第4話 私以外馬鹿ばっかりだ!
ハーバード大学。
創立約350年。アメリカ最古の大学である。
「(あの子、不審者扱いされてなきゃいいけど・・・・・・)」
藍色を基調とし、赤と肌色を合わせたレトロな衣服に身を包み、高級な鞄と靴音を鳴らして、エリーは大学の庭を歩いていた。
眼鏡も外し、耳には装飾品までつけてあった。
ハーバード大学は緑も豊かである。
あからさまな木々の間を道が"整備"され、その先に神々しさすら感じる赤い建物が鎮座している。
その厳格とも高慢とも言える体躯は、多くのエリートアメリカンの心を奪い、代わりに新たなる人生を与えることもあれば、そのまま身体を飲み込んでしまうことも多々であった。
一方、そんなものに心奪われない者もいた。
「大学もつまらない所ね」
エリーはまだ十六歳であったが、父親が大学の関係者ということもあり、既に何度か訪れることがあった。
彼女の傲慢さはハーバードでケンブリッジなその体躯をも凌駕していた。
そして毎度の事だが、彼女が見下しているインテリ男子の心を、すれ違いざま一息に吸ってしまうのであった。
「関係者です」
エリーは父親から貰ったパスを職員に見せた。
「どうぞ」
エリーは威風堂々とした建物の構内へと進んだ。
外見の荘厳さとは裏腹に、洒落た構内はまるでカフェのようで、少し薄暗かった。
「(居るとしたらこの辺かしら)」
一生かかっても読み切れないほどの本がぎっしりと並んでいる。
エリーの歩く側には勉強する学生や調べ物をしている研究者がいた。
彼らは皆忙しそうに、又は熱中しているように、目の前の本の世界へと没入していた。
エリーはそれらを横目に見ながら呆れたように笑った。
「(私も三年後はこれか・・・・・・)」
自らの将来を憂いていると、図書館の奥から相応しくない大声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと待て!謝るからせめて"装置"は返してくれ!」
「(居た)」
無論サンであった。
エリーは"偏見発見装置"とサンを引き取り、図書館を出た。
外の庭へ連れ出すと、サンは叫び始めた。
「クソ!どうして誰も彼もこの"装置"の凄さを判らない馬鹿ばっかりなんだ!」
サンの作戦はこうだった。
純度百%のエリーなんぞよりも、かつてギークやナードと言われた元低カーストの高学歴ほど潜在的自尊心や潜在的差別意識が強く、データという事実を突きつけられた時の衝撃が大きいと予測した。
さらに、ハーバード大学という格があるため、怒られるわけでもなく寧ろ褒められて、何やかんや上手く事が運んで千人単位の実験まで漕ぎ着けられるのではないかと推測したのだ。
相対的評価、信用、どちらも獲得できる完璧な作戦だった。
だが実際、学生からすれば不快感以外の何物でもなく、大してショックを受ける必要も無いので、不審者としてさっさと追い払われたのであった。
「馬鹿はアンタでしょ」
「やはりリベラル教育を徹底的に施された貴族共は都合の悪いものに目を背ける生得的習性を自制しきれていないんだ・・・・・・!」
サンは丁寧に整理された芝を小さい拳で叩いていた。
エリーにはそれが、ジャパニーズ土下座をしているようにしか見えなかったが、一応慰めの言葉をかけた。
「もういいじゃない。アンタ、才能あるんだしゲームでも作ったほうが有名人になれるわよ」
エリーは続けた。
「家庭用ゲーム機は今はまだ未開拓の地なの。"それ"の元のゲーム機だって、世界で初めてのゲーム機なのよ?」
1970年代のアメリカでは、世界初の家庭用ゲーム機とされる機器が発売されていた。
その衝撃は一部の関係者に及び、家庭用ゲーム機市場開拓までの大ヒットには至らなかったものの、間違いなく歴史の転換点であった。
エリーは最初からそのゲーム機に目をつけていた。
そこでサンに出会ったのだから、餌付けするのも無理はない。
エリーは正真正銘金持ちの一人娘だった。自分では気づいていなかったが、"そっち"方面の才能が備わっていた。
だがそんな優秀な姉の言うことを、サンは聞かなかった。
「駄目だ駄目だ駄目だ!私はそんな方法で有名になりたいんじゃないんだ!もっとこう・・・・・・私を傷つけた奴を傷つけ返して、そんでもって有名になりたいんだよ!!」
サンは正真正銘のクズであった。
だが、サンをクズにしたのはまた別のクズ達だから、サンは相対的にクズでないとも言えてしまうだろう。
「アンタ性格悪いわね」
「五月蝿い!!」
サンは叫び疲れて天を仰いだ。
青い空の中、息苦しそうに白い雲が泳いでいる。
サンは一時放心状態になったが、その非覚醒的瞬間は八方塞がりであった彼女に天啓とも言うべき新たな希望を与えた。
「かくなる上は・・・・・・」
サンの身体には、消化不良の汚物が纏わりついていた。
悍ましい何かの怪物が蠢いているようで、不思議な眼鏡を掛けずとも、黒いオーラのようなモノが湧き出てくるようであった。
「また変なことする気でしょ」
「・・・・・・」
エリーは顕在的とも言える嫌な予感に、羞恥心による身震いをした。
彼女が周りの目を気にすることなど殆ど無いが、今回ばかりはワケが違った。
エリーはどうしてもサンを止める必要があった。
その為のリスクとリターンを精査し、決断した。
「いいわ。着いて行ってあげる。でもこれで最後よ」
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