第3話 臨時株主総会
テスト終了後
「だはははは!」
ケーブルテレビには六本の棒グラフが示されていた。
上から順に、
(約-%)
黒人に対する強い偏見 30
黒人に対する偏見 30
黒人に対する弱い偏見 15
白人に対する弱い偏見 15
白人に対する偏見 5
白人に対する強い偏見 0
となっており、黒人=危険、白人=安全という不愉快なステレオタイプが表現されていた。
「全体の6割以上の回答に黒人に対する偏見が見られたぞ!」
「はあ・・・・・・」
無論、その不愉快なステレオタイプはエリー自らの手によって実現されたものであった。
エリーは棒グラフをじっと見ていた。
それを見てサンは嬉々として笑う。
「どうだ!自尊心が傷ついたか!」
「全く」
「な?!」
エリーは逃げるわけでもなく、赤と黒のボタンをポチポチと連打し、画面の反応を面白がった。
「ちょっ!やめろ!バグが起きるでしょうが!」
一生懸命に我が子を守ろうとするサンをからかって、エリーは"偏見発見装置"を抱えて広い自室を走り回った。
「これ面白いわねー。やっぱりアンタ拾ってきて正解だったわ。これ元々は家庭用ゲーム機なんでしょ?解体して新しいゲーム作ってよ」
「嫌だ!私はこれで有名人になるんだ!」
エリーは高笑いしながら、二人を見下ろすほど大きな本棚の前に立ち、サンの低い身長では届かないような場所に黒い箱を置いた。
「ぐぬぅ・・・・・・」
「このテストの信憑性も相対的評価も無い時点で私の心には全く刺さらないわ。百パーセント株主の私の言うことを聞いて、ゲームを作ることね」
そうすれば返すと言わんばかりに黒い箱を撫でた。
サンは渋々了承して、経営方針を変えた。
「わ、分かった。その代わりもう一台買ってくれ・・・・・・二つ使ったものを作るから」
「へぇ。どんなの?」
「・・・・・・野球ゲーム」
「野球?つまらないわね」
エリーは文句を垂れながらも"偏見発見装置"を返した。
二つ使ったゲームを作るというのは勿論サンの嘘であった。
サンは我が子を解体せずに済んだことに内心ホッとした。
エリーは高級ソファの元へと戻り、また本を読み始めた。
サンは自分の領地へと戻り、ガラクタを片付け始めた。
何事もなかったかのように、元の生活へと戻ろうとしていた。
「あのさエリ姉。ちょっとくらい傷つかなかった?」
「無いわね」
こうして臨時株主総会は幕を閉じたが、サンはどうしても"偏見発見装置"の活躍を諦めきれなかった。
「ホントのホントに?」
サンは未だ疑っていたのだ。
エリーは強がっているのではないか?
実はこっそり傷ついちゃってるのではないか?
それに対し、ソファに深く腰を掛けたエリーは鼻を高くして講釈を始めた。
「そもそもね。アナタみたいなのを居候にしてる時点で私の方が格上って自認があるのよ。そんな人間は偏見も差別意識も平気で持ってるに決まってるわ。黒人は危険だし男は馬鹿だし低学歴は怠け者でゴルフは庶民のスポーツよ」
「ひ、酷い・・・・・・」
サンは疑うのを止めた。
この女には利他的良心など一切存在しないのだ。
アジア人で不登校で居候のサンの前でこれだけ言えるのだから間違いないだろう。
サンは手中に収まった我が子を見た。
相対的評価と信用。
それさえあればいけるのか?
まだ希望はある。
別にエリーを傷つけたい訳ではないのだ。
サンはただ──
「量と、質・・・・・・」
「ん?今なんか言った?」
「いや。なんでもない」
その瞬間、サンは閃いた。
愚鈍な閃きであった。
不透明な閃きであった。
しかし、細い腕の中の我が子を再度見て、閃きを実践する勇気が生まれてしまった。
「エリ姉。ちょっと外出てくる」
サンは静かに、だが興奮した口ぶりで呟いた。
エリーは驚いた。
毎日引き籠もって、機械いじりか読書か昼寝か盗み食いしかしていないサンが、何を血迷ったのかと思った。
エリーは笑いながら言った。
「引き籠もってばかりのアンタが?どこ行くのよ?」
「ハーバード大学」
「はあ?!」
サンは古臭いリュックに"偏見発見装置"を詰め込んで、全くセンスのないダウンを着込み、大きい汚れた眼鏡をかけて小学生のような服装になった。
マフラーもしていない。
「行ってくる」
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!サン!」
サンは部屋の外へと飛んでいった。
取り残されたエリーは小さいため息をついて、高級ソファに座り直した。
「よくあの服装で外に出れるわね・・・・・・」
エリーは冷えた紅茶を啜った。
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