最後の青春
自転車で宇名田市にある尾見神社まで向かうのは、まさに至難の業だった。
まずはスマートフォンの地図アプリで尾見神社へのルートを確認しなければならなかったし、なんといっても冬の深夜は特に冷える。
それに自転車をこいだときの寒風、それが肌に直撃し、使い捨てカイロや手袋だけでは間に合わなく、志貴たちは大晦日の寒さを味わうことになった。
それだけではない、この時間のほとんどのコンビニはトイレを貸してくれないことが分かり、一時、志貴たちは尾見神社に向かうのを中断、トイレを借りられるコンビニを探すほどの危機にも陥りもした。
休憩の際に飲むペットボトル飲料はすぐに空になり、コンビニか自販機で飲み物を買ったりもしたが、大量の汗をかき、すぐにまたコンビニなどで購入し、それで時間を取られたり。
自転車をこいでから、約三時間後。
とうとう限界がきたのだろう、コンビニ前での休憩の際、唐突に冬華が地面に倒れた。
なんとか冬華は回復したが、そこで志貴たちは三十分以上、身体を休めることに。
そしてまた自転車をこぎ始める。
それから二時間後のこと。
志貴たちは五時間以上かけて、とうとう宇名田市の尾見神社に続く石段までたどり着いた。
途中、志貴は寒さで喉を痛め、羅奈は道端で嘔吐し、幻冬は自転車がガードレールに衝突してライトが壊れ、冬華は自転車に乗ったまま気を失い、そのまま転んでケガをした。
が、それでもなんとかして志貴たちは尾見神社の前までたどり着いた。
だが、これから志貴たちは八百段以上もの石段を登らなければいけなく、石段を登った先にある尾見神社で初日の出を見なければならなかった。
水平線の彼方から昇る初日の出を見て、卒業式に参加し、ちゃんとそれぞれ青春を卒業しなければならなかった。
志貴たちは神社に続く石段の真ん前で、それぞれ顔を見合わした。
「えっち会」リーダー、幻冬はこのように志貴たちに言った。
「これからおれたちはこの石段を登り、尾見神社で初日の出を見て、卒業式を執り行うのだが……お前たち、覚悟と緊張を持て。
ここから先はおれたちだけの神聖な場所、卒業式の会場だ。これより先、中途半端な気持ちで石段を登ることは許さん。断じて、このおれが許さん」
志貴は苦笑すると、肩をすくめた。
「ここまで苦労してここにたどり着いたんだぜ、幻冬。みんな生半可な気持ちで自転車をこいできたわけじゃないさ。安心しろ、このおれが保証する」
キャハハ、と冬華は笑うと、親指を突き出す。
「ウチら、なんだか青春みたいなことしてるじゃん、マジ最高じゃん」
羅奈はクスクスと笑うと、大きくうなずいた。
「みんなで登ろう、この石段。そんでもって、みんなで最高の卒業式に出よう」
幻冬は咳払いをしてから、こう話を締めくくった。
「全員で大人になるぞ、お前たち。これがおれたちの……最後の青春だ」
志貴たちは自転車を乗り捨てると、持ってきた懐中電灯を片手に持ち、暗闇の中、八百段を超える石段を登り始めた。
時刻は午前六時を少し過ぎた頃。
まだ外は闇に包まれているが、けれどそれもじきに明るくなるだろう。
外が明るくなってしまえば、石段を登り切っても、神社で初日の出は見ることができず、卒業式は台無しになってしまう、そう志貴は心の中で焦りを感じていた。
が、それでも志貴は諦めることはしなかった。
諦めることだけはしなかった。
志貴たちは卒業式の会場へと急ぐ。
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