Ⅱ 初めの罪(2)
「──俺も領主の息子として、領民達にイイとこ見せたいんでな。恥を忍んでおまえに頼みたい。すまんがちょっと稽古をつけてくれ」
後日、そう言って
口実としては、「人目につく場所で指導を受けるのはさすがにプライドが許さない」とかいうもっともらしい言い訳だ。
この〝円盤投げ〟──鉄製の重い円盤を投げ、その距離を競うという遊びは古くから地元で行われているもので、嘘か真か、起源は古代イスカンドリア帝国時代にまで遡るとも云われている。
今度の村祭で毎年恒例の円盤投げ大会が行われるのだが、それに出るためにこっそり上手くなっておきたい……と、そうデラマンは嘘をついたってわけだ。
「わかりました。兄さんの頼みなら断るわけにもいきません。喜んでお手伝いいたしましょう」
エヘーニャっ子の御多分に洩れず、ボッコスもこの円盤投げが大好きで、地元では名選手として知られていたため、用心深いヤツもこれには素直に乗ってきた。
ただし、いつもながらに忠誠心厚い従者を一人、連れてくるのは忘れちゃいねえ……。
「──それじゃ、フォームを見たいんでとりあえず投げてみてください」
少し離れた木の影に隠れ、気配を消して俺が見守る中、デラマンとボッコス、それにヤツの従者の三人だけで円盤投げの訓練が始まる。
その場所は鬱蒼とした森の中でもそこだけ樹が茂っておらず、いわば広い草原のようになっている。遠くまで円盤を投げるには格好の広場だ。
「よし。じゃあ、よーく見てもらおうか……俺の円盤投げをなっ!」
「うがっ…!」
だが、デラマンは手にした鉄の円盤を遠くへは放り投げなかった……その代わり、すぐとなりに立つボッコスの顔めがけ、思いっきり投げつけたのである。
「やっぱり、稽古をつけてもらう代わりに違う頼みを聞いてくれるか? ……ここで死んでくれ、ボッコス!」
額に円盤が直撃し、真っ赤な血を流してよろめくボッコスに対し、油断させるために剣を
「くっ……
しかし、偉丈夫で武芸に秀でたボッコスはそれしきで倒れなかった。デラマンの手を掴むと、寸でで握られたナイフの凶刃を止めたのだ。
「チッ…往生際の悪いヤツめ……」
「わ、若君っ! おのれ! 何をなさるか! この卑怯者があっ!」
また、そうして揉み合う二人を見ると、一瞬、驚きはしたものの、屈強な体躯のボッコスの従者はすぐさま腰に下げたレイピア(※細身の剣)を引き抜き、主人を救おうとデラマンめがけ斬りかかってゆく。
「しまっ…!」
一瞬にして形勢逆転。先に襲いかかったデラマンの方が、逆に剣の露と消えるかに思われた。
「ぐはっ…! …う、うぐ……」
ところが、断末魔の悲鳴をあげたのはデラマンではなく、レイピアを振り上げたボッコスの従者の方だった。
従者はそのままの姿勢で口から血を吹き出し、バタリと倒木のように地に倒れ伏してしまう……咄嗟に俺の投げた槍が、従者の胸を刺し貫いたのだ。
「……クソっ…パウロスもグルか……ならば、せめて貴様だけでも道づれだ……」
「うわっ…!」
が、まだ安心はできねえ。俺の存在に気づき、命の助からないことを悟ったボッコスは、頭はいいが腕っぷしの弱えデラマンを足払いして投げ倒すと、自身もナイフを抜いてデラマンと刺し違えようとする。
「させるかあっ!」
「くっ……!」
俺は慌てて駆け寄ると、従者に突き刺さった短槍をひっこ抜き、間髪入れずにボッコスの手にしたナイフを打ち払う。
「死ねえっ! ボッコスぅぅぅっ、」
「うごっ……!」
ギン…! と甲高い金属音を響かせ、ナイフが宙をくるくると舞うのと、デラマンの突き出した刃がボッコスの腹を貫くのは同時だった。
「……ハァ……ハァ……助かったぜ兄貴……予想外にしぶとくて焦ったぜ……」
腹からも大量に血を流して倒れ込み、そのまま動かなくなるボッコスの傍ら、肩で息をするデラマンが額の汗を拭いながら礼を言う。
「俺も慌てたぜ。従者も存外に気骨のある野郎だ。思った以上に行動が素早かった……ま、ちいとばかし計画が狂ったが、目的は無事に果たせたぜ」
もともと俺も事が起きたら加勢する手筈だったのだが、デラマンが一撃目でヤツを仕留められなかったので、こんな冷や汗をかく羽目になっちまった……それでもボッコスを亡き者にし、唯一の目撃者である従者の口も塞いだので計画は成功だ。
「ああ。他に目撃者もいない。このことを知ってるのは俺達だけだ……さ、誰か来ない内に死体を埋めちまおう……」
それから俺達は二人の
これで、親父の覚えめでたい我が異母弟ボッコスは、従者ともども謎の失踪を遂げてゆく知らずというわけだ。
だが、その翌朝のことである……。
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