第5話 女神の重圧
拳が引きちぎれ、体中に穴が開いていく。
全身に走る痛みがあふれ出していく。全身から血が噴き出し血の塊となっていく。生物で一番小さいものへと。
フレイは跳ね起きた。
その状態を見ていたのか、隣には既にスタイルが強調されるような派手なパンツスタイルに着替えているセリナが扉の前に立っていた。
フレイは跳ね起きた。
手のひらを見つめ、自分の身体に触れて確認し、安堵する。
あれだけ鮮明だった痛みはどこかへ消えていた。
そんな彼の隣にはセリナがいた。
とっくに起きていたようで、いつもの服装に着替えている。スタイルが協調されすぎて派手ではないかと言ったこともあるものだ。
「おはよう、大丈夫? 一週間近くうなされているけど」
「おはよう。あぁ……」
セリナの心配に力ない返事しかフレイはできなかった。
キメラの出現から早一週間、そこから衝撃的な真実が明らかになった。
あの日、ヒノモトの中心部のダンジョンの塔は崩れ去り、すべてのダンジョンボスが解放されてしまったのだという。かなりの被害が出たものの、人間軍が多くを倒した。
しかし、強大な力を持つ禁止級については未だ退治することができていないと聞いている。
人間街の一部が占拠され、えさ場と化しているとの情報もあった。
フレイはその情報を耳にし、縮みあがる。あの日に起きたすべてが夢であってほしかった。
「ね、ねえ」
聞きたくなかった声が脳内に響く。
「い、行かないんですか? た、戦いましょうよ。みんな死んじゃいますよ?」
弱弱しい声だが、この声が響くたびにフレイの体がぐらぐらと揺れていく。
意識が飛びそうになっていた。
だが、その中でフレイは叫んでいた。
「ふざけんな!」
「どうしたの?」
突然の大声にセリナは驚いていた。フレイはハッと目を見開く。
「ご、ごめん。何でもないよ……」
「う、うん。朝ごはんできているからね」
セリナはそのまま手を振ると、その場を去っていった。廊下を出た音と扉の締まる音も聞こえたところ、彼女は自分の部屋へと向かったらしい。足早になっているのが分かり、申し訳なくなる。
フレイは何度も息を吐いた。
その中で彼の脳内に声が響きわたる。
「た、戦いたくないんなら、いいんですよ。戦わなくても」
「……どうして君は戦うんだ?」
フレイの問いかけにテミスは答える。
「あることに、気づいたんです。私の持っているこの本なんですけど。あの時は1ページも開くことはなかったのに」
彼女の言葉と共にフレイの手元にはあの戦闘中の時の分厚い本が出現した。その分厚い本の1ページが重力に従うようにめくれる。
「ほら、こんな感じで。めくれるようになったんです」
本の中にはまた古代文字で書かれている文章があったが、そこでフレイは自身の体の自由が利かないことに気づく。そして、操られるように文字をなぞっていた。勝手に口元も動く。
本にはまた古代文字で書かれている文章があった。
フレイはその文字を自然に目で追ってしまう。いいや、違う。彼の指は勝手に文字をなぞり、口元も声を発していた。
「これはですね、メドゥーサの能力を封じたと書いてあります」
「これが日記だとしたら、私の記憶……」そんなのんきなテミスの言葉に対し、自分の置かれている状況に恐怖し、フレイはその本を投げ捨てた。
「やめろ!……やめてくれ……」
うずくまった彼にテミスは問いかける。
「そんなに戦うのが嫌なのでしたら、離れますよ……?」
「その場合、君はどこに行くんだ?」
「ど、どこに行くって。昨日も言ったと思いますが、また別の……人を見つけにいきます」
「じゃあ、ダメだ」
この問いと答えを一週間、繰り返していた。フレイは結局立ち向かうことができなかった。何もできず家に閉じ込もっていた。
フレイは朝食のために居間へと向かうと、そこには母親がいた。
母親は何か封筒を持っていた。封筒にはフレイの名前が刻まれている。
「おはよう、フレイ。これあなたに」
「おはよう。見とく」
「ねぇ、あの……」
先ほどからテミスから声をかけられ続けるが、無視をしていた。
朝食をとりながら、その封筒を開くとそこに書いてあったのは自身のスカウトの通知であった。パーティのリーダー名の欄にはエデンと書かれていた。
「そういえば、まだギルドに入っていたのか」
朝食後、フレイは家を出ると人間街にあるギルドへと向かった。
人間街にはキメラとの戦いの跡はざまざまと遺されている。清掃業者や建造物の立て直しを行っている者たち。彼らは全員、人間であった。
意外にも街は盛り上がっているように見える。だが、彼らのうちの何人かは首輪をつないでいるものもいた。その首輪の先にはリードがあり、そのリードを持っているのは人間。首輪をしているのは頬のあたりが岩で覆われていた。
一瞬、そのレアの民族と目が合い、慌てて目をそらした。
レアの民族として、ギルドに所属することは最も名誉ともいわれていた。いつ死んでもおかしくはないが、人間の奴隷として過ごすよりは、ということらしい。他にもそれなりの給料でコロシアムの選手などもあるが、とても生きることはできない。
その点でもギルドに所属することで恨みを買うことはよくあった。
レアの民族は全体で10万人いるとされているが、ギルドに所属できるのはわずか1000人程度。認定試験を突破できた者だけがその恩恵にあやかれる。
フレイはその枠をひとつ潰しているとされ、恨みを買うこともあった。
ため息をつき、波を抜けていくと、辺りとは異なる小さな建造物が存在していた。そして、その小さな建造物から飛び出してレアの民族の列があった。
「なんで、こんな列に……」
認定試験の時期ではない。にもかかわらず、この行列は。
フレイは首を傾けると、その列の後ろに並ぼうとしていたが、その列を整備していたギルドの職員に声をかけられた。
「ギルド抜けられるんですか?」
「え?えと、あ。いえ。違います。呼び出しを受けて」
「でしたら、そのまま横突っ切って入ってください」
「は、はぁ」
戸惑いつつもフレイは横を抜けていった。その先には受付にて大慌てで対応している職員。
彼らをしり目に案内されていたテーブルへと向かう。そこにいたのは黒髪のグラマラスな顔には何もない少女と、金髪の一本結びにした右目が岩となっている少女。
そして、見知っている顔の半分が岩となっている痩せた男がいた。
「どうもーフレイ君。来てくれてありがとう」
「ギルドマスターが対応するんですね」
ギルドを管理するギルドマスターのこの男の名前はヒノ。彼は普段こそあまり外に出ることはないのだが、フレイがアスラパーティにて活躍していた時から話しかけられることが多くあった。というのも、彼は家族ぐるみで関係のある人物であった。
「いや、この前は災難だったなぁ、と」
彼が少し目を泳がせたところを見ると、フレイが追放されていることを彼は知っているらしい。ということは……?
フレイの脳内にイメージが浮かぶが、そのイメージを遮るように、目の前の黒髪の人間の少女が声をかけてきた。
「早速なんですけど、私はエデンと申します。カテゴリー2で弓を使っています」
ほら、とエデンは隣の金髪のレアの民族の少女の肩を揺らした。彼女はぼそぼそとした声でつぶやく。
「えと、レイアです。カテゴリー3として回復役を担当しています」
彼女まで名乗ったのを見て、フレイは暗い声でつぶやく。
「カテゴリー1のフレイです。はじめまして」
フレイのあいさつに対し、エデンと名乗った少女は軽くうなずくと、慣れているかのように口早に話始めた。
「早速なんですけど、フレイさんは元アスラパーティと聞いていまして。そして。あのメムロさんの弟さんだと聞きまして。非常に優秀なのかなと」
「あ、どうも」
「それでですね。最近フリーになったと聞いたので入っていただきたいな、と思いまして」
彼女の言葉にフレイはうつむいた。
安易に頷くことができなかった。一週間前のことを思い出してしまう。
そんな思いとは裏腹に、ギルドマスターは平然とフレイに話しかけた。
「フレイ君は本当に頑張っているからねぇ」
「すいません。あのちょっと考えてさせてもらってもいいですか?」
フレイ自身でも思えないほど弱気な声が出てきてしまう。
その返しに対して、エデンはため息をついた。
「そう、ですか。あなたもですか」
「え?」
「みんな、そうなんですよ。あなたが初めてじゃないんです。そもそも私たち二人にも仲間がいたんです。禁止級のダンジョンボスが現れて、みんな怖気づいてやめてるんですよ」
そういうことか。ダンジョンが崩壊した今、ギルド本来の仕事はほとんどない。残っているのは束になってかかっても勝てるかわからないダンジョンボス討伐だけ。誰だって名誉なんかよりも自分の命を取るに決まってる。
外の行列の正体を知り、フレイは口を開きかけるも、自身も同じであったことに気づき弱気な声が続いた。
「それは……」
「気遣いならいいです。考えなくて」
フレイは明らかに自分よりも無名であるパーティに言われたことと言うのもあったが、何より自分がこの場にいることが申し訳なくなり、席を立つ。
背中にギルドマスターの声が聞こえたが、彼は俯きながら去っていった。
【あいさつ文】
お世話になっております。やまだしんじです。
ここまで読んでくださりありがとうございました。よろしければ、作品のフォローや↓の☆☆☆を★★★にする、または感想や応援レビューなどをしてくださると大変うれしいです。執筆のモチベーションにもつながります。
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