第4幕第5話 恥知らずへの絶望と弱者たちの希望
第一次バスラン攻略作戦は
そして剣皇ディーンの虹と純白のフレアールの二機の率いるトレド別働隊による龍虫と西風隊への
龍虫の損害数は推定で大小取り混ぜて約4000匹。
バスラン防衛隊の戦死者は騎士25名でトレド隊の戦死者なし。
ルーマー騎士団西風隊の戦死者は展開していたシュナイゼル隊に加え、後方要員と飛空戦艦のクルーを全て足して600名ほど。
そして、トゥリー少佐、チィトゥイリ大佐、ヴォースイミ大佐という3名のブレインズ高官が行方不明となった。
元西風騎士団ルーマー派の残存部隊約40機は指揮官ザオル・ヒュンメル少将と共に剣皇騎士団に降伏を申し入れた。
ディーンはザオルのシュナイゼル隊と支援員に武装解除を呼びかけたが降伏は受け付けなかった。
難民キャンプ改め新国家建設予定員詰め所に隣接した仮設の
既にヒュンメル少将らのシュナイゼルはその大半がマッキャオの率いる輸送艦隊に移送されてバスラン要塞に
女皇歴1188年9月15日15時26分
トレド要塞城外 仮設捕虜収容所
日暮れが迫る中、総司令官剣皇ディーンはトリエル・メイヨール大佐とトゥドゥール・カロリファル国家騎士団副総帥を伴ってヒュンメル少将らと
トリエルとトゥドゥールは乗艦したマッキャオで戦場偵察しつつトレド要塞に来ていた。
「話が違うっ!我々は武装解除に応じた。
ザオル・ヒュンメルの言葉にディーンはいつになく
「
ディーンの口から処刑と宣告されたことで総勢60名ほどの
「我々はルーマーの教えに従い貴官らと敵対する道を選んだだけで・・・」
ディーンはザオルらに皆まで言わせなかった。
「それがエウロペアの民に対する背信行為でなくなんだというのです?特権階級であるエウロペア全土の騎士たちは特記6号によりファーバの
剣皇ディーンの一喝に捕虜たちは震え上がった。
慈悲を求めることしか許されておらず、その慈悲もベリアで国を
言い逃れも慈悲的扱いも求められない。
だからわざと難民キャンプから見える位置に
その難民という呼称さえある男が彼等から取り払っていた。
「処刑と言われるがどのように私たちを殺すというのです?」
ディーンにかわりトリエルが進み出た。
「斬首に決まってんだろ。お前たちのシュナイゼルも心ならずもMasterの意志に従った。お前たちは自分の愛機さえ裏切ったんだ。だとしたなら裁くのもアイツらになる。生憎とお前たちの命を奪うのにメルヒン国民たちの血税の結晶でもある銃弾を割くなんて出来ない。出来なくしたのはお前らだろ?あまつさえお前らの同胞とやらはメルヒン国民たちの意思統合の象徴たるメルヒン国王家ロックフォート家一族まで
続いて進み出たトゥドゥール・カロリファルも剣皇ディーンやトリエル大佐とさしたる違いはなかった。
「私はゼダ国家騎士団の副総帥としてオラトリエスとフェリオへの侵略行為や、そこで生じた犠牲者たちと戦没者たちに対してせめて誠実であろうとしています。我が国の反政府勢力が私の首を
つとめて静かに
「せめて斬首刑となるにおよび、私たちに身を清める機会を与えてくださいませんか?」
おそらくは彼等の境遇に一番同情的なトゥドゥールに申し入れたつもりだったが、トゥドゥールは首を横に振った。
「余分な水などありません。ナノ粒子の汚染を免れた飲料水を分け合う我らにとり、水もまた貴重な資源なのです。
捕虜たちに接見するディーンたちを見守っていた難民たちがトゥドゥールのベリア語に反応して「そうだとも」「何を今更」「俺たちも何日風呂にも入れていないと思っているんだ」「子供たちに安全な水さえ満足に与えられない
ベリア語で浴びせかけられる痛烈な言葉の数々にザオル・ヒュンメルたちは顔色を失った。
「こういうことです。彼等は自分たちの為に命を
そこでゼダ公爵として静かな語り口を続けていたトゥドゥールは声のトーンを変えた。
「甘えるなっ!せめて彼等の為に戦っていたならこうはなっていない。
話の途中から声のトーンと態度を変えたトゥドゥールのベリア語に難民たちから「トゥールさまぁ、よくぞ言いのけてくれました」「私たちの怒りと絶望を代弁してくださいましたことに感謝致します」「死ね死ね、死ーね、死ね死ね、死ーねっ!」「フォートセバーンで偉ぶっていてのこのザマは冥府で陛下たちに
ザオル・ヒュンメルたちにはもはや反論する気力も、なにかを求めようという意思すらも失われていた。
武人としての誇りも、家族あるがゆえの保身もすっかり意味を
あるいは生き残った家族たちもが
そしてルーマー教団の者たちからの
「随時、死刑を執行する。お前たちを断罪のために生かすための余分な食糧も
剣皇ディーンはベリア語でそう断じ、用意したシュナイゼルで裏切りの騎士たちの首を自らが
総司令官自らが
16時を合図に始まった処刑作業はつつがなく進行していった。
ザオルも含めた60数個の首はそうしてレジスタリアンが掘った穴に落ち、首なし遺体は難民有志の手で次々と穴に放り込まれた。
それ以上なにかの
生き残った者が
意図的に広めた連中がいて、やはり“黒髪の冥王”とは血も涙もない邪悪の化身なのだと恐れ
しかし、裏切りのエウロペア騎士たちへの断罪に対し、傭兵騎士団エルミタージュやネームレスコマンダーに対する処遇は違うという事は「不公平だ」という不満を
ファーバ教団と法皇が認めた剣皇は陣営を同じくして戦うルーマー騎士団を差別し、区別するのだという事実。
もともとエルミタージュブレインズの立案した作戦計画で戦いながら、負けた場合の扱いが違いすぎるという点で、それがエルミタージュへの不信感となった。
アストリアのヴェインに司令部を置いている傭兵騎士団エルミタージュのフェリオ支部ではアジン少将がタタール・リッテ少将を前に沈痛な面持ちを浮かべていた。
「フェリオの騎士たちに動揺が広がっていますな」
総参謀タタールの言葉にアジンはため息をついた。
「それが狙いのうちであり、
タタール・リッテはなにを今更とアジンを
「非情で残虐だと
アジンは
「指揮官クラスの補充となるとそう簡単には。ツァーリに願い出て本国からそれなりの人材を回して
剣皇ディーン、女皇メリエルの絶対防衛戦線を難民という無駄飯ぐらいの“お荷物”を抱えた“寄せ集め”と
そして、その実ノーリ総司令と認知されるフィンツとティベルは正に冷笑していた。
フェルレインとブリュンヒルデの戦力的価値。
そして筆頭参謀として機を見るローデリアや、精強な北海艦隊を
事態を完全に理解していたタタール・リッテは
「ノーリ総司令は今こそ《金色の乙女》をこちら側として動かす好機と考えるでしょうな。というより、より慎重に戦う暗黒大陸のネームレスコマンダーたちと剣皇ディーンとを食い合わせる。我々に預けてくれた龍虫の
アジンはタタールをまじまじと
「やはりこのアストリアにも虫使いたちが来る?」
タタールは黙って
「ノーリ総司令が彼等に釘を刺していた。しかし、どうやら釘抜きを手に乗り込んだ者たちがいるようです。アストリア領内での龍虫たちの強行偵察の
タタールはアストリア南部にある警戒監視ライン内でのキルアントやフライアイの偵察行動が増えているとの報告を受けていた。
しかし、西ゼダのバスラン要塞が打撃を受ければ少しは手控えるだろうという目算で大部隊での要塞攻略戦を
それが正に裏目に出て、西の戦場における大敗が東にも盤面変化を
旗色を隠しているのはフェリオのオランド公国でも同様だった。
精強なオランドの騎士たちポルスカ騎士団はアストリアのように完全にルーマー騎士団への参加を確約していたわけでなく、本当に対龍虫戦となる国土防衛戦のために待機していた。
彼等が動けばフェリオをも二分する事態に
それにロムドスの計画では黒騎士隊と遊撃騎士団も今回の迎撃戦に参戦している筈だったが、ゼダのハルファに
絶対防衛戦線では追撃戦に繰り出したブラムド・リンクを含めて僅か4隻しか防衛戦に参加しなかった。
機動艦隊としてハルファに派遣し、黒騎士隊や遊撃騎士団の運用に展開させるつもりで温存したのか?
それとも単に要塞迎撃戦では飛空戦艦自体がそれほど重要だと言えなかったからなのか?
タタールも
(若造どもと
「ミィ・リッテ」というのも偽名だ。
本物のミィ・リッテであるダラン・リッテの娘はリッテ氏族襲撃事件で殺されていた。
逃がす際に仲良しだったミィが殺される様をミューは目の当たりにしていた。
タタールの孫娘で長子マルコの子ミューは父祖と同じかそれ以上に高い資質を持っていた。
ナカリア国王セリアンの反撃の一手とは生き残ったミューにそれと名乗らせなかったことだ。
首都タッスル防衛隊の金騎士長マルコ・リッテから娘の
生きているのが知られればタタールは目に入れても痛くない可愛い孫娘であろうとも、先々の障害と考えて排除するとセリアンは読んだのだ。
その上でミィと名乗らせたミューをナカリア最大勢力のオランド氏族に預けた。
権力や戦力を握る実の祖父に存在が知られれば殺されるという点で、師弟にあたるディーンとミューは似ていた。
ミィが自身の真名を明かし再びミューと名乗るのは将来の
その化身とも言える《月光の剣聖》ミュー・リッテ。
究極の
“砂漠の女狐”がひた隠す秘密とはネームドの
ミィが祖父にひた隠すもう一つの秘密とは?
女皇歴1188年9月20日
ラームラント自治領 交易都市シャルデファー
猟兵団本部
「やはり剣皇ディーンと剣聖ルイスは
ラームラント
アポロはミューの双子の兄であり、二人の父親であるマルコ・リッテは長子アポロは狩りに出向いていた折に仲間たちとはぐれ、ナミブの砂漠で散ったと家族たちにも伝えていた。
しかし、双子たちはそうでないと承知していた。
リッテ氏族の大がかりな狩りがあったのも事実だし、そのときアポロも消え失せた。
マルコがミューに告げた「
“俺の子だと思い出せ”というのは二人にとっての愛する祖父タタールを忘れ、誇り高き父で金騎士長マルコ・リッテを父親とする兄妹の
そんな話はアポロもミューも忘れたことはない。
マルコがアポロを突き放したのは父祖の築きあげたナカリアのリッテ氏族族長候補の長子ということを忘れろという意味であり、危機が迫っているという告知だった。
ナカリアから消えたアポロは父マルコに指示された通りにラームラントに
真戦騎士と
自治領ラームラントは特記6号の存在を無視したのでなく、非戦闘員である氏族の高齢者と女子供はメルヒンや西ゼダに逃がした上で、ネームドとネームレスのどちらの側で戦うべきかを自身たちの存亡を賭けて選択していた。
将来の真の指導者でハイブリッド種であるキース・フォレストをメルヒンに留学させて政治を学ばせ、その弟であるハサンはゼダに
どちらでもあり、どちらでもない自分たちが生き残るためには両サイドに要人を送り込み、龍虫戦争においてネームドとネームレスのどちらが勝とうとも生き残る道を作るという弱者ならではの生存戦略だった。
ラームラント自治領にとって事実上の
その鍵を握るのがラームラント出身でありながらメルヒン西風騎士団に所属するアルバート・ベルレーヌ大佐であり、自身は育てた部下たちと龍虫たちとの戦いに加わりつつ、ラームラントの未来を
エリンの剣聖機サウダージを改修し、純白のフレアールとして剣皇ディーンに提供したのもその一端に過ぎない。
そうした事実を知らない剣皇ディーンやアリアス・レンセン中尉ではなく、ネームドとネームレスの相克と闘争の意味においてラームラントは正しい選択をしていると考えていたし、ナカリアのリッテ氏族も国王セリアンも“ラームラントのことはラームラントが決める”と突き放したメルヒンのロックフォート王家と同様に考えていた。
それ
キース・フォレストがライザーに語った言葉にも嘘はない。
世話役として帯同していたキースの家臣である家族たちはフォートセバーン
また、実弟ハサンもルーマー騎士団に殺された。
キースが男泣きする根拠はあり、今はライザーに師事してラームラントの未来を背に黙々と戦っていた。
ディーンは思想で陣営を選んだルーマー騎士団西風隊に
メルヒン西風騎士団ラームラント駐留軍のドノヴァン・ブレイズ大佐はアポロの見解を支持した上で静かに語った。
ドノヴァンは同じ軍階級でもアルバート・ベルレーヌよりも年齢が高く、従って経験豊富で思慮深く、フォートセバーンの西風騎士団首脳部とは距離を置き、自身がメルヒンからラームラント防衛に
騎士や指揮官としてはアルバートの方が上だと
「西の剣皇たる黒髪の冥王はかつてラームラントに招かれ、サライ・フォレストとして戦ったこともある。冥王の血縁としてフォレスト氏族はラームラント各氏族の中心となってきた。そもそもエウロペアの未来として共生社会の構築という課題を念頭に戦って来られた方だ。だからこそ我々が正式参戦しない意味を裏切りとは考えていない。実際に暗黒大陸のネームレス侵攻に対しての抑止戦力として鉄舟殿の
アポロは妹のミューと同じ年でありながら、
真戦騎士としてはミュー、ネームレスコマンダーにも相当する氏族の勇者としてのアポロと二人の父であるナカリア金騎士マルコ・リッテは考え、自身の父タタールの目からアポロを隠し、手元で育てるつもりのミューをその身に替えても守った。
リッテ氏族襲撃事件時にミューが自分たちの寝ていたテントの先に
リッテ氏族はハイブリッドとネームド、ネームレスの交配を重ねているせいで、何世代目かは分からないせいか、騎士能力者とネームレスコマンダー能力者が自然に生まれる。
それ故、アポロとミューは両親が同じ双子ながら能力が違っていた。
似ているのはそれぞれ「狐」と形容される油断ならない野性味であり、鋭い目つきと
大怪我をしにくい体質と感覚の鋭さ、
「キース様からの思念信号波により、ライザー殿が公明に我々の為の新型機を建造させたといいます。真戦獣レジスタリアン。あれは直立歩行型の真戦兵たちと違い多足歩行型でありキルアントに似て比なる機体で、
ドノヴァンは
ラームラント
すなわちごく少数の例外で真戦兵の扱いに長けたラームラント騎士たちは、
メルヒン
「大分ですが
ヤコブは苦笑した。
言おうと思っていたことを全部アポロに言われてしまったからだ。
「まさにアポロ。お前が語った通りだ。《レコンギスタ作戦》の成否を俺たちベリア人が握る。天才アリアス・レンセンならエウロペア全土の全ての駒を
ヤコブの指摘にアポロニウスは笑みを浮かべた。
狩猟者としての残忍な笑みだ。
「俺たち双子は
ヤコブは頼もしいと思いつつもアポロにはもう少し大局を見るだけの見識と経験が必要だと考えた。
「実は鉄舟殿から“捕虜”を二人移送して欲しいと依頼された。フィーゴ提督のマッキャオが傭兵騎士団エルミタージュの指揮官を二人こちらに運び入れる。アポロ、ナカリアの地理に詳しいお前に地上移送を任せたい」
アポロは驚いた顔をした。
現在ナカリアには暗黒大陸の龍虫たちが
「捕虜を
さすがに
「アベラポルト地下大聖堂だ。地下に入れてしまえば思念信号波が届かなくなり指揮官だろうとなにも出来はせんよ。龍虫たちのスタンピードで跳ね飛ばされて
チィトゥイリとヴォースイミもトゥリーと同様に生きていた。
トゥリーはトゥリーでなくなったが、二人はエルミタージュブレインズのまま捕らえられた。
そしてタタール・リッテという共通項の存在により、チィトゥイリとの出会いがアポロを更に成長させるきっかけとなった。
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