3-10

 志貴は蓮華にすべてを打ち明けた。

「ダークレモネード作戦」の経緯から「青春乙女作戦」の経緯まで、何もかも。

 もちろん、今の志貴の気持ちや状況など、何から何まで話した。


 志貴が蓮華に話し終えると、ここぞとばかり、注文した料理が運ばれてきた。

 男性店員は二人が注文した料理をテーブルに並べると、「ごゆっくりどうぞ」と一礼してから、その場を離れた。


 志貴と蓮華は顔を見合わし、二人してほほ笑んだ。


「食事、いただきましょうよ」

「おう」


 いただきます、そう志貴と蓮華は手を合わせてから、食事を始めた。


 食事中、二人は料理のことやカフェのこと、好きな歌手や気に入っている音楽のことなどを話し、盛り上がった。


 不思議と、志貴の食欲は前のように戻っていて、サンドイッチだけでは物足りなかった。

 けれど、いつもはあまり笑わない蓮華が笑顔を見せていることに気づいたとき、志貴は空腹のことなんてどうでもよくなった。


 食事を食べ終えたあと、志貴はアイスコーヒーを、蓮華はミルクティーを頼んだ。


 食後の飲み物の注文を終え、それらがテーブルに並べられたあと、志貴は先ほどの話の続きをした。


「姉貴はさ……おれたちがしていること、どう思ってんだよ」

「ん? 最低で下劣な行為だと思っているわよ。

 ――だってそうじゃない、自分たちのため、志貴は羅奈ちゃんに好きだと言って嘘をつき、それで本当にあなたは彼女を好きになって交際し、今でも本当のことを言わずに羅奈ちゃんと接している。

 そうやってあなたたちは羅奈ちゃんの心を弄び、『青春乙女作戦』という名の遊びを続け、彼女の前から真実を隠している、だなんて……最低だし、下劣よ」


 正論な蓮華の言葉。


 志貴は目を伏せ、「ああ、そうだな……姉貴の言うとおりだ」と弱々しくうなずいた。


 意気消沈する志貴。


 しばしの沈黙のあと、蓮華は言葉を継ぐ。


「けれど、これはあなたたちの問題。部外者のわたしがどうこうするべきではないと、わたしは思っているわ。

 ……でも忘れないで、志貴。あなたたちがしていることは、羅奈ちゃんを悲しませ、傷つけることであって、それはあなたたち自身も悲しみ、傷つくこと。

 これは遊び? 作戦? 青春? ……いいえ、違うわ。これは現実よ。決して遊びや作戦や青春なんかじゃない。

 どんな最悪な事態に陥るのかも分からない、不確定な現実なのよ。……その言葉の意味、あなたには分かる?」

「……仲間割れとか、か?」


 志貴は気圧されながらも、蓮華からの質問に答えた。


 蓮華はかぶりを振った。


「わたしが考えている最悪な事態は……ひょんなことから真実を知った羅奈ちゃんが自殺をする、とかね」

「じ、自殺って……!」


 ギョッとした志貴は、思わず椅子から立ち上がった。


 だが、蓮華の真剣なまなざしに気づいた志貴は、すぐに椅子に座り直し、震える声で蓮華に尋ねた。


「お、おれはどうすればいいんだ……?」


 しかし、

「大人になりなさい、志貴」

 そう蓮華は言った。


 呆然とする志貴。


 なおも蓮華は言う。


「覚悟と責任を持つ大人になりなさい、志貴。……すべてを羅奈ちゃんに打ち明け、謝るの。

 あなたは覚悟を持って羅奈ちゃんに謝り、責任を持って彼女をケアする。それが一番なんじゃないかしら」


 志貴は鼻白んだ。


「……かんしゃく持ちの姉貴が言う言葉とは思えないな、それ。

 なら、自分はどうなんだよ。ちゃんと大人になれてんのかよ、姉貴は」


 蓮華は悲しげな顔で、志貴に向かって言った。


「わたしは悪い大人……悪人。でも、志貴にはそうなってほしくない。

 志貴だけはちゃんとした大人になってほしい。だからね、わたしは言うわけ。大人になれ、とね」

「それはおれが決めるべきことだ……そもそも、おれは大人になんかなりたくない。おれ、は……ずっと子どものままだ!」


 志貴は悲痛な声で叫んだ。


 それっきり、会話が途絶えてしまう。


 気まずい雰囲気のまま、二人は飲み物を飲み終え、会計を済ませる。


 志貴と蓮華は「リューズカフェ」のシェフと店員にお礼を言ってから、店を出た。


 東堂家への帰り道、二人の会話はなく、それは寂しいものだった。


 確かに志貴は自分のことを打ち明けることができ、少しでも精神的な負担を減らすことができた。

 それに一時的ではあるものの、蓮華とも打ち解けることができた。


 一方で、この行動は「大人にはならない」という志貴の意志がより強固される形となった。


 志貴は腕時計を見遣る。


 時刻は午後八時五十分過ぎ。

 羅奈たちと音声通話を始めるのは、午後九時頃。


 もうすぐである。


 志貴が蓮華とともに東堂家に戻ったとき、時刻は午後九時を少し過ぎていた。

 すでに音声通話は始まっていたようで、志貴は息をつく暇もなく、スマートフォンで音声通話に参加した。

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