第15話 物部日陰編 上

6月のある平日の水曜日、僕と葵さんは部活を休んだ。そしてこれから不登校になった葵さんの友達の家に行く。

事の発端はさかのぼること約1時間、ボードゲーム部の顧問、武藤先生のクラスの不登校生徒「物部日陰ものべひかげ」と葵さんが友達である事が判明。課題とか届けるついでに家まで様子を見に行くという流れとなった。僕はただの付き添い。

物部日陰さんは1年の女子で、葵さんの近所に住んでいるらしい。中学生からの友達で一緒に入学したけど葵さんと僕が付き合い始めたくらいの時期に理由は不明だが不登校になる。はっきり言って、僕なんかが居てもできる事なくない?仮に僕が原因なら話がこじれるだけな気がするけど……

そんな事を思いながらも葵さんが心配な僕はとりあえずついていくのだった。






しばらくして物部家に到着。

外から見た物部家は良くも悪くもよくある普通の住宅で特別貧しいとか裕福とかそういう様子は見当たらない。少なくとも家庭の事情とかは不登校の件とは関係なさそうだ。

呼び鈴を押す。


「はい、物部です」


物部日陰さんの母親が応対してくれた。


「村雨葵です。日陰ちゃんいますか?」


慣れた様子で要件を伝える葵さん。


「あら葵ちゃん!いらっしゃい。そちらの男の子は……もしかして彼氏!?」


「はい。朱神コウ君です」


「前に話してた小学生の時の憧れの男の子?運命の再開ね!」


なんか二人だけで話が進んでいる……僕が話に入る余地はなさそうだ。


「あの~……」


僕が本題を切り出しかけた所で、


「静かにしてほしいっス……私、眠いんスよ……」


気怠そうな声が玄関前の階段上から聞こえてくる。見上げると前髪で両目が隠れた、ホラー映画「リ○グ」に出てくる幽霊みたいな女子が階段を降りてくるのが見えた。

「日陰ちゃん!」


葵さんが幽霊みたいな女子に呼びかける。え?あの人が物部日陰さん?


「葵さんっスか。どうぞどうぞ、上がってくださいッス。お茶も出すッスよ、主に母さんが」


自分ではやらんのかい。

それにしてもなんか、歓迎されてる?不登校って聞いたからもっと拒絶される物かと……


「で、そちらが葵さんの彼氏の……」


「朱神コウです」


とりあえず名乗っておく。


「なんか、チャラい男とかじゃなくて安心したっス。少し頼りない気もするけど葵さんが選んだならたぶん大丈夫っスね……これなら私がいなくても……」


さっきまで普通に喋っていたのに急に暗くなる日陰さん。


「日陰ちゃん……その事なんだけど、また学校に来る気はない?私はやっぱり日陰ちゃんと一緒にいたい」


葵さんがいきなり本題を突きつける。単刀直入にも程があるよ!?


「無理っスよ……私と一緒にいても葵さんの評判が下がるし、何より私自身が葵さんと釣り合わないっスよ」


日陰さんは弱々しく呟いた。

どうやらそれが不登校の原因らしい。恐らく入学後にクラスメイトからそのような事を言われたのだろう。僕にも似た経験があるから想像はつく。(主に高杉とか)


「私が、周りの評判なんかで一緒にいたい相手を選んでいると思ってるの?」


珍しく本気で怒った葵さんを見た。態度はあくまでも冷静だが言葉の端には激しい熱がこもっている。


「……………」


日陰さんは何も言い返せず黙り込んでうつむいている。

気まずい沈黙。


「ひとまず、上がりましょうよ」


日陰さんの母親が僕達を家に迎え入れる。

日陰さんは自分の部屋に戻り、僕達は日陰さんの母親とお茶を飲む事になった。


「ごめんなさいね。日陰はずぶといようで意外と繊細なところがあるから……あの子なりに葵ちゃんの事を考えての発言だったと思うの」


日陰さんの母親、日向(ひなた)さんはそう言いながら戸棚からお茶請けのバタークッキーの缶を取り出し、中身のクッキーを皿に並べる。日陰さんの好物だそうだ。


「気にしてない……って言ったら嘘になりますね。でもさっきは感情的になりすぎました」


葵さんは冷静に自身の言動を顧みる。


「仲直りしてきます」


そう言って葵さんは日陰さんの分の紅茶と皿に乗せたバタークッキーを持って二階に上がった。


「がんばって、葵ちゃん」


日向さんが後ろからエールを贈った。




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