青春乙女作戦

 幻冬の一喝により、すぐに泣き止んだのは志貴。

 それから少し遅れて、冬華も泣き止む。


 それで途端に場は静かになった。


 けれど、それは一瞬のことで、すぐに幻冬は話し始めた。


「いいか、お前たち。この問題は、おれたちの問題だ。これはおれたちの問題であると同時に、おれたちが解決すべき事件でもある。

 そうだな、この事件をおれは仮に青春事件と呼ぼうか」


 そのとき、冬華が悲しそうに笑った。


「青春事件とか、マジでウケるし……ウケるし。

 だってさ、あんたたちにとって、これはまだ『えっち会』の遊びなんでしょう? そんなの、絶対に許されることじゃないし」

「ではどうしろと?」

「それさえ分かっていれば、こんなにもウチは苦しんでいないってば!」


 冬華は床から起き上がると、そのように叫び、幻冬をにらみつけた。


 幻冬は冬華に一瞥を与えてから、宙を見つめる。

 そして彼は話を再開させた。


「この青春事件の一番の特徴を説明しよう。それは“期せずして志貴と羅奈が両思いになり、何も知らぬ羅奈に隠された真実を打ち明けられなくなってしまった”ということ、ずばりそれだな」

「それは違うし。だって志貴は――」

「話は最後まで聞け、冬華! ……おれが見たところ、志貴は羅奈のことを本気で好きみたいだぞ。

 二度は言わん、それは事実だ。志貴だって、そのことをおれたちに必死で訴えているだろうが」

「うっ……」


 幻冬に反論され、ついに冬華は黙りこんだ。


 再び、幻冬は話し始める。


「すべてを知る志貴が羅奈と交際していく上で、さらには真実を知るおれと冬華が羅奈と交遊する上で、この青春事件は大きな壁となるだろう。

 壁……いや、それらは大きなわだかまりとなるに違いない。……そこでだ、諸君。では、こういうのはどうだろうか?」


 そこで幻冬はもったいぶるように手を叩いた。

 それから幻冬は言った。

 このように。


「様々なことがあったが、すでに『ダークレモネード作戦』は役目を終えた。

 して、きょうのこの瞬間から、我ら三人は『青春乙女作戦』を開始しよう、ということだ。

 羅奈のため、羅奈が傷つかないようにするため、羅奈を守るため、おれたち三人は結託し、これから先も四人で遊び続けよう、そうおれは言っているのだ。

 青春乙女を守るために……今こそ、おれたちは結託しようではないか」


 志貴は動揺するあまり、言葉を発せずにいた。


 それは冬華も同じなのだろう、冬華は目を白黒させ、口をパクパクとさせていた。


 やがて、冬華が覇気のない声でつぶやいた。


「……そっか。今のウチって、もう羅奈の味方じゃないんだよね。

 この話に加わっている時点で、すでにウチはあんたたちの側についているんだよね。馬鹿みたい。馬鹿じゃん、ウチ」


 ようやく現実に立ち返った志貴は、ソファから立ち上がった。

 幻冬の目をまっすぐ見ながら、このように志貴は幻冬に尋ねた。


「それがおれたちのすべきことなのか? もっとこう、全員が救われるような方法はないのか?」


 しかし、幻冬はかぶりを振った。


「残念ながら、全員が救われるような方法は、この『青春乙女作戦』しかないだろうな。

 それともなんだ、すべての責任をお前に押しつけ、そのお前が羅奈にすべてを白状してくれるとでもいうのか? そしたら、彼女は悲しむだろう、絶対。

 それとも何か、このままお前はおれと絶交し、冬華にも嫌われたまま、羅奈との交際を大事にすると?

 それもいいとは思うがな、おれと冬華はすべてを知っている。

 そのため、おれと冬華が羅奈に真実を打ち明けないとも限らんぞ。それでもいいのか、志貴よ」

「そんなの……くっ、畜生め」


 志貴は幻冬に言い負かされ、ついに反論はできなかった。


 そんな志貴を幻冬は鼻で笑い、それから彼は志貴と冬華に向かって言った。


「お前たちにとっての青春とは、一体何か。言ってみろ」


 数秒の沈黙後、冬華は幻冬の問いに答えた。


「悪友とともに遊び合って、笑い合って、ふざけ合ったりすることができる期間限定の時間……それがウチにとっての青春」


 冬華の言葉のすぐあと、志貴も幻冬の問いに答えた。


「馬鹿馬鹿しいと思われることでも、そのときに仲間さえいれば、それはすばらしいものになる、そんな制限時間つきのボーナスタイム……それがおれにとっての青春だ」


 それら問いの答えを聞いた幻冬は、大まじめな顔でうなずいた。


「なるほどな。それがお前たちにとっての青春か」


 そのとき、志貴は「あ」と声を上げた。


「なんだね、志貴よ」


 そう幻冬は怪訝な顔をし、志貴に尋ねた。


 思わず志貴は早口になりながら、こう答えた。


「思い出したんだ。さっき、羅奈が言っていた青春、それを思い出した」

「ほう、言ってみろ」

「……あいつ、羅奈はこう言っていた。

 自分たちは思春期なんだから、はっちゃけてもいいし、奔放に振る舞うのもいい……そう言っていたんだ」


 幻冬は何度かうなずくと、「把握した」と言った。


 そして幻冬は自分にとっての青春とは何か、それを志貴と冬華に話した。


「おれにとっての青春、それはいくらでも選択を間違え続けることができる貴重な期間のことだ。

 おれたち子どもは、若さゆえに目の前にある選択を間違え続けることが許されている。

 若さと時間はおれたちの利点だ。ならば、この二つの利点を活かし、おれたちはいくらでも選択を間違え続けようではないか。

 そうさ、選択を間違え、間違え、さらに間違え、またもや間違えることで、おれたちは自分が何者かを知ることができる。

 そうやっておれたちは……大人になるのだろうな、悲しいことに」


 幻冬は弱々しく笑った。

 が、すぐに表情を引き締め、「で、どうなのだ。『青春乙女作戦』をやるのか、やらないのか。答えを出せ、お前たち」と志貴と冬華に迫った。


 志貴は歯を食いしばり、それから「やるよ、やってやるよ。だって、おれは羅奈のことが好きなんだ……こんなところで終わってたまるか!」と叫んだ。


 幻冬は重々しくうなずく。


「よろしい。……では冬華はどうなのか。

『青春乙女作戦』、それに参加するのか、それともしないのか」


 幻冬は冬華のほうを向くと、じっと彼女を見つめた。


 しばらくのあいだ、冬華は放心したようにしていたが、やがて彼女の目に力が宿った。


「……そんなの、参加するに決まってんじゃん。ウチは羅奈の笑顔を守る。だって、ウチは羅奈を悲しませたくないから!」


 志貴の叫び。

 冬華の叫び。


 最後、幻冬はこのように話を締めくくった。


「そうだ、それでいい。なぜって、その方法でしか、おれたち四人は幸せになることができないのだからな。

 ああ、そうさ、おれだって、おれだって……こんな選択はしたくなかった。この選択は間違いだと、おれだって思う。

 けれど、それはもうどうしようもないことだ。

 この選択をした以上、おれたち三人は行き止まりに突き当たるまで、突き進むしかないのだから……ああ、そうさ。だからこそ、だからこそだ。

 これより『青春乙女作戦』を開始する……!」


 それぞれの思惑がありながら、こうして志貴たち三人は結託。


 それがどれほどいけないことなのか、志貴たちは分かっていながらも――こうして「青春乙女作戦」は幕を開けた。

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