3-12

 三日後。


 七月十七日の月曜日の朝。

 時刻は午前八時前。


 その日はよく晴れていて、あっという間に洗濯物は乾くだろう、というような快晴。


 志貴と羅奈と瞬は「少年の運命の相手作戦」を開始するため、あらかじめ決めておいた集合場所、校舎二階の一年一組の前に集まった。


 この場に幻冬と冬華はいなく、志貴は一抹の寂しさを覚えた。


 だが、と志貴は表情を引き締める。

 言い出しっぺの志貴には、この作戦を成功させる義務があった。


 いつぞやの「乙女たちのえっち会作戦」や「ダークレモネード作戦」のような失敗はしたくない、絶対に成功させよう、そう志貴は意気込んだ。


 志貴は爽やかな笑みを浮かべる瞬に尋ねた。


「瞬、勝負下着は?」

「ちゃんと履いてきましたよ。ええ、それはそれはうっとりとするような勝負下着を、ね……」

「よし」


 次に志貴は満面の笑みを浮かべている羅奈に尋ねた。


「羅奈、遺書は?」

「どうして遺書が必要になるのかは分からないけど……うん、ちゃんと書いてきたよ」

「……よし」


 志貴は目つきを鋭くさせ、うなずく。


 瞬は表情から笑みをなくし、志貴にこんなことを尋ねてきた。

「そういう志貴さんこそ、いいんですか? ……ちゃんと抜くものは抜いてきました?」

「ああ、ばっちりだぜ」


 志貴は親指を突き出し、クールに笑う。

 少々過激な志貴たちの会話を聞いた羅奈は苦笑するが、それでも元気いっぱいな様子で「セクハラ! でも、きょうだけは許す!」とカラカラと笑った。


 すべての準備は整い、志貴たち三人は顔を見合わし、うなずき合う。


 そして今、志貴発案による作戦――「少年の運命の相手作戦」は開始された。


 まず、志貴たちは瞬のクラスでもある一年一組の教室に入り、そこであらためて好みの女子生徒がいないかどうか、瞬に確認させた。


 当然、よそのクラスの生徒二人が堂々と入ってきたことで、教室はざわついた。


 瞬はかぶりを振る。


「ダメですね、どのメスガキもピンときません」


 志貴は腕組みをし、大きくうなずく。


「よし、次だ」

「次は……ボクたちの教室だね」


 羅奈の言葉を合図に、志貴たちは一組の教室を出て、二組の教室に向かった。

 が、そこでも瞬のハートを撃ち抜く女子生徒はいなかった。


 次に訪れた三組にも、瞬をときめかせる女子生徒はいなく……次に向かう四組もダメなら、あとは上級生しかいない、そう志貴は覚悟した。


 四組の教室に入る志貴たち。

 瞬は好みの女子生徒を見つけるため、キョロキョロと見回す。

 そしてある方向を向いたまま、動かなくなった。


 志貴は瞬の名前を呼ぶが、彼は無反応。


 瞬の視線の先には、一人の女子生徒がいて、彼女は窓際の机で読書をしていた。

 瞬のハートをわしづかみにしたとおぼしき女子生徒の右目には泣きぼくろがあり、制服は白い半袖のブラウスと栗色のチェック柄のプリーツスカート。


 やがて、瞬は「おお……おお!」と感激の声を上げた。


「あれです、あれですよ、二人とも。ぼくの運命の相手、見つけました。泣きぼくろのある彼女です」


 志貴たちの登場により、すでに四組の教室はざわざわとしていたが、瞬の大声でさらに生徒たちの動揺は広がる。


 しかし、それでも志貴は怖気付かない。

 というより、怖気付くわけにはいかなかった。


 志貴たちは泣きぼくろのある少女の元へ近づく。

 少女は志貴たちに気づき、ゆっくりと首をかしげた。


「何かな、あなたたち。あたしと同じ一年生……だよね。あたしに何か用でもあるの?」

「あんた、名前は?」


 志貴は少女に尋ねた。


 すると、今度は反対方向に少女はゆっくりと首をかしげた。


「名前って……あたしの名前?」

「そうだ。よければ、おれたちにあんたの名前、教えてくれないか」

「川埜苺(かわの・いちご)ちゃん」

「……苺、ちゃん?」


 思わず吹き出す志貴。

 間髪入れずに羅奈が志貴に肘打ちする。

 たまらず志貴はうめいた。


 少女の名前が分かると、瞬は嬉しそうに少女――苺に話しかけた。


「苺さん、ぼくのこと、分かりますか?」

「ごめんなさい、あたしにはあなたのことなんて分からない。あなたが『本物のクズ』だってことくらいしか知らない」

「それだけ知っているのなら、十分なんじゃない……?」


 羅奈は苺に向かってツッコんだ。

 しーっ、と志貴は口に手を当て、羅奈に黙るようジェスチャーをした。


 そんなあいだにも、瞬と苺の会話は進んでいた。


「なかなかかわいいですね、あなた」

「ありがとう、クズ臭のするそこのあなた。嬉しくないけど、お礼だけ言っておくね」

「さすがは未熟でいて、成熟した苺さん」

「うん」


「すっごい失礼だとは思うんですが、もうファーストキスは済ませましたか?」

「そうだね、ものすごく失礼。でも、あたしには今の質問を拒む権利はあるはずだから、あなたの質問には答えない。ごめんね、クズ男くん」

「いえ、大丈夫です。どうせあなたみたいなかわいい人は、誰彼構わずにチュッチュッしているはずでしょうからね。なら、ぼくはあなたのキス顔を想像し、興奮するだけですよ」


「最低だね、あなた」

「はい!」


「……嘘泣き、してもいい?」

「えっ、それ嘘ですよね?」

「嘘泣き、するね」

「いえ、それには及びません。そもそも、ぼくはあなたと付き合うため、あなたの前にいるのですから。それでは、今からぼくのセールスポイントを……」


 直後、苺は本物と見間違えるほどの嘘泣きをしてみせた。


 嘘の号泣。

 それは志貴をヒヤリとさせるほどにリアルな嘘泣きだった。


 志貴は素直に感心した。


 そのとき、羅奈が叫び声を上げた。


「二人とも、教師が来る前に逃げるよ!」


 それで志貴は我に返る。


 すでに羅奈は廊下にいて、そこで志貴たちを待っていた。


 志貴は唖然としている瞬の頭にチョップをお見舞いすると、「逃げるぞ、クズ男」と瞬の手を引き、四組の教室から脱出。


 そのあとは大騒ぎだった。

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