3-4

 瞬の言葉を聞いた志貴は、やはり顔をひきつらせた。


 冬華は「だ、誰があんたなんかと付き合うかっての……このクズ!」とようやく怒りを露わにした。


 しかし、どこまでも瞬はクズだった。


「まあまあ、そんなこと言わないでくださいよ。というか、そもそもぼくはあなたのこと、好きでもなんでもないんですからね」

「うっ……このクズ野郎め」


 冬華は悔しそうに唇を噛み締め、拳を固く握った。


 羅奈はあきれ果てているのか、目と口、ともに半開きだった。


 幻冬は大馬鹿野郎らしく、クツクツと笑い、「瞬殿、あなたはなんてクズで愉快なのでしょうか」と瞬を褒め称えた。


 そして、なおも瞬は話を続けた。


「よく聞いてください、みなさん。すべてのかわいい女性は、ぼくに屈服する必要があるんです。

 ですから、冬華さん……諦めてぼくの彼女になってくださいよ」


 瞬の暴論を聞いた冬華は、今にも泣きそうな顔になるが、それでも瞬に抗議する。


「そんなの嫌に決まってんじゃん! あんたなんて、あんたなんて……」

「あっ、失礼。ぼく、あなたの意見は聞いていませんから。

 ――ね、ね……あなたがぼくの彼女になったら、ぼくは授業が終わるたび、あなたの元へ向かいます。その場に誰がいようとも、ぼくらには関係のないことです。

 そうです、そこでぼくとあなたはチュッチュッするんですよ」


 冬華は手で口を覆うと、

「チュッチュッ……うっ、オエッ」

 そう苦しそうにえずいた。


 見ていられない、そう志貴はついに感じてしまった。


 なので、志貴はおずおずと瞬に向かって言った。


「なあ、瞬。こんなにも冬華が嫌がっているんだし……ここはいったん引いたらどうだ?」


 瞬は目を丸くし、それからニコリと笑った。


「それは無理ですよ。だって……」

「だって?」


「冬華さんが嫌がる反応、見世物としては最高に面白いじゃないですか。

 それにですね、ぼくはアホ丸出しの彼女のこと、とても気に入っているんですよ。

 そうです、ぼくは彼女を心から愛している……なら、ぼくらは付き合うべきなんですって。

 そう、そしてぼくと彼女は一日に何回もチュッチュッする……うん、いい未来像ですね」


「ははっ……ははは」


 瞬のクズっぷりに、もう志貴は笑うしかなかった。


 志貴が笑い出すと、釣られたように幻冬も「ふははははは」と大声で笑い始めた。


 そしたら、羅奈も「ふふふふふ」と破顔し、とうとう冬華も「キャハハハハハ」と今にも泣き出しそうな顔で笑い出して……ついには瞬も「あははははは」と笑い始める始末。


 それからまもなくして、急に冬華はワンワンと泣き出した。


 すると、瞬は脱兎のごとく、二組の教室から逃げ出した。


 思わず志貴は感心。


「……さすがはクズだ。逃げ足も速いぜ」

「ふはっ。なんという愉快なお方だ……ぜひとも、我ら『えっち会』に加入させなくてはなりませんね」


 幻冬は目を輝かせながら、そのように瞬を高評価した。


 志貴は驚く。


「えっ、あいつを『えっち会』に入れるのか?」

「当然!」

「いや、それは……うーん、どうだろうな」


 そのようなことを志貴と幻冬が会話していると、それまで冬華を慰めていた羅奈が「きみたちもさ、冬華を慰めてあげて!」と二人に向かって大声を上げた。


 そのため、志貴と幻冬の二人は会話をやめ、冬華を慰めることに。


 やがて冬華はピタリと泣き止んだ。

 彼女はフラフラと歩き出し、教室中央の席に座ると、そのまま放心状態となる。


 しばらくのあいだ、羅奈は心配そうに冬華を眺めていたが、不意に志貴と幻冬に目を向けると、

「二人とも、今こそ『えっち会』団結のときだよ。あのクズ少年の魔の手から……冬華を守ろう」

 そう力強く言うのだった。


 幻冬はきょとんとした顔になり、それから首を左右に振った。


「いやいや、羅奈嬢。瞬殿はですね、我ら『えっち会』にふさわしい男でして……ですので――」

「うっさいんだよ、このクズ二号! 少しは常識のある志貴くんを見習ったら? あーもう、きみと瞬くんには反吐が出るよ、ほんっと」


 羅奈は幻冬にきつく言い放つと、あきれたようにため息をつき、教卓前の席に座った。


 幻冬は肩をすくめると、「さあて、どうなることやら」と自分もまた廊下側の席に座り、机で頬杖をついた。


 志貴はというと、

「……同感だな」

 そう今さらながら幻冬の言葉に反応してから、ゆらゆらと窓側の席に座った。


 それから数分後、志貴はいつものような虚無感に襲われ……たまらず机に突っ伏した。


 そしてショートホームルームが始まるまで、志貴はそのままの状態でいた。

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