もしかして、師走ですか?私です。初めまして、あなたは。

おくとりょう

一人劇

「もしかして、師走ですか?私です。初めまして、あなたは。」

(タイトルコール)


 舞台の真ん中に吊られた白く大きな球体。バランスボールほどの顔があるそれは、タイトルコールにあわせ、隣に立った少年にニッコリ笑う。

少年は逃げ腰になりつつも、ひきつった会釈を返す。


(暗転。少年にだけ照明あてる)


少年、客席に向かって話しかける。

少年

「正直、初対面でこんな態度は申し訳ないと思うけど、無視して逃げ出さなかったことを褒めて欲しい。

だって、さっきまではいつも通りの日常だったんだもの」

吐き捨てるように言い、頭をかきあげる。

少年

「今日は普通に起きて、朝ごはんを食べて、家を出た。そこまではいつも通り」

指折り思い出すように、舞台のツラをうろうろする。


《(照明、彼の歩みに合わせてゆっくり動かす)》

《(白い球の視線も同じくゆっくり動かす)》


少年

「そもそも一体何なんだよ、こいつは。生き物なのか?お化けや妖怪のたぐい?

それにしても、こんな妙な存在は見たことどころか聞いたこともない。強いて言うなら、禁煙タブレットのキャラクターに似ている」


白い球をチラ見しながら、元の立ち位置に戻る少年。


《(ゆっくり照明を広げ、再び舞台全体を照らす)》


白い球

「おや、意外と怖がらないのですね。大抵の人は『お化け』だの、『ハンプティダンプティ』だの騒いで逃げ出すのですけど」

少年

「ハンプチダンプチ?」

白い球

「童話の登場人物です。少女がウサギや時間と追いかけっこをするお話、聴いたことありませんか?」

少年、少し考える仕草をする。

少年

「もしかして、逃げてもよかったの?」

白い球

「いえ、逃げられると私も傷つくのですけど。ハンプティダンプティのごとく、繊細なハートですので」

《(白い球、少年から視線を外し、遠くを見つめる目つき)》

今日はどんより曇り空で、どんなに見つめても分厚い雲しかないはずだけど。


「それでは、あらためまして、私です。初めまして、師走ですよね?」


 やはり何にも分からない。それは連休明けで梅雨が近い、じめじめとやる気のでない5月半ばのことだった。

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もしかして、師走ですか?私です。初めまして、あなたは。 おくとりょう @n8osoeuta

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