隠れファン

 村田瞬、彼はこのようなことを遠慮なく言った。


「みなさんに訊きたいことがありましてね。……ぼく、二組の工藤冬華さんを探しているんですよ。

 誰に対してもタメ口を使い、誰に対してもヘラヘラと笑っている、そんな絶望の将来を約束されたアホでダメな女……みなさん、知っていますか?」


 さすがの志貴でも、顔をひきつらせ、だんまりを決めこむしかなかった。


 すると、「えっち会」リーダーの幻冬が「ええ、はい。もちろん、知っていますとも」と瞬の質問に平然と答えた。


「ですが、残念でしたね、瞬殿。ちょうど、冬華嬢は危篤でして……学校には来ていないのですよ」


 瞬はギョッとし、目を大きく開いた。


「き、危篤……なるほど、そうでしたか。冬華さん、もうすでに死んでいるんですね。

 そうか、おつむの弱い女はすでに死んでいたか……チッ」

「いえ、彼女は亡くなってはいませんよ、瞬殿。誤解なさらぬように」


「なるほど、分かりました。では、葬式はいつですか?」

「葬式はありません。なぜって、彼女はまだ生きていますので」


「生きているって……それはぼくたちの心の中で生きている、ということですか?」

「人間としてです」


「となると、ここで問題がひとつ生じることになります。――果たして、彼女を人間として含めていいものなのか……うーん、悩みどころですね」

「ふむ、それは確かに瞬殿の言うとおりですな」


 幻冬と瞬は腕を組み、悩んだ。


 志貴は冬華を横目で見てみた。

 本来の彼女なら、ここで怒りを爆発させ、瞬に怒り狂うだろう。


 だが、このときの冬華は違った。

 彼女は怯えたような表情で、瞬を眺めていた。


 無理もない、と志貴は冬華に同情した。


 出会って間もない異性から、ここまでボロクソに言われたら、誰だって恐怖を抱くだろうし、ショックも受けるだろう。


 そのとき、羅奈が瞬に向かって「あのさ」と口を開いた。


「冬華は学校には来ていない……そういうわけだよ、少年。だからね、諦めて一組の教室に戻ったら?」


 さりげなく、羅奈は瞬に自分の教室に戻れと促した。


 瞬は目を見開いたあと、ニコッと笑った。


「いやいや、それはできませんよ。だって、そこにいる頭の悪そうな彼女、見たところ彼氏の枠が空いているようですからね。

 このビッグチャンス、ぼくはムダになんかしませんよ。……ね、冬華さん」


 瞬は冬華を見つめると、いやらしく笑った。


「ヒッ……」


 身の危険を感じたのだろう、冬華は小さく悲鳴を上げると、そばにいた羅奈の後ろに隠れてしまった。


 羅奈は瞬を警戒しているのか、口を一文字に結び、険しい顔をしていた。


 志貴と幻冬はというと――。


「あの冬華をここまで追い詰めるなんて……お前、やるな」

「いいですねぇ、いいですねぇ。もっとやりなさい、少年よ。もっと暴れるのです、少年よ。

 あなたが何をしでかしても、わたしがあなたを許しましょう。――いざ、狂乱の宴っ!」


 つい志貴は瞬に感心してしまい、幻冬のほうは興奮するありさま。


 瞬はうんうんとうなずく。


「どうやらきみたちとは……志貴さんと幻冬さんとは、よい友達になれそうですね」

「ん? ……お前、おれたちのことを知っているのか」


 志貴が瞬に尋ねると、瞬は「ええ、知っていますよ。きみたちだけではなく、羅奈さんや冬華さんのことも、ね」


「どうして、お前はおれたち全員のことを知っているんだ」

「それはですね、ぼくは青春を謳歌するあなたたち……『えっち会』の隠れファンだからですよ」


 直後、幻冬が叫んだ。


「おお、隠れファン! ……こ、この大宮幻冬、嬉しい限りです」


 よほど嬉しかったのだろう、幻冬は涙を流した。


 瞬はカラカラと笑い、「さすがは『えっち会』リーダーの大宮幻冬さんですね。リアクションがオーバーすぎて、とっても気持ち悪いです」と幻冬に向かって親指を突き出す。


 思わず志貴は吹き出すと、

「そういうお前も、相当クズな性格をしているぜ」

 そう瞬を評価した。


「あはは」

「ふはは」

「へへへ」


 愉快に笑い合う志貴たち。


 が、いきなり瞬は笑うのをやめたかと思えば、志貴たちに向かって「お願いします、みなさん」と大まじめな顔で頼みこんだ。

 このように。


「ぼくに……冬華さんをください! ――あぁ、愛してるよ、冬華さん」

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