第21話 血みどろの涙
落ちたブレスレットをアスラは平然と回収する。
だが、その手は震えていた。
その時。
彼の足に突き刺さるものがあった。
それは矢であり、目の前から飛んできている。
飛んできた先には放ったエデンが立っていた。その瞳にはよく見ると涙がたまっている。
「な、何してるんだお前ええええええええええ!」
その表情を見て、アスラは視線を落とす。隣ではレイアが静止しようとするが、まるで効果をなさない。レイアは突き飛ばされ、再び構えられる。瞬時に放たれた矢であったが。
空から落ちるようにやってきた黒い影が大鎌の一振りで叩き落した。
「ふふ。よくやった。撤退する」
デロの一言に対してアスラは素直に笑うことができなかった。そのまま彼の体はデロに抱え込まれ、どこかへ消え去る。エデンの放った再びの矢は空気のみを切り裂いた。
いち早く、セリナはフレイの元へ駆けつけていた。
「フレイ……フレイ!」
だが、フレイからは何一つ返事はやってこない。彼はただ目をつむったままである。その左胸からは血があふれ出し、赤い水たまりを作っていた。
「なんで……ねぇ。起きてよ、お願い……」
彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
その涙は静かにフレイのことを濡らしていった。だが、彼は目を覚ますことはない。そのうち、エデンとレイアも来るが、彼女たちはただフレイのことを見て、膝を落とした。
その時。
駆け付ける姿があった。それは。
ギルドマスターであった。
「ヒノさん……?」
「よう。これは。なるほど。ちょっとこの身柄俺に任せてくれないか?」
彼はやってくるなり、その傷跡を見て、目は見開き、口が小刻みに震えながらも、そうつぶやく。
「え……」
セリナの口から思わず、その言葉が出てしまった。素人目に見ても誰が見ても不可能であった。彼の内臓はズタズタにされ、既に死亡が確定している。そんな身柄を前にして、ギルドマスターは懇願していた。そのまま土下座までする。
「頼む。信じてくれ。今度こそ……」
その言葉には強い念がこもっていた。
確かにヒノの過去として、医師をしていたとは聞いたことがある。それもレアの民族を担当するのだと。さらにメムロと共に冒険もしていたということ。
「医者でしたっけ……?」
レイアの問いにセリナが答えた。
「元々はそうですよ。今では伝説となっていますが、元々はフレイの姉メムロさんの担当医として活躍していたんです」
「え。あの一人でダンジョン攻略していたって。あの……」
レイアが驚いているときにはエデンは頭を下げていた。
「お願いします。彼を助けてください。彼は……本当にいい人なんです。こんな会ってすぐなのに私に大切なことを教えてくれたんです。お願いします」
そんな彼女を見て、ヒノは息を荒くしているように見えた。
そして。
「わかった。まか……せてくれ……」
そのまま背中を向け、震える声で彼は答え、フレイを抱えると、どこかへ走り去ってしまった。
(気のせいか。泣いているように見えた)
セリナはヒノのことをそのように見えていたが、よくよく考えれば、元相棒の弟、さらにギルド内でも活躍していたと考えれば、そのような対応になるのは当然かと思うことにした。
走り去っていくヒノをセリナが見送っている間にエデンは声を荒げていた。
「アスラは……許さない......! もしフレイが助かったとしても」
その声に空気が張り詰めるが、その空気を破ったのはエデン自身であった。彼女は歯ぎしりをしていたが、不意に微笑み、静かに答える。
「でも。話は聞こうと思う。まず、聞くことが大切だって、フレイさんから教わったから」
その答えにセリナは眉を顰め、微笑む。
「へぇ。そんなこと言われたんだ」
視線をそらしたセリナを見て、エデンは涙目ながらにや、と笑う。
「そう、彼は私に言ってくれたの」
得意げに話した彼女にセリナも涙をふくと、にや、と笑っていた。
「まぁ、私は一緒に暮らしてるけど」
「てめぇ! やっぱウザい!」
声を荒げたエデンであったが、そこから頬を両手で一回打ち付けて、気合を入れると言った。一転、落ち着いた顔つきに変化する。
「とりあえず、アスラを探そう。そして、なんで殺したのかを必ず聞く」
レイアとセリナは微笑みながら「了解」と元気よく言った。
「ふーん。もう行きわたっているね。こりゃ、さっきの奴らの仕業かな」
街の中で放送が流れていた。それはお尋ね者の放送である。
内容の人物の身体特徴的にアスラであり、彼を見つけ次第、と言うものだ。アスラは黒いローブに全身を包まれ、デロの隣に座っていた。彼らの前には一冊の手記が転がっている。
そのタイトルをおもむろに開くと、『ティタン化計画』と書かれている。クロノスはそれをちらと見て、放り投げた。
「なるほど。あいつの隠し部屋ってわけか。ここは」
「……もうこれで終わりでいいですか?」
アスラはそうつぶやいていた。ローブの下の顔が一瞬、デロから見える。
口の端が固く結ばれていた。
「なんで?」
「これ以上、戦えば、そのいろいろな人に迷惑がかかるのではないかと」
その言葉に対し、デロはアスラの顔を持ち上げると、壁に叩きつけた。
「何言っているんだ? 俺たちはなんで今ここにいる? すべては人間に対する復讐だろう?」
「それは、そうですけど……契約した人間を殺す必要はあったのでしょうか」
「……お前が知る必要はない。大体、俺たちのそんな感情なんてものは偽物だ。本物はあいつらに復讐するこの感情だけだ」
その二人の様子を見ていたリラは手をかざし、呟いた。
「オケアノスの記憶の中に多くの子どもたちがいます」
「やめろ!」
アスラの制止はクロノスの締める腕がよりきつくなり、届くこともなく、空しく言葉は紡がれていく。
「孤児院ですか? これは」
「……へぇ。なるほど」
クロノスは微笑み、彼の首から手を放す。アスラは放心したように地面へ落とされた。
「決まったわー、何するか」
彼の目が糸目になったのを見て、アスラは戦慄する。背筋が凍った。
「その子どもたち皆殺しな。大丈夫さ。どうせ全員死ぬんだからさ」
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