第4幕第2話 希代の策士
女皇歴1188年9月7日午後11時21分
バスラン要塞内アリアス・レンセン中尉個室
(やはり思っていた通りだ。暗黒大陸で“
アリアス・レンセン中尉は想定外の苦戦を余儀なくされながらも、順調過ぎる程に推移しているエウロペアネームドの戦いぶりに満足しながらも、その先にある
現状の戦力と黒髪の冥王と嘆きの聖女、そして大陸皇帝とネームドの、そしてかつてネームレスたちだった人類絶対防衛戦線の仲間たちにはある種の希望を見いだしながらも、“
ネームレスだけではどうにも出来なかった
覚醒騎士たち真理を理解した聖戦士たちにもどうにも出来ない絶対的存在。
不意に誰かの声を聞いてアリアスは顔を上げた。
「自分にはどうにも出来ないものを打倒不可能だと決めつける認知の罠。
「ディーン・・・いつの間にこっちへ?」
アリアス・レンセン中尉は親友ディーンがバスラン要塞に来ていたことを知って
黒縁眼鏡の奥で深く己の精神に問いかけるディーンは確かにアリアスの前に立っていた。
僅かに違和感は感じる。
それはディーンだがアリアスの知るディーンとは少し違った。
「いや、本当のボクはトレドでトゥールと今後の戦いについて打ち合わせている。にも
「なにっ!完成したのか?」
そのディーンは僅かに微笑した。
「なんてことはなかったんだよ。現象として観測されるのはボクが本来居る場所ではない場所に現れる。けれど、それだけの話じゃない。つまり完成形の《生々流転》はそれ以上の意味を持ち、過去への干渉と未来の書き換えをも可能にしている。早い話が今、お前と共に戦う剣皇ディーンにさえ不可能なことを今のボクには出来る。遂に《真実の鍵》を手にした。ただし、それをどう生かすかはお前の唯一無二の頭脳にかかっている」
アリアスは
「過去を書き
アリアスは自身の後悔の根本を変えてしまいさえすればと思った。
「21周回の“パルム講和会議”でのお前の暴挙を止めても無駄だ。お前はまた同じような事を考えてしまう。それにアレはお前の罪ではなかった。講和会議当時のパルム平原の地下には
「なん、だと・・・。
ネームレス側に居た龍皇子アリアスには気づきようのなかったセカイの構造という真理。
そのディーンは更に続けた。
「そう。二種類のヒトの繁栄を
そのディーンの不思議な話の持つ妙な説得力にアリアスは思考をフル回転させていた。
「やめておけ、今は無駄だ。決定的なキーワードや本質が
“お前を想う誰か”というのでアリアスは理解した。
片腕として力を貸すアリアスの理解者。
「ジェラールか?いったいどうやって?」
ハサンに続く副官としてアリアスが中尉であるが故に少尉に甘んじているジェラール・クレメンス。
ジェラールの正体は
アリアスの真意を理解していたからこそ、同じ周期と同じ時にネームドとして自身の存在を刻んでいた。
それこそが人と人との本当の
「“真の書”に殴り書きされた軍師アリアスが深く苦悩するこの場面の座標と時刻とが正確に記されていた。だが、彼、あるいは彼女の誠意に従いボクは
“真実の鍵”を手にし“生々流転”を完成させたというディーンはそれだけ言い残して目の前から消えた。
天技“陽炎”?
アリアス・レンセン中尉はまるで狐につままれたようになりながら、親友が立っていた位置を
やがてドンドンと荒々しくノックする音で物思いを
(ジェラールか?)
いや、アイツはアリアスの思索を邪魔したくないと乱暴な真似は決してしない。
きっと今だって自分の個室で辛抱強くアリアスが答えを出すのを待っている。
「誰だよ。なんだってんだ」
アリアスが施錠していたドアを開け放つと
「アリアス、
慌てた様子のルイスが問いかける様にアリアスは
ニブくて察しが悪い癖に妙に鼻が利く。
「なにが可笑しいのよ。侵入者が居てあなたと話しているようだとメリエルにも確認して貰ったわ」
(それオマエの旦那なんだわ。てゆーか、あのディーンが現れたもう一つの意味はメリエルにはイーグルアイより優れた感覚索敵能力があるってことの告知だったか)
アリアスはいよいよ腹をよじらせて笑った。
「心配したんだからねこれでも」
アリアスにはメリエルのふくれっ面が余計に可笑しくなる。
やはりバスラン要塞内やアルマス、トレド要塞にもパルム南区の「惑いの回廊」と同じ仕掛けを
しかし、
「まっ、それが誰だったにせよ俺はこの通り無事だし、別に警戒するような相手でもない。それこそルイス。オマエが“神速”で駆けつけてぶっ殺していたなら間違いなく後悔して今度こそ本当に立ち直れなくなるから」
ニブいルイスにはそれが夫ディーンを指すとは気づかずなんのこっちゃと首を
メリエルはアリアスがなにを伝えようとしているかに気づいて本当に白の隠密機動がアリアス暗殺を図ろうとしたなら、横たわったアリアスの遺体が転がっていることになり、それこそ剣皇ディーンが自分で自分の首を絞める真似をしたとなりいよいよ
二つの魂を共鳴させ、侵入者の正体を悟ってなお無意味な推察と熟考を続けるメリエルにアリアスは完全に悟るべきを悟った。
(つまり、あのディーンはコレが言いたかったわけね。この時代この場面に化け物どもは沢山居てその目を盗むのも容易なこっちゃない。そして今考えても無駄なことは確かに無駄だ。コイツらと戦いに勝つことを考える事の方がよっぽど有意義だし、俺だってなんとかなることはなんとかする。アイツは簡単に
頭を、思考を切り替えたアリアスの脳裏には一つの作戦計画があった。
第一次バスラン要塞迎撃作戦計画。
トリエル・メイヨールが公明や紫苑に用意させた新型機量産型エリシオン。
《砦の男》ライザーたちが行った幾つもの意味を持ったハイブリッドセルたちへの手の込んだ挑発。
時間稼ぎの間にも犠牲はあり、作戦により更に犠牲者は増える。
それでもそのいのちに
それがそれこそが軍師アリアス・レンセンにしか出来ない仕事になるのだ。
女皇歴1188年9月12日
バスラン要塞
作戦参加予定者の手に渡された詳細すぎる作戦計画の内容にレウニッツ・セダン、アルバート・ベルレーヌ、ティリンス・オーガスタらは
まるでエキュイムの駒の動きを一つ一つ記した
ジェラール・クレメンスはまるで自分の立案した作戦計画でもあるかのように誇らしげに一人一人の手に計画書を手渡して満足そうに微笑んでいる。
「こんな、こんな作戦計画を練られる天才指揮官がはじめから居たならフォートセバーンは
アルバート・ベルレーヌは目を見張り、ラムダス樹海から出現する龍虫部隊の迎撃など所詮はアリアス・レンセンのアドリブだったのだと実感した。
これなら、これだったらラームラント
最強の駒であろう剣皇ディーン・フェイルズ・スタームはバスランでの迎撃作戦の中にはない。
ライザー、アローラと共にあくまでトレド要塞を防衛すると見せかける。
剣皇機関においてはトリエル・メイヨールとトゥール・ビヨンドとが作戦参加予定者の中に組み込まれ、これが
戦況そのものはそれが上手くいかないことを前提として練り込まれている。
アリアス・レンセンは
全て裏をかかれてなおその裏の裏を用意している。
ルイス・ラファールだけは若干不満そうに自身に手渡されたアリアスの指示書に目を通していた。
「なんでアタシだけ迎撃作戦の中心じゃないのよ」
不満そうなルイスにアリアスは
「それがこの作戦における最大最高の戦果を意味するからさ」
なんだかよくわからないルイスはふくれ面になる。
「なによそれ」
アリアスは視線を左上に向けた。
「
「それって・・・」
「たった一人の仲間への
紋章騎士ルイス・ラファールは冷たい汗をしたたらせた。
まだ残る残暑の影響ではない。
この冷酷無比な“魔術師アリアス”を本気で怒らせたエルミタージュハイブリッドセルの
それでもわかっていて挑むなら、ベルカ・トラインがそうであったようにこの
「わかった。確かにアタシはトワントとうさんのオーダーを実行しなくて良かったのかも知れない。けれども、アナタの存在は彼等にとってはサイアクを通り越している」
アリアスの武器とする
地獄の責め苦がまだ可愛いものなのだとヤツらは実感し、それでも仕掛けようというならあるいはそれ以上の責め苦が手ぐすねをひいて待っていると認知させる。
それが「我慢比べ」だというならばルイスは誰にも負ける気がしない。
女としての
自分がされて苦しかったことを誰かに課すなどしない。
だが、戦士としての在り方を否定され、結局自分には愛する男に犯されて
それだけのちっぽけで当たり前の存在だと自覚させられる。
そうでないと証明したかったら、
“
ちっぽけな存在に成り下がったとしても、いのちがある限りそれでも出来ることと成せることはあるのだ。
1188年9月12日午後3時
トレド要塞内 剣皇執務室
トレドでの視察を終えてアルマスの執務室からバスラン要塞に入ったトゥドゥール・カロリファルはアリアスの作戦計画書を
「つまり、私はアリアスのこの悪魔じみた作戦計画が完全に失敗しかかったのなら、全軍を
いまだこの若き公爵こそが自身の愛息だと知覚していないトリエル・メイヨールは悲観主義で最悪の事態につい思いを
「お前さんはそうと読み解いたか。しかし、俺は作戦の想定外は良くも悪くも発生するものだから、一番サイアクのシナリオとして提示されただけなんだとな。そうはならんさ。なにしろ、東征作戦の電撃戦を行った側とその目的を
トゥドゥールは思わずトリエルの顔をまじまじと
どうもこの人物は自分とは対照的であり、それでいて赤の他人だという気がまるでしない。
性格だけ異なり物の見方が真逆であるだけで、見るべき押さえるべきポイントは驚くほどに共通している。
「ここに来てから・・・いや、来る前からか。ライザー殿といい、貴方といい楽観しているようでいてそうじゃない。割り切りの良さと自分の腕の見せ所は
トリエルはトゥドゥールをチラリと
こいつは亡きローレンツ公の息子であって自分のそれではないという認知の罠だったが、トリエルはそれと知らない事になっている。
「本当の絶望的状況を知っているディーンと比べてしまうことが、お前さんに対して礼を失しているということだろう。だが、まっ、大佐や真女皇騎士団副司令として幹部たちを
パルムで蛇のように
戦闘狂だというのも間違いだ。
命を預かり命を頂くという思想を隠し持っている。
「教えてください。未熟者の私に。どうしたら
トリエルは真顔で泣きべそを浮かべたトゥールを
「皆そうだ。特にディーンはな。割り切ることなんて本当は出来ない。それでも自分だからマシだったと言わせたい。自分でもそう信じたい。だけど出来るのはそこまでなんだ。それこそ
トゥドゥール・カロリファルの右目から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「誰も、誰も私にそのことを教えてくれる人は居なかった。ありがとうトリエル
トリエル・メイヨールは苦笑しつつ、泣くトゥールの肩を優しく押し抱くようにした。
「そうさ。皇弟トリエルとして、あるいは“大陸皇帝”の名で散々味方も
最後の言葉は父親としてトリエルがトゥールに望んだ真意だった。
敢えて「お前さん」と突き放していたのも両親の血塗られた道に愛する息子まで引きずり込みたくないという親の愛だった。
結果的にトゥール・ビヨンドは親以外の誰かに望まれた何者にもならなかった。
「何者にもなれないし、ならないのだ」という自分自身に課した制約が、トゥール・ビヨンドに決断を促す場面を用意されても、拒否し拒絶し続けた。
ストレスが負荷をかけて覚醒騎士化しそうになったことは一度や二度ではない。
それでも「
だから、その魂に改めて業が刻みつけられなかった。
全体司令官として一つでも多くのいのちの
だが、アリアス・レンセンとエウロペア女皇メリエルの
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