生命装置

華川とうふ

生命装置はゆりかごから墓場まであなたの面倒をみます

 生命装置を迎えることになった。

 別に特段ほしかったわけじゃないけれど、両親がどうしてもというから仕方なく了承した。

 一応、恋人にもそのことを話すと、


「イマドキ、珍しいね」


 と苦笑いされた。

 うちの両親は古風なところもあるし、心配性なのだ。


 うちに来た生命装置は想像したよりも美しかった。

 流線形のボディーはどこを触ってもなめらかですべすべしていた。

 思っていたよりも少し小さいので両親はもしかしたら最新型のモノを選んでくれたのかもしれない。

 ただ一点、黒絹のフリンジ部分が気に入らなかったので房飾りに変えてもらった。

 本当は飾りなんてじゃまだからすべて切り取ってしまいたかったが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。


 生命装置の使い方は簡単だ。

 ただ、種を流し込んで待つだけ。

 非常にシンプル。


 もちろん、何事にもこだわりを持つ人もいるから人によっては大変難しいという人もいる。

 まるでたいそうな儀式をするように様々な手順を踏む。


 儀式といえば、生命装置を迎えたらお披露目会をするのが昔からの習わしだ。

 生命装置を白い絹の布で包み、周りには花を飾る。

 まるで葬式みたいだ。

 両親からはお披露目会をやるようにと言われたが、それは断った。

 葬式みたいできもちが悪いし、無駄だと思ったからだ。


 生命装置のある生活は意外と悪くなかった。

 なにごともシンプルに考える自分の性格のおかげかなとも思うけれど。

 生命装置が一つあるおかげでいろんな家電を持つ必要がなくなった。

 掃除機も食器洗い機も洗濯機も捨てた。

 生命装置が一台あるだけで、すべての役割を果たしてくれる。

 さすがに電気毛布だけは残した。

 冬に眠るとき寒いのは嫌だから。


『おはようございます』

『おやすみなさい』


 生命装置は挨拶はきちんとする。

 ただ、アシスタントAIほどの深い知識はないようで質問をすると度々だまってしまったり、インターネットに接続して情報を得るのに時間がかかってしまうことも多かった。


 生命装置との生活が長くなってくるにつれ、俺はだんだんその存在が疎ましくなった。

 そもそも、この生命装置はほかの家電の役割はこなしているけれど、本来の役割はまだ一度とし果たしていないのだ。


 もしかしたら欠陥品かもしれない。


 ある日、赤っぽい機械油のシミができているのを見て俺はそう思うようになった。


 壊れていると思うと、余計に腹がたった。


 時間と金を無駄にさせやがって……。


 捨ててしまいたかった。

 壊れている生命装置を見るだけで、シンプルで快適な暮らしが壊されたような気持になった。

 だけれど、掃除機も洗濯機も掃除機も捨ててしまっている。

 もとの生活の快適さを変わらずに維持するためには生命装置を簡単に捨ててしまうことはできなかった。


 とりあえず俺は生命装置を修理に出した。

 だが、生命装置曰く、どこも壊れていないらしい。

 嘘つきめ。


 俺は生命装置が壊れていることを証明するために使いまくった。

 本来の一日あたりの使用回数の上限なんて無視した。

 そうして、やっとある日生命装置は言った。


『新しい命ができました』


 そう、生命装置の本来の役割は俺にそっくりな人間を作り出すことなのだ。

 俺は静かに頷いた。

 ここまでしないとできないなんて、やっぱり欠陥品なんじゃないかという言葉をぶつけてしまいたかったけれど、なぜだかそんな言葉を吐き出すことはできなかった。


 その日以降、生命装置との生活はわくわくするものに変わった。

 自分にそっくりな生命の誕生。

 それは俺の人生をどんな風によりよいものに変えてくれるのだろう。

 俺ははじめて生命装置に感謝をした。

 仕事にも精力的に取り組んだし、新しい生活のプランもいろいろとたてた。


 だけれど、ある日、仕事から帰ると、生命装置は斃れていた。

 冷たい床に横倒しになっていた。


「おい、大丈夫か?」


 と声をかけるが返事はない。

 みると生命装置のまわりには、前にみたのとそっくりな内部組織液の水たまりができていた。


 あわてて修理工場におくると生命装置の中には新しい生命はなくなっていた。


『申し訳ありません』


 生命装置は何度も俺に謝った。

 やっぱり故障していた。

 故障していないのならばそもそもが欠陥品だ。


 俺は生命装置を使わないことにした。

 掃除機も洗濯機も食器洗い機も買い戻した。

 全部自分でやればいい。

 その方がシンプルで快適だ。


 生命装置はただ、なにもしないで部屋にいるだけになった。


 生命装置がすることといえば毎日「ごめんなさい」と謝ることだけだった。


 そうやって、ずっと暮らし続けた。

 恋人と別れたりもした。


 生命装置はただ俺の部屋にいるだけ。

 両親からは新しい生命装置を迎えることを勧められたが断った。


 そんな日々が数えられないくらい繰り返された雪の日、停電が起きた。

 なんでもできると思っていたが、寒さだけは自分ではどうにもできなかった。


 すべてのシステムが止まってしまい、俺が布団にまるまり震えていると、生命装置がそっと布団に入り込んできて俺を抱きしめた。


「あたたかい」


 思わず言葉がこぼれ出る。

 あたたかかった。

 電気毛布よりも、エアコンよりも暖かい生命装置に抱きしめられ俺は静かに眠ったのだった。
























『おやすみなさい』

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生命装置 華川とうふ @hayakawa5

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