Ⅸ 贖われる罪

「フンっ…!」


 胸に短槍を突き立て、仰向けで地面に投げ出された騎兵──いや、デラマンのパシリだった猟師崩れの傍らまでゆくと、その心臓を貫通している槍の柄に手をかけ、地面まで到達している穂先を力任せに引っこ抜こうとする。


 もちろん、俺を騙して邪魔者を始末させ、こんな辛酸を舐めさせた黒幕の主犯格、デラマンとイーロンに落とし前をつけさせるためだ。


「…ぐぅぅ……クソっ! 抜けねえ! ビクともしねえぞ!」


 だが、これまでで一番深く突き刺さってしまっている俺の短槍は、まったくと言っていいほど抜ける気配を見せなかった。


 その間にも非力で意気地もねえ不出来な我が兄弟達は、ご自慢の騎兵が全滅させられたのを目にすると、ほうほうのていで逃げ出していっちまう。


「……あ! コラ待てテメエら! そうだ! 修道女の姉ちゃん! さっきみてえに悪魔に頼んで槍を抜いてくれ!」


 このまんまじゃ逃しちまう……さっき見たのを思い出した俺は、振り返ると慌てて修道女に頼んでみるんだったが。


「無理です。興味のあった〝ケンタウロス狩り〟が済んだので、冥界へ送り返す呪文も聞かずにレライエはもう帰ってしまいました」


 修道女はそう言って首を横に振り、見れば確かに短槍からは、それまで纏っていた仄かな緑色の光が消え失せてやがる。


「なっ!? そんなのありかよ? ぐうぅぅ……うおりゃあああっ…と! やっと抜けた! ……ああ! チキショウ! 逃げられちまったじゃねえか! てめえら! ぜってえぶっ殺しに行ってやるからな! よーく首を洗って待ってやがれ!」


 けっきょく、槍を抜くのに手間取っている内にも、愚弟達は投槍も届かない遥かに森の彼方にまで、全力疾走する馬で遠ざかって行ってしまっている。


「いや、むしろ逃げてくれてよかったわい。まかりなりにも領主の子息。勝手に殺しては後の処理が面倒じゃからな」


 悔しがる俺の傍へ、歩み寄ったダンディな口髭が「やれやれ…」というような調子でそう口にする。


「あとはこちらに任せてくれないか? ドン・パウロス。然るべき所へ訴え出て相応の罪を問わしてやる。アステューダ夫人の不義もドン・アガトゥスに知らしてやれば、あの道義に厚い御仁のことだ。極めて厳正に処分されることだろう。こう見えて、俺は国王陛下のお覚えよろしいんでね。なにかと方々に顔が利くんだ」


 また、魔法剣を鞘へ戻したドン・ハーソンもやって来て、俺を説得するとともにそう嘯いてみせた。


「ハンっ! 悪ぃがそいつは聞けねえ話だな。直接、俺の手で引導渡してやらなけりゃあ気が収まらねえ! ……と言いてえところだが、俺ももう限界だぜ。追いかける力も残ってねえ……」


 こんな幕切れは納得いかねえが、さすがに俺も疲労困憊だ。無理した騎兵との闘いで力を使い果たした俺は、ついに短槍を投げ出すとその場にへたり込んだ。


 けど、これですべてが終わったわけじゃねえ……。


「で、俺の身はどうすんだ? 俺が異母弟のボッコスと、事故とはいえドン・エンリケオを殺したのは確かだ。俺にも用があるって言ってたが、当然、俺も捕らえるために来たんだろう?」


 俺は地べたに尻餅を搗いたまま、ドン・ハーソン達に問い質す。


「自分の手でデラマン達をれねえのは少々心残りだが、ま、軽くても斬首か火炙りは免れねえだろうから良しとするぜ……さ、捕まえるんならさっさと捕まえてくれ。裁判受けるのも面倒だし、なんならここで首を刎ねてもらっても構わねえぜ?」


「いや、別に君を捕らるつもりはないよ、ドン・パウロス。まあ、捕まえに来たといえば捕まえに来たんだけど、そうだな……迎えに来たというのが一番近いかな?」


 そして、疲れ切って抵抗する気もさらさら起きねえんで覚悟を決める俺だったが、ドン・ハーソンはなんだか妙なことを言い出す。


「ドン・パウロス、白金の羊角騎士団に入る気はないかね? 君のその短槍の腕をこんな所で無駄にするのはなんとももったいない」


「……はあ? 俺を羊角騎士団にだと!? おい、いくら聖騎士パラディンさまでも冗談が過ぎるぜ。なんだ? そうやって処刑する前に夢でも見せてやろっていう慈悲のつもりか? バカにするのも大概にしやがれ」


「いや、冗談でもないし、ましてやバカにしてなどいない。噂で聞いているかもしれないが、今、羊角騎士団は少数精鋭で固めた実戦部隊となるべく、大々的に改革を進めている真っ最中だ。君のような逸材は喉から手が出るほど欲しいところなのだよ」


 無論、ふざけたその発言に文句をつける俺だったが、その羊角騎士団の新たな団長さまはいたく真剣な顔をしてなおも続ける。


「……い、いや待て! にしてもだ! 俺は仮にも弟殺し、義父殺しの大罪人だぞ? そんな咎人が伝統ある羊角騎士団に入れるはずないだろう!?」


「当然、ドン・エンリケオの件はイーロンに利用されただけなので無罪だし、そなたの父ドン・アイコスには、首謀者のデラマンに唆された事情をこちらから説明し、罪一等を減じてくれるよう願い出るつもりだ。羊角騎士として国家に忠誠を尽くすということで、国王陛下のお口添えも加えての」


 その表情から嘘や冗談でないことはわかったが、そのとち狂った申し出に唖然と声を荒げると、今度はダンディな口髭がそう説明を加えた。


「それに咎人とはいえ、まっとうな騎士出身の君なんかは、俺の集めた新たな団員の中ではまだまだカワイイ方だ。例えば古代海賊の血を引く船乗りもいるし、冥界下りをして帰ってきたなんていう吟遊詩人バルドーなんかもいる」


「大きな声では言えないが、異教の鳥占いをしたり、プロフェシア教では認めていない予知夢を見る者とかもいるぞ? このメデイアなんか、修道女になる前は魔女だったしの」


 さらには二人してその個性豊かな団員達の具体例を並べ立て、加えてダンディな口髭などは修道女の方を目線で示して、そんな裏事情も明かしてみせる。


「まあ、間違ってはいませんけど、世間体もありますんで軽はずみにバラさないでください……」


 その言葉に俺も彼女の方を見てみると、その魔術に長けた修道女は白けた眼をダンディな口髭に向け、憮然とした口ぶりでそう述べた。


「かくいう俺自身もこの魔法剣──教会の教えとは相容れぬ、古代異教の遺産で今の地位を得たようなものだしな」


「ああ、そう言われてみりゃあ……じゃあ、あんたも……」


 続くドン・ハーソンの自虐的な台詞に、その事実を今さらながらに認識した俺は、ダンディな口髭の方にも視線を移してみる。


「……ん? あ、いや、わしは違うぞ? わしはいたって平凡だ」


「ああ、言われてみればアウグストはむしろ珍しいくらいに普通だな。だが、事務処理能力や人の差配には妙に優れてるんで副団長に採用した」


 すると、ダンディな口髭──そういや羊角騎士団の副団長らしきその男は、ふるふると首を横に振って俺の淡い期待を否定し、ドン・ハーソンは思い出したかのように苦笑いを浮かべる。


「ま、そんなわけで羊角騎士団の門戸は広い。実力さえあれば、多少の異端やアウトローは問題なしだ。罪には問われぬとはいえ、今さらイオルコ領に帰るわけにもいかんだろう。他に行く当てがないのなら、君にとっても悪い話ではないと思うがね」


 そして、話を本筋に戻すと、改めて俺を羊角騎士団へと勧誘する。


「話がうますぎると思うんなら、こう考えればいい。君は犯した己の罪を贖うために、羊角騎士としてエルドラニアにその身を捧げるのだ。改革後の羊角騎士団は新天地での海賊討伐が主な任務となる。通常の騎士以上に日々激しい戦闘を強いられることとなるだろう……その短槍の腕を以て、我ら羊角騎士団のもとでもう一度やり直してみないかね、ドン・パウロス・デ・エヘーニャ」


 さらにそんな言い訳も付け加えながら、へたり込んだままの俺に向けてドン・ハーソンは手を差し伸ばす。


「もう一度、やり直す……」


その言葉が心に引っかかり、俺は譫言のようにそれを繰り返す。


 やり直す……か。俺は異母弟の殺害に手を貸して以来、何度も人生をやり直そうとして、その度にまた過ちを繰り返してきた……だから、もう疲れ果ててすべてを諦めていたが、このドン・ハーソン達の所なら、今度こそやり直せるような気がする……。


 遥か海の彼方、新天地で海賊の討伐……人生やり直すには絶好の場所だし、退屈な宮仕えよりも槍を振り回して悪党ぶっ殺してる方が俺の性に合っている……。


 それに、アンディアーネの仇討ちと、俺をハメた野郎どもに落とし前をつけさせてくれたドン・ハーソン達には返さなきゃいけねえ大恩もあるしな……。


「ま、確かに咎人の俺にはもう行き場所もねえしな……仕方ねえ。これからはあんたの〝槍〟として使われてやるぜ、ドン・ハーソン……いや、団長さま」


「そうこなくてはな。ようこそ、我らが白金の羊角騎士団へ。ドン・パウロス」


 俺は差し伸べられた彼の手を取ると、白金の羊角騎士として、今度こそ、このくそったれな人生をやり直す決意を心に決めた。


(El Lancero Pecador ~咎人の槍使い~ 了)


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El Lancero Pecador ~咎人の槍使い~ 平中なごん @HiranakaNagon

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