第2章 ちょっと早すぎるかもよ「併走配信」!

第4話 この後、ばにらのゲーム配信は18時から!

 2階中ほどの6人掛けの席に私たちは移動した。

 壁に接したテーブル。すず先輩とずんだ先輩が壁側に、ぽめら先輩がすず先輩の隣に座る。必然、通路側に私とうみが座った。

 分かりやすい宴会の席順だ。


 問題があるとすれば――。


「ねぇ、なんで真ん中を空けるの?」


「え、いや。通路側の方がいろいろ動きやすいかな、と」


「まるで私たちが仲が悪いみたいじゃない。やめてよ」


(どうしろっていうんですか……)


 私とずんだ先輩が横並びということ。


 親友のすず先輩とぽめら先輩が隣り合うのは分かる。

 騒がしいのが苦手っぽいずんだ先輩が壁側に座ったのも分かる。

 だが、うみ――お前がしれっとぽめら先輩の隣に座ったのは分からない。


 こんな裏切りないバニじゃん。


 さきほどの「百合営業」の件もあり気まずくて椅子を一つ空けたらこの状況。

 距離を置いた私を、心底不愉快そうにずんだ先輩がにらんできた。


 すげえ「圧」バニ。

 これ、もしかして配信中だったりするバニ?

 今回はドッキリ企画バニか?


「ちょっと、ずんだ。ばにらが困ってるでしょ」


「ぽめら先輩!!!!」


「気にしなくていいよ、ばにら。そこは荷物置きにすればいいから」


 助けてくれたのはDStarsメンバー最年長。

 人生経験豊富で苦労人。元個人勢VTuber。にじみ出る圧倒的な母性(既婚&子供あり)でグループのママと言われている、ぽめら先輩だった。


 彼女の母力ははぢからにはずんだ先輩も逆らえない。

 反抗期の娘のように彼女はぷいと顔を背けた。


「というか、ぽめら先輩はどうしてここに?」


「ずんだとすずが事務所に来てたからね。せっかくだしゲームチームでミーティングしようかって話になったのよ」


 ぽめら先輩の言う「ゲームチーム」とは、「ゲームの公式大会への参加」を目的にDStars所属のVTuberで編成されたチームのこと。


 リーダーに「1期生」の「生駒すず」。

 メンバーに「特待生」の「秋田ぽめら」「青葉ずんだ」「津軽りんご」。

 すず先輩がつき合いのある「ゲームが得意」な個人勢VTuberを、ヘッドハンティングして結成されたドリームチームだ。


 メンバー3人が揃って「特待生」なのもそのため。

 DStarsからデビューしていないため「○期生」という呼び方ができず、便宜的に「特待生」と呼んでいるのだ。


 まぁ、名前負けしない実力を持っているんだけど。

 ちなみに「津軽りんご」先輩は、声帯結節の治療のため現在休業中。

 最近、ちょっとチームで活動できてなかったりする。


 なのに会議とはいったい――?


 首をひねる私に、ぺかーと笑顔を向けたのは、年下の先輩こと「生駒すず」だ。


「実はねばにらちゃん! りんごの休業が明けるまで、代わりにゲームチームに入ってくれる代打メンバーを決めようと思ってるんだ!」


「へぇ、なるほど」


「生駒としてはやっぱりゲームが上手な人がいいいんだけれど――そうだ、せっかくだし、ばにらちゃんはどうかな⁉」


「はい⁉」


 突然のオファーにたまげて私は肩を竦めた。


「却下」


「ばにらはダメでしょ。うちのトップで配信忙しいし」


 私があれこれ言う間もなく、ずんだ先輩たちからツッコミが飛ぶ。

 はたして「川崎ばにら」のゲームチーム入りは却下され、リーダーのすず先輩は「そんなぁ」と力なく肩を落とした。


「えー、良い案だと思ったんだけれどなぁ。ばにらちゃんはゲーム配信上手だから、ゲームチームに来れば絶対にシナジーあるよ」


「……確かに、配信は上手よね」


「ばにらは結構ゲームはゴリ押しだからなぁ」


 ひどい。

 なんでいきなりディスられてるの。


 事実だけれど。


「……というか、3人でも活動はできるよね?」


「やれることをやってから言おうよ、すず?」


「……あい、とぅいまてぇん」


「「絶対反省してない」」


「そんなぁ! 生駒だって、一生懸命考えてるんだよ!」


「「本当に?」」


「うみー! 助けてー! チームメンバーが辛辣だよー!」


 うみに抱きつくすず先輩。

 一番年下で、一番先輩で、一番配信を頑張ってるのに、どこか抜けてる。

 そんな所がなんとも愛くるしい。


 相変わらず良いキャラしてるなぁ。


(DStarsに入った当初は、私、すず先輩に憧れてたっけ)


 その時、店員さんがテーブルにやってきた。

 手には先輩たちが頼んだメニュー。彼はテキパキと注文された料理と飲み物を、注文した当人たちの前に置いていく。


 抹茶ラテとスイートポテトがすず先輩の前に。

 ぽめら先輩の前にはアップルパイとホットティー。

 そして、私の後ろを通って――ずんだ先輩の前にグリーンスムージーが置かれた。


 すぐに先輩たちが手を合わせる。

 そんな彼女たちを眺めて、私はレモンミントのお冷やで口を湿らせた。


「けどさ、実際の所3人は具合が悪いんだよね。パーティーゲームは、基本4人プレイだし。CPUを混ぜるのも違うじゃん」


「……りんごの復帰を待てばいいじゃない」


「いやいや、りんごも気にしちゃうでしょ」


「そうだね。確かにすずの話も一理あるかも」


「……そうかしら? 勝手に代打を立てる方が気にするんじゃない?」


「ゲームチームがゲームせんわけにはいかんやんけ!」


「それよね。ただでさえウチたち、公式大会で結果を出せてないし」


「…………」


「もちろん、りんごには悪いと思うよ! けど、やっぱり仕事なわけじゃん! だから、りんごの代打を生駒も必死になって考えてるんだよ!」


「…………りんごの代わりなんて、いるわけないじゃない!」


 そう言って、ずんだ先輩がグリーンスムージーを勢いよく呷る。

 すず先輩とぽめら先輩が思わず食事の手を止めた。


 ずんだ先輩が怒ったのは他でもない。

 りんご先輩が彼女の親友だからだ。

 個人勢時代からふたりにはとても強固な絆がある。

 だから、すず先輩から出た代打の話を素直に受け入れられないのだろう。


 ずんだ先輩は一息にスムージーを飲み干すと、プラスチックのカップをテーブルに叩きつけた。ゴンと鈍い打撃音が洋菓子店の2階に響き渡る。


「それで、話はこれでおしまい? なら、帰っていいかな?」


 身体の芯まで震えるような冷たい台詞。


「私、18時から配信予定なの」


 口の端についたグリーンスムージーをナプキンで拭きながら、ずんだ先輩はゲームチームのメンバーをにらんでそう言った。


 確かにそう言った。


「そんな! せっかく集まったんだから、もっとお話ししようよ!」


「ゲームチームはりんごが休止中だから活動できない。結論は出た。すずとぽめらは積もる話もあるだろうけど――私にはないから」


「ちょっと、ずんだ!」


「ずんだぁ、そんな悲しいこと言うなよぉ」


「それじゃ失礼するわね――」


 ナプキンを折りたたみ、プラスチックのカップの前に置くずんだ先輩。

 黒髪をあわただしく揺らして彼女はその場に立ち上がった。


「待ってください!!」


 そして、私も立ち上がった。

 思わずテーブルを叩いて。


 天板が私の台パンで激しくゆれる。

 グリーンスムージーのカップが倒れ、向かいに座るすず先輩たちのお皿が跳ねた。


 ずんだ先輩が「突然何を言い出すんだこいつ」という顔をこちらに向ける。

 冷たい「氷の女王」の眼差しを正面から受けて――。


「ずんだ先輩、今さっきなんて言いました?」


「なにって? 私はこれで失礼するから――」


「その前です!」


「……その前?」


「18時から配信があるって言いましたよね?」


「言ったけれど、それが何?」


「今、何時ですか?」


「……17時31分ね」


「どうしましょう、ずんだ先輩」


「……なにがよ?」


「……私も、今日の配信18時からなんです!」


「「「「はぁ⁉」」」」


 私は今日のスケジュールを唐突に思い出した。


 社長の「百合営業」辞令に驚いて完全に忘れていたが、本日18時から川崎ばにらは配信予定が入っていた。しかも、既にTwitterで告知済みだ。


 電車じゃ間に合わない。タクシーでも無理だ。

 金盾凸待ち失敗から二日と経たずにまたやらかすの。

 配信遅刻は凸待ち失敗よりも言いわけがきかないよ。


 どうすればいいのこんなの!


 あ、やばい、涙出そう!

 どうして不幸ってこう続くのかな!


 完全に私のポカだけれど!


「どうしましょうずんだ先輩!」


「……どうしましょうって! アンタねぇ!」


「いきなり社長から『百合営業しろ!』って言われたら、気も動転しますよ!」


「バカッ! なんでみんなの前で言うのよ!」


「だってぇ!」


 再び訪れたピンチに頭が真っ白になる。


 あぁ、これはもう無理だ。


 全てをあきらめたその時、白目を剥いて倒れる私の腕を力強い手が引いた。

 次いで、とんでもなく重たいため息が耳に届く。


 腕を握っていたのはずんだ先輩。


「あぁ、もう! しょうがないわね!」


「ずんだ先輩?」


「すぐに荷物を持って!」


「持ってどうするんです?」


「いいから黙ってついてきなさい! 配信に穴を空けたくないんでしょ!」


 言われるまま私は椅子に置いた自分の手提げ鞄を手に取った。

 ついでに、その隣のずんだ先輩のバッグも。


◇ ◇ ◇ ◇


 喫茶店から歩いて15分ほど。

 事務所から10分ほどの位置にそのマンションはあった。


 5階建ての各階2部屋。

 コンクリート打ちっぱなしの壁面に10平米ほどの苔むした庭が中央にある。通りに面した壁には窓はなく、庭に向かって掃き出し窓とベランダがあるだけ。

 なんとも奇抜なデザイナーマンション。


 そこの3階。302号室の前。

 表札に名前が書かれていない扉をずんだ先輩が引く。


「すぐ事務所に連絡してアンタの配信用データを、私宛に送るように言って。その間に、PCの最低限のセットアップをしておくから」


「あ、あの! ちょっと待ってください!」


「待ってる時間なんない! あと15分! 急いで!」


「ひゃ、ひゃい!」


 玄関に入るや、靴も脱がずに私は事務所に電話をかける。

 スタッフさんに事情を説明し、すぐに配信用データを送る手はずは整った。


 ただ、なぜ「ずんだ先輩」宛てなのかは怪しまれたが。

 私も分かんないから、笑って誤魔化すしかなかった。


「ちょっと! なに、ぼさっとしてるの! 早くこっち来なさい!」


「え? ど、どこですか、ずんだ先輩!」


「こっちよ! こっち!」


 暗くて長い廊下には五つの扉。

 タイル張りになった玄関の先には、外壁と同じコンクリート打ちっぱなしの壁と学校や病院のような光沢がかった廊下が続いている。

 なんだかゲームの世界に迷い込んだ気分だ。


 そんな私を、扉から出たずんだ先輩の手が招く。


 玄関から三番目の扉だ。


 今更「失礼します!」と言って靴を脱ぐと、いつの間にか置いてあったスリッパを履いてそこへと向かう。しっかりワックスがかかった床は油断すると転びそう。

 なんとかこけずに部屋にたどり着くと――そこは廊下からは考えられないほど、鮮やかな光で彩られていた。


 虹色に発光するゲーミングPC。

 艶やかに輝くPUレザーのゲーミングチェア。

 昇降機能つきのデスクに曲面のウルトラワイドモニタ。

 サイドテーブルにはノートパソコンが置かれている。


 フレキシブルアームに取りつけられたマイクは、同期のしのぎが「配信するならこのマイク!」と太鼓判を押した高性能な一品。

 さらに、私が愛用しているBoseの有線ヘッドホン。


 間違いない。

 ここは配信部屋。


 けれど、なによりすごいのは――。


「すごい! ずんだ先輩、これって!」


「そう、うちの配信部屋。驚くようなことなんてある。どこもこんなものでしょ」


「どうして同じ構成の配信設備が二つもあるんです⁉」


「…………そっちか」


 扉から正面に一つ。

 さらに、扉から入ってすぐ左手にもう一つ。

 二つの配信設備がこの部屋にはあった。


「簡単な話よ。急に配信設備が壊れて配信できなくなったら困るでしょ。だから、予備の配信設備をまるっと一式揃えたの」


「すごいです! 全然こんなの思いつかなかった! 壊れたらどうしようって、いつも思ってたのに――そっか、二つ揃えればよかったんだ!」


「驚きすぎよ」


「あと、ハブが見当たらないってことは、もしかして回線も二つ引き込んでます?」


「当たり前でしょ。回線の不調が一番怖いのよ。フレッツ光とau光を引き込んであるわ。わざわざオーナーに引き込みの許可まで取ったんだから」


「そこまでしますか! うわぁ、ちょっと引きます!」


「……アンタね、自分がどういう立場か分かってるの?」


 しまった。


 ずんだ先輩の配信部屋があまりにクオリティが高くて思わず限界化しちゃった。

 けど、こんな配信者のよくばりハッピーセットを見せられたら、テンションがどうにかならない方がVTuberとしてはおかしいよ。


 そして、ようやく私は気がついた――。


「ずんだ先輩! もしかして!」


「そういうこと。私の配信設備を貸してあげるからここで配信しなさい。さっき事務所から届いた配信用データも設定してあげたから――」


「ここってずんだ先輩の家だったんですね!」


 ずんだ先輩の部屋に来ちゃった。

 DStarsの「氷の女王」で、一部のメンバーを除いて心を閉ざしていて、私生活がミステリアスで、でもでもとんでもなく配信者として尊敬している。

 憧れのずんだ先輩の部屋に――今、私はいるんだ。


 いいんだろうか!

 こんな幸せなことがあって!


 その時――ずんだ先輩が何もないのにずっこけた。


 どうして?


「だから! アンタはなんでそうちょいちょい発想がおかしいのよ! 驚く所はそこじゃないでしょ!」


「……驚く所、他にありましたっけ?」


「あぁもういいわよ! それよりほら、18時まであと5分! 私も準備しなくちゃだから! 早くスタンバイして!」


「は、はい! そうでしたね!」


 よかった、ずんだ先輩のおかげでなんとか今日の配信は間に合いそうだ。

 金盾配信といい今日といいお世話になりっぱなしだよ。

 神様、仏様、ずんださまだ。


 これはなんとしてでも「百合営業」の件はお断りしなくっちゃ。

 これ以上の迷惑をずんだ先輩にかけることなんてできない。

 私は固く決意した。


 そして、また気がついた――。


「……ずんだ先輩」


「今度はなに! まさか怖じ気づいたんじゃないでしょうね! 配信環境が変わったから配信できないなんて、寝ぼけたこと言わせないわよ!」


「いえ、その、そうじゃなくてですね」


「はっきり言いなさいよ! オドオドオドと! アンタ、うちの看板VTuberでしょ! 日本一のVTuberなんでしょ!」


「けど、配信するものがなかったら、何もできませんよね……?」


「……ぁ」


 小さな小さな私の手提げ鞄。

 その中には最低限のものしか入ってない。

 白色の長財布。社会人時代に使っていた化粧道具。打ち合わせでメモを取るためのノート。スケジュールが書き込まれた手帳。そしてスマホ。


 ゲーム機なんて入っていない。


「今日の配信で使うゲーム機、持ってきてないバニ」


「くそがぁっ!!!!!!」


 私の代わりにずんだ先輩が髪を掻きむしって吼える。

 綺麗な黒髪がまるで綿飴のように膨らんだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 強引に押しかけられるのも・連れ込まれるのもいいよね! 先輩・後輩のこの微妙なやり取りに期待していただけたなら、どうか評価お願いいたします。m(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る