第13話 朱神コウは誰かのヒーローでありたかった 下

その後、遅れて集合場所に着いた僕は武藤先生に事情を説明した。

ボロボロの僕を見て最初は驚いていた先生だが「いつもの事か」みたいな反応をされる。

入学早々、先生から変なイメージを抱かれてしまったようだ。


「朱神、つくづく不良と縁があるなお前は。まあ被害者なわけだししかたないけど学校についたらすぐ保健室で手当てを受けるように……後、おにぎりとお茶サンキューな。」

少し呆れ気味に苦笑しながら武藤先生は僕にそう告げた。


「どうやらユウゴに様子を見るように頼んだのは正解だったみたいだな?朱神コウ」


結果的にだが今回もまた御影さんに助けられたみたいだ。当分御影さんには足を向けて眠れない。


「成り行きとはいえありがとうございます。それにしても、烏丸先輩と随分親しそうですね。もしかして彼氏だったり……」


お礼のついでに暗い気分を無理にごまかす為、冗談めかしてそんな事を言ってみる。


「そうだが、それがどうした?」


照れたりごまかしたりもせず御影さんは堂々と言い切った。


「まあ私とユウゴとの関係はさておき、何かあったのか?朱神コウ。お前は普段そういう冗談を言うタイプではないだろう。他人の恋愛事情を根掘り葉掘り聞いて面白おかしくネタにするようなゲスい人間ではないと私は思っているが」


お見通しか……御影さんにごまかしは効かないみたいだし、話すしかないようだ。


「烏丸先輩に助けられた後、『お前の覚悟は大した物だがそれが危うい。大切な人を守る為なら自分はどうなってもいいという考えは感心できない』というような事を指摘されました……僕は間違っているんでしょうか?」


暗い気分のまま僕は自らの迷いを口に出す。


「ユウゴの言った事は正しい。私もお前の危うさには薄々気付いていた。で、お前は間違っているのか、という話だったな?朱神コウ」


「間違っているとも。お前は村雨葵を守ると言いながら、常に自分の犠牲を前提としている。例えば村雨葵とお前が通り魔に出くわしたとして、その時お前は自分が身代わりになって守ろうとするのだろう?ただの自己満足だ。口では守ると言いながら結果的に村雨葵の心に傷を残すだけのエゴだよ」


僕は何も言い返せなかった。

思えば高杉の事件の後、茜さんは僕達の関係に反対しなくはなったが、認めるとは一言も言わなかった……

恐らく茜さんも僕の間違った覚悟に気付いていたのかもしれない。

葵さんの為のヒーローでありたい僕は結局エゴイストでしかなかった。


「ただ、村雨葵の為のヒーローになりたいのならあながち間違いでもない。誰かを助けるという事は誰かを助けない事。ヒーローなど実際、エゴイストでしかない。村雨葵を助ける代わりに自分自身を助けないというのならヒーローとしては正解だ。自分はどうしたいのかよく考えろ、朱神コウ」


御影さんがそう言った直後、武藤先生が僕達を呼びに来た。車の準備ができたので学校に戻るようだ。

重い気分のまま僕は車に乗り込む。

学校に戻る車内は賑やかだったが僕だけはそこに混ざる気になれず目に映る物、聞こえる音の全てがどこか他人事のように感じた。

後日、



あの出来事の後、いつも通りのなんの変哲もない日常が戻った。

武藤先生が予約して買った新作のボードゲームを部員のメンバーと遊び大いに盛り上がったが、御影さんに言われたことが心にこびりつき離れないでいる……


『ヒーローなど実際、エゴイストでしかない。村雨葵を助ける代わりに自分自身を助けないというのならヒーローとしては正解だ。自分はどうしたいのかよく考えろ、朱神コウ』


その答えを未だ探している。早々に見つけられるものでのはわかってはいる。

もしかしたら見つけられないかもしれない……

僕は僕に問いかける。


「朱神コウはなにでありたい?」


「ヒーローでありたいとか」


かえって来る筈のない問いに答える声に顔を上げると、そこはあの出来事があった日に行ったアナログボードゲーム専門店『舞台裏』の1室だろうか?目の前には店長の『賽目さいのめ マト』……マトさんが座っていて、テーブルには見たことがないボードゲームと暖かい飲み物が置かれていた。

「武藤から聞いたよ、大変だったんだね……」



「僕はやるべきことをやっただけに過ぎません……自分の行動に後悔なんて…………」


するとマトさんの目が一瞬だけど赤く光ったように見えた。


「君は彼女を守る為に自己犠牲の行動をとって彼女を守る筈が逆に彼女の心を傷付ける結果となってしまった……そうだろ?朱神君」


「…………」


続けてマトさんが、


「そして、彼女のヒーローでありたい思いがエゴイストであると現実を突き付けられ……自身もそれを理解しているが……本当の自分はどうでありたいか迷走していると言ったところかな。」


僕はたまらずマトさんに問いかけた。


「僕は葵さんにとってどうであるべきでしょうか……自身で見つけなきゃならない答えなのはわかっているんです……」


マトさんの赤い瞳が僕を映すと、


「君はとっくに答えを見つけているじゃないか……『ヒーローでありたい』それで良いんだよ」


「ヒーロー…………」


「君が彼女のヒーローでありたいと願った、その選択によって良くも悪くも彼女の運命を大きく変えた……これは紛れもない事実だ。自らを犠牲にしてまで救いたい、守りたい、掛け替えのない存在がいる………彼女は君という存在に出会っていなければ彼女もまた別の運命を歩んでいただろう……ただこれだけは言える……彼女にとってのヒーローは君だけだ」


「そして、ヒーローは1人ではなれない。沢山の仲間に支えられながらヒーローとして成長していく……君は1人ではないよ朱神君。時として[生きる]選択も必要だ……君が犠牲になって悲しむ人は彼女だけじゃない大勢いることを忘れないでほしい」


『生きる』選択……僕は葵さんのためならこの身を犠牲にしても守ると決めていたが……マトさんの言葉でようやく目が覚めようだ……


「マトさん、ありがとうございます。……行かなきゃ……」


僕はマトさんの店を飛び出し、彼女のもとへ向かった。


僕は彼女のヒーローでありたい。それは自己犠牲からのものではない。もちろん葵さんを守れるように努力はするけどそれが自己犠牲となってはいけない。そんな物はただのエゴだ。


「彼女を守る為に生きる1人の人間として」


この日僕は改めて実感した。

『自分の命は自分1人だけのものじゃない』と。



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