Ⅴ 追われる罪(1)

「──さあてと。どうすっかなあ……」


 ドン・アガトゥスは小領主なので、手勢もそれほど持っちゃあいねえ……近隣の森に逃げ込んだ俺は、難なく追手をまくことができた。


 この森はディミニオン領ばかりでなく、北で隣接するテッサリオ領やイオルコ領にまで跨る広い森だ。これなら俺を見つけることからしてかなり難しいだろう。


 ここんところの逃亡暮らしで野宿もなんら苦にならなくなっちまったしな……。


 だが反面、どうやってアンディアーネの仇を討つかは難しい問題だ。


 まずはアステューダ夫人の化けの皮を剥いで、色惚けジジイにあの女の正体をわからせなきゃならねえが……侍女や下僕達は夫人を恐れて口を割らねえし、関係持った男どもも正直に話しちゃあ不義密通の罪で罰せられるからな……。


「仕方ねえ。ここは二、三人ボコボコに拷問して無理矢理吐かせるか……」


 森ん中を歩きながら、けっきょくのところ、手っ取り早く力技でいくしかねえという結論に達したその時。


 ヒヒィィィーン…という、森の中で聞くには珍しい馬のいななきが遠く木霊した。


「……ん? 妙だな。貴族の狩りか?」


 まあ、森といってもここは樹々が密集して生えてはおらず、下草も繁茂しちゃあいないんで、別に馬が入ってこれねえこともねえ……なんで、テッサリオやイオルコの領主が馬で狩りに興じてる可能性もなくはねえが……。


「…ハァッ! セヤァッ……!」


 そこはかとなく不安を感じる俺の耳に、今度はそんな、馬に鞭を入れる時のかけ声が聞こえてくる。


「チッ…残念ながら狩りの方じゃなかったな……」


 そして、後方の少し離れた場所には四騎の甲冑を身につけた騎兵が現れ、激しいひづめの音を響かせながら、真っ直ぐこちらへと突進してくる。


 馬上の者達はハーフ・アーマー(※同部だけを覆う軽装の鎧)にキャバセット(※帽子型の当世風兜)を被り、その手には弓を携えている。


「くっ…!」


 騎兵は速度を落とさぬまま、四騎一斉に弓を射かけてきやがる。俺は短槍を八の字に振り回し、正確に的を捕らえたその矢を慌てて打ち落とした。


「野郎っ…!」


 続けざま、迫り来る騎兵に俺は短槍を素早く突き出す。


「チッ……なっ! …ぐっ……」 


 だが、自慢のその突きはなんなく避けられ、俺の脇を駆け抜ける最初の一騎の背後から、次に来た二騎めが馬の前脚で強烈な蹴りをお見舞いしやがる。


 鉄芯入りの頑丈な柄でなけりゃ、今ので完全にへし折れていただろう……俺は咄嗟に短槍の柄でそれを受け止めるが、勢いの乗った馬の一撃にはさすがに耐え切れず、そのまま後方へと蹴り飛ばされちまう。


「クソっ! なんだこの馬術の練度は……」


 それでも俺はなんとか受け身をとって態勢を立て直すが、その間に後方のニ騎も追いつき、先に行った二騎も反転して戻って来ると、俺は前後両方向からすっかり囲まれる形となった。


「ハァッ…!」


「…? まだいやがるか……」


 いや、四騎じゃねえ……さらに後から二騎、少し遅れてやって来やがる。


 こっちはキュイラッサー・アーマー(※対銃弾用に鉄板を厚くし、その重量軽減のため、胴部と肩、太腿のみを覆うようにした鎧)とモリオン(※大きなひさし付きの帽子型当世風兜)で武装し、旅用の茶のマントを翻している。


 こいつらが追手の指揮官か……と思いきや、モリオンの下に覗く顔にはどうにも見憶えがあった。


「デラマン! それにてめえはイーロンか……」


 ……そう。そいつらは我が愚弟と、実の父を俺に殺させた悪逆非道な我が義兄おにいさまだったんだ。


「ようやく見つけたぞ! 兄ながらも異母弟殺しの大罪人、ドン・パウロス!」


「そして、父ドン・エンリケオを殺害した憎っくき仇でもある……さらに妹アンディアーネも裏切って殺してくれたようだな」


 先行の四騎がギリギリ…と再び矢を弓に番える間に、馬の脚を止めた二人はあからさまな嘘を悪びれもせずに平気でほざきやがる。


「ヘン! 笑わせてくれるぜ。冗談もほどほどにしときな。恥ずかしくて他人ひとに紹介もできねえ極悪人のクソ兄弟どもが!」


 おもしれえ組み合わせの二人を睨みつけながら、俺も負けじとおどけて言い返してやる。


 しっかし、まさかこの二人が一緒に追ってくるとはな……蛇の道はヘビ。どちらも悪事の真相を知る俺に生きていられちゃあ困ると、事情を知って手を組むことにしたってえわけだ。


 それにさっきの言葉で、ヤツらがここディミニオンでの一件も知ってることがわかった……おそらくはアステューダ夫人とも繋がってんだろう。イーロンには偶然にももう一人の邪魔者、アンディアーネの口を封じてくれたという貸しもある。


 それぞれに俺を始末してえっていう利害の一致で手を結んだ、まさに極悪人達の大連合だ。


 そういわれてみると、よく見りゃあ、俺を取り囲む騎兵達もどこか見憶えのある顔ばかりだ。


 デラマンの使ってる例の猟師崩れもいるし、ドン・エンリケオのとこやドン・アガトゥスの城で見たことあるような兵士もいる。


 そんなヤツらがこれほど馬術に長けてるのは少々疑問にも感じるが……いや、奇妙なのはそればかりじゃねえ……。


「にしても、この広え森ん中でよく俺の居場所がわかったな。じつは犬並みに利く鼻でも持ってたかも?」


 気になって、俺はもう一つのその疑問を二人に尋ねてみる。


「なあに、魔導書『ゲーティア』に記されたソロモン王の72柱の悪魔の内序列2番・変化の貴公子アガレスの〝行方不明者を捜し出す〟力を用いたまでだ。今、貴様が自分で言ったように、どうしても貴様には生きていてもらっては困るのでな」


 すると、イーロンは自慢げにその種明かしをし、さらに隠す素振りもなくよこしまな本心を口にしてくれた。


 そうか。そういやあ、こいつは非合法に魔導書の魔術を使うって話だったな……ドン・エンリケオをイノシシに見せた時のように、また魔術を使いやがったか……。


「ちなみに我が父を貴様に仕留めさせるのには、序列6番盗賊の公爵ヴァレフォールの〝人を獣の姿に変える〟力を使用した。どうだ? 本物のイノシシにしか見えなかったであろう?」


 訊いてもいねえのにイーロンは、ペラペラとその疑惑についてまで正直に告白をしてくれる。どうやらよっぽど自分の魔術について自慢がしてえらしい……。


「故に、短槍の使い手である貴様を確実に仕留めるため、最強の追手も用意した。そうだな、〝ケンタウロス兵〟とでも名付けておこうか」


 さらにイーロンは、周囲を取り囲む四騎の騎兵達を見やりながら饒舌にそう述べる。


 ケンタウロス? どっかで聞いたことあるような……なんかの獣か怪物の名前だったか? まあ、あの人馬一体の動きは確かにバケモンだ……。


「さて、世間話は終わりだ。そろそろ冥土へ旅立ってもらおうか。父上と妹も向こうで首を長くして待っているだろうからな……やれ」


 自分の力量を自慢するだけ自慢すると、イーロンは話を早々に切り上げ、再び騎兵達に攻撃を命じた。

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