揺れ動く心


「じゃあ、またな」


「おう。恋歌のことはくれぐれも...」


「はいはい」


「頼んます」


「わかったわかった。じゃあな」





「はぁ〜...」


去り行く佐々木の後ろ姿を眺めながら思わずため息をついてしまった。



結局、俺は佐々木に沙耶香が知らない男とホテルから出てきたことを伝えなかった。



なぜかと言うと、恋歌と言うまさかの伏兵が出てきて毒気を抜かれたことも大いに関係しているが、一番の理由は美玖からの報告だ。



まず沙耶香はあの日、1人で買い物に出ていたらしい。

そして沙耶香は低血圧で貧血で体調不良になることが多いのだが、その日は特に酷く道端で倒れてしまったようなのだ。

そして、次に目が覚めた時にはあの推定間男とホテルにいたらしい。


どうやらたまたま通りがかった推定間男は

倒れている沙耶香を見つけ抱き起こし呼びかけたが返答がなく、病院に連れて行こうとしてくれたらしいが救急車に空きがなく自力で連れていくしかなかったこと、だがタクシーも捕まらず、長時間道端で寝かす訳にも行かずとりあえず近くにあるホテルに入ったようだ。

そしてホテルに入りベッドに寝かしたタイミングで沙耶香は目が覚め、結果病院は必要なく暫く休んでからホテルを出たらしい。


腕を組んでいるように見えたのは念の為支えてくれていただけとのことだ。


そして勿論、ホテルに入ってすぐに目を覚ましたため何かをされていることもなく、実際は浮気ではなかったとのことだった。



...いや、勿論俺だってその全てを無条件に信じたわけではない。多少なり違和感は感じた。

それに付随して美玖への不信感も募った。


でもなんかもう面倒臭くなったからとりあえずそれで納得することにしたのだ。


...そもそもの話、俺は他人の不貞に構ってる場合じゃないんだよな...



「しっかし、人間不信になりそうだ...」


帰り道、思わずぼそっと呟いてしまった言葉は風に吹かれて消えていった。



◇◇◇



「ってことがあったんですよ...」


「あはは...。大変?だったね」


「もう何も信じらんないですわ」


「人間って怖いねえ」


「はい...」


「ん、シャワー浴びてくるね」


「いってらっしゃい」


「優貴も一緒に入る?」


「もうちょい休憩したいです」


「残念。じゃあ待っててね」


「はい」



そう言ってシャワーに向かう美優さんをベッドから見送る。


俺は親友の浮気事変を美優さんに愚痴っていた。最近の俺はなんかもう、キャパオーバーしたらすぐさま美優さんに吐き出すようになってしまっている。

親友の痴態を外部に漏らすのはどうかとは俺も思っているが、こればかりは仕方ないことだ。美優さんの溢れんばかりの母性の前では俺なぞまだまだ、文字通り赤ちゃんなのだから。ばぶぅ。



「はあ〜。しかし、なんでみんなして浮気なんかするんだろうなぁ」


「本当だよねぇ」



おっと、

考え事をしていたら美優さんが帰ってきた。



「まぁ俺が言えた話じゃないんですけどね」


「あはは。それを言ったら私もだよ♪」


「たしかに?」


「いいじゃん。正直私の場合はほとんど優貴に鞍替えしてるようなもんだし♪」


「あはは...」



そう言えばここ最近で、美優さんの俺への接し方が少し変化してきた。

以前は美玖のことを踏まえて一歩引いた接し方をしてきていたが、なんかこう、割とぐいぐいきてる。


そして俺の方も...


「正直、俺も美優さんに傾きそうです...」


「嬉しい!ぎゅー♪」



美玖と会うより美優さんと会う時間の方が長くなってきているのは事実だ。

前までは美玖に対していっそ執念じみた感情を持っていたのだが、あのW?お家デートで美優さんに彼氏がいることを知ってしまったこと、そして美優さんが彼氏と会っていると聞かされた時に生じた嫉妬心が関係してか、美玖に全振りしていた執着心が美優さんにも流れていったのを感じた。


おそらく、かなり自分勝手な考えだが

美優さんに彼氏がいることを知って今まで何となく感じていた美優さんは絶対に俺から離れないみたいな余裕が砕け散ったからだと思う。


そうなってくると不思議なもので、

先程のように以前までなら絶対に言わなかったことも言ってしまえるし、今日に至っては美玖から誘われたにも関わらず先に約束していた美優さんを優先してしまっている。



「ねぇ、もう一回シよ?」


「はい...」



正直、今の俺は美玖と美優さん、もしどっちを取るか選べと言われたらかなり迷ってしまうと思う。

いや、もっとぶっちゃけてしまうと...


そう思ってしまうほどに──


「ん、気持ちいい...。大好きだよ」


美優さんが可愛いんじゃ!!!!!




「美優さん、俺、美玖に言おうと思います」


「え?」


「美玖の浮気のこと、知ってるって...」



事後、俺は美優さんに覚悟を決めたことを話してみた。

行為中に覚悟が決まるなんて冗談みたいな話だが、決まってしまったものは仕方ない。


今まで何かと言い訳をつけて言及から逃げていたが───


「それで、一応美優さんの彼氏でもあるじゃないですか?その...」


「彼女さんと関係が切れたら私は彼氏とどうなるのか聞きたい?」


「...はい」


「んー。私は優貴に貰ってほしい」


「それは...」


「うん。優貴の彼女になりたい。一番になりたい。」


「っ...」



正直、下心はあった。

ゲスな話だが、美玖に言及する覚悟ができたのは美優さんがいるからだ。

それは勇気をもらったとかそんな高尚な話ではなく、美玖と別れることになってしまっても美優さんがいるからダメージは少ないって言う打算しかない話だ。


そしてその場合の不安が一つあったのだが、先回りして答えをもらった。



だがその答えは今までの俺にとって都合の良いものではなく、俺自身も答えを出さなければいけないものだった。


恐らく美優さんは覚悟を決めたのだろう。

今までの都合の良い関係を終わらせる覚悟を。

だからついに今回、俺を甘やかすのをやめた。


そうはっきり思うほどに、今の美優さんは真剣な表情で俺を見つめている。



ならば俺も答えを出さなければいけない。

選ばなければならない。



更にしっかりと覚悟を決めなければならない。



「...保留で」




ちょっとまだ無理かなぁ。

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