Ⅲ 思わぬ罪(2)
その後、森の中ということもあり、なんとか追手を振り切って一旦は逃げ延びた俺だったが、俺にはまだ行くべき所がある……アンディアーネの所だ。
もう一人の大恩人である彼女に、父親の死について説明しねえわけにはいかねえだろう……俺が故意にドン・エンリケオを殺したと、彼女に誤解されるってのも嫌だしな……。
「──俺の投槍で命を落とした確かだ。だが、ほんとに何が起きたのかわからねえんだ……」
さすがに逃亡犯が戻って来るとは思ってねえらしく、予想通りに警備は穴だらけだ……夜陰に紛れ、城の中の彼女の部屋へ忍び込んだ俺は、狩りで起こったことをそのままアンディアーネに語って聞かせた。
これもまた、ここプッティーヌ領へと逃れ、ドン・エンリケオにボッコス殺害の罪を告白した時と同じ光景だ……。
「そうでしたか……それは、兄の仕業かもしれません……」
他人からしたら、言い訳にしか聞こえねえような俺の言葉に、意外やアンディアーネは静かに眼を伏せてそう答えると、思わぬことを口にし始める。
「魔術を嗜む兄ならば、魔導書を使って悪魔に指示し、パウロスさまに幻を見せることも可能なはずです……いいえ、このイノシン騒動からして、そもそも父とパウロスさまを罠に嵌めるために兄が仕組んだことだったのかもしれません……父と不仲だった兄は、自分より気に入られているパウロスさまに、父が家督を譲るんじゃないかと恐れていましたから」
「兄君が魔導書の魔術で?」
イーロンが魔術にハマってるっていう黒いウワサは、確かに聞いたことがあった……。
魔導書──それは悪魔を召喚し、自在に使役する方法が書かれた魔術の書である。
遥か東方の国々やとなりのアスラーマ教圏では少々事情が異なるようだが、このプロフェシア教会が牛耳ってるエウロパ世界においては、その自由な所持・使用が厳しく禁じられている。
表向きの教会の言い分じゃあ「悪魔崇拝に繋がる危険な書物」だからってことになっているが、そんなもの敬虔な信者かクソ真面目なお利口ちゃんどもしか信じちゃいねえ……実際にはその強大な力を教会や各国王権が独占するための方便だ。
その証拠に〝魔法修士〟なんていう、その危険だっていう悪魔の力を教会のお墨付きを得て使ってる坊主どもがいるくれえだからな。
ま、んなことはみんな百も承知だし、やっぱ悪魔の力ってのは便利なもんだから、
イーロンもそんな非合法に魔導書を使ってる口だったんだろう……バレりゃあ異端審判士に捕まって火炙りだが、貴族の息子っていうのと、ここが片田舎だったのが追及の手を鈍らせたか……。
「なるほどな。それなら父上がイノシンに見えたのも頷ける……俺は、またまんまと利用されたのか……」
アンディアーネの推論を聞き、俺はいたく納得するとともに、反面、その考えもしなかった事実に愕然とする。
……まただ。また俺はマヌケにも、家督争いの道具に使われちまったっていうわけだ……俺をハメたデラマンやイーロンは当然ぶっ殺してやりてえが、それ以上に愚かな自分がなんとも情けなくて許せねえ……。
この地で人生をやりなおすつもりだったが、やっぱ兄弟を殺した因果からは逃れられねえようだ……行く当てもねえし、もう逃げるのにも疲れた。ここは潔く、ハメられたとはいえ大恩人の命を奪っちまった罪を償うとするか……。
一度ならず二度までも大罪を犯し、なんだかすべてに疲れちまった俺は、もう逃げることを諦めようと思ったんだが。
「パウロスさま、わたくしはどこまでもお供いたします。一緒にここから逃れましょう。となりのディミニオン領の領主ドン・アガトゥスは父とも
アンディアーネは強い意志を秘めた瞳で真っ直ぐ俺の顔を見つめ、なんら諦めていないというような調子で力強くそう述べる。
「俺と逃げる? ……いや、しかし…」
「いえ。兄イーロンは父の仇。兄の思い通りにさせるわけにはいきません。それに、父も生きていればそうしろと言うはずです」
そんなことをすれば彼女もお尋ね者だ。当然、反対しようする俺の口を塞ぎ、再びアンディアーネははっきりとそう告げる。
「……わかった。んじゃあ、あんたにこの命預けるぜ……」
大の恩人の娘にそう言われちゃあ断るわけにもいかねえ……俺は口元を歪めると、もう一度、運命に抗ってみることにした。
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