第17話 【ポッキープリッツの日】ちょっとした小話

 巷には「ポッキーゲーム」なるものがあるらしい。


 若者たちには特に浸透しているゲームだそうで、だが若者枠であるはずのジークハルトはピンときていなかった。


 学生時代はフェリックスの役に立てるよう邁進していたし、軍に入隊してからもそういったことをする人間と関わってこなかったからだ。


「ポッキーゲームぅ?」


「はい」


 そんなジークハルトがポッキーゲームの存在を知ったのは本当に偶然だった。


 たまたま士官学校の学生が元帥府に来ていて、彼らが雑談の中でそんな単語を発していたのだ。残念なことに、ジークハルトが近くを通ったせいで雑談が止んでしまい、中途半端な情報だけがジークハルトに残ってしまった。


 ポッキーは知っているので、はて、あの菓子がなぜゲームなんかになるのだろう、という疑問が湧いた。

 疑問が湧いたら、解決しないと気が済まない。

 ただ、なぜかフェリックスに聞くのは違うとよぎってしまい、事務仕事中のダニエルを捕まえてバーに腰を落ち着けたのが、さっきだ。


 いつの間にかジークハルトの奢りになっていたウィスキー瓶から手酌で注ぐダニエルが、素っ頓狂な声を出した。そんなに驚くようなことなのだろうか。


「なんでまた?」


「たまたま、そういう会話を耳にしてしまって……どのようなものか分からなかったので、先輩に聞くことにしました」


「聞くことにしましたって……お前な……」


 まぁ、ビューロウ大将に聞かないだけマシか、なんて続けられた。


「で、そんなことを聞くためにおれはわざわざ残業を中断させてまでここに来たってわけか」


「すみません」


 氷がカランとグラスを叩く。

 つまみのナッツを口に放り込みながらダニエルは唸り、そうしてしばらく後に「あのな」と言い出した。


「ポッキーゲームっていうのは、ただの宴会芸だ」


「宴会芸?」


「そう。気になるあの子と軽い既成事実を作りたい輩が作り出した、ちょっとドキドキするような、酒の場でしかできない宴会芸」


「はぁ……なるほど……」


「そんな話になっていたのはたぶん、今日が十一月十一日だからだろ。単なる語呂合わせにかこつけて、ってやつだ」


「はぁ」


 いまいち、ピンと来ない。

 あのようなチョコ菓子で、いったい何をしようと言うのだろう。


 ジークハルトがキョトンと首を傾げていることに呆れたダニエルは、グラスを傾けながら眉間に皺を寄せた。


「そんなもんはな、おれより適任がいるだろう?」


「適任、ですか?」


「そう」


 誰のことだろう。

 まさかフェリックスに聞けとでも言うのだろうか。


 だが、ダニエルから出た名前は、意外な人物だった。


*****


「ポッキーゲームぅ?」


 先程と同じテンションで聞き返され、ジークハルトは居た堪れない。


 ダニエルがどこかに連絡して、そうして現れたのはツェツィーリアだった。

 ツェツィーリアがバーに到着した途端、彼に金を渡したダニエルが「さっさと行け」と手を振った。金を受け取れるなら誰でもいいのか、ツェツィーリアはポカンと立ち尽くすジークハルトの手を引いて、いつも行くホテルに連れて行かれた。


 ワインを頼んで、一息ついてからダニエルにした質問をすると、先程の返事である。今日のルームサービスにポッキーがついていたのが、なんだか気恥ずかしい。


 ポリポリとポッキーを食べていたツェツィーリアは、うーんと考えたあと苦笑した。


「あいつには何て言われたの?」


「先輩は、宴会芸だって……」


 宴会芸。

 そもそも、宴会芸というのもピンと来ていない。自分の中での「宴会芸」は、結果的に周囲に迷惑をかけるもの、という認識だった。

 つくづく周りに恵まれていたのだな、と思う。


 とん、とツェツィーリアがこちらの肩を突いた。なんだろう、とそちらを見ると、ツェツィーリアがポッキーの端を咥えてこちらを見上げていた。


「え?」


「ポッキーゲームっていうのは、こうやってポッキーの端と端をお互いに食べていって、キスできたら成功。途中、恥ずかしくなってポッキーを折っちゃったら、折った方が負け」


「な、なるほど?」


 気になるあの子と軽い既成事実。

 ダニエルの言葉が蘇る。


 好きな相手なら、確かに途中で恥ずかしくなって顔を背けてしまい、ポッキーは呆気なく折れてしまうだろう。


 確かにこれは宴会芸だ。

 酒の入った場でしかできない、宴会芸。


 あー……と小さく納得していると、だんだん頬が熱くなってきたように感じる。

 手の甲で頬を撫でていると、ツェツィーリアがポッキーを咥えたままクツクツ笑う。普段タバコを吸っているツェツィーリアからしたら、ポッキー程度なんてことはないのだろう。


「ん」


「え?」


「ポッキーゲーム。やらないの?」


「えっ」


 ツェツィーリアが、クイクイと口先でポッキーを遊ばせる。たかがポッキーを咥えているだけだというのに、やたらに色っぽく見えるのは惚れた弱味だろうか。


「で、でも、ど、どうやって?」


「どうやってって、さっきも言ったじゃん。ほら、こっち咥えてみな?」


 一人で食べるには長いのに、二人でこうして見合って咥えると非常に短く感じる。鼻息が荒くなっていないだろうか、と変な心配が頭をよぎりつつも、ジークハルトはツェツィーリアの咥えるポッキーの反対側を咥えた。


「折ったらヴェルトの負けね」


「うん」


「じゃあ、スタート」


 ポリポリと、ツェツィーリアがポッキーを食べていく。


 どうしても恥ずかしくて、ジークハルトが食べられずにいると、数秒もしないうちにツェツィーリアの唇がふに、とジークハルトに触れた。


 固まっていると、ツェツィーリアが離れてクスクス笑いながらポッキーを飲み込んでいた。


「これがポッキーゲーム。わかった?」


「……うん。わかった、けど……」


 これは、相当恥ずかしい。


 宴会芸というくらいなのだから、これを他の人間が見ている前でやるのか。


 うわっ、無理だ。

 絶対に指名されないようにしなければ。


「えーっと……これ、もしかして好きではない人とやることもある?」


「まぁ、宴会中の罰ゲームの一種だからね。むしろそっちの方が多いんじゃない?」


「そ、そうか……」


 それは、嫌だな。

 たとえ相手がフェリックスだろうと、絶対にできない。


「それで?」


「え?」


「はじめてのポッキーゲーム、どうだった?」


 ワインを飲みながら、ツェツィーリアがのんびり聞いてくる。

 どう、と聞かれましても。

 わからない。


 わからない、が、


「……ぼくは、普通のキスの方がいいかな」


 絞り出すように呟くと、ツェツィーリアが途端にケラケラ笑い出した。


 ああ、恥ずかしい。


 恥ずかしいので、力でねじ伏せることにする。


「ツェツィーリア」


「ん? なぁに?」


 彼の後頭部に手を回して少し引き寄せると、察したツェツィーリアが余裕の笑みでこちらを見上げてきた。見上げて数秒、こちらの顔を見てツェツィーリアは吹き出してしまう。


「ぷっ、ふふっ……あははは」


「ちょ、ツェツィーリア、まじめに……」


「ごめ、ごめんって。いやだって、見たことないくらい顔が真っ赤だから」


 そう言って笑われるのは心外だ。

 だがもう今日は、ずっとこの調子なのかもしれない。

 あぁ、自分にもう少し大人としての余裕があれば……と無いものねだりをしてしまう。


「ごめんって、ヴェルト。ほら、おいで。キスしよ」


「……うん」


 うん、ではないぞ、ジークハルト・ワーグナー!と心の中の自分が叫ぶが、もう抗える空気ではなかった。




 今日は自分が上になれる場面はほとんどなく。ツェツィーリアの攻め手と騎乗位ばかりで、終わった後も思い出し笑いをされてしまう始末であった。

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