第四章 さよなら青春、決意の初日の出
物騒なメッセージ
それから時は経ち、季節は冬になった。
十二月八日、金曜日の朝。
登校中の志貴はすっかり寒くなった町をしんみりと歩いていた。
あれから――「少年の運命の相手作戦」が失敗してからというもの、幻冬と冬華は志貴と羅奈と瞬を煙たがり、ギスギスしていることを感じ取った瞬は志貴たちから離れ、幽霊部員と化してしまった。
そして最近、「えっち会」残党の志貴と羅奈は些細なことで喧嘩をし、いつ仲違いするか分からない状況でもあった。
かくして「えっち会」は崩壊した。
それに伴い、「青春乙女作戦」も終わりを告げた。
そういう状況になってから、志貴はこのように悟った。
「えっち会」の崩壊は、あのとき――「ダークレモネード作戦」が開始されたとき、初めから決められていた結末だったのだと。
志貴たちの仲が悪くなるのは、あのとき――「ダークレモネード作戦」が開始されたとき、初めから決められていた運命だったのだと。
もうすでに志貴と羅奈は恋人同士ではなく、それどころか友達だとも言いづらい関係なのだと。
志貴が見ていたものは、青春が見せた幻影。
しかし、この青春は志貴が勝手に思い描いた幻想。
青春なんて、本当はない。
青春だと思っていたものは、すべて志貴の幻想、そう志貴には思えてならなかった。
志貴はため息をつく。
「ダメだな、おれも」
志貴は腕をさすりながら、滝灘中学校への道を歩く。
滝灘中学校の校門をくぐった志貴は、昇降口で靴から上履きに履き替えようとした。
そのとき、志貴は上履きの下に紙切れがあることに気づいた。
どれ、と志貴は上履きを履きながら、紙切れを裏返し、そこに小さな字で丁寧に書かれている文章を読んだ。
「志貴へ。あなたに重要な話があります。
だから、きょうの二時限目の授業が始まったら、なんとかして教室を抜け出して、屋上まで一人で来てください。
とても重要な話です、わたしは待っています。蓮華より」
これは確かに蓮華の筆跡、そう志貴は確信した。
「なるほどな。……だから姉貴、きょうはいつもより登校が早かったのか」
志貴は辺りを見回し、蓮華の姿を探す。
が、昇降口付近に蓮華はいない。
もう一度、志貴は紙切れに書かれた蓮華からのメッセージを読む。
何かが物騒だ、そう志貴は思い、身体をブルリと震わせた。
志貴は小さく紙切れを折り畳むと、スラックスのポケットに入れ、早歩きで廊下を歩き出した。
階段で二階まで上り、一年二組の教室に入ろうとする志貴。
と、そのとき、志貴は教室から出て行こうとする栗色の制服を着た羅奈と軽くぶつかった。
「あ、わりぃ」
志貴は反射的に謝ったが、羅奈はほんの一瞥しか与えず、無言で志貴に背を向け、廊下を歩き出す。
ムッとした志貴は羅奈を追い抜かし、羅奈の前に立ち塞がった。
「返事くらい、しろよ」
志貴は声を荒らげて、羅奈に威圧感を与える。
羅奈は唇をひん曲げ、志貴をにらみつけた。
「あのさ、“わたし”に指図、しないでくれるかな。きょうは“わたし”、特に機嫌が悪いから、今はもう話しかけないでくれる?」
「……え?」
志貴は目をまん丸くした。
なぜって、今この場で羅奈が「ボク」という一人称を使わず、あれほど嫌っていた「わたし」という女性らしい一人称を使ったからだ。
志貴は率直に尋ねた。
「お前……もうボクッ娘じゃないのか?」
羅奈はギョッとしたかと思えば、苦しげに額を押さえた。
「お、おい、羅奈……?」
「違う、ボクは“わたし”なんかじゃない。それなのに、それなのにボクは……うわあ!」
発狂したように叫び声を上げる羅奈。
彼女は志貴の横を早足で通り、今度こそ志貴の前からいなくなった。
志貴はあっけにとられていたが、やがて我に返り、かぶりを振った。
「もうあいつと関わるのはよそう。……あいつだって、それを願ってる」
そうつぶやいて、志貴は暖房がほどよく効いた教室に入った。
窓際の席に座ったとき、志貴は英単語カードを下手くそに読み上げている学ランを着た幻冬と目が合った。
幻冬、と志貴は彼の名を小さくつぶやいた。
が、幻冬は顔をそらし、再び英単語カードに目を向け、下手くそな発音で英単語を読み上げていく。
志貴は幻冬を見るのをやめると、自分の席の机の表面とにらめっこを始めた。
そんなときだ。
冬華が離れた位置から志貴に声をかけたのは。
栗色の制服姿の冬華は志貴の名前を呼ぶと、志貴の机に駆け寄り、「あのさ、ちょっと廊下で話さない?」と志貴を誘った。
断る理由も見当たらないので、志貴は「ああ、いいぜ」とうなずき、冬華とともに廊下に出た。
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