第22話 変身のティタン

「絵うまいんだね。レイアさんって」


 セリナは絵を掲げてみるとつぶやく。


「どうも、ありがとうございます」


 レイアはさらりとアスラの顔の絵をかいていた。それを街の人々に見てもらい、回っていく。


会ったことは仕事の中でしかないが、それでも特徴はとらえられており、この顔に見覚えがあると言った町の人は多かった。ただ、それらと言うのは過去にSランクパーティとして活躍していたころの話だった。また、不快そうな顔をする人間も多かった。それはレアの民族の特徴である岩の跡が顔に完全に残っているからだろう。


 罵倒するものまでいた。そこまで言う必要はあるだろうか。

 レイアは考えてしまう。やはり人間は身分が上なのだと。自分たちが異常なのだと。


 そう思っていた矢先、セリナが彼女の顔を覗き込み、笑ってくる。


「敬語じゃなくていいよ別に」


「そうだよ。こんな痴女みたいなやつ、いいんだよ」


 エデンがそう付け足し、セリナは顔をしかめると、さらっと言った。


「敗者は黙ってろ」


「あ? 何か言ったか?お前」


「どうせフラれるから諦めなさいって言ったの」


「てめぇ!」

 

 そのやり取りを見て、レイアはふっと噴き出し、前を向いた。

その時、レイアが掲げていた絵に対して「この絵の子なら知っているわよ。最近もうちのお店に来たわ」と返す高齢の人間の女性がいた。


「え。そうなんですか!?」


 最近、というのは良い線だろう。

 

「ちょっと、お店行ってもいいですか?」


 そこでレイアは口を開いてしまったのを、慌てて閉じた。

 今の言い方は失礼が過ぎたかもしれない。また、罵倒が。と思ったとき、その女性は優しく微笑んだ。


「どうぞ、全然いいよー」


 彼女からきた言葉にレイアは心が温まっていく。

 

「あ、ありがとうございます!」


「そんないいのよ、別に」


 彼女はやんわりとそう答えた。

 ついていくと、その先にあったのは駄菓子屋のようであった。


 エデンはその光景を見て絶句する。


「え……アスラさんって。あのアスラさんだよね……」


「そうだね……」


 彼女たち二人の脳内には金髪碧眼のイケメン筋肉質が映っていたが、まるで似合わない場所であった。


「ほれ。どうぞー」


 女性の案内で入っていくが、やはり普通の駄菓子屋である。そこは子どもたちが出入りするような場所である。セリナももしかしたら小さい頃に来たことがあるかもしれない。その時は両親と一緒に……そんなことを考え、また目をこすった。そして、ごまかすように話す。


「ここで、アスラさんは何か買っていくんですか?」


「うーん、普通に駄菓子を大量に。ね、トマ……ってトマ!何寝てるの!?」


 駄菓子屋の店番をしていたトマという少女はハッと目を覚ました。

 そして。


「あ、アスラさん、来てましたか!?」


 と叫ぶ。その顔はみるみるうちに紅潮していた。


「違うよ。お客様だよ、お客様」


「はぁ、よかった」


「何がいいのさ……ごめんなさいね。孫が」


 そして、そわそわと身支度を整え始めた彼女に対して、レイアは聞いた。


「昨日は来られましたか? アスラさんは」


「え……アスラさんのか、彼女さんとかですか……」


「ちがいますが」


「では、愛人……」


 その言葉に三人は揃えて言った。


「「「同僚です!」」」


「へっ、あっ、よかったー」


 ホッとするトマを見て、レイアは首を傾げた。


「アスラさんのこと好きなんですか?」


「え、ひええ?」


「ど、どこが好きなんですか?」


 ちょ、ちょっとレイアなんで気になるの、と小声で話しかけたエデンを無視して、普段は物静かなレイアが珍しく追及している。


「え、その、あの顔も体もドタイプだし……あと、子どもたちのためにお菓子買っている優しさですかね……」


 顔も体も、優しさ……レイアはにとってはかけられたことのない言葉であった。

 人間もレアの民族も割と価値観は変わらないのか、と思っていた時、エデンに声をかけられた。


「凄い、そういうことか。レイア、よく聞き出せたね!」


「へ?」


 よくわからないまま褒められて、レイアは変な声を出してしまった。

つづいて、セリナも聞いた。


「その子どもたちって、どこの子どもたちかわかりますか? 今、そのアスラさんが行方不明で、もしかしたらそこに関係しているのかもしれないなんて思いまして」




 アスラから見た孤児院はいつもよりも暗く見えた。

 子どもたちの姿は見えない。この時間は昼寝をしている時間だろう。この孤児院はレアの民族街にはあるが、人間街からすぐ並列された場所にある。

 普段はその地の利を生かして、アスラが人間街で購入してきたものを子どもたちに分け与えている。


 この記憶のある限りでは、毎度、前世のアスラは台車を引いていたらしいが、今の実績がつき、最低のFランクから少し上がったが、それでもDランクでは両手で収まってしまうほどしか購入することはできない。


 もっと実績をつけようと思っていた矢先、こんなことをしてしまった。

 もう二度とギルドメンバーとして活動することはできないだろう。指名手配犯である。


「今度こそ。この孤児院であっているのか?」


「えぇ。合っているようです」


 アスラは会話に参加せず、ただ黙っていた。背中にいるデロとリラの二人の会話が彼を追い込んでいく。

 ただ、自分の中に湧き上がる感情はあった。


(何がしたいのだろう。自分は。どうして、ここまで空しくなっているのだろう。自身が復活した理由は復讐するためである。それ以外にはない。ないんだ……)


「どうした? ほら、あの建物の中にお前の知っているガキどもがいるんじゃないのかい?」


 デロが呼びかけ、アスラは前に出る。ちょうど、孤児院の門の前に立った。


 その時であった。

 狙いたがわず矢が自身の太ももに突き刺さる。


 先ほど当たった部位を的確に狙ってきた。血がどっとあふれ出ることはなかった。

 代わりに情けない音が響き、それを彼は引き抜く。


「本格的に人間じゃないみたいですね。アスラさん」


 その声と共に孤児院の遊具の影から現れる姿があった。

 それはエデンであり、さらに隣には盾を構えるレイアまでいる。よく見ると孤児院の建物の前には覗き込んでいるあの泣いていた黒い派手な服を着ている少女もいた。


(先回りをしていたのか)


 エデンの問いに対し、アスラは答える。


「それは、人間じゃないから」


「……どうして、フレイ君を殺したんですか?」


「俺が人間じゃないからだよ」


「どういう意味ですか?」


 エデンが詰めていくのに対し、彼は右腕を掲げて答えた。


「私はティタンです」


 瞬間、彼の体は変貌する。

まばゆい光と共にそこに立っていたのは。


 長い黒髪。筋肉質。白い肌の巨人であった。

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