第12話 朱神コウは誰かのヒーローでありたかった 上
僕と葵さんがボードゲーム部に入った翌日、つまり土曜日。
今日はボードゲーム部にとって重要な活動の日となった。
新しいボードゲームを見繕う為に顧問の先生同伴で町に出るという文化部には珍しい課外活動の日だ。
聞けばボードゲーム部の顧問の武藤先生はもともとボードゲームが好きで、本当は先生だけで新しいゲームを選んでいたのだけど、いつからか部員を引き連れた課外活動となったのだとか。なんとゆるい部活だろうか……
いや、非難してるわけではないよ。むしろラッキーくらいの気持ちだ。
しかも自費にはなるけど昼食や飲み物を買う程度の自由行動時間まである。
武藤先生バンザイ、ボードゲーム部バンザイ。
そして、訪れた先が武藤先生の友人が経営しているアナログボードゲーム専門店『舞台裏』
先生の話によれば高校卒業して直ぐに海外へ飛び有名大学を主席で卒業してから世界各国を旅しボードゲームの製作に携わり、ちょうど5年前に日本へ戻り自分の店を開いたという
カランカラン……店の扉を開くと共に乾いたベルが鳴り響く。
店内に入るとレトロな雰囲気で、棚には数々のボードゲームが陳列され、初めて見る光景に圧倒され思わず開いた口がふさがらずにいた。
すると奥から1人の男性が僕達を向かえた。
「いらっしゃい、おや?今日は生徒さんも一緒のようだね。初めまして生徒さん…私はここの店主の『
「ところで予約した物はきているか?」
「そんなに急かさなくても直ぐに準備するから生徒さん達も見て回ると良いよ、何か購入したいボードゲームがあったら友人割で安くしておくから。」
爽やかな笑顔の青年にしか見えないマトさん。
あの若い見た目で武藤先生と同級生だったとは思えない。
マトさんが商品を準備している間、僕達は店内にある無数に並ぶボードゲームを眺めていた。
正直言ってアナログボードゲームなんて、トランプかUNOそのぐらいしか知識はなかったが……
見たことも聞いたこともない言語で書かれた物が多く、しかも、ざっと見ただけで約100種類なんて優に越えるであろうゲームの数々……大きいものから小さいものまで……
圧倒されてしまいそうになり酔ってしまいそうだ。
そこへ葵さんが駆け寄ると武藤先生からお昼に食べる物のお使いを僕と葵さんで行ってきてほしいと頼まれたらしい
話しだけ聞けば明らかに先生のパシりに使われているだけに思えるが、
「3千円渡しておくからそれで好きな物買えってさ、御釣りが出れば先生に、合計額越えるようであれば足りない分実費だって。」
葵さんがそう伝えて最初に思ったことは、武藤先生……あなたが顧問で良かったよ。
僕と葵さんはとりあえず近くのコンビニに向かった。
自由時間と言ってもあくまでも昼食を買う程度。
とりあえず武藤先生の好みは聞いてなかったけど…とりあえずおにぎりと500mlのお茶。
葵さんはレタスとハムのサンドイッチと紙パックのレモンティー、僕は棚に並んでいる菓子パンを適当に一つとペットボトルのアイスコーヒーを買ってコンビニを出た。
間が悪い事にコンビニの前にはいかにもなステレオタイプの不良達がたむろしていた。
僕達がコンビニに入った時にはいなかったからついさっき来たのだろう。
僕と葵さんはなるべく足早にその場を離れようとしたが、
「ねぇねぇそこの君、かわいいねぇ。俺らと遊ばない?ギャハハハ」
不良どもが下品な笑い声をあげながら葵さんに近付く。
葵さんは僕の背中に隠れて縮こまる。
最近立ち直ってきたように見えたが高杉の事件の際、トラウマを刺激された葵さんの心の傷はまだ癒えていない。
僕が守らなくては……僕は葵さんにとってのヒーローになると誓ったのだから。
「葵さんに何か用ですか?」
僕は葵さんから不良どもを引き離すべく前に出る。
「男に用はねぇよ……失せな」
不良どものリーダー格らしい奴が凄むがこいつらに葵さんがどうこうされる事に比べたらそんなの全然怖くない。
「こいつ!!知ってるぞ。朱神コウだ!こいつのせいで高杉のアニキはパクられたんだ!!」
不良の一人が僕を指差し騒ぐ……どうやら僕、以外と有名人らしい。どうでもいい感想が頭の中を駆け抜けていった。
「そうか……てめぇが。俺達は高杉のアニキには恩があってな。色々といい思いもさせてもらったし、アニキと一緒だと女には困らなかったから楽しかったしな。だからてめぇにはアニキにかわって礼を言わないとな!!」
不良のリーダー格が唐突に僕の腹を殴る。僕は思わず膝を付いた。
コンビニのレジ袋がアスファルトに落ち、中身が散らばる。
朝食のトーストとか野菜スープとかその他諸々を吐きそうになったがこらえて顔を上げ、不良どもを睨みつけてやった。
「気に入らねえ目だ!!」
不良どもが僕を取り囲む。とりあえず奴らの注意は葵さんから僕に向いたようだ。
それでいい……無力で非力な僕にできる事は葵さんが逃げられるように不良どもの注意を引くだけ。
ならば時間を稼ぐ……葵さんがこの場を離れるまで何度でも立ち上がろう。
その覚悟はできていたが、葵さんの行動までは予測できなかった。
「コウ君にひどい事しないで……」
震えながら弱々しい声で不良どもに懇願する葵さん。
「駄目だよ!葵さん逃げて」
僕はそう言ったが葵さんは逃げない。きっと怖くてたまらないはずなのに僕を庇おうとしている。
僕なんか置いて逃げればいいのに、葵さんは頑なにそれを拒んだ。
「遅いと思ったらまだこんな所にいたのか……やれやれ、なんかめんどくさい事になってるし……」
無気力気味な声に振り向くと、そこには僕と同じ学校の制服を着た一人の男子生徒がいた。
細身で整った顔立ちだが目の下にクマがあり、やや不健康そうに見える。
無気力気味な割に明らかにただ者ではないオーラを放っていた。
絶対に敵にまわしてはいけない雰囲気。御影さんの纏う圧に近いあの感覚だ。
「誰だテメェ!!」
取り巻きの不良が凄む。
「烏丸ユウゴ。こいつと同じ部活の先輩だよ」
「!?」
不良どもが怯む。烏丸ユウゴ先輩、僕らの学校ではその名前を知らない者はいない。
本人は多くを語らないし誇る事もないのだが、規格外の逸話を多数持つ超ハイスペックな人だ。
ボードゲーム部でありながら時々運動部の助っ人として試合に出たり柔道、空手、ボクシングなどの格闘技系の部活にも参加してそれらを身につけたり過去に不良グループ十数人を一人で制圧したりと、あまりにも超人すぎて比較対象が存在しないくらいだ。
その名前と活躍は他校でも語り継がれているらしい。
「烏丸ユウゴ……ダチから話を聞いた事はあったが、まさかこんなヒョロい奴だったとはな。てっきり筋肉ダルマみたいなのを想像してたが案外弱そうだな!!」
不良のリーダー格が唐突に殴りかかる。
烏丸先輩はそれを体重移動による軽やかなステップで右にかわし、殴りかかった不良の右腕を引っ張り体勢を崩した上で、自分のもとに倒れ込んだところをなめらかな動作で腹に膝蹴りを叩き込んだ。
不良のリーダー格がアスファルトにうずくまり倒れ込む。
回避からカウンター攻撃まで無駄のない一連の動作から見ても実力の差は明白だった。
「まだ続けるか?」
烏丸先輩が静かに圧をかける。
リーダー格が瞬殺されて青ざめた表情の不良どもが無言で首を横に振った。
「次うちの後輩に手を出したらこんなモンじゃすまないからな……」
烏丸先輩に連れられて僕と葵さんは散らばったパンとか飲み物のボトルとかを拾い集めその場を後にする。その道中、
「朱神、お前……危なっかしいよ」
烏丸先輩が唐突にそう言った。
「自分の彼女を守りたいと思うのは自然な事。それを実行できるのも大したモンだ。けど、お前のその覚悟が危うい。大切な相手を守る為なら自分はどうなってもいいってのは感心できない、俺からはそれだけだ」
烏丸先輩の言葉は僕の心に重くのしかかった。
葵さんの為のヒーローになりたいという僕の願いは間違っていたのだろうか?
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