Ⅳ 重ねる罪(1)
故ドン・エンリケオの友人だけあって、ドン・アガトゥス・デ・ディミニオンはやはり豪胆で明朗な人物だった。
頭はすっかり禿げあがっているものの、大柄でガタイのいい身体はまだまだ現役の武人であることをよく現している。
「──仔細はわかった! イーロンのことは以前よりエンリケオから聞いていたが、ヤツめ、ついにやりおったか……安心せい。この非道の報いは必ずとらせてくれようぞ!」
プッティーヌ領を脱し、アンディアーネのツテで身を寄せたディミニオン領の領主ドン・アガトゥスは、俺達の話をあっさりと信じてくれた。
その上でイーロンの邪なくわだてを暴き、ヤツの家督相続の無効性と俺の除名嘆願も国王へ訴え出てくれるという……いや、さらには俺の親父にも、ボッコス殺害の弁明をするのに口を利いてくれるというのだ。
「ドン・パウロス、武勇のお噂はかねがねうかがっておりますわ。噂通り、筋骨逞しくお強そうな殿方……アンディアーネさんも良い伴侶を手に入れましたわね。羨ましいですわ」
また、城の応接間でアガトゥスとともに謁見した彼の妻アステューダ夫人も、俺達を温かく迎え入れてくれる。
後妻らしく、こちらはまだまだ女盛りの若いご婦人だが、色白の肌に涼やかで切れ長の眼をしており、なんとも言い表しがたい色香を漂わせている。
二度も大きな失態をやらかしたものの、思わぬ救いの手が再び差し伸べられた……まだまだ天は俺を見捨てちゃいねえようだ。
今度こそ、ここで俺はアンディアーネとともに人生をやり直そう……そう、改めて心に決めた俺だったが、その矢先のこと。
ドン・アガトゥスの城へ到着した翌日の夜。俺はアステューダ夫人の部屋へ呼び出された。戦場や今回の逃避行など、俺の冒険譚を手慰みに聞かせてほしいというのだ。
せめてもの仁義として、一宿一飯の借りは返ねばなるめえ……恩人の奥さんの頼みに、やむなく俺は迎えに来た侍女に連れられ彼女の部屋へと向かった。
「──コホン…ドン・パウロス参りましたあ〜」
「どうぞ。お入りになって」
ノックをすると返ってきた返事に、下がる侍女を見送って部屋のドアを開ける。
「失礼しまーす……なっ!?」
だが、もう一度断って一歩足を踏み入れた俺は、室内で待っていたアステューダ夫人の姿に唖然と眼を見開く。
なんと、夫人は生まれたままの素肌の上に、毛皮のコートだけを纏うという、なんともあられもない恰好をしていたのだ。
毛皮の隙間から肉々しい乳房を見え隠れさせ、下着も何もつけぬ代わりに、首元で光る銀細工の首飾りがますます淫乱さを増長させている。
「……俺の話を聞きたいんじゃなかったんですかい?」
「ああ、聞きたいとも。ベッドの上で心ゆくまで色恋の話をの」
妖艶な肢体を睨みつけながら俺が尋ねると、夫人は傍らのベッドに色っぽく腰掛け、コートの前を肌蹴けさせながらますます俺を誘惑してくる。
「そなた、槍の名手なのであろう?
重ねて卑猥な冗談とともに
もっと早く気づくべきだったぜ……今思えば初めて顔を合わせた時も、彼女は妙に艶っぽい眼差しを俺に対して向けてきていた……夫人はもとから、俺をそんな性愛の対象として見ていたのだ。
後で聞いた話によると、アステューダ夫人はそうとうな男好きで、城を訪れた客人から家臣、出入りの商人に至るまで、関係を持った男の数は枚挙に暇がねえらしい……。
無論、侍女や下僕達の間では暗黙の了解だが、夫人は気性も激しく、逆らう者には容赦のない性格なので、その報復を恐れて誰も旦那には知らせていないのだという。
仮に告げ口したとしてもドン・アガトゥスは若妻のことを溺愛してるんで、きっと信じちゃくれねえだろうしな……知らぬは本人ばかりなりっていうところだ。
で、節操なく今度は新顔の俺を早々に誘惑してきたか……まあ、男冥利に尽きる話ではあるものの、相手は俺達を匿ってくれた大恩人の奥さんだ。それに夫人との不義を働けば、アンディアーネも裏切ることになっちまうからな。
「お誘いはうれしいが、そういうことなら帰らせてもらうぜ。さすがに恩人を裏切るわけにゃあいかねえからな」
俺は迷わずキッパリとそう告げ、くるりと夫人に背を向けて部屋を出て行こうとする。
「待ちや! ここまでさせておいて、わらわに恥をかかせるつもりか!? それでもそなた男か!?」
「悪ぃがこればっかりは聞けねえ相談だ。もちろん、ドン・アガトゥスには黙っておいてやるんで安心してくれ……それじゃあ、いい夢見ろよ」
そんな俺の背中を夫人の激しい言葉がなじるが、俺は再度断りを入れてから、部屋を出て後ろ手にドアをバタンと閉めた。
「おのれえ! 許さんぞ! わらわに恥をかかせてただですむと思うなよ!」
ドアを挟んだ向こう側からは、なおも怒気を含んだ彼女の声が聞こえてきているが、夫人としても騒ぎになってはほしくねえだろう。
そう楽観的に考え、高を括る俺だったが……俺はアステューダという悪女の恐ろしさを大きく見誤っていた。
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