Ⅱ 初めの罪(1)

「──ハァ……ハァ……」


 俺は、重くボロ布のようになった身体を引きずりながら、暗くじめじめとした森の中を彷徨っていた……。


 ここはもうテッサリオ領だろうか? それともイオルコ領か? ……まあ、どっちでもいい。他人の領地だろうがなんだろうが、ヤツらに容赦する気はさらさらなさそうだデ。


 俺の槍の腕なら追手を返り討ちにしてやる自信は充分にあったが、その予測は大幅に外れた……騎馬で追って来たヤツらは、異常なほどに強かった。


 俺の投槍を難なく回避してくれるし、人馬一体となって馬までが攻撃を仕掛けてきやがる。あんな騎兵は戦場でも見たことがねえ……なんらかの魔術を使ってるとしか思えねえ強さだ。


 で、情けなくもボコボコにされた挙句、命からがら森の中へ逃げ込んだというわけだ。


 あれから、どのくれえの時が過ぎたんだろうか?


 名人ダイダロウの作った自慢の短槍の柄を杖代わりにして、もう何日も行く当てのない森での彷徨ほうこうを続けている…… 衣服は血と汗と泥塗れだし、いつもは引っ詰めて後で縛っている長髪も今やボサボサだ……。


 短槍の使い手として、戦場ではちったあ知られたこのドン・パウロス・デ・エヘーニャさまが、まあ、なんとも情けねえ末路じゃねえか。


 ……ま、もとはといやあ、身から出た錆ではあるんだがな。


 そもそもの発端は、なんとも優れた異母弟に俺が嫉妬したことにある──。





「──兄貴、このままじゃボッコスが家督を継いじまうぜ? それでいいのかよ?」


 なにかと頭の切れる実弟のデラマンが、人気ひとけのねえ実家の城の屋上で、そう言って苛立つ俺をけしかけた。


「父上も気に入ってるし、地位も領地も財産も、あいつとあいつの母親がすべて持ってっちまう。俺達兄弟は一文なしで家から追放だ」


 そんなデラマン同様、確かに俺も自身の先行きには言い知れぬ不安を抱えていた。


 俺達の親父、ドン・アイコス・デ・エヘーニャは、狭いながらも国王より領地をいただいているエルドラニアの下級貴族だ。


 で、俺とデラマンは亡き先妻エンディーネとの間に生まれた息子だったが、ボッコスは親父が再婚した継母プサマティアの息子──つまりは異母弟だった。


 いけすかねえが、母親がすこぶる美人だったためだろう。生まれつき人相の悪ぃ俺達兄弟とは違い、ボッコスは美しい黒髪に褐色の肌を持つ、いかにもなラテン系の優男に成長した。


 いや、容姿だけじゃなく、ヤツは武芸や競技にも優れ、なおかつ学問も好む、非の打ち所のねえクソムカつく野郎だった。


 故に親父もヤツを溺愛し、先妻の子である俺達兄弟は遠ざけられた。継母の意向もあるだろうし、家臣や領民達からの人望も厚い。デラマンのいうように家督をボッコスに継がせようと考えていたとしてもおかしくはねえ……いや、本人にしてもそう思っていたかもしれねえ……。


「ここはもう、るしかねえ……じゃなきゃ逆に邪魔な俺達が殺られるぜ?」


「ああ、そうだな。先手必勝か……だが、アイツは意外と用心深え上に腕も立つ。そう簡単にはいかねえぜ? ま、俺には敵わねえだろうがな」


 一番簡単にして最後の解決策を口にする弟デラマンに、俺も躊躇いなく頷くと、ちょっと対抗心を燃やしながらその計画の問題点を指摘する。


「俺に考えがある。ヤツを油断させて人目につかない所へ誘いだそう。なあに、あとは兄貴の槍の腕さえありゃあ、朝飯前の簡単な仕事だ」


 すると、デラマンは邪な笑みをその顔に浮かべ、俺を持ち上げるかのようにしてそう答えた──。

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