戦中八話 乙女?達の戦い
第一次バスラン攻略作戦直前のハナシ。
『剣皇ディーン』役のトリエル・メイヨール“新”ふくしれーは要塞内を巡回していた。
どうも、なにか(グラビア事件。ライザーの発案、メリッサとパトリシアの企みで半裸のルイス、紫苑、ティリンスがファッション誌の巻頭モデルとなり、革命前の混迷期だというのに大盛況で、ゼダに潜入中のハイブリッドの女たちが嫉妬心丸出しになってナメくさったバスランを全力で叩き潰そうと目論んでいた)が起きたらしく、龍虫との小競り合いがまったくなくなった。
アリアスとセダン、アルバート、ジェラールたちは大規模作戦の兆候だとして新型量産機たちの慣熟連携訓練を急いでおり、公明は各機の微調整のため工房で汗水垂らしている。
どうせ迎撃作戦では「アリアスプラン」によりトリケロス改で全体指揮するだけのトリエルはヒマを持て余していたのだ。
哨戒任務すらなくなったので、バスラン防衛隊の騎士たちは新型機や改修機の訓練に励んでいたのだが、なんだか機体ハンガー付近に女の子たちが集まっていた。
催し大好きで「ナダル杯」だとか発案したティリンス、休憩時間中の紫苑、エウロペア女皇メリエル、訳あって謹慎中のミィとルイスが、なんだか集まって真剣な顔で話している。
ちなみにティリンスも謹慎中だった。
何故にルイス、ティリンス、ミィが揃って謹慎中かというと、ポルト・ムンザハイ完成祝いとしてオーガスタ少佐が実機手合いをやろうと言い出したのが発端だった。
お互いに「大技」だけ封じてエドナ杯と同じ形式で歯引きのプラスニュウムカバーつけた長剣で「手合い」をやる話になり、トリエルはミィからルイスの指導で連携訓練はしているが「手合い」はあまりやっていないと聞き、時期的問題で今年のエドナ杯にも出られなかったのでそれはあまりに可哀想だと許可したのだが・・・。
ティリンスのスカーレット・ダーイン2番機とミィのポルト・ムンザハイ♀型の勝負はなかなか面白そうだからとトリエルも野次馬たちと見物していたら、途中から二人がムキになりだした。
ルイスに仕上げられたミィが思いのほか手強くてティリンスが本気になりだしたのだ。
エリシオンで主審役のルイスが、つい野次馬の人混みの中にフェリオから帰還した(エド爺連れてハルファに逃げた帰りの)ディーンを見つけて目を離した隙に事件は起きた。
「この女狐ぇ、チョロチョロウザい!」とティリンスが蹴りをかました。
「聞いてないですよ、そんなの反則ぅ」とミィまで蹴り返した。
その後は見るも醜悪などつきあいになった。
慌てて止めようとした主審のルイスが間に入ろうとして二機から蹴られたのでその後は・・・。
「ししょーのスパルタ訓練はイジメでしょ」とミィがルイスにマジギレし、「人妻の分際でグラビア巻頭とりやがってこの紋章鬼嫁がぁ」とティリンスまでルイスにキレた。
そして更に「うっさいわ、ディーンに色目使う小娘女狐の分際で」とルイスがミィに食ってかかり、さらに「お下がりしか使わせて貰えない破壊王は私らの専用新型機が羨ましいダケでしょ」とティリンスにまでキレた。
三機の取っ組み合いが始まったのを確認してディーンは額に手をやった。
「あーあ、やっぱりルイスが暴走したか・・・」
ディーンが絶技である《生々流転》の出番とばかりに使おうとして青くなった。
「しまった、《純白》も《虹》も此処に無かった・・・」
そう飛空戦艦でなく汽車での寄り道だったディーンはどっちのフレアールもトレドにいるトゥールに預けていた。
今のところディーン単独では《生々流転》は発動出来ない。
「んじゃ、トリケロス改で・・・」とディーンは言いかけたのだが、公明は涙目で首を横に振る。「いまオーバーホール作業中デス」
その後、「いい加減にしろっ!三人とも」という拡声器越しの剣皇陛下の勅命で我を忘れていた三人は我に返った。
そして、惨状を確認してディーンはアオくなる。
切り札級の三機とも殴り合い蹴り合いのせいでボコボコに凹んでいた。
「コレ、絶対ライザーさんとメリエルにボクが怒られるよぉ」
そうルイスの落ち度は夫のディーンが全部責任持つことになっていたので、この“やらかし”に関しては財務担当の二人から「高額な請求書」を突きつけられてディーンが盛大に怒られる。
紫苑たちマイスターのせいで軍資金がアヤしくなってファッショングラビア誌の売り上げで折角巻き返したというのに、アホみたいなケンカのせいでそれがパーとかなったらパトリシアもメリッサも失神するだろう・・・というかした。
戦闘時に負うプラスニュウム装甲の刀傷やかき傷の修復は割と容易いが、凹みの修理には物凄く手間と費用がかかる。
しかも壊れたのがパーツが貴重なスカーレット、ポルト・ムンザハイ、エリシオンだときていた。
怒鳴ったあとは青くなって黙り込んだディーンのかわりに、拡声器を奪い取った紫苑が大声で怒鳴る。
「誰が修理すると思ってるのよ3バカっ!」
結局、ルイス、ティリンス、ミィは激怒した紫苑に修理完了まで整備ハンガーのはしっこに三人並んで正座もしくは腹筋、腕立て伏せさせられることになり、当面は謹慎処分となった。
更に報告を受け、数日後にトレドから怒鳴り込んだライザーは「お前ら当分メシ抜きっ!」と言ったのち、主宰権限で“一ヶ月イモと水だけの刑”となった。
その粗食ダイエット、ボディコントロール生活のせいもあってかモデルたちの質も向上した。
そして修理代捻出のためにグラビア第二弾発行計画となったが、前回は事後承諾の「聞いてないよ」だった夫たちがコレに難色を示した。
「若妻をこれ以上脱がせないでぇ」とディーンが泣き、「また紫苑まで巻き添えにしないでぇ」と公明が泣いた。
二人ともパラパラめくったあと、良からぬコトに使われそうな気配を感じていた。
仕方ないのでまだ誰のモノにもなっていない新モデルのミィとティリンスを“懲罰”もあって全面に押し出そうという企画にパトリシアとメリッサがもってって、やっぱり好評の半裸にした。
前回よりもしっかりとくびれが目立つようになっており、定期購入しているアルセニアは一読後に鏡の前で溜息をつき、メリエルは「今度はミィかよ」と一応確認した雑紙を移動中の列車の窓から投げ捨てた。
それで後に《対の怪物》たちの絶食生活についてマグワイアとマーニャは盛大な誤解をすることになる。
二人ともいい年こいてダイエットかと思いきや、もっと深刻な問題のための絶食生活だった。
そんなこんなでいまだ《月光の剣聖》になっていないのにグラビアアイドル化したミィ・リッテの挑発的な目線が男共を釘付けにし、アルセニア教官(はパルムに居るのでティリンス)がまぁた脱いでるというのでナダルは「保険」(保身。なんか嫌がらせあった際の切り札)のために数冊購入していたが、前回のヤツと一緒にセリーナお姉ちゃんに発見され、デュイエおばばの定期購読分まで纏めてラシールさんちの暖炉で焼き尽くされた。
更に売り上げ倍増のために販路をパルムだけでなくゼダ全域とフェリオにも拡大したせいで、コレを見たおじいちゃん(タタール)がアストリアの片隅でブッとお茶を吹きこぼしたというし、ハルファでヒサンな生活をしていた黒騎士隊と遊撃騎士団は野郎どもが皆購入していたせいで後の「サインください事件」になるのと、「絶対防衛戦線にいる女性騎士は半裸でモデルをやることになっている」という妙な誤解も広まってベルゲン・ロイド隊長をさっさと行かせてしまえばウヒヒとか考える不貞の輩まで出てきた。
ちなみに戦線合流後のロイドやマギーは脱いでませんから。
そんなこんなのお陰で雪だるま式に膨れ上がった《虫使い》とハイブリッドサイドの要塞バスランへの異常な執着はアリアス、アローラ、セダンに悲劇をもたらすことになるのだったが・・・。
いまだ燻るその事件を思い出してトリエルはポンと手を打った。
(なるほど、「仲良くしましょうね計画」会議ね)
それでメリエルまでいるんかいなとなった。
「さて問題は勝負の方法と賞品の内容よね」とティリンスが切り出す。
「勝負に真戦兵持ち出すと絶対にアタシにとばっちりが来るから却下」と紫苑。
「お金かかるのもダメーっ、軍資金ピンチだもん」とメリエル。
「じゃあ、罰ゲームでパートナーの暴露話」とルイス。
「ちょ、ルイス師匠と紫苑さんはいいけど私たちは居ない」とミィが抗議したらチッチッチとルイスさんは目をキラーンとさせる。
「メリエルはアリアス、ティリンスはミラー少佐、ミィはフリオってことで」
「おぉ」と喜色満面の紫苑が頷く。
「なんでアタシがスレイなのよっ!」とメリエルが抗議したら、
(もうアンタ以外の他にだぁれも“スレイ”って呼んでないって)という空気になった。
「そっかフリオの暴露話は復讐になるのか」とミィが物騒なことを言い出す。
後で猛烈に後悔するからやめようね、ミィ。
「いやぁ、ビリーを売ることになるのかぁ・・・面白い。ナダルもオマケにつけとこう」とかティリンスは言い出したが、「いや、でも待ってルイスから剣皇陛下の暴露話聞いちゃうのは面白いけど、後で大変じゃない?」
ノリノリ気配の全員がピタっと固まる。
大真面目に訓示中の剣皇ディーンを見て、この中の誰かが吹き出したら大変なことになる。
「結構、リスキーね。それって」とメリエルは思い返した。「あと結構ヘタレなディーンよりもアローラさまがコワイわ」
(エウロペア女皇陛下が剣皇サマを“ヘタレ”とか、かなりの爆弾発言なんですけど)という空気になる。
「それに暴露話が途中からルイスのノロケ話になるとムカつく」
さらに(お母様の紋章騎士へのムカつく発言もかなーりアウトですよね)という空気に。
「ほんなのヤッちまえば気にならなくなるし、いざというときゃ勅命扱い」とルイスが言い出す。
(やっぱ一番こえーのは怖い物知らずなこの鬼嫁だ。全然懲りてない)という空気に。
「でも、アリアスさんはディーン師匠よりもヘタレなんじゃないかと思います」とミィ。「だってメリエルへーかが湯上がりバスローブ姿で迫ったのになんもしないとかってとんだチキンじゃないかと」
(何故そのハナシをオマエが知ってるんだ。ほんでサラっとチキンだとかって・・・さてはディーンか?)とか空気はどんどん不穏なことに。
そして(やることやっててコイツがポロったらイケメン軍師サマは速攻でロリコン扱いだわ)とかいうエウロペア女皇ロリっ娘認定の空気に。
「よしっ、こういうときこそ頭の良い人の出番だ」と紫苑。
「え゛ー、ライザーさんはガチで怒られそうだ」とルイス。
(ダンナと師匠を差し置いてアノおっさんてルイスの頭のいい人の序列を聞いてみたいわ)という空気に。
でもファザコン体質のルイスは持ち前の嗅覚でライザーが「ちち」だと気がついていた?
正解です。
なんだか、仲良くしましょうという趣旨の筈が、女性仲がどんどん不穏な気配になりそうな空気に。
「ほーい、紫苑。なんか困ったことあるならソイツで決めれば」と公明がナニかを放って寄越した。
「むぅ、コレは・・・」とティリンスさん大興奮。
「さっすが公明♡滅茶苦茶気が利く」と紫苑。
「なるほど、コレはいいかも」とルイス。
「しっかしまぁ、ライザーさんの無茶ぶり対応とか諸々精査すると公明が一番頼りになるカモ」とメリエルが言い出す。
(アンタの絶対防衛戦線序列も一度是非聞いてみたくなるわ。ライザーはんとアラウネさまが1、2番争いでその次公明。けんおーサマと軍師どのと鉄舟さんは騎士学者バカと政治戦争バカと宗教戦争バカだから意外と低かったりするだろ)という空気に。
「しかし、良いですね。サイコロというのは。汎用性の高いモノを作ることにかけては公明サンの右に出る人いません」とミィが指摘した。
(同感)とコレばっかりは全員が同意する。
多分、量産型エリシオンのベリア騎士仕様機たるポルト・ムンザを量産中に余ったプラスニュウムを加工して即興で作られた巨大サイコロ。
「さて、コレを転がしてナニしましょう?」とティリンス。
「それこそが最大の問題デス」とミィ。
「女皇様ゲームとか」とエウロペア女皇様が言い出した。
「はぁ?」とその他全員が反応する。
「つまりあらかじめそれぞれに“名前”と“行動”を別に書いておいて、アタシたちそれぞれに賽の目を割り当てる」
「そうすると?」
「女皇様が転がして出た目の人がクジ引いて“名前”に書かれた人が絶対に書かれた“行動”を勅命としてしなければならない。そして、賽の目の人が次の女皇ね」
「ほほぅ」とティリンスの目が爛々と輝く。
「なるほどそれなら全員参加出来ますね」と紫苑。
「そうなると“名前”と“行動”っスね。3枚ずつ書きますか」とミィ。
だが・・・。
「ちょっとマテ、メリエル。なんだソレは」とルイスが言い出した。
整備作業工程用のホワイトボードに書かれたのは・・・。
1にミィ。
2にティリンス。
3にルイス。
4に紫苑。
だが、5にメロウ、6にメルと書いてある。
つまり確率3分の1でメリエルが女皇。
「しまったアタシら5人だった」とティリンス。
気づくのおせぇよ。
だから、ちゃっかりメリエルにまんまと。
「誰かいないのかなぁ?」と紫苑が辺りを見回すと・・・。
「おおっ、適任者はっけん」
ティリンスの視線の先には先日南部方面軍から配属されたばっかのリリアン・クレンティエン少尉がいた。
「んー、人畜無害そうな子だよね」と紫苑。
一斉に注がれた視線を見て「なんなんですか皆さん」と怯えるリリアンを見て残り5人全員は思った。
(まぁ、コイツなら当たり障りない)
そしてルイスが5のメロウをリリアンと書き換え、それぞれに人名3枚行動3枚を書いてホンモノ女皇メリエルのクジ引きでゲームスタートした。
「じゃあまず誰に」
メリエルの引いたクジには“トリエル”。
勘のニブいルイスでもイヤな予感しかしない。
「次に行動は」
“殺す”。
一瞬だけ空気が凍った。
「ちょっとまって全部出すから」
メリエルが箱の中を確認すると、同じ筆跡で“トリエル”が3枚と“殺す”が3枚。
「出来ますよねっ、エウロペア女皇のメリエルさまにならアイツ殺せますよね!?」とリリアンが言い出したので犯人が即バレした。
(リリアンは黒いなぁ。意外と黒いぞ、メリエル級に。黒薔薇ってそういうことかい)という空気に。
仕方なくリリアンをよく知る紫苑がリリアンのお父さん(軍警察のキタさん。あるいは《C.C.》。またはエーベル少佐)が捕まえる人のような行為はナシだと説得した。
そして別の人物を3人、別の行動を3つにするとルール変更した。
「では仕切り直して」とメリエルがサイコロを振る。
3でルイス。
次に誰がで“誰でもいいので”。
最後に行動が“鬼ごっこでつかまえる”。
「ナニこの悪意に満ちた無茶ブリ」とミィ。
「どっちだ。どっちの黒いのが仕掛けた」とティリンス。
するとだった。
「はいっ、《陽炎》で『剣皇ディーン』が捕まえたっと」
ガールズトークへの乱入のタイミングをはかっていたトリエルがわざわざ墓穴を掘りに。
しかし、よく考えてみたら覚醒騎士が4人とメリエル。
つまりバスランにいるディーンのフリしてるのがトリエルだと知らない人は・・・。
「なにすんじゃ、このセクハラちっさいおじさんっ!」
神速ルイスエルボーがトリエルの鳩尾に炸裂した。
「ははは、ルイスは乱暴だなぁ」とあくまでディーンのフリを続けるトリエルだが“この人は痛みを感じない”。
つまり、今のが致命打であっても気づかない。
だが、呼吸が出来ないのでトリエルは真っ青になり倒れた。
兵士達が慌てて担架で医務室に運び去る。
「あれえ、なんで夫の剣皇サマなのにルイスさんマジ切れしてるんだろう?」
ニブいルイスとリリアン以外の全員の顔から血の気が引いた。
リリアンには分かっているのかいないのか。
ガチに天然なのか真っ黒くろすけなのかは永遠の謎で、奇しくもリリアンの予言・・・というか願望が的中してしまった。
ドッキドキだがゲームは続行だ。
ルイスのサイコロは6でメル。
“誰に”が軍師アリアス。
“行動”が耳元で愛してると囁く。
「なんだこの絶妙な揃い方は」とティリンスが大興奮する。
「意外と簡単だよね」とルイスと紫苑が頷き合っている。
「でもなんかドキドキしちゃいますね」とリリアンもしっかり加わっている。
「むしろ軍師サマの対応の方が肝心で、出来る事ならチキン疑惑を晴らして欲しいです」とミィ。
(チキン疑惑を晴らしてロリコン疑惑を確定させるとかドツボじゃ)という空気に。
「アリョーネ陛下の全権代理人としてメリエルに即時実行を勅命します」とルイス。
(えっ、普段なんにも強権発動しないのに何故この件だけ)という空気にはならず、(あっ、さてはメロウが仕掛けたな)となる。
観測者としてはこれ以上ないほどの面白いシチュエーションだ。
それにしても当のメリエルがやけに静かだなと他全員が思ったら。
「そっか罰ゲームのフリで試すのもいいのかも」
「それならいっそクールなメロウが言ってみたら」
「いや、フィンツから完全に乗り換えたとメルが思わせるのがいいのじゃない」
「えー、でもビミョー。なんかもうちょっとからかって楽しみたいじゃん」
「そうなんだよねぇ。あんまり早く相思相愛とかになると魔法使いとして頼りにしづらくなるかも」
いつもなら( )内会話がダダ漏れ状態。
つまり、メロウ、メルも少し動揺していたらしかった。
(あー、普段内部でこういうやり取りしてるんだ)と全員が思い、頭を集めてヒソヒソやりだす。
「ひょっとして両天秤でからかってるんじゃ」とミィ。
「まぁ、黒いですからねぇ。小悪魔的に誘惑中ということも」と紫苑。
「それにどっちもまだ本気ではなさそうだな」とティリンス。
「勅命撤回。もう少しこの件は寝かせた方が楽しいことになりそうな気配だ」とルイス。
「まぁ、イケメンロリコン軍師サマはどっちにしろドツボでしょう」とリリアン。
そしてメリエル以外の全員が思った。
(意外と二重人格生活って楽しいんじゃないのかな?)
自分内対話にすっかり夢中になっていたメリエルにルイスがサイコロを渡す。
「保留ね。こうやって保留ベットを積み重ねていくと先々アノ天才勝負師はどうなるんだろうね?」
「ルイスにしては鋭い意見だ」とメリエルはサイコロをぽーいする。
5が出てリリアン。
“誰に”が剣皇ディーン。
“行動”がでっちあげの浮気話をチクる。
「さっそく行ってきまーすっ」とリリアンが嬉々として走り去る。
「あっ!」とミィが気づいた。
「さっきの一件を曲げて伝えたりしたら・・・」とティリンス。
「叔父甥の骨肉の争いにより、半死半生のふくしれーへのトドメによりリリアンの騎士の本懐達成?」と紫苑。
「いやどうなるんだろう?」とメリエルは真剣な顔で考え込む。
「どゆこと?」とやっぱりニブいルイスさん。
通信室に直行したリリアンは早速アルマスの執務室にいるディーンに電話してきたらしい。
その通話記録を手に戻ってくる。
紫苑が再生ポチっとな。
『えっ?ルイスがテリーを押し倒したぁ』と剣皇ディーン。
「なんかビミョーにしか間違ってないんだけど」とティリンスは首を捻る。「押し倒したじゃなくて突き倒しただよね」
「そういえばそうだった」とメリエル。
『あー、ヤッパリなぁ。謹慎させるわ、メシ抜くわ、それでいてグラビア話は断ったんでメリエルに嫌がらせ出来なくなって相当欲求不満が溜まってたんだろうなぁ』
「ちょっとどうゆうことだ紋章騎士っ!」と黒メリエル登場でルイスの胸ぐらを掴む。「ヤッパリか、ヤッパリ嫌がらせと自慢のつもりかっ!」
「話自体まったく疑っていないというか、そもそもけんおー師匠は奥様をどのように思われているのでしょうか?」とミィ。
その答えは録音テープの続きにあった。
『でも、今は非常にマズいんだよね。アイツ危険日だからそっちいって夫婦サービスなんかして、バスラン防衛戦を産休とかなったら間違いなくアリアスと鉄舟にドヤされるし、トゥールと母さん、ライザーさんにもこっぴどく怒られる。まっ、テリー叔父さんは前科者なのでなんも言えないでしょ。けれども、一大決戦を産休なんかさせたらアイツ自身滅茶苦茶ストレス貯まって今度こそ暴走モード本格突入してハルファからアリオン召還する事態にもなりかねんし、実家とは絶縁状態だからお産立ち会いをパルムのへーかおばちゃんとマギー姐さんに頼む羽目になりそうだし・・・』
一瞬だけ静寂が過った。
「なんかスゴイよね。ディーンの事態把握能力って」とティリンス。
「奥様の把握力が特にデス」とリリアン。
「コレがひょっとして究極の愛なのかな?」と紫苑。
『そもそも少々乱暴に扱っても壊れないオモチャとしてミィとフリオを預けてたんで、そろそろ卒業なのもストレスだったのだろうなぁ。あー、それってボクがルイスの母ちゃんから受けてた虐待なのです。まぁ素行不良のアイツらも意外と品行方正に育つカモという措置なのですねぇ』
「やっぱイジメじゃねーかっ!」と今度はミィがルイスの胸ぐらを掴む。「完全に“荒行”だったし、仇同士で荒行を相互監視って念の入った真似してサボってるし、ダンナ来てるときだけ優しいフリしてくれてるし」
ルイスは例によってすっとぼけてはいるが、当事者の一人だったミィがこんなに激怒するとは相当キツかったのだと皆察する。
「興奮したらいけませんよ。まったくもぅ」
リリアンはこともなげに天技予定の《茨》(まだ未公認)を発動させてミィを絡め取ってポイっと放り出す。
(あっ、コイツ騎士覚醒してるな。やっぱわかっててあんなことを)という空気に。
リリアンがポチっとなで録音再生終了。
「まぁ、この後は剣皇陛下のボヤキ節ばっかでつまんないので、さてさてサイコロを」と最後に加わったリリアンがなんだか一番生き生きとして参加している。
2が出てティリンス。
“誰に”が紫苑。
“行動”が突貫作業で専用機を造らせる。
「なんかさっきからずっーと謀られている気が・・・」とルイス。
「アタシのは完成したばっかでソッコーボロっちくされた」とミィ。
「コレって賽の目がアタシだったら専用機なんて必要ない。つまんないわ」とメリエル。
「いや、設計建造中ですがね」と紫苑は言った途端に大慌てて口を塞いだ。「聞かなかったことにしてくださいな」
予算不足で完成は最後になるがそれが萌葱色のパ・・・。
「にっしっし、名前に公明、紫苑、犀辰先代と書き、行動に“突貫作業で専用機を造らせる”、“現行機の機体改修させる”、“新型機を用意する”って書いておいて正解だった」と、してやったりのティリンスが悦に入る。
確かに結果はほぼ同じになるものの、ゲームのルール通りだった。
「そっかその手があったか」というリリアンのローゼスも、もうしばらく先に完成する。
「スカーレット2番機の専用機改修なら終わってるよ」と紫苑。
「えっ?」と全員が声を揃える。
「こうめーいっ、スカーレット2番機をハンガーに移動してぇ」
「あいよぉ」と公明はすかさず蒸気式のクレーンで機体を移動させている。
「いやぁ、エンプレスガードとして来てくれてて他の皆のも造ってるのにちょっと可哀想だなぁと修理のついでで。謹慎明けにお披露目の予定が早まっただけということで」と紫苑が事情を説明する。
ティリンスはドキドキワクワク状態。
「まぁ、ケンカ謹慎の原因だったからねぇ」
ルイスがタメ息をつくが、本当の原因は主審役のヨソ見。
「なんか紫苑さんと公明さんって息の合った名コンビですよね。結婚入籍しても姓が変わらないケド」とリリアンとミィ。「比翼連理ぃ?」
「あー、アタシらも早いとこパートナー欲しい」というミィに対し、「先日着任しましたけどね、ダーリン♡」とリリアンが言う。
「なにぃ!」とメリエルがリリアンをキッと睨んだアト、「補充要員に乙女好みの騎士なんていたっけ?南部方面軍のあるハルファから先に連れてきたのってオッサンばっかだったような」と首を傾げる。
まぁ、リリアンの趣味は大分変わっていたので大分あとに“ダーリン”の正体が発覚する。
「だいたいミィはフリオで妥協しとけよ」とルイスは言うが、「家族の仇同士って知っててまだ言うか」とまた師弟対決再燃方向に。
(いや、フリオは結構な上玉だし、女狐にゃ勿体ない)という空気。
軍事法廷直行級の《ナイトイーター》の過去さえなければの話なのですが・・・。
「おまたせぇ、準備できたー」と紫苑がカバーのかかった機体前に全員を勢揃いさせる。
「予算大丈夫だったの?」とケチな心配しているエウロペア女皇。
「まぁ、スカーレットベースなら格好いいのに仕上がってるでしょ」とかつてスカーレットを灰にした(ン年前のエドナ杯裏準決勝時)ルイスはやっぱり反省していない。
「それではお披露目でーす。3、2、1、じゃーん」
ティリンスの改修専用機体を見た感想が・・・。
「まっ、確かに低予算だわ」と女皇メリエル。
「命名ライザーはんにと思ったけど、コレはなぁ・・・」とミィ。
「機体よりも専用装備がなんかスゴイことに」とリリアン。
ルイスは腹抱えて笑い転げている。
ティリンスは唖然呆然だ。
「あれぇ?なんか反応が思ったのと違う」と紫苑がしょげている。
「えっ?仕返しじゃないんだ」とミィ。
「いやぁ、スカーレット・ダーイン改シルエットフランベルジュってことなんだけど。使徒機との中間機体で虹のフレアールやトリケロス改と同じコンセプトの機体なのよ」と紫苑はしょんぼり。
「みたいね。修理予算圧縮のために高価で貴重なスカーレット原型機由来装甲をスッパリ諦めて、数がある新型量産機フリカッセの装甲転用をしているし、あの鈍器なんて破壊王のティリンス向きじゃない」
しごく冷静にメリエルが指摘したので紫苑はメリエル陛下の小さな躯に抱きついた。
「流石にエウロペア女皇陛下はお目が高いデス。ぜんぶその通りだし、努力したポイントもよぉく見て頂けている」
小首をかしげたメリエルは更に詳しく検証した。
「そうねぇ。ハルファの訓練施設で“お母様”が慣熟訓練中の実物の使徒真戦兵フランベルジュ・ダーインを見てきたんで、なるほどやるなぁと思った。ケンカ騒動のときに真っ先に足が出たって報告見たんで、年中ツルまされているうちに“お母様の性格”が大分悪影響してたんだと。それに武器お揃いだし」
「ですです。だから、装甲を物理衝撃耐性型のフリカッセタイプに変更して、専用武器をアリョーネ陛下好みの“鈍器”にしましたぁ!」
メリエルと紫苑の一連の話を聞いて一番真っ青になったのはアリョーネ陛下の紋章騎士様だった。
コレを大笑いしたとアリョーネ陛下の耳に入ったなら、チャームポイントだった黄色いリボンを没収だ。
でもその心配無用で、もともと紋章布の正体は形を変えた忠犬獰猛ドーベルマン用の“首輪”ですから。
「つまり、今のティリンスの性格に一番向いた内容で」とミィ
「本格的な戦いではどうせ派手に壊すだろうと考えた」とリリアン。
「ヤンキー体質なのはむしろアリョーネ陛下で」とミィ。
「良くも悪くも似ちゃったなら、機体修理に今後は予算が掛からない方向で専用機改修した」とリリアン。
二人は呆然としているティリンスに向き直った。
「スカーレット・ダーイン改“破壊王”の誕生ですね」と二人は揃って言った後、二人で同時に発動した。「《鏡像残影》発動」
メリエルと紫苑はなおも“真戦兵談義”をしていて、ルイスは膝を抱えて猛反省中だ。
それをミィとリリアンは一瞥して二人はティリンスに向き直った。
「“手合い”では使えませんが、もともとアタシとルイス師匠と教官は模擬戦で満足なんて出来ないし、やりたきゃこの《鏡像残影》の“鏡のセカイ内”でやれという話ですが、それでも無駄。覚醒騎士同士の精神感応で手の内や次の技が予測出来てしまう。それを突き崩すのが天技。なのに大技封印されて模擬戦戦ったらストレスが溜まるばかりです」とミィ。
「トリエル・メイヨール真副司令にはそれがわかっていて許可した。よく考えてくださいよ。あの人がもともと誰の上司だったか?スターム少佐とミラー少佐ですよ。お二人に近かったオーガスタ少佐になら分かるでしょ。“騎士手合いは突き詰めると詰めエキュイムでしかない”というのが、エドナの技もつ“ベルベ”の自論じゃないですかっ。そして、少し高くついてもいいからお互いの事を理解し合う切っ掛けにするという意味で許可した。今日もわざと乱入セクハラして道化を演じたけれど、ルイスさんの神速エルボーは超速の《陽炎》で回避しています。でないと直後に“ルイスは乱暴だなぁ”なんて言えませんよ、鳩尾ですよ。それに自分で前もって医務担当兵士の担架を呼んでいたんです。それに剣皇陛下の電話相手は気心の知れたトリエル殿下でした。だから、途中で録音再生を止めたのも真相がバレるのを防ぐためです。ウザいくらいにあの方譲りの先読みして、鬱陶しいぐらいの“お節介”なんです。昔からあの二人の殿下たちは」とリリアンは悲しそうに言った。
「それに剣皇陛下師匠が絶対防衛戦線内で自分が実機手合いをやらないのも、機体を壊したら耀家マイスターたちとメンテナンサーへの負担甚大で修理予算を考えていてのことです。だから未熟者たちの手合いは《鏡像残影》で、覚醒騎士たちが怒りやストレスをぶつける相手は龍虫」とミィは言い、「ずっと閉ざしていた“私の扉も開いています”。過去の出来事を打ち明け、その犯人もわかった。心を開けるようになり、仇であるフリオも扉を開いているから、業に一番苦しんでいるのが“あの人”だとも隣で見ていて痛いほどわかる。でも“対”になるのはまだ“三人”で大きな試練を乗り越えてからです。それに教官はリリアンをちゃんと見てあげてください」
ハッとなったティリンスは顔を上げてリリアン・クレンティエンを凝視した。
「覚醒騎士になっていて、天技もあり、扉も開いている。だけど、覚醒騎士化の齎す“あの現象”に今も捕らわれていて愛憎が滅茶苦茶になり、苦しんでいる。どうしてそうなのかはちゃんと見れば分かりますし、なぜディーン師匠が教官のいるバスランに彼女を配属したかだって教官にならわかるでしょ?この娘の乱れた精神が覚醒騎士たちに伝播したのなら《アリアドネの狂気》の再現になります」
ミィ・リッテは自分が凄惨な過去に囚われ、とっくに騎士覚醒していても、ずっと心を閉ざしていた。
ティリンス、アルセニアも決して悟られてはならない“秘密”を胸に秘め隠している。
「そう。彷徨えると言われてるアタシは迷っていない。でも、呪いが解けるまではずっとこうだから苦しい。見ていられなくてアタシの“先生”は苦しむアタシを助けるためになにもかも投げ出して騎士覚醒した。キモデブオヤジ先生で愛しいアタシだけの王子様コナン。大好きで大嫌いな陛下たち、殿下たちとお父さん・・・」
ティリンスの凝視した先にいるリリアンは自身の見えない天技たる《茨》に身動き出来ないほど絡み取られていた。
二人の美しい女性たちの“怨霊”が愛しき“リリアン”を抱いて護りながら慟哭し続けている。
その一人が本人との面識はないが、間違いなく精神感応で多くの覚醒騎士たちの中に散々見てきた女性。
彼女こそリリアンの母で非業の騎士ルカ・クレンティエン。
そしてもう一人が秘密の深淵に関わる彼女。
ミィはティリンスを真剣な眼差しで見据えてその厚い胸板に涙を溢して軽く叩いた。
「《茨姫》を護ってよ、ティリンス教官。夥しい沢山の血の流れた先で呪いを浄化されたリリアンは、成長して名前の変わる《未完の剣聖》リリアンになる。ライザーさんは“盤外の人”だから、リリアンが自分のその目に見える姿になるまで導けない。そして、明日への扉を切り拓くための《神速の剣聖》ルイス師匠と、人々を、国を、セカイを覆い尽くす形成せぬ悪意から《エウロペア聖騎士》の絶技という《アイギスの聖なる盾》で護られる為、その血を後に繋ぐために生まれてきて、《制御不能の狂った黒豹》に護られてきた」
ミィは泣きながら続けて言った。
「《女神マーガレット・アテナイ》の化身たる呪われた“黒薔薇のリリアン”。三つの魂が一つになり、三つの存在が一つになるとき、平和の堕天シ者たる《ベルセルク》は降臨する。心から愛する“メロウリンク”を護るお姉様たちの想いの結晶こそがベルセルク」
リリアンはティリンスとミィに向き直った。
その表情は凜としていて、先程までのリリアンとは別人だ。
「貴方たち覚醒騎士たちといると痛みが少しだけ和らぐ。嗚呼、貴方たちもジョセフィンと私のように、お互いへの理解が追いつかずに汲々と足掻いていたのだと。いっそ、ぶつけてしまえば殴った拳の痛みと、殴られた体の痛みで少しは相手の気持ちが理解出来る」
リリアンの口を通じて“ルカ”が代弁した。
「あのゲームを仕掛けていたのは私。賽の目とクジを操作して、それぞれへの“本音”を吐き出させて心を軽くし、貴方たちにもお互いへの“友情”や“信頼”は芽生えているのだとメリエルにも教えるため」
リリアンでなく、リリアンの守護者がリリアンの体を通じて語りかけていた。
二人いた“怨霊”がまた一人消えている。
「私たち“特選隊”だって最初から人間関係が上手くいってなかったし、“エリンシア”が腕ずくで仕切って時々衝突させていた。人々の知らない処でずっと過酷な現実と対峙してきたから、本当に心優しい末裔のディーンやトリエル、トゥールとは違い、表面的に優等生で優しいフリだけした気取り屋で、はじめマルゴーみたいな小国民の気持ちなんて少しも分からない“あの人”には憎悪と意地しかなかったし、マルゴーとマルガの真実も知らなかった」
ティリンスとミィは真っ青になっていた。
この人は間違いなく・・・。
「あの人が変わったのは“真実”を知ったそれからよ。エウロペアネームド人類最初の入植地である“マルゴー女皇国”の旧都がマルガ。真名はマルガレートであり、名前の由来はもうわかるわよね?そしてもう一つの私の名を冠した新都“アテナイ”の人柱が龍虫たちに壊されて私が出てきた。マルガに在る観測者メロウとアリアドネを南からの脅威から護り、エウロペアの繁栄を司るのが私の使命だった。そうして大戦があり、その後、私は娘と共に私の想いを受け継ぐ“Rの血族”たちの大母となり、戒めの緩んだ今このときとなっては“ウェルリッヒ”と“オリンピア”も具現化している。もともとネームレス氏族の貴方たちにはエドナの犯した罪と、その棒倒しの罪が今貴方たちを苦しめている本当の敵なのだとわからないとは言わせないわ」
もともと氏族ごとに素朴で平和的に龍虫たちと生きるネームレスたちがネームドを定期的に襲撃していたのは“何者かの悪意”が根底にあった。
だが、次第に馬鹿らしくなり、上手くやっていく方法をしっかり見つけて共生し、あるいは乱れた時代のどさくさでネームド社会に加わっていた。
しかし、ネームレス生息圏内に思念信号制御が通じない古き強力個体が次々に生じ、その脅威から逃れる方法として“誰かが生贄になる”か、“ネームド生息域を奪う”しかなくなった。
そして、もともと荒廃地を作り出す戦いが嫌いなミトラたちが抜けてしまった龍王家は新たな龍王家の子供たちを欲していた。
それが龍虫大戦のネームレス側の深刻な事情だ。
ネームドの辛勝と惜敗や“痛み分け”のカラクリを、その名に任せて破壊してしまった狂気持つ名無しの天才技術者は、再度のバランス構築のために新技術「光学迷彩」を龍虫に植え付けることを試し、その試みに協力した親友で名無しの東方賢者が生態系変化のために原初の龍虫を「生贄の龍虫」で「黒衣の天使」にした。
そうして龍虫たちは巨大な体躯維持のための捕食をブリーダーの育成も楽な「生贄の龍虫」の養殖による最小限度に押し留め、龍虫たちは自在に姿を消せるようにもなったし、医学のない彼等の社会で生きていく上で傷ついたネームレスと龍虫を癒やす方法も確立した。
そして、結果的に龍虫を再構築した真戦兵もその力を獲得した。
《光学迷彩》と《自己修復力》。
だが、それもまた“何者かの悪意”に満ちた試しによるものだった。
セカイのカラクリに精通する《砦の男》はそうした龍虫の生態系変化を識っているし、この戦いに利用しようとしている。
そして、同志や愛妻たちと共にエウロペアネームド完全勝利の為の計画を作り出した。
悪人だから野心家だからでなく、対立軸そのものを変化させて相容れぬと錯覚させられているネームドとネームレスの両者を完全に和睦させる“真のパルム講和会議”を実現し、共に生きていけるセカイの再構築のために、犯してしまった自身の業を背負い込んで、今も必死に“其処に生きる人々”のために労苦を厭わず戦っているのだ。
血の滲む努力やアルフレッドの協力で龍皇をも説得して辿り着いた“パルム講和会議の崩壊”により、エドナは親友や家族を喪った絶望と共に帰化し、ネームドを変革しようとネームドの中に身を隠し、《真実の鍵持つ者》や《砦の男》、《法皇》と《女皇家》や《選王候》たちと共闘して、共生社会セスタで生まれ死んでいきながら、“変革の聖戦士”たる覚醒騎士の一人として他を導いている。
シンクレアの末裔たちが綴る《真史》と《偽典史》。
ファーバ教団の綴る《真の書》と《ナコト写本》。
エドナが《命名権者》と共に吟味して綴る《天技指南書》
《真のナイトイーター》で《銀髪の悪鬼》または道標たる《光の剣聖》。
そして、円卓騎士のひとり銀のエドナ・ラルシュ。
その願いの形が自身の名を冠する5年ごとに実施される恒例行事だ。
つい先日にもあったその催しにおいて、エドナ自身とその対、《砦の男》は想定外だった“二つの希望”が生まれたことを見届けた。
聖騎士ヴァスイムと光の王子リシャール。
シ徒たちを、エウロペア大監獄を、巧みに分断されたセカイを、シの国を内包した東方世界を、其処にある全ての根源を、それを操り試す存在を、そして喪われた聖剣を、知的生命種たちは誰もが誤解し続けてきた。
《滅日》と《終末戦争》、その先にあるシの国における聖戦。
話の最後に“彼女”は語った。
「エドナの記憶継承者たるアウグスト・ブラン氏族の娘達の片割れ。そして《龍皇女》である通称ナウシカの分岐した末裔。貴方たちに命じます。“ナウシカ”と“アリョーネ”を《妄執の龍皇子》と《憤怒のクシャナ》の悪意から救いなさい。いまのミトラがどうしてクシャナ・ド・ファルケンと名乗るかはその警告警鐘なのです」
ティリンスとミィは呆然としていた。
「ベルベの対がアニーに確定しているのなら、残り物のアタシはどうすればいいの?」とティリンスは無力に膝をついた。「それに大好きなアリョーネさまを此処に居ながら二つの悪意からどう護れというの?」
即座に「入れ替わる」というその答えに気づいた。
「そうか、ずっとそうしてきたときのように、具体的な潜在的脅威の存在を知るアタシが知らないアニーと入れ替わるってことか・・・」
その脳裏にハニバル・トラベイヨの顔が浮かぶ。
「聡明で油断も隙もない殿下たちにも気づかれずに入れ替わる方法は、メリエルと雷帝ハンニバルの協力を仰ぐということだ・・・」
ミィは自分たちの過酷な運命が悪意の根源の課す“試練”なのだと気づいた。
そして、なにも言わないが対として対を育てるというディーンの真意に気づいた。
『そんなんじゃスタンピードマンティスの攻撃は・・・』
そして護るべきなのは“魔女”という扱いに簡単に折れてしまう強くて脆い“聖女”のこころ。
《ナイトイーター》であり《流星の剣聖》として既に完成していたフリオを敢えて兄妹弟子として送り込んだのも・・・。
「二人でルイスを孤立から護れ、化物扱いが三人なら愛弟子たちを想うルイスの優しさが結果的にアイツ自身のこころを守る。それがお前たちの恩讐や業さえも吹き飛ばす。研鑽を積んだ連携は“聖戦”においてはもっと過酷なものになる」という意味だ。
自身の成すべきことがはっきり見えてきたミィ・リッテは黙り込んだティリンスに優しく声をかけた。
「貴方を受け止めきれる対を探そうよ。私の対はRの血族の悲劇の勇者でフリオニール・ラーセンなのだとよく分かったわ。あの人の罪と私たちの罪。罪人として共にあるのが比翼連理の真実・・・でも正直言って重すぎるよ」
「ミィ・・・。ああそうか、アンタが何処かアタシたちと似ているから憎かったんだ」
同族嫌悪が原因で生じる憎しみや嫉妬。
だが、それをひっくり返すと絶対的な信頼関係と本当の意味での友情。
「対の怪物たちの真実・・・そうか、アリョーネさまとエセルさま・・・」
自分たちが同じ時代に産まれてきた本当の意味を知る為、《対の怪物》と呼ばれた二人も試練に挑もうとしていた。
「そして、ディーン師匠とフィンツさんです」
もう一つの《対の怪物》たちは互いに愛しながら敵味方に分かれて戦う試練を課されていた。
コインの裏表で非情なる試練が《対の怪物》たちを待っていた。
「ええ、いずれアリョーネとエセルの二人は“騎士”としてでなく“巫女”として試練に挑みます。“オリンピア”の暴走と御柱の連鎖倒壊を防ぐ、知られざる過酷なる戦い」
ティリンス・アウグスト・ブランとミュー・ラーセン。
新たに芽生えた“絆”で結ばれた氏族の勇敢な乙女たちの友情こそがまた“聖戦”での勝利の鍵なのだろう。
“それ”だ。
ティリンスの使命とは“過去との対決”だ。
「メリエルとアリアスは私たちと《冥王》、《聖女》の対、そしてラウンドのMasterシンクレアが護ります。既に二人のエウロペア聖騎士は誕生し、私たち三人の魂は一つになる契機を待っています。まごころと共に生きなさい。そして、その血を遺すのです」
この衝撃的な話をティリンスは誰にも話せなかったし、ミィも同様だった。
そしてリリアンは“黒薔薇のリリアン”に戻り、時の到来まで完全に沈黙した。
オマケ ディーンの家族サービス
「なんかアタシってばホントにダメだぁ。全部ディーンに読まれているし、あの人に負担と心労かけてばっかりだぁ」
ケンカ騒ぎに続いた今回の出来事の裏にあった夫と義理叔父の優しさの意味にニブいルイスでも気づいた。
紋章騎士として皆を導く筈なのに、ストレス過多や生理周期による精神的な不調が暴走事故になる。
「ねぇ、エリシオン。どうしたらいいんだろうね?私たちはちゃんと戦わせて貰えないよ」
(仕方ないよ、ルイス。泣かないで。一生懸命頑張れば頑張るほどアタシたちは孤立させられてしまうのは、それも心を折りにくるヤツらの狙いなのだもの)
真戦兵エリシオンにはこころがあった。
かつて「聖女機モルドレッド」と呼ばれた嘆きの聖女の愛機が持っていた魂とこころだ。
使徒じゃなくても真戦兵にもそのもととなる龍虫にもこころはあるのだ。
つまりエリシオンに限らず、他の子たちにもこころはあり、紫苑や公明のような耀家の者たちは“あの子たち”と労り、愛情を沢山注いで逞しい子にしようと日々努力している。
だから、本当に強い真戦兵たちは一緒に戦い一緒に傷つくパートナーのことをしっかりと考えている。
ルイスがいるのでエリシオンも生きていられる。
騎士として覚醒すると彼等のこころの声が聞こえてくるのだ。
ルイスは覚醒前から無意識に気づいていた。
カナリィにだってスカーレットにだってこころはあった。
お爺ちゃんだったし口煩いカナリィには共に戦いながら毒づいたりもした。
妙に気位が高くて高慢だった“あのスカーレット”は「もう一度最初から騎士と対話する素直な気持ちを持ちなさい」という意味でわざと減速処理せず灰にした。
そして自分を呪い死にたがっていたジェッタ。
自分は所詮はお試しで作られた人形だと、それも裏切り者のシ者の形に作られ、完成したら悪魔の翼になる。
ベルカ・トラインはそんなジェッタを宥め優しく扱ったが、そのことが余計に呪わしいとジェッタは泣いていた。
自分には大切なディーンと共に戦う資格も強さもない。
だから、最後に希望を見せてあげたいとルイスはわざと《紅孔雀・極》を使ったのだ。
《刹那の衝撃》の直後にジェッタは満足そうに笑い。
(今度生まれ変わったならどんな中傷にも宿命にも折れない無敵の翼になるよ)と言って静かに崩れていった。
そのジェッタの魂とはいずれ再会する。
アパラシア・ダーイン改八咫烏は生まれ変わったジェッタだった。
神眼の剣聖機として誇らしげにルイスに語りかけた。
(約束を守ったよルイス。勝利に導く希望の翼になれたのは、雄々しく羽ばたく紅孔雀の強いこころを宿したからね。キミの大切な息子さんもボクがマイオと守るよ)
真戦兵たちはいつだって、どんな機体だって、騎士たちと共に生きている。
聞こえない聞いてくれない騎士たちと戦う真戦兵たちの嘆きがルイスには耐えられなかった。
《嘆きの聖女》
その嘆きとは誰にもわかって貰えずに、知的生命体だと認めて貰えずに死んでいく真戦兵と龍虫たちが憐れだったからだ。
そんな話をやたらにしようものなら、またルイスはアタマのオカシイやつだと思われ、ひとりぼっちの“魔女”になってしまう。
真の対であるディーンには救われた。
「ボクにもわかっているよ。だから皆ボクを好きになってくれるんだ。でも、頑張り過ぎて死んでしまうのは本当に悲しい」
ディーンを乗せて限界を超えてしまう真戦兵たちの末路・・・。
だが、その魂は再び別の形をとって新たな騎士と共に戦う。
あるいは龍虫として騎士たちと戦う。
ヒトとしての誇りと存在だけが彼等のすべてだ。
ルイスはメリエルともパルムに居た頃よりもずっと“本音”を言い合えるようになってきていた。
“黒いメリエル”を引っ張り出して本気で怒らせたり、それに笑いながら舌を出すことも出来るようになった。
メリエルの中にいるメルとメロウの想いもわかってきた。
だから、下を向いてはいけない。
一人じゃないんだ。
名に呪われた存在でもない。
こっそりエリシオンの格納庫に一人しょぼくれていたルイスに気づいていたのは紫苑だけだった。
一人になる時間をあげたいと他のメンテナンサーたちにも「一人にしてあげて」と伝えていた。
「おー、ルイスぅ。此処に居たかぁ」
膝を抱えて蹲っていたルイスはライザーの声で我に返った。
夜半過ぎのバスランにライザーが来ていた。
「もうダメよぉ。貴方がしっかり皆を纏めないと。率先してケンカなんかしてどうするのよ」
アローラお母さんの声だ。
「お二人ともどうして?トレドに居る筈じゃ?」
戸惑うルイスにライザーはバツが悪そうに頭を搔く。
「いや、トリエルからルイスが謹慎処分に参ってるから話を聞いてやってよって言われてキースたちに仕事任せてきた」
「ディーンから義理とはいえルイスの母親なのだから女同士で話してやってと・・・」とそれぞれ言ってからライザーとアローラは顔を見合わせる。
表向きの理由はメリエルも交えた“緊急幹部会”だとライザーは言うようトリエルに指示されていたし、アローラはスカーレットの再調整を口実にするようにとディーンから指示されていた。
二人ともお互いにそうなんだと思って一緒にイアンのバルハラでバスランに来ていて、アローラは先程スカーレットを紫苑に引き渡して調整作業は明日の昼過ぎになり、具体的な点検箇所を打ち合わせたいと聞いてきた。
その際に紫苑はアローラにルイスがエリシオンの格納庫に居るとそっと耳打ちした。
ライザーもルイスを探していると聞き、二人で来たのだ。
入港したバルハラも船体計器点検していてイアンたちはその作業をしているし、メリエルも訓練監督を終えて夕刻に戻ったアリアスと話し込んでいるらしい。
「おやっ?」
「どういうことなの?」
つまり、リリアンが止めた録音テープの先にあったディーンとトリエルの会話とはルイスのために、この二人を別々に呼び出す打ち合わせ内容だった。
「トワントお
既に涙目になっているルイスにライザーは優しく微笑んだ。
「いいよ、ルイス。俺も是非聞きたかった」
「そうね。メリエルはトワントとは大学入学してからはあまり会ってなかったと聞いていたし」
「お
それからルイスは優しく厳しいトワントのことや、分からず屋の実父エイブのこと、母親のぬくもりを知らないから、自分がいずれディーンの子供の母親になれるか不安なのだということを取り留めも無く話しだした。
心の中ではディーンとトリエルの配慮に頭を下げ泣いていた。
ラファール家は家族バラバラで、物心ついてからは騎士修業に明け暮れていて、家族の温かさはセプテムが居た頃のトリスタでの生活でしか知らなかった。
ディーンとの出会いや、書き換えられた記憶の真実であるそのあとのこと。
エドナ杯でその実優勝していながら騎士廃業を決意して報告に言ったのに、急に嫁に行けというエイブとの親子ゲンカのこと、アリョーネからの紋章騎士抜擢や、ハルファでの訓練のことやディーンとの再会のこと。
ライザーとアローラは時折ルイスと一緒に笑ったり沈んだりしながらルイスと話し続けた。
「家族とちゃんと話すってこういうことなんですね」
ルイスの一言に間にルイスが入ってくれたので、自分たちも一緒に話す機会を与えられたとライザーとアローラは思わず顔を見合わせた。
トワントが実弟だとライザーはルイスに話していないし、自分がディーンの実の父親だとも話していない。
ライザーとアローラがかつて夫婦だったこともルイスは知らない。
二人とも抜群に頭はいいのに妙にニブいエイブとルイス。
けれども、気づいていたのだ。
アローラはその晩、ルイスの私室で一つのベッドで二人で寝た。
夜通し母と娘のとりとめもない会話は続いた。
その一方で、ライザーはまだ起きているトリエルの執務室に赴いた。
「ありがとな、トリエル」
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