Ⅷ 貫かれる罪(2)
「ありがとう。じゃあ、正式に依頼するわね……射手の大侯爵レライエ! 月と魔術と冥界を司る女神、偉大なるヘカテーの名において我は汝に命ずる! 汝の射手の力をかの者の槍に宿し、邪なる四頭の獣達を見事、仕留めさせたまえ!」
「ガッテンしょうちのすけ……」
契約がなり、改まった口調で今度ははっきりと修道女が悪魔に命じると、子ども狩人はおどけた調子でそれに大きく頷く。
「そんじゃ、そこのオッサン。危ないから動かないでくれよ? 下手して刺さると傷口が壊死しちゃうからね……っと!」
だが、次の瞬間、何をとち狂ったか子ども狩人は、背負った矢筒から一本矢を取って弓に番え、あろうことか俺に狙いを定めて放ちやがった。
「……え? ……なっ!?」
俺は慌てて槍を構え、身体の前に立てた長柄でその矢を咄嗟に受け止める。
「……ん? なんだ?」
すると、その半透明をした矢はまるで吸い込まれるかのように、短槍の柄の中へ入っていってすぐに消えちまう……と同時に、槍全体がほんのり緑色に輝き出し、あの子ども狩人の声が耳元で囁いた。
「さあ、これでこの槍はどんな下手クソでも投げれば百発百中になったよ。まあ、明後日の方向に投げられたら当たらないけどね」
「ドン・パウロス! あなたの槍にレライエの力が宿りました! 今こそ騎兵を狙い撃ってください!」
悪魔の囁きに続き、修道女も大声で俺にそう叫んで告げる……その声にそちらへまた視線を向ければ、いつの間にやら緑の悪魔はもとからいなかったかのようにどこかへ消え失せている。
「やれ! ドン・パウロス! 俺達で騎兵の脚を止める! アウグスト! メデイア!」
「ハッ! 我らもゆくぞ!」
「はい!」
また、ドン・ハーソンも声を張り上げ、まとわりつく魔法剣による妨害をなおも続けると、ダンディな口髭も騎兵めがけて斬りかかってゆき、修道女も金属円盤をしまうと矢を弓に番え始める。
「ハン! 下手クソたあ言ってくれるな……いいだろう。てめえこそその大口、嘘か真か今すぐ試してやるぜえっ! オラぁああああーっ!」
悪魔の言い様が少々疳に触るが、とりあえず言われた通りに短槍を振りかぶると、魔法剣をすり抜けて来た騎兵の内の一騎に、俺はそれを思いっきり勢いよく放り投げた。
「…ハァ!」
これまで通り、俺の短槍は空を切って、狙い定めた騎兵の胸めがけて真っ直ぐに飛んでゆくが、やはり騎兵はバケモンじみた反応速度で、馬ごとわずかに横へ逸れてそれを外す。
「……んぐぅ…!」
だが、次の瞬間、奇妙なことが起きた……避けられたかに思われた短槍が、自ら軌道修正して避けた騎兵の胸に突き刺さったんだ。
「ブヒヒヒヒィィーン…!」
騎兵はその勢いのまま後方へと吹っ飛び、馬もバランスを崩して、嘶きとともに地面へと倒れ伏す。
「え? 今、確かに……」
いや、見間違いじゃねえ……確かに槍は自ら動き、俺の意図したコースを逸れて騎兵に当たりやがった……なるほど。百発百中ってのはこういうことか……。
その不可思議な現象に唖然とするも、すぐにそれが悪魔の仕業であると俺は妙に納得する。
「どうだ? うちの魔術師は魔法修士以上に優秀だろう? さあ次だ! 止まらず全騎撃ち倒せ!」
「レライエの力は長く持ちません! 相手は悪魔、気が変わらない内に早く!」
一瞬だが俺がボケっとしていると、ドン・ハーソンと修道女がそう言って声を張り上げる。
「ま、まずはこっちから頼む! くっ……うぐ…!」
また、見れば騎兵の棍棒による激しい連打を、必死に細い剣で受け止めているダンディ口髭も大声で助けを求めている。
「あ、ああ! 今行くからちょっと待ってろ!」
その声に落馬した騎兵のもとへと俺は走る……。
「鎧に穴開けて背中側まで貫通してやがる。命中率だけじゃなく威力も上がってんのか……ぐっ……こりゃ硬えな……くうぅっ……う…うおらよっとおっ!」
そして、すでに絶命している騎兵の身体から深く突き刺さった短槍を引っこ抜くと、そのまま今度はダンディと交戦中の騎兵めがけ素早く投擲する。
「……!? セヤ…ぐほっ…!」
今回も騎兵…いや、騎兵の中にいるケンタウロスは、飛んでくる槍に気づいて馬を背後へ飛び退けさせるが、またも俺の投槍は軌道を修正して騎兵の脇腹へと突き刺さる。
「フゥ……助かった……」
馬とともに転倒する傍ら、ダンディな口髭は剣を杖に溜息を吐く。
「まだだ! 槍をこっちによこせ!」
だが、そんな口髭に俺は槍を投げ渡すように叫ぶ……修道女が果敢に弓を射かけるも、軽々避けながら接近する三騎目の騎兵が目に入ったからだ。
「あ、ああ……ぐっ…ぬ、抜けん……こりゃ、いくらなんでも刺さりすぎだろ……」
「おい! 早くしろ!」
やはり胸甲を貫いて深く刺さっているらしく、なかなか抜くことのできねえ口髭を俺は急かす。
「ハァッ…!」
「おのれ、ちょこまかとお!」
どうやら弓の腕も相当らしく、その間にも矢継ぎ早に射かける修道女だが、騎兵は軽やかに馬を駆って、すべてを避けるとともに棍棒を振り上げて迫っている。
早くしねえと修道女の姉ちゃんが危ねえ……ちょっと距離があるが俺が取り行った方が早えか……。
「ぐぅぅぅっ……おっと! ぬ、抜けたぞ! さあ、受け取れえっ!」
やむなく走ろうかと俺が考えたその刹那、ようやく抜けた槍をダンディが俺の方へと投げ渡してくる。
「よっしゃあ! フン! …とりゃあっ!」
飛んで来るその長柄を俺は掴むと同時に、身体を一回転させてさらに勢いをそれに乗せ、そのまま短槍をまた騎兵めがけて思いっきり叩き込む。
「…! ぐぶっ…!」
今度も騎兵は避けようと身を屈めるが、あり得ない曲線を描いた俺の槍はヤツの首に命中し、弾け飛んだ頭が宙を舞うと、短槍は背後の樹に突き刺さって柄がビィィィーン…と矢柄のように揺れている。
いや、そこまで威力なくても……悪魔のせいとはいえ、ちょっと勢いつけすぎたか……。
「さあ、レライエ。まだあと一騎残ってますよ? 射手のもとへとお戻りなさい……」
しかし、馬に跨ったままの恰好で、首チョンパされた騎兵の胴から鮮血が噴き出すという凄惨な絵面を前にしても、修道女は一切動じず、樹の幹に刺さった俺の短槍へ話しかけている。
「ドン・パウロス、いきますよ? えい!」
そして、軽く柄を引っ張るとなぜか槍は難なく幹から抜け、まるで何事もなかったかのようにそれを俺の方へと放ってよこす。
槍に宿ってる悪魔を操ったのか……やっぱりこの姉ちゃんが、三人の中で一番スゲえかもしれねえ……。
「あ、ああ……
俺は短槍を受け取ると、苦笑いを浮かべながら礼を述べた。
「行ったぞ! 気をつけろドン・パウロス!」
が、まだ騎兵は一騎残っている……ドン・ハーソンの注意にそちらを振り向けば、まとわりつくような魔法剣の攻撃をうまいこと掻い潜りながら、最後の一騎が俺の方へ突進して来ていた。
しかも、百発百中の投槍に棍棒での近接戦闘は不利と判断したか? 再び弓に得物を持ち替えると、すでに矢を番えた状態でだ。
「野郎、デラマンの……」
また、その顔をよく見てみりゃあ、それは我が愚弟の使いっパシリにしていたあの猟師崩れ──つまりは嘘の証言をして俺をハメた張本人だ。
まあ、今はケンタウロスに乗っ取られてヤツ自身の意識はねえんだろうけど……それでも借りは返させてもらおうじゃねえか……。
「ハァッ…!」
「フン! 俺と撃ち合いをしようたあ、いい度胸だぜ……いいぜ、来いよ……」
弓を構え、真正面から突撃してくる騎兵に対して、俺は手にした短槍を大きく振りかぶって狙いを定める。
「フラガラッハ! ドン・パウロスを守れ!」
俺の意図を察し、ドン・ハーソンが魔法剣に援護を命じる……要らぬお世話だが、ま、それでもせっかくだし、お世話になるとするか。
「ハァッ…!」
「うぉりゃあああーっ…!」
突進する騎兵が矢を放つのと同時に、俺も渾身の力を込めて槍を放り投げる……。
騎兵の矢は狙いを外さず真っ直ぐ俺に向かって飛んで来るが、俺は微塵も避けようとはしねえ……なぜなら、シュルシュル…と羽音を立てて横から飛んできた魔法剣が矢を弾き飛ばしたからだ。
「ぐはぁっ…!」
一方、俺の投槍は今度も悪魔の力によって自ら軌道修正をすると、咄嗟に回避行動をとった騎兵の胸に激突する。
「ブヒヒヒヒヒーンっ…!」
短槍は胸甲ごと胴を貫いて背中まで突き抜け、騎兵は馬ごと泥を跳ね上げて派手に地面へと転倒する。
「フゥ…これで全騎だな……さあて、ようやく邪魔者もいなくなった。今度はこっちが
四連続で槍を投擲してかなり疲労が溜まっているが、俺にはまだやらなきゃならねえことがある……俺は鉛のように重鈍な身体に鞭打つと、短槍を回収するために横たわる騎兵のもとへと歩み寄った。
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