クズ道
放課後になったら、「えっち会」の会合を二階踊り場で行う、と志貴たちは授業が始まる前、あらかじめ瞬に告知した。
けれど、放課後――いくら待っても、瞬はそこに来なかった。
それで志貴たち四人は一年一組の教室まで行き、瞬を呼ぶことになった。
志貴たちが一組の教室をのぞいたとき、瞬は同級生の女子生徒二人に絡んでいた。
が、女子生徒二人は瞬を無視し、おしゃべりを続けていた。
しかし、それでも瞬はへこたれることなく、ひたすら女子生徒二人に話しかけていた。
志貴、羅奈、幻冬、冬華。
誰も一組の教室に踏み入ろうとはしなかった。
志貴はやれやれとため息をついてから、一組の教室に堂々と入った。
「おい、瞬。お前、『えっち会』の会合があること、忘れたのか? みんな待ってるから、早くこっちに来い」
瞬は我に返ったようにハッとした。
「そういえば、そうでしたね。メスガキどもの相手をしていたら、こんなに時間が経っていたのだなんて……ぼくとしたことがうっかりしていました」
瞬は足下のスクールバッグを肩に提げると、それまで絡んでいた女子生徒二人を当たり前のように突き飛ばした。
げっ、と志貴は思ったが、それでも素知らぬ顔で瞬に「行くぞ」と声をかけた。
瞬は元気いっぱいに「はい!」と返事した。
志貴は瞬を引き連れ、一組の教室から出る。
そして二人は廊下にいる羅奈たちと合流を果たした。
当然、瞬に突き飛ばされた女子生徒二人は怒りの言葉を口にする。
怒声を上げる女子生徒二人を、しばらく瞬は廊下から眺めていた。
彼は「よし」と満足そうにうなずくと、志貴たちに向き合った。
「やあ。はじめまして、みなさん。どうも、村田瞬です」
「いやいや、あんたのこと、すでにウチらは知ってるし」
瞬のボケに対し、すかさず冬華はツッコむ。
羅奈はクスクスと笑う。
「なんだか幻冬くんが二人いるみたいだね」
そのように羅奈が嬉しそうに親指を突き出す一方で、その言葉を聞いていた幻冬はショックを受けているようだった。
「なにっ、わたしが二人いるみたい、ですと? この大宮幻冬、複雑な心境ですよ……ええ」
複雑な心境だと嘆く幻冬に納得がいかず、つい志貴は幻冬に訊いてみた。
「どこらへんがお前にとって複雑だったんだよ。いつものお前なら、そういうたとえ、喜ぶだろうが」
「……知ってのとおり、わたしは大馬鹿野郎ではあります、が、クズ野郎ではないのですよ、志貴殿。
彼のことを尊敬こそすれども、わたしは奴のような人間にはなりたくありません。
なので、わたしと瞬殿が同じような人間だと言われるのは、わたしとて複雑な心境になるのですよ」
「うーん、そう言われてもだな……つーか、そういうのってさ、同族嫌悪って言うんじゃないのか?」
そのとき、瞬が「ちょっと待ってください」と異議を唱えた。
「あなたたちは何も分かっていませんね。
いいですか、みなさん……ぼくはね、クズの中のクズを目指しているんです。そのためには嘘もつきますし、演技もします。もちろん、悪口も言います。それに――」
「同級生の女子生徒二人に絡んだ挙句、二人を突き飛ばしたり、とかな。いやぁ、マジでお前――あ、いや……失礼」
思わず志貴は余計な口出しをしてしまい、あわてて口をつぐんだ。
が、瞬は「そのとおりです!」と志貴の言葉を肯定した。
「それがクズ道、それこそが世界一難解な生き方なんです。
ですので……ええい、ただの大馬鹿野郎とは一緒にするな、このぼくを畏敬しろ、ですね。
あ、もう一度言いましょうか? ええい、ただの大馬鹿野郎とは一緒に――」
「あのさ、瞬。ちょっとうるさいから、黙ってくれる……?」
「はい!」
ピリついた冬華の言葉に対し、瞬は元気のいい返事をすると、黙りこんだ。
そのとき、羅奈が「今さらなんだけど、あのさ」と気まずそうに声を上げた。
「さっきボクが言った『幻冬くんが二人いるみたい』っていう言葉、あれね、瞬くんも幻冬くんのように愉快だな、っていう意味で言ったんだけど……みんなには分からなかったみたい、だね。
分かりにくい言葉で、なんかごめん」
「ふはっ……羅奈嬢、それでいいのです。どうか強く生きてくださいな」
幻冬は羅奈をフォローすると、それから志貴たちの顔を見回し、「当初の会合場所ではありませんが、それでも会合を始めますかな」と会合を開始した。
会合の話題は主に「きょう、五人で部室の王鳴館に行き、瞬の歓迎会をやるのか、やらないのか」というのだった。
しかしきょう、幻冬と冬華には予定があるため、王鳴館には行かず、歓迎会もまたの機会に、ということになった。
二人の予定について訊くと、幻冬は勉強と塾、冬華は体調が優れないため、このまま病院に直行、だそうだ。
全員で話し合った結果、瞬の歓迎会の代わりに、志貴と羅奈と瞬は東堂家で遊ぶことになった。
幸いにも、きょう洋介は出張のため、自宅を留守にしていた。
だからこそ、志貴は二人を家に招こうと思ったのである。
会合が終わるなり、志貴はスマートフォンで明日香に電話をかけ、自宅に羅奈と瞬が遊びにくることを一方的に伝えた。
で、すぐに電話を切った。
それを見ていた羅奈は「それで大丈夫なの?」と心配そうに言い、眉をひそめた。
志貴はムッとなり、「大丈夫に決まってんだろうが」と思わず強い口調で言ってしまった。
それっきり、羅奈の追及はなくなった。
その後、志貴たち四人は瞬の連絡先を本人から教えてもらった。
そしてきょうの午後九時頃、五人で音声通話をするという約束をしてから、志貴たちは冷房の効いた滝灘中学校をあとにし、どうしようもなく暑い外に出た。
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