを未来につながる道にいざなう」

 ヤコブの指摘にアポロニウスは笑みを浮かべた。

 狩猟者としての残忍な笑みだ。

「俺たち双子はつながっている。リッテは《金色の乙女》がかつて産んだ彼女の氏族であり、ミューがじっちゃんのかわりに親父たちを殺した《ナイトイーター》と共闘するというなら、俺に異存などありません。フリオニールも被害者で、正しく名乗れない俺とよく似た悲劇の勇者だ。それにフォートからキース様を逃がしたのは西風に与力よりきしたフリオニールだ。それで遺恨も消えた。ベリアを俺たちの手に取り戻す。それにミューの対たるアイツが協力するというのなら、俺もヤツの兄貴として共に戦うだけです。《太陽の子》あるいは《砂漠の狐》という俺本来の戦いで剣皇ディーンと共に裏切り者たちを叩きつぶしますよ」

 ヤコブは頼もしいと思いつつもアポロにはもう少し大局を見るだけの見識と経験が必要だと考えた。

「実は鉄舟殿から“捕虜”を二人移送して欲しいと依頼された。フィーゴ提督のマッキャオが傭兵騎士団エルミタージュの指揮官を二人こちらに運び入れる。アポロ、ナカリアの地理に詳しいお前に地上移送を任せたい」

 アポロは驚いた顔をした。

 現在ナカリアには暗黒大陸の龍虫たちが駐屯ちゅうとんしている。

「捕虜を何処どこに移送しろと?」

 さすがに其処そこまでは知らなかったのかという意味でヤコブ・マハール大佐はニヤっと笑って続けた。

「アベラポルト地下大聖堂だ。地下に入れてしまえば思念信号波が届かなくなり指揮官だろうとなにも出来はせんよ。龍虫たちのスタンピードで跳ね飛ばされて瀕死ひんしの重傷を負ったそうだが、ゼダ軍医たちの治療の甲斐があって生かしたまま捕らえたという。別に機密を吐かせるために拷問ごうもんにかけようとかではなく、手や目の届かぬ場所でゆっくり傷を癒やせという意味だ。暗黒大陸のネームレスコマンダーたちも戦いの中で捕らえれば地下大聖堂に移送する。この機会にお前も少し離れたところから大局を俯瞰ふかんする目を養え。そして人材は人材なのだという認識を持つのだな」

 チィトゥイリとヴォースイミもトゥリーと同様に生きていた。

 トゥリーはトゥリーでなくなったが、二人はエルミタージュブレインズのまま捕らえられた。

 そしてタタール・リッテという共通項の存在により、チィトゥイリとの出会いがアポロを更に成長させるきっかけとなった。

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