4-2

 冬華は志貴を一年三組の教室前まで連れて行くと、弱々しくほほ笑んだ。


「キャハハ……なんかごめんね、急に呼び出してさ。いつもはウチ、あんたのことを煙たがって相手にしていないっていうのに……ほんとごめん」

「気にするなよ。元々はおれが悪いんだ。おれが……悪いんだからな」

「いや、そんなこと……まあ、否定はしないけどさ」


 ここは笑うところだったのか、冬華は少しだけ笑ったが、志貴の沈んだ顔を見て、彼女はすぐに笑いを引っこめた。


「笑う場面じゃなかったよね、マジごめん」

「いや、そんなこと……それよかお前、大丈夫か? 近頃、だいぶ元気がないように見えるけど、本当に大丈夫なのかよ」

「うん……まあ、ね」


 目をそらしながら、曖昧に返事をする冬華。


 かつてはあんなに陽気だった冬華だが、今はまるで様子が違っていた。

 いつしか彼女はすっかり元気を失っていて、何をするときも暗い顔のまま。


 それは自分のせいなのだと、志貴は反省していた。

 同時に、志貴は日に日に元気をなくしていく冬華のことが心配だった。


 だから志貴は何度も冬華に教室で声をかけてみたのだが、彼女は志貴を煙たがり、相手にしなかった。

 しかしきょう、冬華は志貴と話をする気になったようだ。


 冬華は「実は、さ」とおもむろに口を開いた。


「ウチ、なんか夏になってから調子が優れなくて、児童精神科で診てもらっていたんだけど……ついこのあいだ、口が滑って『青春乙女作戦』のこと、担当医に言っちゃったんだよね。

 だからその……ごめん。『青春乙女作戦』のこと、誰かに言っちゃった。ほんとにごめん、マジでごめん」


 今にも泣き出しそうな冬華の顔を見て、あわてて志貴は首を左右に振った。


「いいんだ、すでにおれも姉貴に打ち明けてる。気にするな。

 しかもそんな作戦はな、『えっち会』が崩壊したことで終わったんだ。

 てか、いつからだろうな……『青春乙女作戦』が三人だけの秘密になったのは、いつからだろう」


 志貴はしみじみとつぶやくが、すぐにかぶりを振り、冬華に「言いたいこと、まだあるか?」と尋ねた。

 冬華は首を横に振ろうとしたが、すぐに思いとどまったようだ。


 志貴は冬華に話すよう、手で促した。


 冬華は少しためらいを見せたが、やがて人目を気にしながら、小声で話し始めた。


「見ちゃったんだ、ウチ。ほ、本当はそんなの見たくなかったけど、でも……ねえ、ウチはどうすればいいの?

 手遅れになる前に、このことを大人に言ったほうがいい、のかな。どうしよう、どうしよう……」

「落ち着けってば、冬華……なんだよ、一体お前は何を見たんだ?」

「お、落ち着けるはずがないし、あんなこと……それとも志貴はこのことを知っても、平然としていられるわけ?」

「だからなんのことだってば」


「……羅奈がスクールバッグにナイフを入れていること、だってば」


「な、なんだって?」


 それを聞いた瞬間、志貴は寒気を覚えた。


 志貴はハッとし、一瞬だけ前を見る、後ろを振り返る。

 そこに羅奈がいなかったことに心から安堵してから、再び冬華と話そうとした。

 が、冬華は志貴の反応に動揺でもしたのか、バタバタと教室に駆けこんでしまった。


「……って、おい、冬華?」


 少し間があいてから、志貴は教室に入った冬華を追いかけた。


 とうに冬華は席に座っていて、その頃には彼女の動揺も収まっているようだった。

 冬華は机の上で腕を組み、神妙な顔で黒板を眺めていた。


 志貴が冬華に声をかけようとしたそのとき、彼女は言った。


「ウチらは誰にもチクらない。それに……そう、単なる護身用かもしれないじゃん。そうだし、そうじゃん。あの子を……信じてあげよう」


 それが冬華の出した答えのようだった。


 それもそうだ、と志貴は無理やりに納得し、自分もまた席に戻った。

 席に戻ってから少しして、志貴は蓮華からのメッセージが書かれた紙切れのことを思い出し、途端に気が重くなる。


 志貴は神経を張り詰めた状態で、ショートホームルーム、一時限目を過ごした。


 二時限目が始まってから少しして――志貴は蓮華からのメッセージどおり、教師にお手洗いと称し、教室を抜け出した。


 志貴は心臓をバクバクさせながら、緊張とした面持ちで屋上まで向かった。

 屋上は冷たい風が吹いていて、寒さを感じた志貴はブルリと体を震わせた。

 屋上のフェンス前……そこに蓮華は立っていた。

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