El Lancero Pecador ~咎人の槍使い~
平中なごん
Ⅰ 知らされる罪
聖暦1580年代中頃。エルドラニア王国・王都マジョリアーナ……。
「──団長、懐かしい所から手紙が来ておりますぞ」
若き国王カルロマグノ一世が神聖イスカンドリア帝国皇帝も兼ね、また、遥か海の彼方に新たな大陸〝新天地〟をも発見し、エウロパ世界最大の版図を誇る大帝国となったエルドラニアの瀟洒な都の一角……官公庁に建つ白い石造りの〝白金の羊角騎士団〟本部の執務室で、未決済の書類の山に囲まれていた団長ドン・ハーソン・デ・テッサリオのもとへ、副団長ドン・アウグスト・デ・イオルコがまた新たな羊皮紙の手紙を持って来た。
白い
「……ん? 懐かしい所?」
年代ものの黒光りするオーク材の机で、溜まった事務処理に追われていたドン・ハーソンは、筆ペンを置くと手を伸ばしてその巻物を受け取る。
「……ほう。懐かしの我が故郷テッサリオ領のおとなりはディミニオンからか。領主は今もアガトゥス卿だったな? 罪人捕縛のため、我が領地内への進入許可と、捜索の人足まで出してくれとある」
羊皮紙の筒を開いたハーソンはさっと内容を確かめると、同じく冗談めかした口調でそうアウグストの言葉に答える。
この金髪碧眼の容姿端麗な青年は、中流階級の騎士テッサリオ家の出身であるが、古代異教の遺跡で魔法剣〝フラガラッハ〟を手に入れ、その武功によって帝国最高位の騎士〝
「私のところにも同じ内容のものが来てました。どうやらあの辺りに賊は逃走・潜伏しているようですな。なにやらかなりの大罪人らしく……」
一方、そう言葉を返す黒髪にダンディな口髭を生やすラテン系のアウグストは、ハーソンと従兄弟の関係にもあって、領地のイオルコ領もハーソンのテッサリオ領と隣接している。
今回、二人のもとへ協力要請をしてきたのは、そのイオルコ、テッサリオ双方と隣り合ったディミニオン領の領主ドン・アガトゥスからである。さらに連名でテッサリオの南、プティーヌ領のドン・イーロン、こちらは地理的に離れているがエヘーニャ領のドン・アイコスの名も添えられている。
「罪人のパウロス・デ・エヘーニャは異母弟ボッコスを殺害した後、匿ってくれた恩人のドン・エンリケオ・デ・プティーヌも狩猟のどさくさに紛れて惨殺。さらに身を寄せたドン・アガトゥスの妻に言い寄り、アガトゥスを亡き者にした後、ディミニオン領を簒奪しようと画策したとある……エヘーニャのパウロスというと、あの〝短槍使い〟のパウロスか?」
「おそらくは。私も戦場でその名を聞いたことがあります。槍投げの腕もかなりのものだとか……」
紙面に記された罪状を読み上げ、思い出したかのように呟くハーソンにアウグストも頷く。
「短槍使いか……罪人として始末するには惜しい人材だな……」
「ま、まさか、このパウロスを羊角騎士団に入れるつもりではありますまいな? 二件の殺人を犯した上に恩人の領地簒奪を狙った大罪人ですぞ!?」
わずかに押し黙った後、ハーソンがポツリと口にした一言にアウグストは俄に慌て出す。
「その二件、殺されたのは領地の継承権を持つ子息や先代の領主だ。どうも家督争いの臭いがしないか? それにディミニオンの一件も領地絡みだしな……どうにもきな臭い。意外と大罪人じゃないかもしれないぞ?」
「いや、それにしてもそんな犯罪者を入団させるというのは……さすがに方々から横槍を入れられますぞ?」
対して愉しげに口元を歪めながら反論するハーソンに、アウグストは太い眉毛を「ハ」の字にして、あからさまに困惑の表情を見せた。
彼らが先程から言っているのは、羊角騎士団の新規団員スカウトの話である。
白金の羊角騎士団──もともとそれは、プロフェシア教を異教や異端から護る護教のために組織された宗教騎士団である。
ところが年月が経つにつれ、この歴史と伝統ある騎士団は王侯貴族の子弟が箔付けをするための道具に利用され、結果、なんら実働能力のない、有名無実化した名誉団体に成り下がってしまっていた……。
そんな中、無用の長物と化した騎士団の改革に着手したのが、新たに即位したエルドラニア王カルロマグノ一世である。
昨今、〝新天地〟に築いた植民地より上がってくる富はエルドラニアの経済を支える根幹となっているが、その物資を運ぶ航路で暴れ回る海賊達が国王カルロマグノの大きな悩みの種だ……そこで、王直属の羊角騎士団を強力な部隊に再編成し、この海賊討伐に当てようと彼は考えたのである。
そのために権威ある
この国王の望みにハーソンも応え、現在、凡庸で使えない王侯貴族の師弟を騎士団から排すると、代わりに実力ある新団員を身分問わずに集めているのであった。
「なあに。俺も含め、すでに似たか寄ったかのはみ出し者ばかりが集まっているからな。言われても今さらな話だ。それに俺は陛下より全権を委任されている。横槍を入れられたら陛下に告げ口してお仕置きしてもらうさ」
アウグストの苦言に、ハーソンはニヒルな笑みをその端正な顔に浮かべると、そんなブラックな冗談を言ってどこ吹く風だ。
「我らの領地に関わる案件でもあるしな。ともかくも、事実を確認してみねば始まらん。応援要請も来てることだ。彼らよりも先にパウロスの身柄を確保しに行こう」
さらには即座に決断を下すと、やりかけの事務仕事もそのままに椅子から勢いよく立ち上がる。
「え! 今からですか?」
「ああ。この文面にみる執拗さ。先を越さればパウロスを殺されかねん。念のため、メデイアも一緒に連れて行こう……」
そして、唖然とするアウグストを置き去りにすると、自身は早々に執務室のドアを出て行ってしまった──。
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