第4幕第4話 パルムドールの光と闇
女皇歴1188年9月7日20時15分
皇都パルム ポンパドゥール
ヴァスイム・セベップはこの1ヶ月というもの驚かされっぱなしだったが、こればかりは
「お嬢、これはまたどういった趣向だというのです?」
「お嬢」というセリーナの本当の父親がアリョーネとオードリーたちに使う呼称をヴァスイムはセリーナに対して普段から使うように指示されていた。
エドナ杯の開催されたマルガの街もそれは華やかな都市だったが皇都パルムは
フェリオからの列車で中央駅に降り立つやいきなりタクシーで高級デパートへと連れて行かれ、上から下まで今まで着たことのない高級紳士服を着せられたヴァスイム・セベッブは驚き呆れるのを通り越していた。
更に広大な表通りの高級レストランの個室に破天の巫女をエスコートさせられて正直なところ面食らっていた。
「まっ、最後の
セリーナの視線の先にある張り紙には9月20日で店は無期限で休業するとあった。
「どうしたわけなのです?」
セリーナは不敵に微笑んでみせた。
「オーナーの意向なのでしょうね。このポンパドゥールはパルムに
伝統と格式を守るためにはそれなりに工夫と先見の明が必要なのだった。
北海沿岸のパルムに店を移したことで、各種海鮮料理もメニューに加えたポンパドゥールだったが、このところの物価高で食材の調達が困難になっていた。
その上で店のオーナーである女子爵の指示でハルファへ店ごと移住しようということになったのだ。
「最後の
ヴァスイムはこれから任務と行動がより困難を極めるから、それこそ本当に最後の
ワインボトルを納めた
だが、ヴァスイムは思わず席を立ち愛用の短剣を懐から抜いていた。
若い従業員の男もアイスピックを片手に応戦の構えを見せる。
「遅かったわね、ナダル」
「義姉さん。マサカこんなところに堂々と来るとは思わなかったよ」
ナダル・ラシールは変装を解いて女皇正騎士の白い隊服姿になっていた。
普段から着慣れている黒装束とはまた違った趣向に今度はセリーナが
「隠密機動のナダル・ラシールか?」
ヴァスイムの
「“女皇正騎士の”と言って欲しかったね、ヴァスイム・セベップ。こんな良い店を血で汚すのは忍びない。正式隊服姿なのは場所柄とこれからここに来る客を
「おばばの指示ね?もう一人ヴァスイムの嫌いな隠密機動が来るわよ。そしてとびきり腕の立つ女皇正騎士もね。貴人のエスコートとしては当然でなくて?」
なに食わぬ顔で席につくナダルは身のこなしが優雅でさえあった。
ヴァスイムは
「お嬢の良い人が義弟のナダル・ラシール少佐だとは聞いていましたが」
ナダルはくっくと笑った。
「お嬢っていうその呼び方っていいね。小太り中年男の伯爵を思い出すよ。あの方が去られたのでパルムドールは地獄にまっしぐらだ。この店もあと2週間足らずで
「案外似合っているじゃないのさ。ただ物腰にもう少し落ち着きと優雅さがあるといいのだけれどね」
ヴァスイムは自分に流れる血の意味を思い知った。
「レイス・レオハートの
ヴァスイムの言葉にナダルは好印象を抱いていた。
「
ヴァスイムは
「まさか・・・」
ヴァスイムの脳裏に浮かんでいたその名はけたたましい一団の到来により打ち消された。
観劇帰りといった体裁の三人連れの
ヴァスイムは呆然自身となって彼女たちを見た。
「あらいい男じゃない。少しワイルドだけれど、その鋭い視線がとてもセクシーだわね。セリーナ、うちの子から乗り換えるつもりかしら?」
デュイエ・ラシールはその息子と同様にヴァスイムの上から下までを
(隠密機動のデュイエ・ラシールか。潜入中の同胞たちが
「意外と堂に入ってるじゃない。この夏のマルガでの評判は新聞で拝見しましたわ。貴方のお仲間の
マグワイア・デュランはヴァスイムには少しの興味も関心もないと言いたげだった。
ナノ粒子対策問題で文字通り
(女皇騎士団騎士長マグワイア・デュラン少佐か。インテリのようだけれど、鋭い牙を隠した
最後の一人にヴァスイムの視線は注がれたが注ぎ続けられなかった。
思わず平伏し、その場に片膝をついて最敬礼していた。
ヴァスイムにとってはその人生で最初の機会だった。
「およしなさい。折角、皆がこうしてオバサン三人を演じているのにそんな姿を誰かに見られたならすっかり台無しです。それになかなか良い見立てをしているわね。エドナ杯での貴方の勇姿をこの目で確認出来なくて残念だったわ」
(ゼダ女皇アリョーネ・メイダス。まさか本人とこうして対面する機会があるだなんて。それにしても俺を初めて見た?ではマルガ競技場の観覧席に居た女皇は影武者だったのか?)
平伏をたしなめられたヴァスイムは
「貴方たちが
雷に打たれたようになりながらヴァスイムは腹の奥から声を
「エレナ姫はその敗戦と引き替えに私に可能性を見せてくれました。フィン・フォーマルハウトとの戦いは正に水入りで水を差されましたが、エレナ姫の勇敢で才能の
アリョーネはその言葉にすっかり満足している様子だった。
「騎士として意義のある戦いをしたのであればそれは上々。これは
アリョーネにかわりナダルが豪華な箱をワイントレーの下段から取り出した。
(
ナダルに目配せして箱を開け、中に納められていたそれを確認したヴァスイムは思わず身震いした。
見たことのない
ヴァスイムが懐に忍ばせたそれが
超一流の刀工の打った
「本来、貴方なら私の騎士に迎えたいところですわ。しかし、それはあくまでも
そのときはじめてヴァスイムは自身に与えられたエウロペア聖騎士の意味を思い知った。
ゼダ女皇のみならず、ヴェローム公王、フェリオ連邦王、ミロア剣皇、そしてファーバ法皇からの期待と信任。
ケイロニウスに与えられた剣聖どころの話ではない。
その証こそがその短剣が持つ意味だった。
「私のような血に汚れた
ヴァスイムの目を一筋の涙がこぼれ落ちた。
こんな感動はあのとき以来味わったことがない。
それは6年前にやはり貴人との密会の場であった。
「エウロペアホーリーオーダー。今在るエウロペア諸国の王たちとその治世のもとで暮らす人々の信任と期待。亡霊騎士と
《砦の男》ライザーがヴァスイムをエウロペア聖騎士に指名した事にはそれほど重大な意味があった。
ヴァスイムの行動支援のために大陸で名だたる全てが協力を惜しまない。
目の前の女皇の全権代理人たる紋章騎士を軽く
「破天の巫女の雇われ騎士というのは皮肉とブラフです。むしろ、私が貴方の影であり、ナダルがそうであるようにその身を
セリーナ・ラシールからの言葉がヴァスイムの背中をそっと押すようにした。
エウロペアネームドの
「さ、食事に致しましょう。ナダル、ワインを。エウロペア聖騎士の前途に祝福のあらんことを願って乾杯致しましょう」
アリョーネの命令にナダルが列席者全員にワインを注いで回り、その間にヴァスイムはアリョーネとセリーナの言葉の意味を改めて問い直した。
(女神たち?我が魂の母エカテリーナ・エルミタージュ、覚醒騎士たる俺の誕生の見届けだったミュイエ・ルジェンテ
(そしてオリンピア・パルマスとマーガレット・アテナイです。私ももとは女神オリンピアと呼ばれた祈り子。ただし、このことは貴方の胸の内にだけ留めておきなさい)
ヴァスイムにだけ届く微弱な思念信号波にヴァスイムは思わずアリョーネを
ゼダ女皇かつ読心の巫女たるアリョーネが女神オリンピア・パルマス?
思わず平伏したのはアリョーネが大国ゼダ女皇だからだけでなかった。
ヴァスイムの未来認知にあったティリンス・アウグスト・ブランとの
(責任重大だな。今ここで面通しされたことも証を授けられたこともそうした事態への伏線だったか。そして、アリョーネ陛下の言われていた我が息のかかった騎士団とは、ゼダ女皇騎士団、ゼダ国家騎士団、
800年前にあったキエーフ防衛戦での絶望の中から未来への希望として産まれたヴァスイムは、エウロペアのあらゆる国家とその国家あるいは要人たちに忠誠を捧げる各騎士団を意のままに動かせる絶対権力を持ったということだった。
剣皇とほぼ同義だが騎士団なき騎士王という意味では、剣皇と違い替わりの居ない孤独な戦いを余儀なくされる。
その実、「騎士殺しの悪魔」だが、エウロペア聖騎士で最下級の少尉として絶対防衛戦線に潜入したフィン・フォーマルハウトは身分など示す必要がなく、女神マーガレット・アテナイの化身ただ一人を護るためにつかわされた。
前途を祝して成された乾杯も、その後の豪華で食べたことのない食事もヴァスイムはその口にしながらも味は
その美味な味を覚えていたならかえってこの先苦労することになる。
泥をすすり、ひとかけらの食事にもありつけないひもじさに耐えてエウロペアを
女皇歴1188年9月7日22時35分
女皇宮殿前
アリョーネを女皇宮殿に送り届けた際に近衛隊の警護する通用門と隠し通路を教えられたヴァスイムはしっかりと脳裏に刻みつけた。
パルムに潜入しているエルミタージュセルたちもその存在も位置も特定出来ていないゼダの最高機密。
例の短剣をそっと示すだけでヴァスイムは厳重な警備網をくぐり抜けられるのだ。
女皇陛下を宮殿に送り届けるとナダルとデュイエは闇に消えた。
再びセリーナと二人きりになり、ヴァスイムは慣れない事の連続による疲労感を
「まだ半分よ。パルムドールの光は見せたわ。そして、次はパルムドールの闇」
「お嬢、パルムドールの闇とは?」
セリーナ・ラシールは鋭く目を光らせた。
「行ってみれば分かるわ。エルミタージュハイブリッドたちがこのパルムに何処まで深く入り込み、ルーマー教団に
セリーナはタクシーを拾ってパルム南区へと向かった。
華やかな色町である歓楽街を抜け、貧民街奥に入ったところで停車させる。
「私の言葉の意味はこの先を進めばおのずと分かります。ミセで逢いましょうヴァスイム・レオンハルト」
惑いの回廊が仕掛けられた通りの手前でセリーナはタクシーを停車させた。
先を行くセリーナの姿が消えたとき、ヴァスイムは本能的に危機を察知した。
(なにかある。しかしなんだかは分からない。お嬢はミセで逢おうとだけ告げた。だとしたら踏み込むだけだ)
ヴァスイムは通りに踏み出した途端に「惑いの回廊の裁き」を受けるかに思えた。
しかし、なんの障害もなく、気づけばただ一軒のバーの店先に立っていただけだった。
(まやかしが通じないとはこういうことか)
かつて惑いの回廊を抜けた者たちと違い、ヴァスイム・セベップは難なく辿り着いた。
ミセのドアを開いて中に入ると数人の男たちが深刻な顔で話し込んでいた。
(あきらかに騎士が二人と軍関係者が数人。だとすると、短剣の出番か)
ヴァスイムはアリョーネから授かった短剣を早速試した。
短剣に刻まれた
「エウロペア聖騎士ヴァスイム・セベップか?」
「容姿が新聞報道された通りだ。エドナ杯から消えた謎めいた騎士・・・」
ゼダ国軍大尉の階級章をつけた若者が一人進み出て握手を求めてきた。
利発そうな印象の青年。
「ようこそ、ミセへ。私はリチャード・アイゼン大尉。ゼダ国家騎士団参謀部付きの大尉です」
リチャード・アイゼンは
「ゼダ国家騎士団トゥドゥール・カロリファル副総帥の
ヴァスイムは差し出されたリチャードの手を取った上で他の顔ぶれを見回した。
「俺は《C.C.》。ここに集う同志たちの
エーベルの自己紹介が済まないうちにヴァスイムはその男を鋭く注視した。
「エーベル・クライン。俺たち傭兵騎士団エルミタージュから試作輸送艦ブラムド・リンクを強奪したという作戦では先陣を切り、ダガーの二刀流でブレインズの先代ドゥヴァを殺った
C.C.とリチャードは
「バルバロッサか。おそらくはロード・ストーンやブリュンヒルデと同規模あるいは上回る巨艦。ルーシアは強力個体化したヒュージノーズの捕獲に成功し、飛空戦艦に作り替えていたということか?」
ヴァスイムは視線を落として静かに首を横に振った。
「俺たち人間兵器がそうであるように、捕獲したのではなくヒュージノーズの強力個体化への脱皮直前の個体を麻酔薬漬けにしていたのです。そうして純血種たるネームレスたちをも
エーベル・クラインは黙り込んだヴァスイムに掛けるべき言葉を慎重に探した。
「おそらくはフィンツ・スタームはルーシアをも許さない。国家存続の為に国民たちに犠牲を強い、誇り高き騎士たちをシステムとしてのハイブリッドとして誕生させたことも道具としたことも、いずれはメロウに裁かれると考えている。俺たちの繁栄だって考え方の違いに過ぎない。俺の家系は荒廃地と化した祖国ファルツから逃れるようにフェリオに流れ着き、そして更にゼダに流れ着いた。だから“ノース・ナガレ”を偽名として荒廃地を産む戦いには疑問を感じている。それでもアリョーネ陛下はそうした摂理を
軍警察のダリル・メイとマリス・ローランドも
「クライン少佐とリチャード大尉をリーダーとして、私たちも家族を守るという大義で戦いに身を投じました。そして、怪しいというから純真な青年にさえ疑いの目を向けて監視対象としている。その事にどれほどこころの痛みを感じているか。数少ない味方と共に怪しいと判断した全てを怪しいと
ウィリー・ヒューズ大尉はリチャードを預けられた意味について語った。
「国家騎士団宮殿支部はあるいは最後の砦となるかも知れない。そして、俺も其処に居続けることは出来ないのかも知れない。だが、俺は愛する女房とその腹に居る子供の親としてカロリファル副総帥がリチャードを託した意味を考え、そして今は彼等と行動することが俺の正義だと考えている。俺の正義なんてルーシアの遺恨と比べたならちっぽけかも知れないし、パルムを護りたいという俺の希望なんて吹けば飛ぶ程にささやかな希望かも知れない。だが、ディーンはそうは言わなかった。俺たちの関係をとがめずに、責任もって2年稼ぐと断じてから西に去ったという。まごころと共に生きるとはそうした事であって、いずれお前もまた父親になるとき、愛する我が子に誓うだろうさ。お前たちの生きていけるセカイを残すことこそ、騎士として出来る最善なのだとね。出来ることであれば、俺の代で俺が終わらせたい」
ウィリー・ヒューズの語る“騎士の
(貴方は覚醒騎士ですね。扉が開いているから俺にもよく分かる。そうか《鉄壁の剣聖》。貴方はエドナと剣皇ディーンに
ゼダの国家騎士ウィリー・ヒューズに共感したヴァスイムはその手を取っておし抱くようにして泣いた。
「俺は一人じゃなかった。エウロペア聖騎士として生きろと言われ、一人で過酷な戦場に投げ入れられたように感じていたけれど、俺には沢山の同志たちが居るのだ。そうした同志たちが俺自身の未来をも示してくれている。“迷うな、こころを揺らすな”という剣皇ディーンの言葉さえ貴方を通じて伝わる。俺の代で俺が終わらせる。愛する母エカテリーナの真意の体現者として俺もまた貴方のようにちっぽけな正義に身を
ヴァスイムの
ウィリー・ヒューズはヴァスイムの肩を抱き、ヴァスイム・レオンハルトの孤独と重責を思って励ますようにした。
「そうだ。それでいいんだ。期待されたこと全てが完璧にこなせる程に俺たちには突出した能力なんてない。けれど、その想いの全てを乗せて天技を放ってみせろ。その先に必ず俺たちのちっぽけな正義に対する答えが用意されている。神様なんて居ない。だが、俺たちが俺たちで在り続ける限り、一人ぼっちになんてならない。家族や恋人を想って戦うなんて当たり前のことで、それがお前の背を押すことになっても、障害だとか迷いだとかにはならない。出来ることをやり尽くした上で負けようが死のうが、それは俺たちの想いが未来を
力及ばぬ者の
《鉄壁》とは抜かれることを前提としても、いかなる敵をもいのち尽きる瞬間まで止めてみせるという覚悟だった。
その背に愛する者と愛する国を背負い、敵に痛打を与えられずとも意志の強さという力で踏みとどまる。
仲間は見捨てたりはしないと信じ、与えられた自身の戦場を簡単に投げ出さない。
その力は悪意抱く誰かを、
誠実であることが最大の武器であり、あるいはシールドオブイージスの力でいのちを燃やし尽くす。
「この人が《アイギスの聖なる盾》で魂が砕け散るほど簡単な人なら、《命名権者》が鉄壁の名を与えないわ。それこそ
すっと現れたセリーナ・ラシール一流の皮肉にウィリー・ヒューズはおどけた。
「ウチのやつは元気も元気さ。元気がないと大事な子供を産めないとのたまってるよ。むしろ“産休”で少将の側を離れるのが何日なんだとか計算しては溜め息をついてる。少将も呆れてる。メイとローランドに不在の折は報告をあげろと命じたのに、女房が産休なんでこの二人も困っている。替わりに
セリーナはニヤっと笑ってヴァスイムの背を叩いた。
「この人もアンタが心配するような人じゃない。トゥールとエドナ、
ヴァスイムは
滅多に人を
セリーナはヴァスイムに向き直った。
「アンタだって自分を過小評価し過ぎよ。あのアリョーネ陛下に“私の騎士になって欲しい”と言わせたのだって、白や雷帝、
セリーナの評価にエーベルは絶句し、リチャード・アイゼンは
「それなら、私でもアリアスでも特級戦力としてシモン大佐やマイオ中佐、アリオン大尉と同格かそれ以上に扱いますね」
セリーナは
「自覚がないだけでコイツも化け物。エレナの与えたヒントだけで《陽炎》の応用をするし、“騎士殺しの悪魔”さえ倒す方法を編み出すわ。ヴァスイム・レオンハルトの自己申告なんて真に受けない方がいい。エウロペアの亡霊騎士として目覚めたコイツは懐の短剣で全てを動かし、あたしからスチールした隠密機動の技で全てを
セリーナの言葉にダリルとマリスは
気を取り直したC.C.は不敵に笑って告げた。
「覚醒騎士や剣聖はゴロゴロいるし、紋章騎士も俺の知る限り二人居る。剣皇もディーンで5人目。しかし、エウロペア聖騎士は歴史を
C.C.はそう言うがヴァスイムにしたら、今現在は自分とフィンの二人居るじゃないかと思う。
「超レアものなのよ。だからこそ全てを動かせる絶対権力を
何処となく彼女の父である《砦の男》を
ヴァスイムだけがきょとんとしている。
C.C.はリーダーらしく
「笑えない状況で笑ってこそ、勝ち目も生じる。ヴァスイムにはパルムにおけるエルミタージュの作戦概要について話して貰いたかったが、その様子だと詳しくは知らないようだな」
ヴァスイムは口元に手を寄せてドゥヴァの計画について思いを
「ドゥヴァの計画では封鎖作戦だということぐらいかと。つまり主要経路とパルム湾を封鎖し、物流と人流を
ダリルとマリスは素早くメモに
ドゥヴァとアジンという人名やパルム封鎖作戦の内容。
そして一連の話にリチャード・アイゼンは顔面が
「そういうことか。東征部隊がルーマー騎士団を
セリーナはリチャードの推察を熟考した上で打てる手を考えた。
「“不測の事態”が発生して東征部隊から帰国の名目を失わせる。たとえば“アストリアに龍虫が出現してそのまま特記6号事案発生となった”なんてシナリオであればあるいは
セリーナの言葉にリチャードは
「そんな好都合な事態になどなりませんよ。アストリア周辺の《虫使い》たちが仕掛けてこなかったのは彼らにはもともと戦意などなかっただけであって・・・」
ヴァスイムはリチャードの話を
「いや、彼等にはルーシアと秘密同盟があるわけでなく、単純にルーシアとフェリオにも
ヴァスイムが語ったツァーリという単語にセリーナがいち早く反応した。
「ヴァスイムの兄さんがルーシア皇帝なの?」
ツァーリとはルーシア皇帝だとセリーナが知っていた。
ヴァスイムはしまったとばかりに慌てた。
「皇帝の弟といっても兄弟たちは大勢居てそのうちの一人というだけであって」
セリーナの目が
「しかし、傭兵騎士団内偵の為に潜入させる程度には信用している。やはりルーシア帝室の子だったのね。ヴァスイムがゼダ皇室の血筋を引くのは偶然なんかじゃなかったんだわ」
しかし、ヴァスイムはセリーナの想像を打ち消した。
「だから、俺の親父は確かにツァーリでしたけれど、ネームレスの戦時捕虜や
セリーナはヴァスイムをまじまじと見つめた。
「それじゃ、アンタは“おとう”と同じ皇弟殿下ってことなんじゃない。近親者が“近衛隊”と“親衛隊”の違いはあるけど」
C.C.は皮肉っぽく笑った。
「とどのつまりヴァスイムはルーシアのトリエルってか。そいつは笑えるな。逆の立場だったら、トリエルのヤツなら兄上ぶっ殺して自分がツァーリになるだろうけどな」
ヴァスイムは伏し目がちになりながらその冗談を受け流せなかった。
「そんなことしたって誰もついてきません。それに傭兵騎士団内でも俺の素性なんて誰も気にとめていないから簡単に潜入出来たし・・・」
なにかに気づいたヴァスイムはその後を続けられなかった。
ヴァスイムの素性はよく知られていた。
そして、もともとツァーリに近い立場だと思われていたので、エルミタージュブレインズの機密情報を知る機会があったのだ。
つまりは傭兵騎士団エルミタージュが表面的にはツァーリに忠誠を誓っていると思わせておくために、エウロペア侵攻計画は職権以上の内容を明かされていた。
傭兵騎士団が正常に機能していると思わせるにはツァーリの密偵かも知れないと承知の上でヴァスイムを処遇していた。
そしていつか排除しようと画策していた。
ルーシアだってその実、
だからこそヴァスイムは傭兵騎士団内に
しかし、ルーマー教団の既存国家をすべて破壊するという計画の中にルーシアまで含まれていたならば?
(兄上っ、ツァーリだって危ないじゃないか・・・)
エウロペアから生まれたすべてがエウロペアならばルーシアもまたエウロペアだということであり、だからこそルーシア人のヴァスイムはエウロペア聖騎士なのだということになる。
真史におけるルーシア成立史をも《砦の男》が明かしたのはルーシアもエウロペアだという認識が前提なのだった。
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