第3話 せやかて、ばにら。お前本当はやりたいんとちゃうんか……?

「ずんだ先輩! 社長直々の命令なんですよ⁉」


「断る!」


「私だってやりたくないですけど! そこはお仕事じゃないですか!」


「拒否する!」


「そこまで拒否されると私も傷つきます!」


「ことわる!!!!」


「追い打ちやめてもろて!!」


 ずんだ先輩は社長から言われた「百合営業」を頑なに拒否した。

 同じ意見の私が心配になるくらい、毅然と「NO」と言い切った。


 どんな胆力してんだこの人。

 私たち目の前の人に雇われてるんですけど。


「いったん落ち着きましょう!」


「アンタと一緒に配信なんて、あり得ない、したくない、考えたくもない」


「そんなはっきりいわなくてもいいバニですじゃん!」


「そういうことですので。社長、この話はなかったことに」


 組んでいた手を解くとずんだ先輩は社長に背中を向ける。

 濡れ羽色の艶やかな髪がふわりと舞う。その美しさに見とれているうちに、彼女は社長室から出て行ってしまった。


 どうしたらいいんだろう。


「やっぱり百合営業はなしってことじゃ、ダメですかね?」


「ダメです?」


「ですよね~」


 ワンチャン、なしにならないかと社長に尋ねたがダメだった。

 ただし、流石の社長もずんだ先輩の強引な退室に表情が曇っている。


 眉間を押さえて社長がため息を吐く。

 そこに愛想笑いを私が重ねる。

 液晶モニタには先輩と入れ替わりに彼女のアバターが登場していた。


 もしも中身とガワが逆だったら「まかせてください」で終わっていたのかな。


 いや、そんなことはないか。

 ガワでも「やりたくないこと」は「やりたくない」と言うもんな。(白目)


「参ったな。今回の一件を機に、彼女の気が変わってくれると思ったんだが」


「……変わってくれるって?」


「ばにらくんも知っているだろう? ずんだくんがコラボを避けていること」


「コラボNGって、会社の指示じゃなかったんですね?」


「しないよそんなこと。むしろ積極的に絡んで欲しいと願っているくらいです」


 そりゃそうか。

 なんのためのグループだって話だものね。


「さっき言ったように、ずんだくんは入社前にわざわざ念押しするくらいコラボに対して否定的です。自分から誰かをチャンネルに招いたり、誰かのチャンネルに招かれたりするのに慎重なんですよ。彼女は人に対して『壁』を作っている」


 社長が壁の液晶ディスプレイを見上げる。

 画面の中ではしゃぐずんだ先輩に「壁」は感じられない。


 けれども事実として、彼女はコラボを避けている。

 画面の外では明確にメンバーたちに「壁」を作っている。


「ばにらくんの配信で、彼女はその『壁』を破ったと感じました。裏でゆきさんが動いていたのも聞いていますがそれはきっかけにすぎない。彼女は『自分の意思で』君とのコラボを選択した」


 それがどういう意味か分かるかい――とでも言いたげに、社長が私を見る。


 答えられずに、私はまた顔を伏せた。


「アイドルグループ『DStars』はこれからもっと大きくなる。来年の春には、4期生を迎える方向で話を進めています。VTuber界隈は今、最も若者に注目されているエンタメです。この勢いはこれからも続く」


「……ビジネスの話をされても困りますよ。私は、ただの配信者ですから」


「そんな中で、うちのトップがコラボに消極的なのはとても困る。ずんだくんもですし、ばにらくんもです。会社が君たちに求める『トップVTuber』のイメージは、そんな風に『小さく自分の殻に閉じこもったもの』なんかじゃありません」


 それだけ言うと、「百合営業」について保留したまま社長が話を切り上げた。

 椅子から立ち上がり、手ずから社長室の扉を開けた彼は、社長室から出ようとする私に「よく考えてください」と念を押した。

 まるで私こそが「ずんだ先輩のコラボNGを解く鍵だ」とでも言わんばかりに。


 よく考えようとは思う。

 私はこの会社に雇われている身なのだから。

 けれど、たぶん結論は変わらない。


 だって、「百合営業」なんて虚しいだけだから――。


◇ ◇ ◇ ◇


 会社から徒歩10分ほど。

 駅前から続く大通りにある洋菓子店。

 事務所職員とDStarsメンバー行きつけのお店だ。


 2階が広々としたイートインスペースになっており、席を自由にひっつけて2人から10人まで座ることができる。

 パスタなどの軽食もあるため、もっぱら喫茶店代わりに私たちは使っている。


 そんなお店の2階で、私は同期と待ち合わせをしていた。


 大通りを見下ろせる一番奥の席。

 そこに座っていたうみは、私が到着すると立ち上がって手を振った。


「おぉい、ばにらぁ! こっちこっち!」


「そんな大声で叫ばなくても分かるって」


「いやぁー、すずちゃんとやってるネットラジオが好評でさ! 来期も決まっちゃった! しかもこれからはゲストに声優さんとかも呼んで、豪勢にやるんだって!」


「辞める辞めるって騒いでたのなんだったのさ」


「辞めません! 委員長はVTuberを辞めません! 生涯、委員長やります!」


「はいはい。ほんと、調子いいんだから」


 そそくさとうみの席へ。

 私を追ってきた店員さんにアイスティーとチーズケーキを頼むと、出されたお冷やで喉を潤した。レモンの果汁とミントが効いていて、もうこれだけでおいしい。


 昼食を食べていたのだろう。

 テーブルの端にオレンジ色に染まったパスタ皿が置かれている。

 スポーツ刈りのいかにも快活そうな男子店員さんは、私のオーダーをエプロンにしまうと、「お下げしますね」とそれを持っていく。


 なぜか得意げにうみが笑った。


「あの純情ボーイ、きっと厨房で皿とフォークを舐めるわね」


「配信でもないのに気持ち悪いこと言うな」


「はぁ、このフォークがあのお姉さんの口の中に入って――むちゅ、ちゅる、べろり! い、いけない! 舐めちゃダメなのに! 分かっているのに止められない! 延々と舐めていたくなっちまう! 間違いないこれは――スタンド攻撃!」


「トニオさんじゃねーんだから」


「そこは『やめるんだ億泰!』だぞ、ばにらちゃん!」


 ジョジョトークを私はさらっと流した。


 VTuberなんてオタクばかりだ。

 ジョジョについて語りだしたら日が暮れる。


 それよりもっと話したいことが私にはあった。

 そのために社長室を出てすぐ、うみにDiscordで連絡を取ったのだ。「どこかでちょっと話せないかな?」と。


 まだ、うみが電車に乗る前で助かった――。


「で、どうしたの?」


「何から話せばいいやら……」


「社長室にずんだ先輩と一緒に呼び出されてたね。どうせ金盾配信についてなんか言われたんでしょ? お説教かな? それとも、褒められたのかな?」


「それが予想外の話でさ」


 片づいたテーブルに突っ伏すうみ。

 お冷やが入ったグラスの縁をなぞりながら、彼女はそっけない素振りをしつつ私の話に耳を傾けてくれた。こういう所が、なんか大人だなっていつも思う。


 社長室でのあらましを私はうみに説明した。


 社長から直々にずんだ先輩との「百合営業」をするよう言われたこと。

 ずんだ先輩が社長に断固として「NO」を突きつけたこと。

 社長から「ずんだ先輩のコラボNGを解いて欲しい」と頼まれたこと。


 順を追って話すと長くなるもので、気がつくとアイスティーが注がれたグラスは空に、チーズケーキは下に敷かれているシートだけになっていた。


 お冷やだけで長居するのも気まずくて店員さんを呼ぶ。

 グリーンティーをふたりで注文した。


「なるほどなぁ、ずんだ先輩と『百合営業』か……」


「ただでさえ『百合営業』ってだけでも気が重いのに、相手があのずんだ先輩だよ。うみ、頼むから代わってよ」


「押しつけんなや。それに私にはもう愛する人がいるから」


「愛する人て」


「すずちゃんでしょ、いくたんでしょ、うさぎにしのぎにえるふ! あ、もちろん、ばにらも大切な俺の子猫ちゃんだゾ?」


「うみのハーレムに入った覚えなんてないんだが?」


「寂しかったんだろばにら。さぁ、俺の胸で泣きなよ。今日だけは、お前が俺を独り占めしていいんだぜ」


「すみませーん、お兄さんお会計!」


「待った待った、冗談だってば!」


 ふたり揃ってグリーンティーを啜る。

 うみに話してすっきりとした私は、晴れ晴れとした気分で窓の外を見下ろす。


 気がつけば大通りが人で賑わっている。


 依然、悩みは悩みのまま。「百合営業」の結論は何一つとして出ていない。

 けれど自分なりに心の整理はできたみたいだ。


「で、どーすんのさ? やるの『百合営業』?」


 グリーンティーを飲み干したうみがグラスの中の氷を突きながら私に問いかけた。

 それに――私はゆっくりと首を横に振る。


「しない。やっぱり私は『百合営業』なんてできない」


「気にすることないと思うけどなぁ」


「それに、ずんだ先輩も嫌だって言ってるし」


「そうかなぁ? りんご先輩とは、ほぼ『百合営業』みたいな関係じゃん?」


「いや、『りんずん』は別格でしょ! 個人勢時代から絡んでたわけだし! というか、そもそも『百合営業』するならあのふたりがやるべきで――」


「なるほど。つまり、ばにらは『りんご先輩』に遠慮してんだ?」


「それは――」


「それとも『ゆき先輩』かな?」


 うみの鋭い問いに、私は言葉を失った。


 ストローに口づけてうみが溶けた氷を啜る。

 しばらくして彼女は顔を上げると、許しを請うような笑みを私に向けた。


「ごめん、やっぱなし。ばにらの選択を私は尊重するよ」


「……ありがと、うみ」


「けど、もしばにらが腹をくくったなら、その時は」


「お! うみがおるやんけ!」


 真剣なうみの言葉を遮って快活な言葉が2階に響く。

 せわしない足音と共に「その人」は私たちのテーブルに駆けてきた。


「おーい! ラジオの二期決定だって! やったね!」


 眩しいくらいに白く染め抜かれたベリーショート。

 耳にはシルバーの太いイヤリング。

 そして、その髪とアクセサリーでは絶対に入学できない都内有名女学校の制服。

 茶色いローファーがキュッと甲高い音を立てた。


「おや! 今日はばにらちゃんも一緒だ! やっぱりラッキーついてるね!」


「どうも、すず先輩」


「すずちゃんで良いよ! ばにらちゃんの方が年上なんだからさぁ!」


 やって来たのは事務所の先輩。


 現役JKでVTuber。

 さらに初期のDStarsを支えた1期生筆頭。

 そして、うみのラジオでの相方。


 お狐系騒がしVTuberの「生駒すず」だった。


「あれ、すずちゃんも事務所に呼ばれてたの? てっきり、一緒に説明受けてないから、今日は予定が合わないのかと?」


「いやー、うっかり昼間に配信入れちゃってさ! 告知もしちゃってたから、今日のミーティングはそれ終ってから行きますって!」


「お前、本当に高校生かよ? 調整能力えぐない?」


「高校生だよ? 通信だけど! 見た目はJK、中身もJK! 純度100%の現役女子高校生(合法)VTuber! 生駒すずとは私のことだぜ、バーロー!」


「すずちゃん、工藤が出てるぞ。それおっさんしかやらんネタや」


「せやかて工藤。今のVTuberのメインリスナーは10代~30代やからな。古のニコニコネタを知らずして、VTuberは名乗れへんのや。日々、勉強やで」


「そんな勉強しなくていいから……」


 年下の先輩VTuberに説教している途中で急にうみの顔が青くなる。

 唇をキュッと結ぶと彼女があわてて席から立ち上がった。


 それは、彼女の長い社畜生活で染みついた反射的なもの。

 何度もそれを見ているので、このあとの展開はなんとなく分かった。


 何もなければ配信第一。

 あまりの配信頻度に「実はすずちゃん4人いるのでは説」が出るほどの配信の鬼。そんなVTuberの鑑のような人が、喫茶店で時間を潰すわけがない。


 おそるおそる私が振り返るとそこには――。


「あらー、うみにばにらちゃんじゃない。ほんと3期生は仲良いね」


 すず先輩と個人勢時代からの知り合い。

 DStarsに「特待生」として引き抜かれた元個人勢VTuber。


 焦げ茶色のショートヘア。ブラウンのワンピースの上から、カーキ色のストールを羽織ったゆるふわな大人コーデ。私たちより少し年上で既婚者。

 大人の女性の魅力あふれる――「秋田ぽめら」先輩。


 そして。


「なんでアンタがここにいるのよ」


「……ず、ずんだ先輩」


 ぽめら先輩と同じ「特待生」。DStarsゲームチームのメンバー。

 DStarsの「氷の女王」こと――「青葉ずんだ」先輩。


 迂闊だった。

 事務所職員やメンバーがよく使う喫茶店でダベってる場合じゃなかった。

 一刻も早く家に帰るべきだったんだ――。


「ぽめら先輩ぁい! ずんだ先輩ぁい! おつかれさまでぇすぅ!」


 うみのやたらに気合いの入った挨拶が店内に響く。

 そんな中、私は冷たい視線を向けてくるずんだ先輩から目を逸らした。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 先輩とプライベートでばったり遭遇! 果たしてこれは良縁か悪縁か? 二人の今後が気になる方は評価よろしくお願いいたします。m(__)m

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