クズ少年の本音

 昼休み。


 志貴たちは弁当を食べ終えると、いつものように教壇前で集まり、雑談を交わしていた。


 その頃には冬華も毒舌を吐けるくらいに元気になっていて、志貴はホッとした。


 そんなときだった。

 急に冬華が青ざめたのは、そんなときだった。


「……ウチ、なんか嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感がする、んだけど」


 真っ先に冬華の言葉に反応したのは、羅奈だった。


「大丈夫……? そ、そうだ、保健室で休んだらどうかな」

「ううん、やめとく……お手洗い、行ってくるね。じゃあ」


 そう言うなり、冬華はフラフラとした足取りで教室から出て行った。


 志貴たち三人は、呆然と冬華を見送った。


 それからしばらくして、志貴はハッとする。


「ま、まさか……冬華の奴、瞬から一服盛られた、とか?」


 志貴の言葉を聞いた羅奈は頭を抱え、嘆いた。


「そんなのって……あんまりだよ」


 幻冬は指をパチンと鳴らし、「そうか、その手がありましたか……いやはや、瞬殿はやりますね」と心ない言葉を言った。


 羅奈は幻冬をにらみつけると、「……今、なんて言った?」と幻冬に詰め寄った。


 それでようやく志貴は失言をしたことに気づき、早口になって「す、すまん! さっきのおれの発言はなかったことにしてくれ」と手を合わせ、謝った。


 そのときだ。

 聞き覚えのある少年の声がしたのは。


「あれ、冬華さん、いないんですか? これは参りましたね……冬華さんがいなければ、ぼくは彼女とチュッチュッできないじゃないですか」


 ゆっくりと。

 志貴は後ろを振り返る。


 教室の引き戸付近。

 そこにはクズ少年の瞬が立っていた。


 冬華の嫌な予感とは、このことか、そう志貴は心の中で苦笑した。


 志貴はため息をつき、「またお前か」と言って、顔をしかめた。


「見てのとおり、この教室に冬華はいないぞ。今度こそ、あいつは危篤状態だ」

「チッチッチッ……その手は通じませんよ。クズなぼくではありますが、幻冬くんのように馬鹿ではないんです」

「ところがどっこい、冬華は学校にはいないぜ。

 お前は知らないだろうが、さっきあいつは担架で運ばれていったんだ。

 顔は土気色、口からは泡を吹いた状態でな。

 残念だが、お引き取り願いたい」


 志貴は平然とした顔で、真っ赤な嘘をついた。


 言い終えてから、志貴は羅奈と幻冬のほうをチラリと見た。


 羅奈は幻冬の口を手で押さえ、幻冬が余計なことを言うのを防いでいるようだった。


 思わず笑いそうになるのをこらえながら、志貴は再び瞬に目を向けた。


「とまあ、そういうわけだ、瞬。お前も男なら、いさぎよく諦めろ。いいな?」


 瞬は志貴たちをにらみつけるように見てから、コクンとうなずいた。


「……なるほど、分かりましたよ」


 瞬はふて腐れたように言うと、きびすを返した。


 志貴の視界から瞬が見えなくなった直後、なおも幻冬の口を塞いでいた羅奈が「瞬くん!」と叫んだ。


 すると、瞬は引き戸から顔を出し、「はい、なんでしょうか」とヘラヘラしながら羅奈に言葉を返した。


 嫌な予感がした志貴は、思わず眉根を寄せた。


 羅奈は瞬に尋ねる。


「……きみは一体、どこへ行くつもりなのかな」


 瞬は下卑た笑みを浮かべながら、羅奈の質問に答えた。


「え? もちろん、冬華さんのいる女子トイレですけども……何か問題でも?

 ――あ、ちなみにですが、ぼくはですね、“たまたま”きみたちの話を廊下で聞いていたんですよ。なので、これは卑怯なんかじゃないです」

「うん、そっか。きみには人間の心がないんだね。かわいそうに」


 クズな瞬のことを哀れに思ったのか、羅奈は悲しそうに瞬を見つめ、ため息をついた。


 瞬はムッとしたようで、彼は羅奈をにらみつけた。


「ぼくに人間の心がないとは、酷い言われようですね。なるほど、いいでしょう……ぼくの本音を打ち明けますよ」


 再び瞬は二組の教室に入ると、羅奈と対峙。


「どうぞ」


 愛想のない返事をする羅奈に向かって、瞬はマジメな顔で言った。


「ぼくは確かにクズです。ですが、そんなぼくにだって青春をする権利があります。

 かわいい女の子と交際し、チュッチュッするのもいいですが、いつもそばにいて遊んでくれる友達のほうが、ぼくには何百倍も価値があるんですからね。

 そう、そうなんですよ……かわいい彼女とチュッチュッすることなんて、もうどうだっていい!

 男女問わず、ぼくはみんなと青春を送りたい。もっと言えば、青春サークル『えっち会』のみなさんと青春を送りたいんです。

 ですから……みなさん、お願いします。ぼくを『えっち会』に入れてください。

 みなさんからクズと呼ばれてもいい、あざ笑われてもいい、パシリでもなんでもいい……だって、ぼくはあなたたちと友達になりたいんですから」


 重い沈黙。


 そんなときだった。


「あのさ、ウチらの『えっち会』、瞬も入れてあげない……?」


 そう言って教室に現れたのは、神妙な顔をした冬華だった。


 さらに冬華はこのようなことを言った。


「確かに瞬はクズだよ? それは間違いないんだろうけど……でも、今の瞬の思いは本物っていうか、なんだかさっきの瞬とは違っていた気がするんだよね。

 だからさ、瞬も『えっち会』に入れてあげない?」


 志貴と羅奈は顔を見合わし、二人して「えっち会」リーダーの幻冬のほうを見た。


 そのときになってようやく、羅奈は幻冬の口を塞いでいた手を離した。


 志貴は幻冬に向かって言った。


「どうするよ、幻冬。『えっち会』のリーダーはお前なんだから、瞬の加入はお前が決めていいぜ」


 口が自由になった幻冬は何度か深呼吸をしたのち、いつものように「ふはっ」と笑ってみせた。


 彼は「えっち会」リーダーとしての答えを述べる。


「答えは……イエス。イエスですよ、みなさん。――瞬殿、ようこそ『えっち会』へ!」


 瞬は顔を輝かせ、

「おお……おお! ありがとうございます、みなさん」

 そう志貴たちにお礼を言うのだった。

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