ゼダの紋章 第4幕 知略縦横

永井 文治朗

序章 ディーンとトゥール、虹のフレアール

 ライザー・タッスルフォート着陣により絶対防衛戦線内に意識変化が始まりつつあった。

 物資や兵站へいたんがなければ作れば良い。

 生産労働が難しいなら役に立つ道具を用意すればいい。

 寒いなら寒冷地の生き方を取り入れればいい。

 深刻危機があるならば対策すればいい。

 軍資金が心許なければあるところに掛け合えばいい。

 問題放置するから不安が広まる。

 死んだら負けだ。

 ヤツらに目に物を見せてやれないし家族の思い出も語り継げない。

 こちらは狩猟捕食者だ。

 ヤツらを殺せ、それが今夜の晩飯だ。


 バスランへ帰陣し、鉄道で新トレド駅に戻ったディーンはトレド要塞城壁上から作業監督しているトゥドゥール・カロリファルにウェルリでの休戦協定調印そのものの成功とその後の謀略でフェリオ連邦国王エドラス・フェリオンと共にハルファに脱出したことを打ち明けた。

「それでおそらくはファルマス包囲本陣で、イシュタルとシモンが猿芝居をやってくれたのだろう?《軍神》を煙に巻いてくれたかな」

 トゥドゥール・カロリファルはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

「ええ、特記第6号通達による黒騎士隊とフェリオ遊撃騎士団の戦線参加となりました」

 剣皇ディーン・フェイルズ・スタームも人の悪い笑みを浮かべ平然と受け流す。

「当然予定通りにするのだろう、ディーン?ハルファへの駐留ちゅうりゅうとアルビオレ、アパラシアへの本格機種転換訓練を兼ねた守備隊の交替と、玉突き人事」

 東部戦線で最強の部隊だと目されていた黒騎士隊と遊撃騎士団がハルファに駐留しているとなれば、舵取り役のランスロー・ドレファス大佐以外の南部方面軍で無傷の騎士たちをバスランやトレドに回せる。

 その中に混じり、フィン・フォーマルハウト少尉も絶対防衛戦線に加わっていた。

 かわってトレド、バスランで発生した負傷傷病兵たちは旧都ゆえに大きな病院施設も充実したハルファに送れる。

 つまり、大規模作戦でこれから甚大な損失も覚悟しなければならないがその下準備は整った。

 アリアスは列車兵器開発計画の中で傷病兵移送用の病院列車なるものの開発も完了させていた。

 つまり、医務官、看護士官を専従配置した動く病院であり、バスランであれ、トレドであれ、その先のベリアであれ、其処で生じた負傷兵を治療しながら後方移送できるというものだ。

 逆に動かさないで戦場近くに待機させておけば、危なくなったら丸ごと逃げられる病院となる。

「あのアリアスという男の発想もまた大胆にして繊細せんさいだ。列車の軍事利用というテーマで国軍と国家騎士団の参謀官たちを揃えて自由に意見を言わせてもその発想はなかなか出て来ない」

 騎士も兵士も戦闘中に怪我をするという前提があり、手足を失うほどの深刻な重傷であれ、生き残れば負傷に到った戦闘経験は貴重な教訓となる。

 そこまで酷くないのであれば治療が早ければ復帰も早くなる。

「それだけで並のヤツではないでしょうし、別のプランを聞いたら唖然あぜんとしますよ。当然高射対空砲も発射反動制御出来る列車兵器ですが、高速遊撃隊展開と損壊機体回収用の機動列車も」

 重点攻撃目標を絞らせない。

 レールは切り替え箇所を増やして複数ルートに敷けば良く、当然狙われるレールを進軍退却ルートにして、其処を守りつつ退かせる攻守のバランスのとれた戦場の軸とする。

 ディーンやルイスと飛空戦艦は路線を集中攻撃させないため離れた位置に展開させる。

 レールを壊されたなら兵士達に命じて戦いの終わった後で直せばいい。

 真戦兵や騎士の損失に比べたら調達可能でターミナルのあるレーヌに大量に備蓄されているレールそのものの方が安上がりだった。

 熟練を要する機動防御戦術をそこそこの技量の騎士たちにやらせ続ければ、いずれは熟練騎士として戦域正面などの重要地点を任せられるようになるし、稼働限界まで戦うより、一度退いて立て直し、仕切り直すことの重要性を肌身に思い知る。

「いや、本当に戦い方というものがわかっている。戦線維持継続こそがどんな問題より肝心だとも。騎士個人の技量もさることながら、潰され、干されたら終わりのより、経験値を積ませた機体と騎士の回収と再投入や、騎士因子の低い兵員たちの使い道もよく心得ている」

 トゥドゥールは軍の高官としてアリアスには安上がりの既存品を流用した発想があってそれも取り込んだ上で大胆な軍事作戦が立てられると理解していた。

 既にあるものや戦場地形を徹底的に利用する。

 その点で鬼謀きぼうをもってオラトリエス電撃制圧作戦を実施したリチャード・アイゼン大尉よりも数段上だと見做した。

 何時の頃からかアリアス・レンセン中尉は殿と呼ばれ始めていた。

「まさに天才だ。アリアス軍師により騎士たちは足し算と引き算で戦うことをしなくなり、掛け算、割り算と引き算を意識して理系的に戦うことを当然だと思うようになっている」

 消耗戦というのはそうしたものだし、避けられない。

「トゥールにもわかってきたかね。個々の種としての戦力差を鮮やかに埋めて利用するアリアスのしたたかさが」

 無二の親友をトゥドゥールに褒められてディーンは悪い気がしなかった。

 思わず黒縁眼鏡に手をやる。

 それは滅多に感情を表に出さないディーンが喜びを表すサインだ。

「そして《砦の男》だな。レジスタリアンによる大規模農地開拓による兵站へいたんの自前調達と鍋メシによる一蓮托生いちれんたくしょう意識。鍋に肉を増やしたければ自前で狩ってこいという乱暴だが生存本能に訴えかける意識改革」

 トゥドゥール・カロリファルは凍土に近い農地開墾を真戦獣レジスタリアンで埋め合わせたライザーの発想に舌を巻き、作業状況を飽くことなく見つめ続けながら、その先を見据えていた。

 レジスタリアンは耕運機がわりで終わらない。

 先行偵察機としての機動性と慣れれば誰でも扱える汎用性。

 それを重要戦力たる覚醒騎士、熟練騎士たちでなく、そこそこの騎士因子を持つなら誰にでも出来る方法論の確立。

 その場にいる者たちだけでなんとかしろというなら、その場にいる全員を事実上の戦力化する。

 その時間稼ぎこそが最精鋭部隊の練度を増す。

 つまり、トゥドゥール・カロリファル国家騎士団副総帥がトレドの城壁上から見ていたのは順調な農作業状況でなく、戦場の未来図だった。

「明らかにライザーとアリアスとがこの戦の成否の鍵を握っているな」

 トゥドゥールは二人なら将官待遇されていて良いと思うほどに手腕を買っていた。

 そこいらの将校が凡夫に見える程、ライザーとアリアスの慧眼と手腕とは突出していた。

「わかってくれたかい、トゥール。あの二人にならそれが出来るのだよ。騎士としての限界を知ってるトゥールだから、戦力というものを多様に考えて実行応用するアリアスとライザーさまが、それと気づかれない主軸を作り出していると理解し、それを上手く活用する方法を考える。それにあの二人はそこで終わらず、爆進を続けるさ。つまりは《剣皇機関》とは戦争全体の流れを作り出して要をに悟らせないための方便に過ぎない」

 ディーンは笑みを浮かべて肝心な話をした。

「方便ねぇ」とトゥールはつぶやいた。

「実力突出するボクやトリエル殿下、ルイスなどは“切り札”であり、同時に“見せ駒”に過ぎない。“見せ駒”への警戒を強めていたなら“隠し駒”にそれと悟られずに詰めさせるという高度な戦略論だ。最終的に“切り札”への戦力集中投入と“隠し駒”への警戒。それがそんなに上手く行くものならエウロペアネームドなどとっくにやられている」

「なるほどな」

「そして全ての駒の配置や意図を掌握するのが全体司令官だとしたら、それが出来るトゥールが一番肝心だとなるのさ」

「それこそが勝利の秘策という訳か」と言ってトゥールはうなった。

 真戦騎士トゥール・ビヨンドの力量不足などそう思わせておけばいい。

 陸海空すべての戦力を最終目標に向かわせるための全体司令官。

 ディーン、ルイスは戦場において最も秀でた駒に対する抑止戦力という駒であり、トリエルもまた未知であれ、既知であれ、その場の判断でどうとでもあしらえる優秀な駒だ。

 ライザーは駒自体の能力を引き上げる優秀な駒。

 アリアスは駒同士の連携を作り出し、それで優位な局面を産み出す優秀な駒。

 結局、トゥールは戦場全体を俯瞰して、何処に補強と追加戦力が必要か、何処を退かせて切り札を切り札にし、何処に目眩ましをかけて隠し駒をそれと悟らせないかに関わる指し手本人となる。

「だからさ、駒それ自体が優秀な程警戒される。でも、どんなに優秀な駒であれ、その戦域の優劣を決める以上の役には立てない。最終的に詰めの一手で相手を黙らせるのはだ。トゥールは正にそれなんだよ」

 ディーンはいっそこのままトゥールを『剣皇ディーン』に固定してしまい、ディーン自身は新型機の《虹のフレアール》で龍虫を攪乱しまくりたいとさえ思っていたのだ。

 どうも『剣皇ディーン』と『トゥドゥール・カロリファル副総帥』は堅苦しくて嫌だと感じていたのだ。

 まぁ、幸いトゥドゥール・カロリファル副総帥は謀略絡みでパルム以東には行けないことになった。

「なるほどそういう理屈か。特別な力や、戦力的突出などむしろ邪魔。侮らせるだけ侮らせて肝心なものは守るというのが私の役目か?」

 ディーンが眼鏡に手をやるようにトゥドゥールは思慮を深くする際にヒゲを撫でるのが癖だ。

「それはボクやトリエル叔父さんには無理だ。アリアスとトゥールが連動して作戦や布陣全体の状況を戦況に応じて変えていければ《虫使い》と龍虫はまぁ抑えられるだろうね」

「スタンピードというものがなければの話だろうに」とトゥールは苦笑する。

「それをどうにか出来る人材はちゃんと育てているし、機体も用意させたよ。フリオもミィもそのために鍛えているのだし、ルイスを交えた連携は戦域一つくらいなら三人だけでなんとかしてしまうさ」

 ポルト・ムンザの先行機を使わせてシェイクダウンを兼ねた訓練を課し、更に上級機体であるポルト・ムンザハイを二人に用意した。

 《流星剣》、《月光菩薩》の使用を前提に更に改修した二人の専用機であり、フリオの♂機には射出式ワイヤーアンカーと試作型アパラシア・ダーイン用の固定翼を背部に取り付けている。

 つまり、ベリア騎士用のシュナイゼルの上位互換機ポルト・ムンザにリンツ・タイアロットの機動性と跳躍力、滑空力を組み込んだ。

 対してミィの♀機はサーガーンの設計を一部織り交ぜて機動性と強靱さをバランス良く再設計させた。

(まぁ、♀機はさっそく破壊王がぶっ壊したんだけど、大規模迎撃作戦までには修理が間に合うでしょう)

 ディーンがトレドに来る前にバスランで一悶着あったのだ。

 それで農作業監督しているのをいいことにライザーにはまだ報告していない。

 伝えた途端に叱責されてしまう。

「ところでディーン。あの話は聞いているか?」

「へっ?なんのこと」

「やっぱり事後承諾とか言いながら伝え忘れている。いや、貧乏くじを誰が引くか決めてないのだろうなぁ」

「だからなんのこと?」

 トゥドゥールはなんだか大きな溜め息をついた。

 結局、自分に回ってきたかだ。

「一つはオーギュスト・スターム卿が戦死された」

「親父が?」

「スタンピードしてきたトランプルの突撃でアモン・ダーインが大破し、オーギュスト卿は押しつぶされて事切れていた」

 ディーンは一瞬驚いた顔をした。

 《太陽の騎士》の戦死とアドバンスドダーイン試作機アモン・ダーインの喪失。

(違うな。真女皇騎士団司令としての密勅を果たすために表向きは死んだということにしたんだ。ライザー父さんと一緒に居るのが嫌になったサンドラおじさんは自分の死を演出したんだ。まだ発生を確認していないスタンピードをさせたのだってハイブリッドたるサンドラおじさん自身の力だ)

 ディーンの不在は格好の契機であり、トレドに剣皇ディーンが居たら偽死が即バレする。

「そうか、残念なことだ。後で墓参りすることにしよう」

 トレドの外縁には戦没者共同墓地が作られており、難民犠牲者たちと戦死者たちは其処に分け隔てなく埋葬されている。

 ディーンは体裁上しおらしくしたが、トゥドゥールは安易に同情すべきでないと感じた。

「もう一つは剣皇執務室に行って自分の目で確認しろよ。ちなみに私はそんなにまじまじとは見ていないと先に断っておこう」

「猛烈に嫌な予感がする」と言ったディーンはトレドから届いていた虹のフレアール確認のことを忘れて剣皇執務室にすっ飛んで行き、トゥドゥールの言葉の意味を思い知った。

「誰の仕業だぁぁぁぁ!」

 ディーンの叫び声が城壁上まで聞こえてきたのでトゥドゥールは更に大きな溜め息をついた。

「まったくやれやれだな」

 ルイス、紫苑、ティリンスが半裸でベリアの民族衣装に身を包み、それぞれにポーズを作ったファッショングラビア誌が剣皇執務机にこれみよがしに置かれていたのだった。


 しかし、根っからの優等生たるディーンはめげなかった。

 トレドに『剣皇ディーン』が二人必要ない。

 だと分かっているから、トゥールがトレドの迎撃作戦司令官をやる間に新型機たる《虹のフレアール》の完熟訓練をやる必要があると判断していた。

 新装備カオティックブレイドも試してみたいが、それはいつでも出来る。

 今しか出来ないのはに虹のフレアールが知られる前に光学迷彩でラムダス樹海奥に潜入し、自身やアリアスの違和感の正体を探ることだった。

 虹のフレアールに搭乗したディーンは少しずつ位置を変えながらラムダス樹海内を捜索していた。

「明らかにネームレスコマンダー特有の思念信号波が届いていない」

(そうですね、Masterディーン。とても不可解です。私のような龍虫ベースの純粋な真戦兵になら、微弱であれ思念信号波は感知出来ます。しかし、なにも聞こえてきません。驚く程の静寂に満ちている。逆に龍虫たちは不可解だとは思わないのでしょうか?)

 虹の囁きにもディーンは別に驚いた様子を見せない。

 ルイスと同様にディーンにも真戦兵たちの声は聞こえていた。

「真戦兵パーシバルだったキミが虹の魂になってくれたことは幸いだよ。たぶん、紫苑にもわかっていたんだ。かつて《黒髪の冥王》の相棒だったこともあるキミが龍虫の魂になっていた。それが再びボクの相棒になった」

 数周期前、数百年前の傑作真戦兵パーシバルは生体兵器故に寿命を迎え、再び龍虫の魂になっていた。

 パーシバルだった虹のフレアールは再び《黒髪の冥王》の愛機となる栄誉を与えられて武者震いという程の興奮を感じていた。

 かつての《黒髪の冥王》は愛機と対話する力を持つ覚醒騎士であり、局面打開判断を任せてくれる本当に優秀な騎士であり、「人機一体」で苦しい局面を切り拓いたこともあるパーシバルの知る限り、最高のMasterだった。

 ディーンの二つの武器である「対話」と「無力化」において両面で活躍したからこそ、パーシバルは「傑作真戦兵」と讃えられた。

(出来うる限り、再びMasterのお力になります。騎士かネームレスコマンダーの「守護者」になるというのが私たち知的生命種のさだめです。使徒たる《純白》にはそれがまるで分かっていない)

 トレドの格納テントで並べられた純白と虹はエウロペアネームドの知らない処で言い争っていた。

 可能性で凌駕するというのに純白は自分が使徒だということも忘れて虹に嫉妬し、悪態をついていた。

「お父ちゃんをとるなっ!」

 純白のフレアールのその言葉に精神年齢の高い虹は唖然とした。

(純白にはなにも分かっていない。この後に及んでなお、そうもわからないこと自体が私には不可解でした。Masterがどれほど苦慮されたかそれだけでも分かる。女神エリンシアの愛機サウダージ・ネオンとして無限の寿命が与えられ、あやつこそミュルンの使徒なのだという厳然たる事実で、私がむしろ嫉妬したという事さえ分かろうとしなかった。使徒がまっさらな素体だというのは嘘でしょう。しかし、己に新たに与えられた叡智の炎たるフレアールという事実すら、あやつはまったく理解してすらいなかった)

「未熟なのだろうね。だが、その精神の若さにボクは可能性の一端をみた。キミは戦いのあとで解脱し、情報体としてラウンジで待機して欲しい」

(戦いの終焉と共にMasterシンクレアのラウンジにて待てと?それはまたどうした訳です?) 

「コトワリを理解しているエリシオンとお前が融合し、ボクとルイスの特性を引き出すための対となる。それでもお前はかつてパーシバルとして培った叡智や経験を、かつて真戦兵モルドレッドと呼ばれていたエリシオンと共に引き出すだろう。完全には融合しないし出来ない。でも、それでいいんだ。もともと異なる魂をより集めた形で天(あまつ)は誕生する。フレアール・ジ・エンドレス初番機の《天》とはボクと《嘆きの聖女》が自身の集大成として作り出す奇跡の一つなのだからね」

(あるいはそれですか?純白には私たちが自身の兄となる摂理が分かっている。だから私に嫉妬しましたか)

 嫉妬を禁じ得ない程に虹のフレアールは完全無欠に見えたのだろう。

 そして、エリシオンと共に愛のロンドを踊り、ディーン、ルイスの真の愛機たることを示す。

 パーシバルと呼ばれた魂の核が完全でも無欠でもないと自覚していることすら不愉快に思えたに違いない。

「愛するを横からかっさらうヤツをそんなに簡単に認めるヤツならボクも可能性を感じないよ。なにか足りないと未熟な己の魂を痛感して変われるヤツだと思うから、ボクはルイスとの間に産まれることのないなのだとアイツに示したし、示し続ける。でも共に戦うに足る信頼を勝ち取るのは容易ではない。お前たちはそれを示してくれさえすればいい。いい加減もうウンザリだろ?運と縁に任せたナノ・マシンたちの審判と選択には」

 「皇の血の呪い」によりディーンはルイスとの間にが産まれることはないと最初から諦めていたし、もし産まれたなら再び戦いの予兆があるという意味になり願い下げだった。

(それがMasterの真意と、私自身の閉塞感であるというなら私もコトワリの果てに行き着いている。意味のない戦いに辟易し、Masterと共に龍虫を狩ることよりも、龍虫とネームレス種を輝かしい未来だと信じて守ろうとする方を選んでしまう。その私自身がどうもおかしいと感じています)

「この戦い全体がだろう?そして裏にあるものを見極めようとしている。お前がボクと共に敵意を殺せるからこそ、光学迷彩が完全な意味を持つ。正面から叩きのめすのは造作もないのに、敢えて危険を冒してでもと考える。未熟な魂の龍虫は敵意なき者に反応出来ないし、成熟した魂を持つなら、ネームレスコマンダーと共に対話しに来る筈だ」

(その気配すらありませんね。更に樹海奥に進んでみましょうか。進みすぎてバスランの警備エリアに入る可能性も高いですが)

「いけるところまで行ってみよう。ボクの《陽炎》は真戦兵搭乗時は最大80メルテ先まで算出出来る。危険と判断したならすみやかに離脱し、トレドに帰投しよう」

(《圓月》にかわる《陽炎》ですか。ご自身の理想とされる力を着々と積み上げて来られたのですね。Masterは才気走った方でなく、常に求道の精神を持たれた尊敬に値する方だ。危険な技を封じ、新たな技を掘り起こす。セカイに優しき変革の聖戦士の模範。それ故の剣皇)

 虹のフレアールの賛辞にディーンは苦い顔をした。

「そう褒めてくれるなよ。後悔と絶望の崖っぷちばっかりがボクを変え続けてきたんだ。ルイスの《圓月》と違い特性違いのボクのは25周期で《白痴の悪魔》に捕捉された。今のボクに皇の血が流れるからこそ《陽炎》を獲得した。しかし、最初の一度目だって散々だったし、機動防御戦術での使用時は脳の力を根こそぎ持って行かれる程に疲労困憊になったよ。厳しい鍛錬を重ねてようやく連発にも耐えられるようになったけれどね」

(騎士能力者は脳で戦う。騎士の体力とは脳がどれだけ戦闘をイメージし続ける負荷に耐え続けられるか。純粋な体力は戦況膠着した消耗戦で使う。筋力は擱座した際の離脱時に)

「そうと教えたのはボクだっけ?」

(ええ。それで私の見方とMasterへの理解が変わりました。私たち真戦兵と龍虫には脳がない。素体が学習して条件反射を引き出している。だからこそ、龍虫にはネームレスコマンダーという頭脳を持った戦士が、そして真戦兵には生体電池と脳という制御系と体力を司るパーツが不可欠なのだと。使徒はその限りではありません)

 かつて自分で教えたことだというのにディーンの脳に天啓が舞い降りた。

「それだよパーシバル。どうやって信号制御能力に劣るハイブリッドが遠く離れた西ゼダやベリアで龍虫を従えられたのかのカラクリ。やつらは使徒を中継媒介して思念信号波を増幅させ、全体命令を出している。だからフォートセバーンに居なかったのにフォートセバーンを攻略出来たんだ。ということは、待てよ。ヤツらは使徒を掌握しているという事になるし、その使徒とは・・・」

 天ノ御柱。

 人類繁栄のために置かれた人の繁栄を司る装置であり、それはエウロペアネームドたちとエウロペアネームレスたちの精神を統合している。

 天ノ御柱を作るのは技術ではなく叡智であり、作れる者は《砦の男》ら少数でしかない。

 耀よう家でさえ天ノ御柱を作ったという話は聞いたことがない。

 使徒真戦兵の対話能力とは騎士たちの微弱な思念信号波も増幅している。

 紅蓮獅子ぐれんじしサーガーンなどは思念信号能力を捨てているミトラの想いを思念信号波として増幅している。

 それに龍虫たちが反応しているので、鷲の目にかわる固有の索敵能力となっているのだ。

「だとするとフィンツはパルムにある御柱オリンピアと共鳴しているんだ。ハイブリッド第二世代のアイツなら十分可能だし、何処にあるかさえ分かっていればあとは思念信号波を送り続けることで増幅発信制御が可能。つまりアイツは騎士能力を捨てて司祭能力を発現している。妄執とも言える自身の強い憎悪の感情をもってこの戦争自体をコントロールしている」

(使徒と使徒の中継という意味では使徒龍虫たちを使っているとも考えられますね。すなわちネームド人の手で制御可能な飛空戦艦。アレらはもともと使徒素体を組み込まれた強力個体化した龍虫ヒュージノーズの成れの果てです。たちどころに本来の姿にも戻りマッハで飛ぶことの出来る「銀翼のロードス」と「ブリュンヒルデ」が有名ですが他の飛空戦艦とて似た構造になっています)

 これまでも何度か名前が出てきたブリュンヒルデとはヒュージノーズ級の使徒龍虫であり、並の人間には制御出来ない。

 しかし、かつての女神ウェルリッヒ・ミューゼは祈り子として使徒である天ノ御柱を制御してきた。

 その女神が現在はエウロペアネームドの一人で、フェリオン侯爵家出身のミュイエ・ルジェンテオラトリエス王妃となっていた。

 その事実が戦中八話の一つ「さいごの夏・・・」で明らかにされた。

「だから、もともと帰化したネームレスたちがネームドの誰よりも自由自在に操れるのか。イアン・フューリー提督、フェルナン・フィーゴ提督、リチャード・アイゼン提督・・・。エルミタージュの飛空戦艦も同じ能力と構造を持ち、思念信号波を中継している。あるいは人類絶対防衛戦線側の飛空戦艦まで中継装置として掌握しょうあくされているんだ」

(ええ、一度ネームドに帰化すると思念信号波送受信能力そのものは喪失そうしつします。しかし、ネームドでも微弱に脳波という形で思念信号化している。それを受信することで我々真戦兵は騎士の思い通りに動かせますし、覚醒騎士ならばもっと強い思念信号になり得ます。私をトレド要塞に移送したイアン提督などは自身が乗っている限り、飛空輸送艦バルハラの制御そのものを他の誰かに奪われたりなどしません。使徒にMasterという概念がないというのも間違いで、純白がMasterをMasterと認識しているのは使徒にも自らが認めた乗り手を選ぶという自主性と自意識があるということ。しかし、使徒は正に災厄であり福音。意識的であれ、無意識であれ、自体制御とは別の思念信号波は自動的に中継発信されます。利用されているというのは使徒自身も無自覚なその側面でしょう)

「っ、やはり厄介だなフィンツ。だとすると対策も無意味ということか」

 無自覚に勝手に使われているものを無理に止めようとしても無駄だし、増幅ぞうふくされた思念信号波を妨害したところでやはり無駄だ。

 高速で処理されている思念信号波は「来た」と思ったところで止め、内容を変えたときには既に遅いのだ。

「ラムダス樹海潜伏中の龍虫と対話しても彼等にとっては不利かつ、敵の思惑であるボクの思念信号波は受け付けない。仮に受けつけたとしてもフィンツのそれに上書きされてしまえばそれまでの話だ。帰るぞ、虹。やはりネームレスコマンダー本人と対話する必要があると判断する」

(Master、ネームド側の微弱な思念信号だと思われるものを受信しました) 

「なんだとっ!」

 ディーンは味方機が正に同じことを考えて密かに実施していたのだとしたならばと考えた。

「アリアスの副官であるジェラール・クレメンスならばあるいは。しかし、どうやって樹海の奥まで気づかれずに来たんだ?」

(キルアント種と酷似こくじした形状ですが、これは新造機レジスタリアンでしょうか?)

 ライザーの発案した真戦獣レジスタリアンは極秘戦力としてバスラン要塞内で厳重管理されていた。

 ほぼ完全にキルアント種を模倣もほうしながら中身は真戦兵に近い。

「よしっ、接近して数秒だけコンシールアウトしハンドサインで指示を出す。樹海の捜索によるネームレスコマンダー発見は困難だ」

 一方、ジェラール・クレメンス少尉はレジスタリアンに数名の観測兵を乗せてラムダス樹海内を捜索していた。

 公明による渾身こんしんの作であるキルアント擬装用ボディ内では操縦担当のジェラールがまたがる格好で前方に位置し、鷲の目保有者を含めた観測兵がベンチシートで透過プラスニュウム越しに周辺警戒していた。

「前方にフレアールです。コンシールアウトしていることから新型機虹のフレアールだと思われます」  

「退却指示のハンドサインを確認しました」

 ジェラールは部下たちの報告にすぐさまレジスタリアンの向きを変えた。

「やはりディーン陛下もアリアス中尉と同じ事を考えて確認されていたようだ。オイラたちも十分に距離をとって退却した後に陛下と合流しよう」

 光学迷彩稼働状態の虹のフレアールとレジスタリアンは高速でラムダス樹海を抜け出した。

 先行退却するレジスタリアンの歩行速度にディーンは舌を巻いた。

「かなりの機動力と複雑な地形をものともしない踏破能力だ。高性能戦術偵察機として十分な仕上がり具合だな。父さんのアイデアが結実した結果がコレか」 

 樹海から十分に距離をとったと確認してディーンは虹のフレアールをコンシールアウトさせ、レジスタリアンに停止命令を出す。

「虹、そのまま待機だ。緊急時に即応出来るようにしておけ」

(Master、了解)

 ディーンは虹のフレアールからさっと飛び降りると、レジスタリアンの後部ハッチから機体内に入った。

「意外と広いな。諸君、索敵任務ご苦労。クレメンス少尉成果は?」

 ジェラールは両手を挙げてお手上げだというポーズを作った。

ほとんどなにも。ネームレスコマンダーと接触したかったのですがね」

 ディーンは黒縁眼鏡に手をやりやはり難しい顔をした。

「そちらもか。大方、アリアスの命令と指示で動いていたのだろう。ただ虹と話し合ううちに、ひょっとしたら龍虫たちはネームレスコマンダー不在のまま戦っているのではないかという推論に達した」 

「なんですって」

 ジェラールは顔をひきつらせる。

「使徒を中継増幅装置として索敵情報と命令指示を遠くパルムから出していると考えられる。天ノ御柱や展開中の飛空戦艦、そして純白のフレアールそのものが敵の指揮系統と化している。勿論、こちら側の機体が離反しただとかではなく、使徒の側面能力サイドエフェクトがそれぞれの意思とは無関係に利用されている。だから、緒戦ちょせんの段階では複雑な命令の処理が出来なかったのだろうとね」

 ジェラールは蒼白そうはくとなっていた。

「そんな・・・それじゃ龍虫たちは正に操り人形だったということですか?」

 ディーンも渋い表情を浮かべる。

「だろうね。物惜しみをしないにも程があるとは考えていたけれど、もともと使徒は思念信号波を増幅して中継出来る。つまり、パルムにあるオリンピアの御柱が敵に利用されていて其処から命令が出ていると考えていい。ゆうに2000キロメルテ以上離れていても現にそうしているからネームレスコマンダーは居らず、エルミタージュルーマーセルのハイブリッドたちが指示しているのだろう」

 ジェラールは戦慄し、歯噛はがみした。

「まさにネームレスに対する冒涜ぼうとくだ」

 暗黒大陸ネームレスのブリーダーたちが命がけで丹精込めて育成した龍虫たちが使い捨てされてきたというのだ。

 真戦兵と違い個体ごとの自由意志を持つ龍虫たちはそれがネームレスコマンダーの指示か、利用するだけのハイブリッドたちのものかは判別出来ずに信号強制力により服従させられてきたというのだろう。

 戦術退却さえ許さないから被害も甚大になる。

 だが、数は居るので人類絶対防衛戦線を戦力的に削るためなら無茶もする。

「ジェラール、バスランに帰ってアリアスにこのことをすぐに伝えるんだ。アイツなら即座に作戦方針を切り替える。それに手ぶらじゃなかった。ボクと虹とがトレド側からのラムダス樹海の進軍ルートを開拓した。点と点とをつなぐラインだ。これを利用してバスランとトレドを連動させられる。バスラン攻撃に失敗し、ラムダス樹海に引き返す退却部隊の退路を絶てる」

「!」

「龍虫としては無念な戦いになるかも知れないが、彼等を真戦兵に作り直して自分たちを痛めつけた連中に目に物をみせてやれる。これは正にエキュイムだ。取った駒を集めて指し手気取りの連中を完膚かんぷなきまでに叩きつぶすぞっ!」

 龍虫と命がけで戦ってきた剣皇ディーンの言葉には、敵とする虫使いネームレスと龍虫への敬意と、種の存亡を賭けた戦いに挑む「戦士たち」全員への慈愛と憐憫れんびんに満ちていた。

 冒涜ぼうとくなどさせない、させてはならない。

 幾星霜いくせいそうにわたり連綿と続いてきた戦いの持つ悲劇に思うところのある人間にしかそうは口に出来ない。

(だから、アリアス様はこの人と共に戦おうとされているのだ・・・)

 ジェラールの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 前周期まではネームレスの戦士だったジェラールは踏みにじられたネームレスたちへの憐憫れんびんと同情、なにより種の摂理を踏みにじったハイブリッドたちへの怒りと敵意に満ちていたのだ。

 


  

 

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