第6話 高杉唯我編 上

僕と村雨さんが付き合い始めた一件から数日後、


「しっかし、朱神にそんな過去があったとはな……」


休み時間に、ボウズ頭の典型的野球部員男子な外見のクラスメイト、真白球児ましろきゅうじがそう呟く。

あれから僕は自分の過去のトラウマについてクラス全員に打ち明けた。それ以来はみんな僕と村雨さんの関係を祝福してくれた。

今まで気付かなかったけどみんないい人だった。僕は今まで見ないようにしていたからそんな事にも気付けなかったんだ。


「それにしてもあんなに可愛い女子から入学初日に告白されるとかリア充爆発しろ!このラノベ主人公!!その恋愛運俺にも分けろよコノヤロー!!」


真白球児が半分ふざけてもう半分は本音混じりで茶化してきた。


「主人公って言うな!!!」


全力のツッコミを返す。そういうふざけた会話をしていた時の事だった。

突然、クラスの女子達がどよめく。

僕が振り向くと、一人の男子生徒がこのクラスに訪ねてきたところだった。


「高杉先輩だわ……」


一人の女子がその名前を口にした。

高杉唯我先輩、2年でスクールカーストの上位者、生粋の陽キャである。

交友関係(特に女子)が広くモテるらしいがそれを鼻にかけた言動が多く、噂では地元の不良グループとつるんでいるなど、あまり良い評判は聞かない。

僕の「蒼春学園要注意人物リスト」にもかなり上の方に名前が記録されている。(なんでそんなリスト作ってるかって?自己防衛と危機回避用……)

そんな彼がこのクラスにいったいなんの用だろうか?

高杉先輩がこちらに近付いてきた。完全に僕をロックオンしている……またもや修羅場かも。


「村雨葵の彼氏、朱神コウってお前?ふ~ん……」


高杉先輩が僕を品定めするように見ている。そして僕を嘲るようにこう言った。


「はっきり言ってモブだね。名前負けもいいとこだ。だろ?主人公クン」


僕は何も言い返せなかった。確かに不愉快ではあったがスクールカースト上位の先輩に歯向かうような勇気は僕にはない。


「部外者がこのクラスになんの用ですか?」


ちょうど教室に戻ってきたばかりの村雨さんが冷たい声でそう言った。高杉先輩への敵意を隠そうともしない不機嫌な村雨さん。高杉先輩が僕に言ったセリフをしっかり聞いてたらしい。


「用事?ああ、そうだった。村雨さぁ、こんな陰キャなんかよりも俺と付き合わない?」


やけに鼻につく気取った態度で村雨さんに言い寄る高杉。

できる事なら今すぐ高杉を殴りたかった。でも僕にはできない……

また昔の二の舞いになる未来が容易に想像できてしまった。僕は臆病者だ……

そんな事を考えていた時の事だった。乾いた音が教室に響く。

一瞬、何が起こったかわからなかった。やがて意識が現実に追いつき、理解した。

どうやら村雨さんが高杉を平手打ちしたようだ。


「さっきから聞いていれば陰キャだの陽キャだの……そういう学生の間しか通用しない狭い価値観でしか人を判別できないんですか?」


村雨さんが心底軽蔑した表情で高杉にそう言った。


「なっ……!?」


あまりの出来事に高杉も唖然としている。もちろん僕もだが。でも完全に論破されてうろたえる高杉の様子は少し面白くはあったけど。


「あなたが人からどう見られるか、という事ばかり気にしている中身のない薄っぺらい人間なのはよくわかりました。あなたはコウ君の足元にも及びません」


続けて村雨さんははっきりと拒絶の意思を告げる。だがその一言で高杉は逆上した。図星だったようだ。


「テメェ……!!」


高杉が村雨さんに掴みかかろうとする。僕はすかさず止めようとしたが、それよりも速く廊下を疾走する人影が一つ。


「私の妹に何をする!!」


村雨さんによく似た長い銀髪でポニーテールの女子生徒が猛然とダッシュして間合いを詰め、高杉の眉間めがけて跳び膝蹴りを叩き込む。鈍い音と共に高杉の額に直撃する銀髪ポニーテール女子の膝。ムエタイ王者を思わせる強烈な一撃。


「姉さん……」


村雨さんがそう呟く。

彼女は生徒会長にして村雨さんの姉、村雨茜さんだ。

普段は明るくて人当たりも良いそうだが、とてもそうは見えない。なんというか、バーサーカー化しているような……


「姉さんシスコンだから……それに格闘技とか色々習ってるからそこら辺の体育会系男子とか不良より強い」


村雨さんは呆れながら説明した。


「姉さん落ち着いて。過剰防衛だよ」


村雨さんが冷静に茜さんをなだめる。

高杉は眉間に受けた膝蹴りのダメージですでにのびていた。


「君が葵の彼氏、朱神君か……」


茜さんはそう言って僕を見た。別に僕を高杉みたいにどうこうするつもりはないみたいだが、その目には敵意が宿っている。


「葵には悪いけど、私は君を葵の恋人とは認めない!」


茜さんは僕に対し、一方的にそう告げた。


「もちろん君のトラウマについては聞いている。高杉に言い返せなかったのも無理はない……でも私が許せないのはそこじゃない」


「君は高杉が葵に言い寄った時、何故黙っていた?答えは簡単、君が臆病者だからだ」


茜さんが言った事はまさにその通りで正論だった。返す言葉もない。


「……」


茜さんは何も反論できない僕に背を向けて教室から去っていった。


「姉さんは勝手すぎるよ……」


小さく呟く村雨さん。高杉の一件は僕の心にも後味の悪い物を残した。

その後、高杉は保健室に運ばれた。あれだけの事があれば流石に懲りただろう。そう思いたい。


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